◆422 茶目っ気
キャサリンが零した言葉を、アズリーがすくい上げ、言い放った余りにも大きな問題。
誰もが沈黙し、息を呑む。
お調子者のエッグが零す言葉も――
「――ハ、ハハ……」
やはり、乾いた笑い声のみ。
俯く皆の視線。その中で、唯一上がる光。その光は輝き、その拳は強く、その情熱は熱い――ただ一つの光。
「……可能性は零じゃない」
魔王ルシファーに負けたあの夜。あの月夜に相棒ポチが言った「可能性はあります」という言葉。限りなく低い可能性。しかし、限りある手である事は間違いない。
アズリーは目を瞑り、俯き、やがて汗をかき、ブツブツと独り言を始めたのだ。
その異常ともいえる異様な光景に、既視感のあったウォレンが叫ぶ。
「イツキさん、紙とペンを! あるだけ持って来てください!」
『ほいさ!』
廊下に待機していた雑用係のイツキ。
あっという間に集められた分厚い紙の束。
「MPを枯渇させるなら魔法の選択はやはりMPの低下魔法――レデュケイト・マジックポイント。これに加速魔陣を組み込んで奴に叩き込めば、毎秒百のMP低下が見込める……いや、毎秒百の低下じゃ低すぎる。魔王ルシファーの魔力はおそらく五百万を超える。レデュケイト・マジックポイントの改良、加速魔陣の改良、更には極化が必要。そうなると、発動出来るのは俺とトゥースのみ? いや、それじゃあダメだ。これは設置型魔法陣では出来ない。魔王の動きに合わせる必要がある。どうしても奴の身体に直接描き込む必要が出てくる」
一枚、また一枚と紙が丸められ、飛んでいく。
それを拾うアミル。
「……凄い。既に相手の身体に描き込む魔法陣が完成してる」
横からそれを覗くバルンが目を丸くする程の衝撃。
「何だよこれ。結界魔術で魔王ルシファーと魔法陣を癒着させるってどういう意味っ?」
他の紙を拾ったラッセルが、インクの触感を確かめながらアズリーの文字を読み解く。
「これは……加速魔陣の公式無視っ? そうか、ここを並列処理して魔力供給量でバランスをとれば、効率は数倍に跳ね上がる」
「いえ、その案は既にこちらで更新されています」
食い入るようにアズリーの新たな紙を見るウォレン。
「なんとっ!?」
驚くラッセルの前に再び紙が落ちる。
ラッセルがインクの跡を追い、アミルとバルンはそれを左右から覗き込む。
「これが一つの魔術陣の情報量ですか……!」
「こんなの……手が追いつかないですよ!」
「それだけじゃないよ。一つ一つの動作に均等な魔力供給が必要みたいだ……!」
「違う……こうじゃない」
再び丸められる紙。
「これすらも……足りないと……?」
血眼とも呼べるアズリーの瞳は、既に紙を見るというより、その脳内にある情報をただ覗き見ているようにも見えた。
呆気にとられる六勇士陣に、アイリーンが小さく零す。
「私たちが出来る事は少なそうね」
それが、退室を促す言葉だと、誰もが理解出来た。
しかし、六法士陣は、それを拒否するかのようにその場に残ったのだ。
「邪魔はしません。全て読ませて頂いた上で、更なる可能性を探すお手伝いがしたいのです」
ラッセルの真剣な言葉。そして漆黒の眼差しに、アイリーンは静かに頷いた。
アズリーの隣に座るジェニファーは、腕を組んだまま動かない。
「私はここにいるよ」
「あなた、何を……っ」
アイリーンはそう言うも、他の六勇士もそれは同じだった。
「アイリーン殿、わかってはいる。わかってはいるが、儂はここに残らせてもらう」
チャーリーも、
「戦士側の知見も、必要かもしれませんからね」
ドラガンも、
「まだこの会議終わってないんでしょ?」
エッグも、
「魔王ルシファーを倒すための魔法でしょ?」
「完成に立ち会ってこそですよ、アイリーン様」
キャサリンも、ジェイコブも、
「あそこのお爺さんも、動かないし」
無言でアズリーが書いた紙を見るテンガロン、それを指差すナターシャも、
