045 黒帝と雷光
「あー、終わったぁああ~」
「終わりました~」
俺とポチは、今頃、二年生の親善試合が行われているであろう揺れる魔育館を前に、中庭のベンチで、互いに体重を預けながら本日の疲れを零していた。
「しっかしとんでもないなリナのやつ、バラードに魔法を仕込むとはなー」
「私だってやろうと思えば出来ますけどやはりMPが少ないですからねー。けれどバラードなら適役でしょう」
「体格に似合わない杖で補助魔法唱えた時はシュールだったな」
「私笑いを堪えてましたよ」
「あぁでも、リナを守ってくれてありがとさん」
「いえいえ、まさか攻撃魔法を使わずバラードを制するとは思いませんでしたよ。それよりいいんですか? 学生自治会のお仕事があるでしょう?」
「いやー、なんか知らないんだけどウォレン学生会長閣下様殿にここで待つように言われたんだよ――ん?」
寄りかかるポチを逸らしてベンチに放ると、「へぶんっ」と言ってポチがうつ伏せに倒れる。
誰かの気配に一瞬の緊張を走らせると、そこにはあまり近づきたくない見慣れた爺さんが立っていた。
「ふっ、あれから数ヶ月だが、かなり精進しているみたいだな、小僧?」
「あれから数ヶ月ですが、お変わりないようで、ガストン、さんっ」
「ぐぇっ」
俺は後ろ手にこそこそ逃げるポチの首根っこを捕まえながらそう言った。
短めの杖の上部を両手で突き、威厳溢れる姿は流石六法士というところだろう。相変わらずの爺さんだ。
「ふっふっふっふ、数ヶ月前には見なかった良い気概だ。我が守護魔法兵団に欲しいくらいだな」
「お断りしておきます。今はやるべき事が沢山あるので」
ここでガストンがニヤリと笑みをこぼす。
「その事だ。小僧、お主何か面白い事を考えているそうだな? アイリーンの婆から聞いたぞ。無論、空間転移魔法の事もな?」
「ったく、どこまで知ってるのやら……」
「空間転移魔法を売った金で色食街の娘共を救いたいという事、そして、起業して悪巧みをするという事は聞いたな」
「まったく……悪巧みじゃないですよ。どうせこの機会にガストンさんに相談したい事があったのでちょうどいいです。今夜、お時間ありますか?」
ガストンは片方の眉を上げて意外そうな顔をしていた。それはそうだろう。この問題には国との関係が密接なガストンに頼りたいところだ。
「ふむ、いいだろう。今夜、あの料亭にて待つ」
「ありがとうございます。それで…………ガストンさんはどのようなご用件で? ウォレンさんにここで待つように伝えたのはガストンさんでしょう?」
「いかにも」
「では?」
「あの娘……確かリナと言ったな?」
「えぇ……?」
何故リナの話が出てくる? ガストンにそんな趣味が? いやいや、そんな事…………なくはないか。
「くだらん事を考えるな」
それは失礼。
「聞きたい事があってお前を呼びだしたのだ。リナは小僧……お主が魔法を教えたそうだが、相違ないか?」
「えぇ、あくまで手解き程度ですけど」
「あれは優秀な使い手になる。……卒業後は守護魔法兵団で預かりたいと思ってる。今のうちに小僧に言っておこうと思ってな」
「リナを……ですか?」
「この親善試合の意味を知らない訳ではあるまい。有能な一年生は今のうちから唾をつけておくものだ」
確かにその通りだが……。
「リナには……話したんですか?」
「正式な手続きは魔法大学を通して行われる。直に通達されよう」
「そう、ですか……」
悪い話じゃない。いや、むしろ良い話だ。六法士、焔の大魔法士ガストンが目に掛ける程だ。この大学では栄誉と言ってもいい。しかし、守護魔法兵団の仕事は危険が付き物だ……。
と、そう考えたところで、足下のポチが俺の足を頭で小突いてきた。
「どうした、ポチ?」
「マスター、決めるのはリナさんですよ!」
「……あ、あぁ、そうだよな」
「らしくない……いや、らしいと言うべきか。相変わらず腑抜けたヤツだ。まだ三年以上も先の話だというのに。それに、儂はお主になんと言った?」
「へ?」
「もー、馬鹿馬鹿マスターですね! ガストンさんはマスターの事もちゃんと誘いましたよ!」
「そう、正式な手続きではなくな。この手段を使うのは儂も初めてだ」
「…………」
言葉が出なかった。
「リナさんとマスター、二人揃って勧誘されてるんです、よっ!」
足下でポチが大きく頭突く。ガクンとゆれる視界に入ったのは、にやりと笑う揺れる大魔法士。
放心状態のまま立っていると、ガストンは「では夜にな」とだけ言って去って行った。
守護魔法兵団……か。考えた事も無かったな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とポチはしばらくそこでぼーっとしてると、今までにないくらい魔法大学が揺れる音を聞いた。おそらく黒帝様の登場だろう。という事は最後の試合。
