◆456 奇術
「ぬぉっ!?」
再びアズリーの攻撃が魔王ルシファーに当たる。
拳は頬を打ち抜き、ルシファーの体勢を崩す。
「くっ! 何という術よ! 正に完璧なる透明化! 魔力の痕跡すら消してしまうとは恐れ入った! だが! 攻撃が浅い! 弱い! それで余にダメージを与えるのは不可能と言えよう!」
アズリーの攻撃は確かに決まっている。事実、ルシファーもかわし切れていない。
ルシファーの言う通り、ダメージそのものが少ないのだ。
「ふん! なるほど! ただの手品か! 種がわかればどうという事はない!」
ルシファーが腰を落とし、全てのダメージに備えた時、それは見破られてしまった。
アズリーが放った拳は確かにルシファーの腹部を捉えた。
だが、ルシファーがそれを覚悟していたが故に、ルシファーの動きは微動だにしなかった。蹌踉めく事のないルシファーを前に、アズリーは再び姿を消す。
「ほいのほい! パーフェクトインビジブル!」
「ふっ、やはりな」
ルシファーの気付きが確信に変わる。
「その魔法、完璧であるが故に不完全。戦闘には向かぬ魔法だ」
(っ! 化け物め……! たった数回で見破るかよ!)
姿を消したアズリーがルシファーの才覚に驚く。
「魔力が消えるのではない。魔力を消さずして消えられないのだ。故に、貴様が出現した時の攻撃には魔力が込められていない。込めては透明化が解除される。解除した後に攻撃しようにもそれでは余に気付かれる。やはり、ただの手品よ。余の魔力波で解かれないのは、見事と言えよう。だがそれだけだ」
「くっ!」
アズリーが再び攻撃をするも、それは悪手であった。
ルシファーが攻撃を受けた直後、アズリーは一度ルシファーから離れなくてはいけない。
だが、ルシファーが攻撃に怯まず、アズリーを追った場合、アズリーに防ぐ手段はない。
何故なら今アズリーは、パーフェクトインビジブルを発動するために、究極限界を解除しているのだから。
「ふん」
「ぐっ!」
ルシファーに足を掴まれたアズリーの表情が歪む。
アズリーはルシファーの手を蹴るが、その攻撃はルシファーを喜ばすだけだった。
「詰めが甘いな……っ!」
まるで鍬のように大地に振り下ろされたアズリー。
「ガッハッ!?」
大地を壊し、強烈な衝撃を身体全体に受けたアズリーの骨が軋む。
何度も何度も大地に打ち付けられるアズリーが、顔を歪ませながら強い疑問を持つ。
(おかしい……! 何故ルシファー・ブレイクが発動しない!?)
それは、全ての戦場で起こっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ちっ! 何で上手くいかねぇ!?」
中央で……いや、全ての魔法士に対して起こっていたこの異常。
いち早く気付いたのがこのトゥースだった。
アズリーがルシファーに直接叩き込んだルシファー・ブレイクの起動式。
十二士の眼前に現れた魔法式が起動の証拠。しかし、手の空いたトゥースが魔法式を入れても、それは中空で消えてしまうのだ。
「トゥース!」
そこにやって来たのが元聖戦士の戦士リーリアだった。
トゥースは地面に置かれたレオンよりも、リーリアの正面にも現れている魔法陣を注視した。
「やってみたか!?」
「えぇ、でも魔法式の宙図が上手くいっても、魔法自体がここを離れてくれない」
それは、どの戦場でも起こっていた。
「おい、リナ! 出来たか!?」
「だ、駄目! 何で!? アズリーさん……!」
「このままじゃアジュリーしゃまが……!」
オルネルとリナもバラードも、
「嘘……! どうして!?」
「ラ、ララ間違えたかー!?」
「ううん、そうじゃない!」
「これは一体……!?」
ティファ、ララ、ナツ、フユが焦りを見せ、