「アズリー君のこの魔法、見届けるのが友人としての務めかと」
ついにウォレンまでもがそう言った。
アイリーンはへの字に口を結び、目を震わせながらストンと自分の座布団に座る。
「ふんっ!」
アイリーンの着席に皆がくすりと笑った直後、そのアイリーンの耳に聞き慣れない言葉が跳び込んだ。
「アイリーンさん、お茶!」
「はぁ!? イツキに頼めば――」
「――お茶!」
アズリーから飛んできた茶の要請。
しかし、隣で紙を書き殴るアズリーの汗は確かに尋常ではない。
アイリーンは人生初のお茶汲みを、買って出る他なかったのだ。
「貸しよ貸し!」
「お茶!」
「わかったわよ!!」
アイリーンが襖の奥に消える。
しかし、尚もアズリーの筆は進む。
ナターシャの前に飛び、舞った紙は丸まっていなかった。
「この人の字、丸くて可愛いね」
ナターシャがそれをウォレンに飛ばす。
真っ直ぐに飛んだ紙を受け取ると、眼鏡をくいと上げたウォレンが呟く。
「それについては同感です。……ふむ、どうやら加速魔陣はこれ以上ないくらい効率化したようですね」
ウォレンの背後にアミルとバルンが回る。
「「おぉ~……!」」
感嘆の声が漏れ出る二人。
「あ、ここの公式の蓋! ちょっと魔力抑えられるよ!」
瞬間、バルンの胸倉がグイと掴まれ一気にアズリーに引き込まれる。
「いったっ!? 今、首置いてかれたよ!?」
「今の話、本当ですかっ!?」
「あ、え? うん、僕がいつも使ってる公式の蓋は使い勝手いいんだよ」
「それ! 教えてもらっても!?」
「も、勿論いいけど、あの、痛いよアズリー? あと、顔近い……んだけど?」
「アイリーンさんお茶二つっ!!」
『はぁああ!?』
魔法教室の奥からアイリーンの強烈な疑問の声が届く。
「なるほど、部分的とはいえ、少しでも効率化出来るのであれば私共にも協力する事が出来る。という事ですか。あ、アズリー君。ここにゴミ情報がありましたよ。これを削れば供給割合を一割上げられます」
「お茶三つです!!!」
『何なのよっ!?』
アイリーンの怒り交じりの声は更に大きくなり広間に届く。
ウォレンが紙を掲げ、皆に言う。
「これは、間違い探しのようなものですね。しかし、これをやる事は無意味ではありません。戦士の方々も直感に優れた方ばかり。ほんの少しの違和感は、全部表に出すようにしてください。検証はこちらで行います」
そんなウォレンの言葉に、すくりと立ち上がったのはナターシャとジェニファー。
「誤字発見」
「ココ!」
ナターシャは冷静に間違いを指摘し、ジェニファーは違和感だけを指摘する。
その紙に触れるラッセルが核心を突く。
「そういう事ですか。ここの誤字に気付かずアズリーさんが魔法式を迂回させたため、ジェニファーさんの違和感に繋がってます」
「アイリーン様、お茶、更に三つ追加です」
『キィイイイイイイイッ!!』
ウォレンがナターシャ、ジェニファー、ラッセルの功を労うようにお茶を注文する。
「ガハハハハハ! アイリーン殿の茶が飲めるならば儂も頑張らねばな!」
「チャーリー様はどこか気になる点でも?」
「あれはなんじゃいウォレン殿!」
チャーリーが指差した先には、アズリー独自の魔法公式が描かれていた。
「そうですね、これは魔力の通りを変化させる公式のようです。この魔力の通り道は、どうやら真っ直ぐに通れないようなので、管を増やして停滞を防いでいるようですね。並列供給に近いですが、違ったものです。まったくよくこんな公式が――」
「――その管、繋げたら詰まってしまうんじゃな?」
「え、えぇ。そうです」
「上下に変化は出来んのかいのう?」
「………………平面の式に部分的立体式を? しかしそれはあまりにも繊細な……いえ、戦士適正の高いアズリー君なら或いは――っ!?」
「出来ましたウォレンさん! どうですか!?」
