◆420 無数の民
繊細の虎ドラガンの弟子エッグの登場に、大多数の元十二士たちの顔が険しくなる。
「誰よ、コレ呼んだの」
先ず不満を零したのは、博愛の華弁キャサリン。
「まったく、格式高い十二士も地に落ちたもんですね」
キャサリンに続き、首を横に振って嘆いたのは剣鬼ジェイコブ。
そして、その嘆きは流星の魔戦士テンガロンも見せていた。ジェイコブのように身体を動かす訳ではなかったが、その目は確かにエッグを下に見ていたのだ。
「私は呼んでなかったはずだけど?」
アイリーンが見たのは、当然エッグとの繋がり強いドラガンだった。
ドラガンは咄嗟にアイリーンから目をそらし、犯人が自分である事を皆に示してしまったのだ。
「し、新旧含めた十二士の集いと聞いたので……はははは」
「た、確かにエッグさんは六勇士ですもんねっ!」
そんなドラガンをフォローしたのは六法士である超技の銀精アミルだった。
十二士内でも若く、年齢もエッグに近い事から、アミルなりに身についた処世術と言える。
アイリーンはそんなアミルを哀れに思ったのか、それ以上ドラガンを責める事は出来なかった。
「まぁいいじゃないか。ほれ、エッグ。そこ座りな」
エッグを席に誘導したのは、アズリーだった。
そんなアズリーの対応に、闇の光明ラッセルが微笑みを浮かべる。
黒拳ジェニファーは、ただアズリーの行動にうんうんと頷いているばかりだ。
「にしてもこれ、何の集まりっすか?」
当のエッグは、煙たがられている事など気付いていない様子だ。
「ガハハハハ! これで全員といったところかの!」
千剣万化のチャーリーの一言により、ウォレンとアイリーンが座布団に腰を下ろす。
ウォレンが一つだけ咳払いする。
「まず、お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。今日はこれより新旧十二士と魔法教室室長アズリーの会談を始めさせて頂きます」
「へ~、そんな事してどうするんです? お師匠様っ?」
エッグの目がドラガンにいく。
すると、ドラガンは自分の口に人差し指を持って行く。
「はいはい、黙りますよっ」
(ったく、だから呼ばなかったのに……)
アイリーンがエッグを呼ばない理由はこの一点だけであった。エッグが話し始めては、会談が円滑に進まない。そう考えた上での決定だった。当然これにはウォレンも関わっている。
エッグの沈黙を確認した後、ウォレンが再び口を開く。
「今しがた話に上がった通り、それを決める場だとも思っています。目的はただ一つ。人類の生き残る術……!」
ウォレンの言葉の真意。それは当然魔王の討伐にあった。
しかし、それをあえて拾わない者も、この場にいたのだ。
「簡単な話だ」
そう言ったのは、現魔法大学大学長であるテンガロンだった。
「と、言いますと?」
「魔王軍の軍門に降る他あるまい」
「「っ!?」」
驚いたのはテンガロンを除く全員。
しかし、それだけ衝撃的だったのだ。テンガロン程の識者が、この決断を出すとは思えなかったからである。
「……では――」
「――じゃあアナタは悪魔の家畜になる道を選ぶって事ねっ」
ウォレンの間に入ってテンガロンに言ったのは、常成無敗のアイリーン。テンガロンを見る視線は鋭く、強い。強弱はあれど、他の皆からの視線も、アイリーンの色に似ていた。
しかし、テンガロンはそれに反発するかのように、言葉を続けたのだ。
「諦めるという選択をした人間が、この世にいないとでも?」
「「っ!」」
その場にいる皆に投げかけられたテンガロンからの問い。
これには、誰も何も言えなかったのだ。
魔王の魔力を受け、悪魔の家畜となる事を選ぶ者もいる。テンガロンはそう言ったのだ。更にテンガロンは言った。
「民意は必ずしも一つではない。いや、無数にあると言っていい。少数派の意見が排除されるのは何故か? あえて言おう。そういう者から見れば、この場での事は明らかに迷惑であると」
人類が反抗する事により、人類の滅亡が早まる。
