◆421 才能の場
「今日は、元気がありませんね、チャーリー様」
これまでのやり取りの中、いつもの覇気がないチャーリーを怪訝に思うドラガンが口を開く。
すると、チャーリーは片眉を上げ、隣にいるドラガンを渋い顔で見たのだ。
「ドラガン殿、儂はな、自分が非常に情けないのだ」
「それは珍しい事です」
皮肉とも思われるドラガンの言葉。
しかし、そう思ったのはこの場でアズリーだけだったのだ。
十二士をよく知るもの、十二士だった者は皆チャーリーを知っている。
これは、本当に珍しい事なのだ。
「それで? 千剣万化のチャーリー様ともあろう人が、何を情けないって?」
ここで口を挟んだのはキャサリン。
チャーリーは長く十二士筆頭だった老練の男。
十二士たちからの信頼は厚い。たとえキャサリンであろうと、それは見逃せなかったのだ。
「皆、先の戦いには関わっているじゃろ。あのクリートなる輩がこのエッドを襲撃したあの戦いを」
皆が口を結ぶ。
それは、当然良い思い出とはいえない。
しかし、戦魔国の象徴とも呼ばれた十二士だった者にとって、良い悪い以上に片付けられない問題があるのだ。
「いくら限界突破があるとはいえ、あの戦い……活躍をしたのは名も知らぬ多くの者たちだった。当然、白翁アージェント率いる白銀、トウエッド代表チームの銀とクッグの猪共と名前の知られていた者は多い。じゃが、儂が言いたいのはそういう事ではないのじゃ……」
チャーリーが言葉を失う。何もない天井を見上げ、ただ黙って言葉に出来ない思いを、顔に浮かべるのだ。
それを丁寧に掬うかのように間に入ったのは、彼を長く知る元六法士だった。
「つまり、チャーリー様はこう言いたいのですね? ……『我々は、何も出来ていないではないか』と」
そんなアイリーンの現実を突き付ける言い方に、剣鬼ジェイコブがピクリと反応する。
「……嫌な言い方をしますね、アイリーン様?」
しかし、当のチャーリーがそれを否定する。
「いや、いいのじゃジェイコブ殿。……ありがとう、アイリーン殿」
そして、ジェイコブの良き理解者でもあるキャサリンも、チャーリーとアイリーンの言葉に同意する。
「間違ってないわよ。私たちは強さの象徴。それが、名前もわかんないようなやつらより活躍出来ないんだもの。まぁこの場で活躍って言い方は適切じゃないわね。つまり、戦力として劣ってるって事。チャーリー様はそれが言いたいのよ」
「おや……」
静かにそう零したのはラッセルだった。
目を閉じながらも微笑みを浮かべるラッセルに気味悪さを覚えたのか、キャサリンが目を逸らしながら聞く。
「な、何よ。ラッセル」
「いえ、あのキャサリンさんが丸くなったな、と。そう思いまして」
「五月蠅いわねっ」
そんなキャサリンの反応に、ジェイコブが目を丸くし、アミルとドラガンはクスリと笑った。その状況に嫌気が差したのか、キャサリンが拳を強く握り立ち上がろうとした瞬間、アズリーは微笑みながら言った。
「俺は、この瞬間、この時間、今日という日が無駄になるとは思えません」
「……どういう事よ?」
キャサリンの問いに、アズリーは頬を掻いてから答える。
「十二士は、本来魔王が復活した際の対抗策として考えられた組織だと聞いています。六法士、六勇士に選ばれる人材は、やはりその時代最強の十二人だったはずです」
「それが、今は覆っている」
キャサリンはアズリーの話に鋭い指摘を入れた。
しかし、アズリーはゆっくり、しっかり……まるで皆に優しく諭すように丁寧に首を振ったのだ。
「……覆っているのは限界突破を使い、単純にレベルを上げただけ――というのがほとんどのはずです。当然、中には類い希な才能を持った人間もいます。しかし、それは単純に野に埋もれていただけ」
「……何が言いたいのよ?」
口を尖らせるキャサリンの視線は冷たい。
しかしその直後、アズリーの言葉は、キャサリンだけではない十二士会にいた人間たちの目を変えたのだ。
「あなたたちには才能があります。誰よりも早く戦魔国最強の十二人になったという十二分な才能が。それは決して、レベルだけじゃないはずです。誰よりも認められ、誰よりも巧みに、誰よりも豊かな術を持っていたはずです」
誰も口を開かない。
それは、アズリーの言葉に不信感を持ったからではない。
この場にいる者たちは皆、十二士になるべくしてなった。アズリーの言葉の真意に気付く事は、然程難しい事ではなかったのだ。
