418 唯一無二
「…………動き始めたか」
「気付いたか?」
トウエッドの首都エッド。
双子の巫女の神殿跡で精神集中をしていた俺の背後にやってきたのは、極東の賢者とも呼ばれる知肉のトゥース。
見上げるような巨躯と、濃密な魔力がチャームポイントの、数千歳の男児だ。男児だ。
「何だ、来てたのか」
「『何だ』じゃねぇよ。あれだけの魔力が動いて、俺より魔力のあるお前ぇが気付かないはずがねぇだろ」
遠く西の地で感じる魔力の動き。大きく、そして小さい魔力が王都レガリアに集結しつつある。
俺も、そしてトゥースもそれに気付いたという訳だ。
「モンスターか?」
「そうだろうな。ランクの上下に関係なくレガリアに集中してる」
俺がそう言うと、トゥースが口を尖らせた。
「さっすが人類最強だな。そこまでわかるのか」
言いながらトゥースは、俺を皮肉った。
しかし、その目は些かも笑っていない。
「ん? 何だ、わざわざ眼鏡直したのか?」
俺の新調した眼鏡に気付いたのか、トゥースは自分の目を指差して言った。
「ポチのヤツが五月蠅いんだよ。『トレードマークはどうしました!?』って」
「ふん……ま、ポチなら言いそうだな。しっかし……世界中のモンスターを集めるつもりかね、ルシファーは」
「低ランクのゴブリンだろうが、集団戦に加われば脅威だ。それをルシファーも知っているって事だろう」
「ま、ちょこまか動かれたら厄介だろうな……」
トゥースは顎をポリポリと掻きながら中空を見る。
そんなトゥースに、俺は常々疑問に思っていた事をぶつけてみた。
それは、人類の新たなる希望になるかもしれないと思ったから。
「なぁ、トゥース」
「あん?」
「……お前、いつから限界突破してないんだ?」
そんな俺の疑問……その中にある期待に気付いたのか、トゥースは鼻をすんと鳴らした。
「淡い期待なんかすんなよ」
トゥースは俺の言葉を一蹴した。
そして、その理由を語るようにトゥースは続けた。
「前に言っただろう? 『俺にとっちゃそこまで大事でもねぇ』ってな」
その言葉を聞き、俺はライアンたちをフォールタウンで助けた後、トゥースとした念話を思い出した。
そうだ、確かにあの時トゥースはそう言っていた。
つまり、トゥースには限界突破の魔術陣が必要ないという事。
「詳しく話したってどうしようもねぇがな、俺様は賢者の石と限界突破の魔術を体内に組み込んでんだよ。お前ぇの体内時計の魔術みたいにな」
「なるほど、そういう事か。じゃあブルも?」
「あぁ、俺様の使い魔ってのが原因だろうな、勝手にレベルが上がりやがる。まぁ、最近はてんであのやかましい音は鳴らねぇけどな」
面倒くさがりのトゥースがやりそうな事だ。
まぁ、レベルを上げるのにわざわざ冒険者ギルドに行くのは面倒か。
「……そうか。あわよくば、トゥースのレベルアップに期待したんだけどな……ははは」
俺の落胆を表す言葉を拾ったトゥースは、いつになく真面目な顔で俺を見た。
「……そりゃ残念だったな」
「何だその顔?」
俺が真面目顔のトゥースを見ると、その指摘が嫌だったのか、すぐにトゥースは顔をぶるるると大きく振った。
正に獣だな。ポチやブルみたいだ。
「はん!」
腕を組んだトゥースが何もない空を見上げる。
「……お前ぇしかいねぇって事だな」
「新たな聖戦士の誕生くらい願ったっていいだろう?」
「はははは、そりゃ無理な話だ」
「だよなぁ……」
「今更神に願ったところで全てが遅い。その願いの力が神に届く事はない。あの魔王ルシファーがいる内はな」
そういえば、ルシファーもそんな事を言っていた。
確か、神の魔力を超えたとか言ってたな?