ウォレンの実力を見ておくのも勉強になるだろう。そう思って俺はポチを連れて魔育館へ戻った。
会場は耳がおかしくなる程の盛り上がりを見せていた。主に学生たちの声だが、一般席からの声も多く、ウォレンのカリスマ性がよくわかるな。四年生の試合を先にやるのも頷けるという話だ。
ステージにいるのはウォレンと我が副会長ジャンヌ。焦げ茶のショートヘア。細身だが、その体術は同年代の戦士並み。そしてシャープな顎と大きな瞳、凛々しい眉と、女性ながらにボーイッシュなその姿は男子よりも女子に人気がある。無論、あの短いパンツによる剥き出しの大腿部は男子の日頃の生きる糧となっている事は間違いないだろう。ヘソの見える短いシャツと革製の網目状のサスペンダー。その上から白い生地に金の刺繍が入ったマント。白く輝く姿と得意な雷魔法から《雷光》と呼ばれている。
白の派閥による戦士大学や各貴族との折衝さえ無ければ、先のオーガ討伐で活躍したであろう人物だ。
歓声鳴り止まぬ中、大学長テンガロンの試合開始の声が響く。
戦闘開始の合図と共に、ジャンヌが中級系雷魔法サンダーボルドを放った。紫電が走り、バチバチと音がなる。文字通り雷光に包まれたウォレンは、ステージ上に強く杖を突き刺した。すると杖が避雷針となって、後ろに下がったウォレンを助けた。
にしても正確にあの杖まで雷が向かったって事は、杖の先端に魔力を集中させたのか。むしろサンダーボルトを杖に集めたと言ってもいいだろう。細かな魔力操作技術も流石だな。
そしてそれはジャンヌも一緒だ。サンダーボルトをウォレンがかわしている少しの間で自身に速度上昇魔法を放って……いやあれはっ。リジェネーションか? それも少しいじってるな?
「でるぞ! ジャンヌ様のオリジナル魔法!」
そういえばそんな噂があったような。雷光ジャンヌはオリジナル魔法を使ってこそ真価を発揮すると……。
あれは、雷属性の宙図……遠目で分かりにくいが、確かに公式を少し外したものだ。ウォレンがそれを涼しい顔で見守ると、ジャンヌは鋭い視線で睨んだ。
まったく、相変わらず仲が悪い事悪い事。
しかしジャンヌは同時に笑みを零した。どうやらこの魔法をスウィフトマジックに組み込まなかったのは、ウォレンがそれを敢えてさせると踏んでの事みたいだな。ジャンヌの杖、《シャマルの杖》は三つのスウィフトマジックが可能なものだ。遠くの砂漠の地で生まれた杖だとか聞いたな。中に入れたのは速度上昇、改良リジェネーション、そしてサンダーボルトか。なるほど、短期決戦を狙ってるようだな。
「ヴェストメント・サンダー!」
聞かない魔法名だな。
瞬間、
「「なっ!?」」
俺とポチが思わず零した言葉は、同じ一年生たちがいるであろう席からも聞こえた。
これはビックリ……しかし、なるほどなるほど、言葉通り雷の法衣か。リジェネーションが必要なはずだ。
纏った雷で身体能力の向上とともに防御も可能としている。考えられた魔法だが、これに対してウォレンお得意の嫌な笑いが飛び出す。
まるで待っていたというような顔だ。一体何を……未だ杖はステージに刺さったまま……あ。
「あれは何か狙ってますね?」
「あぁ、ウォレンの勝ちだな」
「へ? どういう事ですかマスター!」
「いいから見てろよ」
その笑みが癇に障ったのか、ジャンヌが勢い良く駆ける。その気持ちはよくわかるが、しかし――
「アースコントロール!」
ウォレンの口から放たれた魔法名。土など近くにないこの環境で答えに行き着いた人間はおそらく少ないだろう。
地中から鉄分の多い土が舞い上げられ、ジャンヌの身体を覆い尽くし、身動きの取れないジャンヌに、ウォレンはステージから引き抜いた杖を眼前に持っていく。ビリーの声とともに勝負が決する。にゃろめ、いまいましいが、確かに巧い戦術だな。
クイと眼鏡を上げるウォレン。すると大きな歓声が勝者を称えた。
「マスター、どういう事です?」
「サンダーボルトをかわした時にウォレンさんは杖を地中に刺しただろ? もうあの時にウォレンさんの勝利が決まってたって事だよ。そもそもジャンヌさんの方が素早く動けた事に疑問を持つべきだったんだ」
「それよりも素早かったのはウォレンさんだと?」
「スウィフトマジックをステージの更に下、地中に向ければ今の出来事は必然になる。いやー、相変わらず計算高く性格の悪い……おっと」
周りの目を気にしながら口を塞ぐ。
「計算高さなら私も負けませんよ!」
「へー、そりゃ凄いな? 何がどう計算高いんだ?」
「吐いたからもう一回フランクフルトが食べれます!」
そりゃ凄いな。




