◆458 奇禍
2019/8/8 本日1話目の投稿です。ご注意ください。
「ほい! オールアップ・カウント2&リモートコントロール!」
「ふんっ!」
「ぬがっ!」
アズリーの身体強化魔法。ポチの身体強化能力。アズリーの身体強化能力。
この一瞬の行動を見て、ルシファーがついに最後の誇りを捨てた。
「オールアップ!」
「「っ!?」」
荒い声で発動した身体強化魔法。それは魔王ルシファーが全てをかなぐり捨てた証だった。
未だかつて見せた事のないルシファーの動きに、アズリーは確信を得る。
(なりふり構ってられないって訳か……!)
ポチに跨がったアズリーは、素早くなったルシファーに対応するように無数の魔力の台を放った。
「くっ! しゃらくさい!」
それはアズリーによる簡易的な壁。
簡単とはいえ宙図を必要とするアースコントロールより、魔力だけで放てる魔力の台を選んだアズリー。
アズリーのこの妨害行為により、ルシファーの移動は困難となる。
そして、獣であるポチは多くの足場が出来た事により、逆に鋭敏な動きをする事が出来た。
(これでもまだルシファーのが速い! ならこれだ!)
「ほい! 四角結界・カウント10&リモートコントロール!」
アズリーの小さな結界魔術。これに対しルシファーは結界などないかのように真っ直ぐにポチに向かって来る。
しかし、確かに結界魔術はあるのだ。ないかのように見えるのは、ルシファーの魔力と突進力が強すぎて、瞬時に結界が破壊されているだけ。それでも、一瞬でもポチの助けとなるのであればアズリーはそれで良かった。
何よりも宙図速度を重視してルシファーと渡り合うには、この四角結界しかなかったのだ。
「最高ですよ、マスター! 後はお任せください!」
「五月蠅ぇ! 最高なのはお前の方だ!」
魔力の台、四角結界を張り巡らせる事で、ようやくポチとルシファーの速度が均衡を見せる。
「獣風情がっ! ガァアアアアアアアアッ!!」
ルシファーが極ブレスを放つ。
「ぬがっ! レガテレポ!」
「あ痛っ!?」
足でポチを強く挟んだアズリーは、超広範囲に向けられたルシファーのブレスを瞬間転移魔法によってかわす。
「くっ! はぁあああっ!」
手刀を振り払う事によって生じる空断裂。
その威力は風の特級系魔法を優に凌ぐ。
「ガァアアアアッ!」
そしてそれは、ポチの瞬間的なブレスによる反動でかわされる。
ルシファーの顔には、この戦場で初めて焦りが見えた。
それがポチにも、アズリーにもわかっていたからこそ、二人は懸命にルシファーの攻撃、接近をかわし続けた。
(馬鹿な……っ! たかが犬一匹増えただけ! それだけではないかっ!)
事実、アズリーはポチに騎乗する事によってこれまで以上の実力を発揮した。
それは、移動を全て任せるというポチへの信頼と、攻撃と攪乱を全て任せるというアズリーへの信頼――両者の互いへの信頼が生み出した、悠久のチームワークに理由があった。だが、ルシファーにはわからなかった。その疑問は解消される事はなかったのだ。
「こ、小癪な!!」
ルシファーはアズリーの魔力の台を利用し、ポチに迫った。
振りかぶられた拳が放たれ、アズリーのガードを打ち抜く。
「くっ!」
アズリーは後方に吹き飛んだが、ポチはルシファーの真下に落ちた。
そう、あの一瞬、アズリーはポチの背から足を放していたのだ。
ポチは落下を加速させるように零度ブレスを吐く。ついでのようにルシファーを狙って。
「ガァアアアアアアアアッ!!」
「チィッ!」
ルシファーが腕を振り払い零度ブレスを掻き消す。着地を急いだポチは、大地に下りるなりアズリーの下に走った。まるで受け止めるようにアズリーの背後に回ったポチ。まるで追いついて来るとわかっていたかのようにポチに再び騎乗するアズリー。
その全てが、アズリーとポチの信頼の証だった。
「大詰めだ!」
ポチが大地を走り、アズリーが瓦礫に埋もれていた無限の希望を拾う。掲げられた杖。放たれる魔法。
「ポチ・パッド・レーザー!!」
「ンキャァアアアアアアアッ!!」
アズリーのポチ・パッド・レーザーと、ポチの極レーザー。