「おいおいおい! これってまずいんじゃないのっ!?」
バルンがレガリア城を見ながら叫ぶ。
直後、トゥースとリーリアの下に黒帝ウォレンと常成無敗のアイリーンが戻って来る。
「トゥース! 状況報告!」
理由を探るべく、アイリーンはトゥースに簡潔な指示を飛ばした。
「例の魔法が飛んでかねぇ! 宙図に成功しても空で霧散しちまう!」
「こちらのマジックシールドの影響ではっ?」
ウォレンが推察を述べるもトゥースが首を振る。
「魔法障壁の奥で消える! その線はない!」
「ならば一体どうしてっ!」
リーリアの声が荒くなる。
それもそのはずで、アズリーは今も尚、魔王ルシファーと戦っているのだ。
脂汗を滲ませながら完成させた魔法を皆に託し、決死の覚悟でルシファーに起動式を描き込み、今も尚、皆の発動式を待っているからだ。
「ぐぅ!?」
「ハハハハッ! 弱い! 弱すぎるぞアズリー!」
「っ! レガテレポ!」
「チッ、またそれか。だが、その魔力も長く持つまい……クククク」
最早、魔力の節約などと言っていられる場合ではなかった。
アズリーは皆を信じ、ただひたすらにルシファーの攻撃から逃れる事を選ぶ他なかった。
中央後方では、ララが大きな声を出して言う。
「もっかい! もっかい!」
ティファ、ナツ、フユも頷き、皆が合わせるように宙図する。
「「できた!」」
発動式は宙に上がり、空に向かう。
そして、トゥースのマジックシールドを超えてしばらくすると、やはり消えてしまうのだった。
「やっぱりだめだー! ど、どうする!?」
ララが頭を抱えながら言い、皆が俯く。
しかし、フユだけは違った。発動式が消えた場所を目を細めて見ていたのだ。
(今のは……さっきのより遠くへ飛んだ……っ! もしかして!)
「うぉっ!? どうしたフユ!?」
肩口のコノハが叫ぶ。
フユは使い魔であるスターホースのプラチナに跨がっていたのだ。
「トゥースさんのところに行きます!」
「うぇ!?」
コノハが驚きの声をあげるも、それは一瞬の事だった。
フユがここで間違いを犯す人間でない事は、この場にいる誰もが知っていたからだ。
フユの目には何らかの確信があった。
だからこそ、ティファ、フユ、ナツが頷き、フユを送り出したのだ。
「行くよプラチナ!!」
「ヒヒーンッ!!」
音速を超える速度を誇るスターホース。
プラチナが駆ければ、この戦場で捉えられる者は限りなく少ない。
そして、中央にやって来ているモンスターが少なかった事も幸いし、フユは瞬時にトゥースの下に着く事が出来たのだ。
「トゥースさん!」
「「っ!?」」
大きな焦りから、フユの接近に気付けた者はこの場にいなかった。
当然、フユの強き目を見て、その行動を非難する者もいなかった。
「何かわかったか!?」
「えぇ!」
フユがトゥースの問いに頷く。
「話しなさい!」
アイリーンの言葉により、フユは騎乗したまま先の出来事を話した。
「宙図のタイミング揃えたら遠くに飛んだぁ!?」
トゥースの間の抜けた声とは別に、ウォレンが顔を俯かせ、一瞬だけ考え込む。
「そういう事でしたか!」
次の瞬間、ウォレンは解放軍の参謀足る所以を発揮した。
「話せ!」
「ルシファー自身の魔力です! ルシファーの膨大な魔力が魔法の侵入を阻んでいます!」
「「っ!!」」
その言葉だけで、アイリーンとトゥースは気付く。
「そういう事か!」
魔力の大きい者に攻撃魔法を加えようとした時、その魔力の多寡によってダメージが決まる。それが放出しているとなると、その者の魔法防御力は必然的に高くなってしまう。
先のビリー&ガストン戦で、オルネルがビリーに対して大魔法を放ったが、その魔法がビリーに届く事はなかった。
