◆457 奇絶
「何だ……これは……?」
襲い来る強い倦怠感。
蹌踉めくルシファーに向かい、アズリーの拳が振るわれる。
「ぐっ!? く!」
吹き飛ばされたルシファーは大地に五指を突き立て、その体勢を立て直す。
ルシファーは頭を振った後、迫るアズリーを睨む。
直後、ルシファーの魔力が吹き荒れる。
「っ!」
アズリーはこれを受け、ルシファーから離れるように後方へ跳んだ。
溢れる魔力を維持しつつ、ルシファーは強い怒気を見せた。
「余に……! 余に何をしたっ!!」
怒気以上の殺気がアズリーに向けられる。
アズリーの顔が強張るも、その動きは既に回避に動いていた。
「超越者ノ覇道……!」
直後、ルシファーから無数の魔法が放たれる。
「レガテレポ!」
瞬間転移魔法でそれらを回避し、出現した先で究極限界を解いて宙図する。
魔法は勿論、
「ほいのほい! パーフェクトインビジブル!」
完全なる透明化魔法。
これによりアズリーの気配すらも感じる事の出来なくなったルシファーが、怒りにまかせて超広範囲に魔法を放つ。
メテオレイン、グランインフェルノ、風輪花斬、インフェルノランス・レイン、雷光招来、グランニードル、絶対零度、シャープウィンド・アスタリスクなど様々な魔法や魔術を使い、アズリーをあぶり出すようにした。
この魔法の量にはアズリーも限界を感じ、姿を現してしまうものの、すぐに究極限界を発動して再び瞬間転移魔法を発動する。
時にはギヴィンマジックを自分に運び、魔力の回復を図りながらルシファーと対峙し、逃げ、戦った。
戦場から逃げる事は出来ない。アズリーがこの場で逃げながら戦わなければ、ルシファーの牙はアズリーの仲間に向かってしまうからだ。
だが――、
(まずい……!)
いくら魔力の節約を試みようとも、相手は魔王ルシファー。
その魔力の底は正に深淵で、削り切るのは非常に困難なことだった。
(発動が……遅すぎたっ!)
魔王ルシファーの残存魔力を考えながら動いていたアズリーだったが、ルシファー・ブレイクの発動が遅かったため、その計算が狂ってしまったのだ。
中央で戦うトゥース、アイリーン、ウォレンがアズリーの魔力を感じながら焦りを見せる。
「くそ! このままじゃルシファーよりアズリーのが先に魔力が無くなっちまうぞ!」
「そんな事わかってるわよ! でも、ここを離れちゃ――!」
「――ルシファーの魔力によって更に活性化したモンスターです! これではっ!」
既に、十二士たちを護衛する必要はない。
しかし、戦場の要であるのもまた十二士たちなのだ。
魔王ルシファーの怒気と殺気による魔力の暴風。これによりモンスターたちの攻撃が一段と圧を持った。
中央は勿論、右翼、左翼共にモンスターが侵攻し、中央を掻き分け、中央後方にまでその勢いは及んだ。
どの戦場も一瞬の隙も許されない状況で、誰もアズリーを助ける事は出来なかった。
何より、助けになれる実力を持っている訳でもなかったのだ。
「はぁはぁはぁはぁ……っ! くそっ! レガテレポ!」
アズリーが残り少ない魔力で瞬間転移魔法を発動した時、ルシファーの動きが変わる。
そして、アズリーが移動した先を見て言ったのだ。
「そうか、そういう事か……!」
(……気付かれちまった!)