ダメージだけを狙ったこの攻撃は、ルシファーの身体をかすめる。
「ぐっ!」
ルシファーが二人を睨むのも束の間、その時は訪れた。
魔法を放とうと宙図を始めたルシファーの腕がピタリと止まる。
これまで見せなかったルシファーの苦悶の表情。
それが今、アズリーとポチの前に現れたのだ。
アズリーとポチは知る。
最早、魔王ルシファーに魔力が残されていない事を。
魔力がなければルシファーの魔力壁もない。そして、魔力がなければルシファーの防御手段もないのだ。
逃げる事も、回避する事も、防ぐ事も出来ない。そんなルシファーがアズリーを睨む。
「く、くくくく……やれるものなら、やってみろ……っ!」
それは、二人にとって、ルシファー最後の抵抗に見えた。
だからこそアズリーとポチは、確信を持った。これが最後だと。
ルシファー、アズリー、ポチの疲弊は凄まじく、全員が全員満身創痍。
アズリーとポチの魔力も残り少ない。しかし、これが最後と、力強く前に進む二人。
ポチが駆け、アズリーが強大な魔力を込めた拳を振りかぶる。
「「オォオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」
ルシファーもこれを凌げば自身の勝ちだと理解していた。
両者は全身全霊を持って攻撃を放ち、受けた。
振り切られた拳は、魔王ルシファーのガードを貫き、顔を叩き、穿ち、ついには押し切った。
蒸発するように消えたルシファーの頭部。
全ての余力を出し切ったアズリーが、ポチが、その勢いのまま大地に崩れ、転がった。
「はぁはぁはぁはぁ……!」
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……!」
アズリーが不格好に倒れ込みながら、ルシファーの胴体を見る。
ポチがその場に崩れ落ちながら、ルシファーの胴体を見る。
油断は出来ない。ルシファーの生命力の高さは、アズリーとポチがよくわかっている。
その場に崩れ落ちる胴体。その場で動かなくなる胴体。
それを見て、ようやくアズリーの目が閉じられる。
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ…………おい、生きてるか?」
「こへっ……こへっ!」
「は、へへへ……ったく、犬ッコロめ……」
「ぬぎ……ぬぎぎぎっ!」
ポチが身体に力を入れて立ち上がる。
倒れたアズリーに、よろよろと近付くポチ。
「くっ! ぬくくくくくっ!」
アズリーもまた、ポチに近付く。
這いつくばりながら、全身の力を振り絞りながらポチに近付く。
それは、ポチがアズリーの手に甘えるため。
それは、アズリーがポチを労うため。
近付くポチの頭と、近付くアズリーの右手。
嬉しそうに顔を綻ばせたポチが、次の瞬間――バタリと倒れた。
「…………ぇ?」
アズリーには理解出来なかった。理解出来るはずもなかった。
先程までポチに目立った傷はなかった。しかし、今は違う。
それは、傷などという生やさしいものではなかった。いつの間にか、ポチの胸部に穴が空いていた。血は止めどなく流れ、ポチの顔は一気に生気をなくす。
「ポチ!? おいポチ!」
這いながら駆ける。アズリーの腕に抱かれたポチの瞳から色が消える。
回復魔法を放とうにも、アズリーの魔力はほとんどない状況。
自分にギヴィンマジックを放とうにも、その魔力すらない。
今のアズリーであれば、ギヴィンマジックが発動出来るようになる魔力が戻るまで、そう時間はかからない。しかし、ポチの傷は一分一秒を争うものだった。
「ポチ! おい、ポチ! しっかりしろっ!」
ポチからの返答はない。
「あぁ……っ! あぁっ! ポチ……っ……ポチ……!」
アズリーの目からは大粒の涙が流れ、気を失ったポチの目からも涙が流れる。
ポチを抱くアズリーが叫ぶ。
「誰か! 誰かっ!! ポチを! ポチを助けてくれぇえええっ!!」
その声は虚空に響く。
そして、アズリーの耳に届くのだ。
「やれやれ、危ないところだったな」
――――最悪の声が。