対象が魔王ルシファーであれば、尚更の事である。
「っ! 初歩の初歩じゃない!」
アイリーンの嘆きに誰も何も言えない。
それだけ、皆はアズリーの魔法を、アズリーを信頼していたのだ。
「普通なら届くが、相手がルシファーだとそうもいかねぇってか! ふん! 上等だ!」
次の瞬間、周囲への援護を行っていたトゥースが、目で宙図を行った。
「おぅら! 新作のマジックストーカーだ!」
「何と! この場でマジックストーカーの改良を!?」
「はん! これくらい無茶しねぇと、あの馬鹿に怒られちまうぜ!」
トゥースがマジックストーカーを行った対象は、アズリーの魔法。
この場にあるアズリーの魔法は一つだけ。
皆がこの戦場にやってきた空間転移魔法の魔法陣だった。
これにより、マジックストーカーは空間転移魔法の作成者を特定する。
アズリーに向かって飛ばされた赤き線は、真っ直ぐレガリア城に向かって伸びていた。
このトゥースの意図に気付いたアイリーンが足下に設置型魔法陣を敷く。
「この混戦じゃ念話は使えないわ! やるわよ!」
設置型魔法陣が起動を知らせる。
『全員で宙図のタイミングを合わせなさい!』
「「っ!!」」
この場にいないリナ、オルネル、バラード、バルン、ティファ、ナツ、ララがアイリーンの拡声魔法に気付く。そしてそれはアズリーにも届いていた。
そして、アズリーは自身の失敗に気付く。
(っ! くっ、そうか! ルシファーの魔力壁を想定してなかった!)
「ふん、もしかしてこの声……貴様が余に描き込んだこの魔法陣に関係があるのか?」
「っ!? き、気付いてたのかっ!?」
「当然だろう、愚かな奴め。だが、余がいくら魔力を練っても外す事は出来ぬ。実に見事だ。完全に余の身体……いや、余の魔力に癒着している。警戒してはいたが、まさか他者からの発動式を用いるとはな。なるほど、それで十二士か……クククク」
「うるせぇ! いい気になってられるのも今の内だ!」
「ほぉ? 余に発動式を届かせると? あの混戦で? 十二人の宙図を揃えると言うのか? それは些か夢を見過ぎと言わざるを得ないぞ?」
そんなルシファーの言葉だったが、アズリーの顔に諦めの色は無かった。
そして確信していたのだ。だからこそ、アズリーの顔に、笑みが生まれたのだ。
「へっ、お前の方が愚かだろ」
「何?」
「今に聞こえて来る……」
「……何を言ってる?」
ルシファーの顔に一瞬見える不安。
そして聞こえるのは解放軍の指揮官であり、アズリーの良き理解者である常成無敗のアイリーンの声。
『四つよ!』
「っ!?!?」
その数の意味は、ルシファーにはわからなかった。
しかし、解放軍の、冒険者の全ての人間は知っていた。
その数の意味を、その掛け声の意味を。
「悪いなルシファー……俺はな、魔法教室の室長様なんだよっ!」
皆が声を揃え宙図する。
一瞬の指示を一瞬で理解し、瞬時に行動に移す。
それは、アズリーが続けてきた宙図法が、世界の明暗を決める一戦で開花した瞬間だった。
「『ほいのほいのほいの……ほいっ!!!!』」
間の抜けた掛け声。誰もがそう言うだろう。
しかし、声は揃った。アズリーと共に歩く友たちは、寸分の狂いなくその宙図を、そのタイミングを揃えた。
トゥースのマジックストーカーが十二の魔法を集め、アズリーに向かい、この激戦地に向かってやってくる。
アズリーの正面に十二の発動式が揃った時、ルシファーに掛かった魔法が発動を得る。
「ぐっ!?」
瞬間、ルシファーが膝を突く。
アズリーを信じた仲間、仲間を信じたアズリーが、ニヤリと笑う。そして言い放つのだ。
世界最強の魔王ルシファーに。
「「これが、ルシファー・ブレイクだッ!!」」
ほいのほいのほいのほい!




