437 最後の調整
ここは、エッドの南。
俺はポチから離れ、逃げるようにここへやって来た。
これからやってくる逃げられない戦いのために。
「アナタ、ポチに何言ったのよ」
それは、俺の背後から聞こえた……疑問ではない、決めつけたような聞き慣れた声。
振り返るとそこには、常成無敗のアイリーンがいた。
「どうしたんですか、その顔?」
最初に疑問を言い放ったのは逆に俺の方だった。
アイリーンの顔は、なんというかもう……過去見た事もないくらいにくしゃくしゃだった。髪はボサボサで目は真っ赤。三日三晩泣き通したかのような顔である。
「い、いいから、私の質問に答えなさい」
……やはり、この人にだけは言うべきか。
まぁ、それが筋か。
「……生きろと、命令しただけです」
「そういう事ね。いえ、そんな事だろうと思ってたわ」
アイリーンは、全てを理解していたかのように言った。なるほど、決めつけたように聞いてくる訳だ。きっとこの人は、俺がポチにどんな状況でどんな命令をし、どんな心情かもわかっているのだろう。
「怒らないんですか?」
「誰が怒れるのよ?」
「ん」
俺はアイリーンを指差して言った。
すると、アイリーンは頭を掻き、溜め息を吐きながら俺の隣に腰を下ろした。
俺もそれに倣うように腰を下ろす。
「……誰が怒れるのよ」
アイリーンは、同じ言葉を吐いた。ただ、今回は少し違った。
疑問ではなく、アイリーン自身の理解に同意を求めるような、そんな言葉だった。
「あ、でもヘルエンペラーは倒せって言いましたよ」
「最悪ね」
即答だった。
「自覚はあります」
俺も即答だった。
しかし、その後のアイリーンの言葉は、しばらく出て来なかった。
「…………ギリギリね」
「えぇ、ギリギリの戦いになると思いますが、ポチなら倒せます。必ず」
俺の答えが間違っていたのか、アイリーンはまた深い溜め息を吐いた。
何か、俺と一緒にいる時、アイリーンって溜め息ばかり吐いていないだろうか?
「違うわよ。ギリギリなのはアナタの気持ちの事」
「どういう事ですかね?」
「とぼけたってわかるわよ。これ以上ない程のパートナーに告げたんでしょう? 強制的な別れを。冷徹にする事で自分を保ってるようなものよ。緊張の糸をピンと張って綱渡りしてるみたいよ、今のアナタ」
なるほど、言い得て妙だ。と、思ってる段階で、自分がとぼけているのもわかる。
流石アイリーンだ。周りをよく見ている。
「で、どうしたんです? こんなところまで来て?」
「逆でしょう。アナタがこんなところにいるから来たのよ。何してたのよ?」
「あぁ、ちょっと対ルシファー用の魔術を考えてました」
「それって、ルシファーに一撃入れるための奇襲用の魔法ってやつ?」
「それはもう出来てるんです。それに、今考えてたのは魔法じゃなくて魔術です」
「はぁっ? じゃ、じゃあ一体何を?」
「もう、ここら辺にモンスターはいませんから」
「だから何よ? まぁ、ルシファーが皆集めちゃったんだから、レガリアは地獄みたいな場所になってるでしょうね」
「つまり、俺たちは経験値を稼ぐ事も封じられた訳です。だから、自分で作れないかなーと思いまして」
「何を?」
「勿論――経験値を、です」
瞬間、アイリーンが俺の胸倉を掴んで肉薄した。
「出来たのっ!?」
「実現だけは。でも、それは機能というレベルにまで達しませんでした」
「説明しなさい」
アイリーンの強い言葉に頷き、俺は立ち上がった。
「ほいのほいのほいのほい……光闇ノ儀」
悪魔召喚とは違う、召喚魔術陣。
俺の正面に、魔術陣の中から現れたのは、闇色の存在。
「人間……じゃないわよね?」
「えぇ、輪郭は人間そのものですが、実際には四大元素を集約した高位次元体です」
「い、生きてるって事……?」
震えながら高位次元体を見るアイリーンの質問。俺はそれに対し首を横に振った。