命が一番大事だという人間にとっては、確かにアズリーたちの行動は迷惑である。いや、害悪でしかない。テンガロンはそういった者たちを代弁するかのように言ったのだ。
「ふむ、確かに民意は一つではない」
テンガロンの言を認めたのはチャーリーだった。
「だが、その答えは果たして正解なのかのう?」
今度はチャーリーがテンガロンに投げかける。
相手は元十二士筆頭、千剣万化のチャーリー。片や六法士としての経歴は少ないテンガロン。しかし、テンガロンはチャーリーを真っ直ぐ見返してゆっくりと首を横に振った。
「私とて、それが正しいとは言わぬ。しかし、人類に残された道が限りなく零に近い以上、この選択が誤っているとも言えぬ。そうではないか、チャーリー殿?」
「返す言葉もないのう……」
「皆の者はいかがか?」
テンガロンの言葉に、誰もが言葉を詰まらせた。先程強い視線を送っていたアイリーンでさえも。しかし、この場で唯一口を開いた者がいた。
「その先に……その先に何がありますか?」
それは、魔法大学長に向けられた、魔法教室長の言葉。
思わぬ反論に、テンガロンは一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐに我に返ってアズリーに返す。
「それが人類存続の道だと言っている」
「いえ、それは破滅への道です」
この場で誰もテンガロンの言葉を否定出来なかった。しかし、アズリーだけは違った。
明らかにテンガロンを否定したのだ。
「考える事を放棄し、感情を殺し、心が死んだ時、人は死にます」
「何が言いたい?」
「……自我の崩壊」
静かに、しかし皆に聞こえるような透き通った声。
それは罪の戦姫ナターシャから出た言葉だった。
それに続くように、バルンが小さく手を挙げた。
「ナターシャさんの言葉でなんとなくわかったよ、アズリーの言う事。つまり、それって人間は家畜にすらなる事が出来ないって事でしょ?」
アズリーは俯きながら、反応を見せない。バルンの問いがあっているのかあっていないのか、それは問題ではなかった。アズリーは反応を見せる事を拒否したのだ。
「テンガロン殿」
「なんだ、ドラガン」
「人間は、心が死ねば身体も死にます。人間とは、それ程弱い存在なのです。アズリーさんはそう仰っているのです」
この言葉により、テンガロンの口が静かに閉じる。
しかし、ドラガンは続けた。その先をテンガロンに知ってもらうために。
「家畜同様の扱いを受けるだけだとお思いか? 悪魔が衣食住を与えてくれるとでも? その道を辿り、その先にあるものは? …………それは、やはり自壊の道です」
「……ふん」
言葉がなくなったドラガンとテンガロン。
誰もが言葉を失った中、中空を見ながら快活な言葉を述べた者が一人。
「ま、それが一番甘い考えって事っすねっ」
皆の目を丸くさせた存在。
それは、この場に招待されていない唯一の存在。
しかし、アイリーンもウォレンもこの時だけは思った。
――エッグの存在も、そう捨てたものではない、と。
エッグの一言により、場の空気が変わる。
テンガロンは目を伏せたまま事の成り行きを見守り、これ以上の反論を述べるつもりはない様子である。
これを見過ごすウォレンではない。再び場の進行に戻るべく、咳払いを一つする。
「では、これより魔法教室室長アズリーに、魔王ルシファーの戦力について説明して頂きます。アズリー君、お願いします」
道は一つではない。
しかし、魔王ルシファーにより多くの道は人類の破滅へと繋がる。
張り巡らされた無数の破滅の糸の中から、希望を見出せる確率は?
それを選ぶのは一体誰なのか。はたまた選ぶことすら出来ずに終わるのか。
人類生存の道を考える道は、限り無く、そして蜘蛛の糸のように脆い。
会談は始まったばかりである。
限りある時間の中で、蜘蛛の糸を強靱にする案は、はたして見出せるのか。
次回:「◆421 才能の場」をお楽しみに。