そんなふとした会話から出てきた疑問。俺はそれが引っかかり、答えを出せるはずもないトゥースに聞いてみたのだ。
「なぁ、トゥース。神様の魔力ってどんなもんなんだろうな?」
「はっ! 知るかよ」
まぁ、そうだよな。
しかし、トゥースはその話を続けた。
あくまで推測の範囲を出ない回答だったが、俺に付き合うためか続けてくれたのだ。
「……まっ、強力な聖戦士の称号を三つ付けられるくらいには強力なんだろうな」
「……そっか。じゃあ魔王ルシファーの魔力は?」
「はぁ!?」
「いや、ルシファーが前に言ってたんだよ。『余の魔力は既に神を超えた』って」
俺の説明を聞き、トゥースが渋面を俺に向けた。なるほど、良い表情筋だ。
「お前ぇ……よくそんな事軽々しく言えるな?」
「ちゃんと場所選んでるじゃないか?」
神殿跡には俺とトゥースしかいない。
これ以上ない時と場合だと思う。
すると、トゥースはアイリーンがよく俺と話してる時にするような溜め息を吐いた。
「はぁ~……そりゃもう魔神だな」
「……おぉ~」
「おい、今、お前ぇちょっとカッコいいとか思っただろ!?」
「いやカッコいいだろ! 魔神!」
「何呑気な事言ってやがる! さっき俺様が渋くキメてやったろ! 『……お前ぇしかいねぇって事だな』って! その魔神に勝たなきゃなんねぇヤツの台詞とは思えねぇな!」
「いや、さっきのお前の台詞のどこが渋いんだよ! お前のカッコいいところなんてその筋肉だけだろうが!」
「悔しかったらお前ぇもなってみろよ! はははははは!」
「生活に支障が出るから魔力循環させてんだよ! 本当ならもうお前の筋肉超えてるんだよ!」
「……馬鹿みたい」
そんな俺たちの間を割って入って来たのは、戦士リーリア。
彼女は自分の肘を抱え、まるで馬鹿を見るかのような目で俺たちを見下してきたのだ。
「なんでぇ、年増かよ」
トゥースはリーリアにそう言った。相変わらずリーリア弄りが好きだな、トゥースのヤツ。
俺はその時、リーリアの額の血管がピクリと動いたのを見た。久しぶりに見たな、視認出来る程の青筋。
「……あ、貴方たちの魔力が高まってきたから…………注意しに来たのよ…………カカッ」
既にスイッチが入り掛けてるリーリア。
確かに、俺とトゥースの魔力がここで高くなったらエッドの住民にも迷惑がかかる。
リーリアの好判断だと言えるが、ここでトゥースが追い打ちをしたら、俺とトゥースじゃなく、リーリアとトゥースの魔力が高くなってしまうだろう。
まぁ、二人も大人――
「帰って赤帝牛の乳でも吸ってろよ」
「クカカ……冗談はその馬鹿でかい筋肉だけにしとくのね。赤帝牛は雄よ!」
「あの子とか、あのリーリアちゃんが可愛くなっちゃいまちたね~? てか、筋肉は馬鹿でかいんじゃねぇ。筋肉は魔法だ!」
「コ、こ、殺――」
「――おぅ! 殺してもらおうじゃねぇか!」
――じゃなかった。
結局二人は練られた魔力のぶつけ合いを始めそうになってしまった。
……ったく、仕方ないな。
「ふんがぁっ!!!!!!」
解放した俺の魔力は、一瞬で二人の魔力を包み込み、天を貫いた。
霧散する自身の魔力に呆ける二人。俺は魔力を維持したまま口を開く。
「そこまでだ」
俺は二人の喧嘩を仲裁するため、二人の間に入ってそう言った。
しかし、おかしい。回復したリーリアは、ジトッとした目で俺を見るのだ。
「結局魔力放出してるじゃない」
あ、やべ。
トゥースも俺を馬鹿にするに決まって――……ん?
トゥースは俺の魔力を目で追ったままなのか、視線は天に向かっていた。
そして、先程のように天を見ながら言うのだ。
「やっぱり……お前ぇしかいねぇってこったな」
ルシファーに対抗する術……もう一度考え直さなくちゃいけないな。
次回:「419 新旧十二士集合」をお楽しみに。