「草葉や微生物。それらの生命力を召喚し、四大元素で包んだ……謂わば棒人間。人形のような存在です。これを、こうして――」
俺は杖を振り高位次元体を吹き飛ばす。
「――倒す事により、俺に経験値が入ります」
「何よ……出来てるじゃないっ!」
嬉しそうな顔をするアイリーンだったが、俺は先程と同じく首を横に振ってそれを否定した。
「発動に必要な魔力はおよそ十万。そして、コイツから得られる経験値は……たったの一です」
瞬間、アイリーンは目に諦めを宿し、顔を俯かせた。
「実現だけって……そういう事ね」
「俺が発動出来るのは一回の魔力で三十体まで。ギヴィンマジックを使いながら一日中発動したとしても、稼げる経験値は一日数千程度。いえ、おそらく三千に満たないでしょう」
「今見た感じだと魔術公式もとんでもないものね……真似出来る人間はいないし、そもそも十万なんて魔力を持ってる存在なんて限られてるし、確かに使えないわね」
「えぇ、なので魔技の再確認と、魔技の可能性を考えた方が建設的だなーと思ったんです」
「魔力の方向性、魔力の台、隠者の安全地帯、十の魔……それ以外の魔技って事?」
「えぇ。勿論、現在ある魔技も、更なる可能性を考えてます」
「具体的には?」
「一番可能性があるのは十の魔……ですかね」
「一番可能性がないと思うのは気のせいかしら? 何? 足の指で魔法陣なり魔術陣なり描くつもり? ………………何よその顔は?」
「バカな、どうしてわかったんだ? って顔してません? いいでしょう? 名付けて、二十一の魔っ!」
俺が人差し指を立てて言うと、アイリーンはその指を掴み、強く握った。
「この! 一は! 一体何の一なのよ!?」
「流石に耳で描くのは無理なので、両手足の指以外で描けるところを探したんです。そしたらありました! どうです? 凄いでしょう!?」
「それは……はぁ。聞きたくないけど、聞いてから判断するわ…………」
「尻文字です」
瞬間、アイリーンは俺の指をグイと捻った。
「あいた!? ちょちょちょちょ! 流石に人差し指一本でアイリーンさんの全力は無理ですって! てか、何で全力出すんですか!?」
「靴脱いで尻振りながらルシファーに勝てる訳ないでしょう!」
「何言ってるんですか! ちゃんと手の指も――あ、そうだ舌も動かせば二十二になりますよ! あだ!? あだだだだだだっ!? あの!? 痛いんですけど!?」
「もしそれでルシファーに勝ったら、私が絵本作ってあげるわよ! 『尻魔法士の伝説』ってね!」
「おぉ、それはいいアイディアです! きっと子供たちは尻魔法士の伝説に――」
「――憧れる訳ないでしょう!」
「いってぇええええええええええええええっ!?」
何故アイリーンが俺に怒りを見せているのか皆目見当もつかないが、どうやらこの案は失敗に終わりそうだ。
結構自信あったのだが、冷静に考えてみると、ルシファーに真似されては俺に勝ち目が薄くなってしまうからな。なんたってルシファーも十の魔が使えるんだ。
ならば、ルシファー自ら尻魔法を真似するくらい訳ないだろう。
流石アイリーンだ。ちゃんと敵に魔法を奪われる事を想定している。正に現代の賢者というべき存在だ。俺もトゥースも見習わなくてはいけない。
「それで!? 別の魔技の可能性って何なのよ!?」
「あ、筋魔力と、魔式の書換、それに俯瞰の中点の事ですかね?」
俺がそう言うと、ようやくアイリーンはその手を放してくれた。そして、目を丸くした後、腕を組んで少しだけ恥ずかしそうにしながら言ったのだ。
「な、何よ。まともそうなのがあるじゃない……」
ふふふふ、そうだろうそうだろう。
「最初の以外」
はて? 最初はどの魔技について言ったんだっけか?
次回:「438 魔技の多様性」をお楽しみに。