誰よりも励みながらも認められず、悠久を生きる事でしか豊かな術を得る事が出来なかったアズリーが言い放った言葉だからこそ、皆は真っ直ぐに受け止める事が出来たのだ。
キャサリンの冷たい視線は霧散し、後に残ったのは小さい点のような揺れる瞳。
その自覚があったのか、キャサリンはそれを振り払うように頭を振った。
「だ、だから何だってのよっ……」
「キャサリン」
「何よジェニファー?」
「アズリーはこう言ってる。『ここは才能を見せる場だ』ってね」
ジェニファーの一言に、アズリーは苦笑し、アイリーンとウォレン、そしてジェニファー自身も小さく笑ったのだ。
続きバルンが微笑みを見せ静かに目を瞑る。直後開いた大きな目には、この場にいる誰よりも光り輝いていたのだ。
「アズリー、魔王ルシファーの『超越者ノ覇道』だっけ? それを肌に感じてどうだったの? 詳しく教えて」
「しかしそれは、既にアイリーンさんから――」
「――違うよジェイコブさん。まだ僕たちは聞いてない。魔王と戦い、倒し、復活した魔王とも戦い生き延びた男の肉声を」
バルンの指摘にジェイコブは押し黙る他なかった。
そう、アイリーンから聞いた魔王の能力は情報のみ。実際戦ったアズリーの言葉とでは重みが違うのだ。それを噛み砕き、咀嚼し、呑み込み、自らの糧となるべきモノを放棄する事は、戦いに身を置く者として、あってはならない事だからだ。ジェイコブにも、いや、この場にいる全員がそれを知っていた。彼らは皆元十二士。戦魔国最強を歩んだ、才能豊かな人間たちなのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――つまり、超越者ノ覇道は、ルシファーの脳内にある記憶――魔法陣や魔術陣を術者の肉声を介する事なく発動出来るんです」
「正に、魔王の成せる業といったところじゃな」
アズリーの説明が終わり、チャーリーがルシファーを称賛すると共に恨めしそうな顔をする。
「それってさ、やっぱり究極限界状態だったのかな?」
「その通りですバルンさん。究極限界状態で、ルシファーの肉声『超越者ノ覇道』を認識させていました。あれはおそらく究極限界に更なる効果を付与する付与魔法、もしくは付与魔術と考えるのが正解だと思います」
「なら魔王の口を閉じちゃえばいいんじゃない? 縫い付けちゃったりしてさ?」
いかにも素っ頓狂な事を言って、皆を沈黙に追いやったのはやはりエッグ。
ドラガンも流石に頭を抱えた瞬間である。
しかし、アズリーは違った。エッグを指差し、口を開くのだ。
「悪くないな。縫い付けるのは無理だとしても、何かしらで音声認識を阻害させる方法。これは検討の余地ありだ」
「うぇ?」
言った本人のエッグですら驚く。
続きアイリーンがアズリーを指差す。
「拡声魔法を使って物理的な障害を狙えば?」
次にアミルが手を挙げる。
「この前究極限界を教わった時に試しましたけど、それ出来ませんでした」
チャーリーが頷く。
「儂が拡声魔法陣の上に乗って大声を出して妨害したが、どうやら術者の肉声をかき消す方法は難しいようじゃ」
ジェイコブが腕を組みながら言う。
「でしたらもっと根本、究極限界を発動させなければいいのでは?」
ラッセルが首を横に振る。
「単純な魔力解放に近い状態です。無数の結界を張ったとしても難しいでしょう」
ウォレンが眼鏡を上げ補足する。
「確かアズリー君が過去の魔王を倒した時、都合百六十八の聖十結界で魔力を封じたと言ってましたね?」
ウォレンに振り返ったジェニファーがそれを肯定する。
「言ってたな。ならあっちもそれを警戒してるっしょ?」
ドラガンが首を縦に振り私見を述べる。
「同じ轍を踏むなど、戦いに生きる者として避けて当然です。……ではもっと根本?」
テンガロンの片眉が上がる。
「根本? 究極限界の根本こそ魔力の放出ではないのか?」
ここで止まるほど、この場の才能は貧しくない。ある者が可能性を提示し、ある者が見識や体験を述べ、討論は徐々に深みを帯びる。
止まらぬ才能の場。しかし、究極限界を防ぐ方法をいくら探しても、やはり答えは出てこない。
直面する大きな問題に躓きそうになった一瞬、キャサリンの口が静かに開かれる。
「……魔力」
「「っ!?」」
誰もが聞き慣れた言葉だった。
しかし、それを肯定するには……余りにも相手が強大過ぎたのだ。
だからこそ、この場で一番の魔力保有者が口を開けるしかなかったのだ。
「魔王ルシファーの魔力……MPを、枯渇させる……?」
それは、余りにも無謀な試み。
次回:「◆422 茶目っ気」をお楽しみに。