「なるほどな。余の魔力を狙ったか。魔王の魔力を枯渇させようなぞ、正に阿呆としか言いようがないが、この魔法を受けてみればわかる。その発想は確かに悪くない。流石だな、アズリー?」
「はぁはぁはぁ……!」
「――ギヴィンマジック!」
直後、冷静になったルシファーが究極限界を解いて宙図によるギヴィンマジックを発動した。
これにより、ルシファーの魔力の減少に、更なるブレーキが掛かる。
ルシファーの魔力は減っているものの、その減少速度は明らかに緩やかになった。
アズリーの目から光が消えていく。
通常攻撃に移ったルシファーの攻撃を捌くのは、難しい訳ではなかった。しかし、ルシファーの魔力が消えるまでの間、自分の魔力が持たないと悟ったアズリーの精神状態が、それを難しくさせていた。
「そらそらそらそら! さぁ! どちらの魔力が先に切れるかな!? クカカカカカッ!!」
「くっ! くそぉっ!!」
蹴り飛ばされるアズリーの魔力も、体力も、精神力も、最早限界だった。
アズリーに残された策はなかった。可能な限りルシファーの攻撃を避けたとしても、アズリーの方が先に限界を迎える。
どう計算してもそれが覆る事はなかった。
ただルシファーの攻撃を受け、弾き、いなし、かわし、ひたすらに時間を稼ぐだけ。
それしかアズリーに出来る事はなかったのだ。
「ハハハハハッ! 何とも情けない顔だな、アズリー!」
ルシファーの満面の愉悦。
これに対する悪態も、ルシファーの攻撃に対する反抗も出来ないアズリー。
しかし、賛同者はいた。
先のアズリー同様に、ルシファーに賛同し、そして否定した者が。
「同感です! けど、それを言っていいのは、私だけですっ!!」
アズリーとルシファー以外、誰もいないはずの激戦地で唯一響いたハスキーボイス。
ルシファーの驚きも勿論あった。しかし、それ以上の驚きが、アズリーの顔にあったのだ。
「……な、何で? 何でお前がここにいるんだっ!?!?」
契約を使った本人には理解の出来ない現状。
アズリーは自身の胸に手を当てるも、自死の契約は発動していない。
使い魔のポチがこの場にいる。その強烈な違和感に、アズリーは困惑の色を見せた。
アズリーの前に下り立ったポチは、尻尾を振りながらアズリーに言った。
「マスター! んもう! こんなとこにいたんですね! 私、マスターの事たっくさん探しちゃいましたよ! あ、聞いて下さい! 私、マスターに言われた通り、ちゃんとヘルエンペラーを倒したんです! ちょっと、マスター! 聞いてるんですか!? んもう! ちゃんと褒めてくれないと困りますよ!!」
「ポチ! 何やってるポチ!?」
「んあっ!!」
アズリーはポチに問いただそうとするも、ポチはそれに構っている様子はなく、ただアズリーのマントを咥えて跳び上がったのだ。
それは、この場でアズリー以外に時間を気にするルシファーの攻撃があったからこそ。
ルシファーの攻撃をかわしたポチとアズリー。アズリーの顔は未だ困惑していた。
アズリーは再びポチを見る。
マントを咥えるポチからは微細な振動がアズリーに伝わる。それは、紛れもないポチの震え。
しかし、ポチの尻尾は振られている。それは、紛れもないポチの喜び。
(何だ……? 一体、一体何が起きているっ!? 契約は!? 契約は一体――――――っ!!)
ここで、ようやくアズリーが気付く。
ポチと強引に結んだ契約内容を思い出したのだ。
【戦場から逃げるんだ】
これが、アズリーの命令。
それを回避すべく、ポチは極東の賢者の下を訪ねた。
そして、ポチが知肉のトゥースから言われたのは、衝撃の一言だった。
【方法がない訳じゃない】
【【っ!!】】
【ポチ、お前にそれが出来るかな……?】
【やります! やってみせます!】
【言うは易し行うは難し。一歩……いや、一ミリでも違えればアズリーはおっちんじまうぜ? その場合、お前が戦犯だ】
【望むところです……!】
ポチの決意の言葉の後、トゥースは長く深い溜め息を吐いてから言った。
【…………はぁ~。ったく、仕方ねぇな。あの馬鹿は『戦場から逃げろ』って言ったんだろ? なら簡単だ。戦場という自覚さえなけりゃいい】
【へ? それはどういう……?】
【遊び場の如く、そこに向かえ。駆け回れ。たとえルシファーの前だろうと、そこはお前の遊び場だ。いいか? 間違えるなよ? 一瞬でも恐怖に呑み込まれたら、アズリーはそこで死ぬんだからな】
この言葉の後、ブルは眉を顰め、タラヲは驚愕した。
【そんな! そんな事したらポチさんが……!】
リナが、
【精神力が持ちません! 魔王の正面ですよっ!?】
フユが、
【ポチさんのが先に死んじゃいます……!】
ティファが、
【なんて酷な……!】
春華が目に涙を浮かべ、顔を手で覆ったのだ。
その経緯は知らなくとも、アズリーにはわかってしまう。
喜びで恐怖を塗りつぶす暴挙とも言えるポチの行動を、アズリーは気付いてしまうのだ。
「馬鹿野郎……! な、何で! 何で……っ!!」
視界は涙に塗れ、ただただポチを見る。
【なぁーんだ、簡単じゃないですかっ!】
ポチの決意はあの時と変わらない。
最愛の親友と共に、この遊び場を駆けると決めたあの時から、何も変わっていないのだ。
最愛の親友と共に、旅に出ると決めたあの日から、何も変わっていないのだ。
「遊びましょう! 馬鹿マスター!」
「っ! ……っ! う、五月蠅ぇ、犬ッコロ!」
泣いている場合ではない。
アズリーは目元を拭い、ポチを見る。
ポチはニカリと笑い、震えながらアズリーを見る。
幾千、幾万、幾億と繰り返されたポチへの騎乗。
今、正に、最強の二人が、世界の命運を賭けた、遊び場という名の戦場を――駆け巡る。
昨日のアイリーンの『四つよ!』の段階で「ほいほい」掛け声の事だとわかったという感想を頂きました。
やはりわかるものですかね?・x・
実は、わかったという感想が来てとても嬉しかったのです。
読者の皆さんとどこかで気持ちが繋がったみたいで、作者として感激でありました!
壱弐参