ウォレンの思考以上の速度で、アズリーはそれを書き上げていた。
目を丸くするウォレンに、エッグとドラガンの声が届く。
「師匠、何かきたねーっす」
「こらエッグ。整然としていないと言いましょう」
「はい、きたねーっす! 師匠!」
「ウォレン殿、筆を」
ドラガンの清書により、アズリーの丸文字が最適化される。
「ふふふ、文字を整えるだけでここまで詰めますか。確かに物理的に情報量に空きがあるので、更なる効率化が可能ですが、これはやはり余りにも戦士的……!」
「一ミリの誤差も許さぬ式になりますが、アズリーさんの負担は大丈夫でしょうか?」
「お茶三つ追加です!!!!」
ドラガンの心配をよそに、アズリーから茶の催促が加わる。
『っっっ~~~~!!』
「どうやら問題ないようです。まぁ、なんとかしてしまうのがアズリー君なんですよね♪」
アイリーンの奇声が聞こえるも、嬉しそうなウォレンの説明にかき消される。
「あ、ここへんよね」
「僕はここだと思いますよ、キャサリンさん」
「見ます!」
アミルが身を乗り出し、キャサリンとジェイコブの指摘を検証する。
「……あ、でもここは――」
「――何よ? ダメだった?」
「いえ、そういう訳ではないんですが……」
言葉に詰まったアミル。
しかし、それを気にしないのがアズリーである。
「是非、聞かせてください」
他の考察に没頭しながらも、魔の知見について妥協する事はない。それがアズリーなのだ。
「音声認識の公式です。キャサリンさんはその入り口、ジェイコブさんは出口の部分を指してました」
「「なるほど」」
揃ったのは魔法士全員の言葉。
「なんともまぁ」
「キャサリンさんとジェイコブさんらしいですね」
「どういう意味よ!? バルン! ラッセル!」
見合って言ったバルンとラッセルに、キャサリンが食いかかる。
しかし、それを無意識、無自覚に肯定するのがアズリーなのだ。
「そっか、ここを削っちゃえば魔王ルシファーに奇襲が成り立つか。どうせ宙図でしか成り立たないし、アリだな。いやー、流石意地が悪い二人の意見だ。参考になる」
「「なっ!?」」
「お茶二つです!!!!」
反論の言葉はアズリー全力の肯定によりかき消され、二人の目は丸くなる。
そんな二人の反応に、皆が苦笑する。
行き場のない二人の憤り。しかし、それは二人がかつて経験したことのない、なんとも言えない憤り。次の瞬間には霧散してしまう、小さな憤り。
血眼になるアズリーが余りにも真剣過ぎて、怒るのが馬鹿らしくなってしまうのだ。
「……ま、アイリーン様のお茶が飲めるし――」
「――えぇ、良い経験です」
キャサリンとジェイコブは肩を竦めて見合う。
「むぅ……! ん?」
ドラガンが清書した紙を睨みながら、アズリーが唸っていると、眼前に四角い影が見えたのだ。顔を上げると、そこには、テンガロンの姿があった。
「ふん」
四角い影の正体。渡された紙には、アズリーの知らない省略公式の変換法が書かれていた。
「私なりに考えた結果だ」
「おぉ……! ありがとうございます!」
「ふん、魔法大学を卒業してれば考えつく略式だ……」
テンガロンは顔を背けながら言う。
魔法大学を一年で退学になったアズリーは、それを皮肉と取らず、笑顔で受け取る。
「お茶――」
「――いらん」
アズリーの言葉を遮るテンガロン。
その意味はすぐにわかった。左手で渡された略式の紙。右手には熱々のお茶。
『ちょっとテンガロン! それアズリーのよ!?』
アイリーンの言葉が広間に届き、そのテンガロンの言葉の意味を知る。
「もうもらっている……」
お茶を啜るテンガロンは、ニヤリと笑ってアズリーを見たのだった。
正直、今回のサブタイトルは自信があります。
ほんと、頑張ったと思います。
さぁ、感想の「良い点」にサブタイトルの文字をですね……ごにょごにょ。
次回:「◆423 ブルーツの背中」をお楽しみに。




