417 愚の骨頂
リナは今何て言った?
フユが俺に告白しただと?
だってアレは違うだろう? フユは甘い物が「好きです」と言ったのを、周りの皆が勘違いして拾っただけだろう? それを認めたという事なのか? そうなんだよね、フユ?
「ひゅっひゅっひゅ~」
駄目だ。フユがポチみたいな逃げ方している。
いや、待て。俺は過去、フユが口笛を吹いている姿を目撃した事がある。
しかし、今のコレは明らかにへたくそだ。つまりそれは、フユの唇が乾燥している証。
つまるところフユは……緊張している? 一体何故?
いやいや、待て待て。今それを考えるよりも、弁明を先に――
「――アズリーさん、これでも尚……嘘を吐くのですか?」
嘘? そうか、単純な事だ。
フユは俺に対しても、リナたちに対しても嘘を吐いている。
だから真実を共有しているはずの俺と、目を合わせてくれないのだ。
しかし何故フユはこの場で嘘を? くそ、謎が多すぎる!
何だこの魔女裁判は!? いや、ここで裁判に掛けられているのは俺。
つまりこれは…………大賢者裁判!?
「被告アズリー! 何故そんな嬉しそうな顔をするのですか!?」
ちっ、五月蠅い犬ッコロだ。
しかし、俺の笑みが零れたせいで、三人の女子の顔が悲しそうになった? これは何故?
そして反対に何故かフユの顔が嬉しそうだ。ぬぅ、何だこの謎だらけの裁判は!?
いやしかし考えてみろ。この謎を解けば……俺はまさか大賢者――巨大賢者という事になるのではないか!?
ふふふふ、いいぞ。巨大賢者。筋肉がありそうでいいじゃないか。
「それじゃあ……ほ、本当…………なんですね?」
リナ、ティファ、春華が俯く。
ポチは天井を見ながらうんうん唸っているが、
「う~ん…………まぁ、マスターがそう決めたのならいいでしょうっ!」
と、最終的には何かに納得していた。ふむ、皆黙ってしまった。
やはり、この誤解は早々に解いておいた方がよさそうだな。
そう思い、俺が口を開いたと同時に襖が開いた。
「あの――」
「――何やってるの、アナタたち?」
襖の寿命を縮めそうな勢いで襖を開いたアイリーンが、ツンとした表情で立っていたのだ。
皆がアイリーンを見るが、ポチ以外の女性陣は皆口を噤んだままだった。
仕方ないので、俺がアイリーンを逞しい目で見た。
「巨大賢者裁判です」
「何よソレ? 自分が賢者だなんて本当に思ってるなら、愚の骨頂ね」
「なっ!?」
「こんな馬鹿みたいな事やってないで、さっさと皆の魔法指導に行きなさい」
「え、いや、だって――?」
「いいからっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まるで牙でも生えているのかと思う程、アイリーンは歯を剥き出しにしながらギャースカと俺を追い出した。しかし、俺が去った後、先の広間からはそれ以上のお説教の声が聞こえてきた。「フユ」だとか「あの馬鹿」だとか「フユ」だとか「あの馬鹿」だとか。はたして「あの馬鹿」とは一体誰の事なのか。これは魔王ルシファーの「超越者ノ覇道」クラスの謎だと言っても過言ではないだろう。
皆への指導があらかた終わった後、しょぼんと項垂れるポチと、怒りという感情が全日サービスで付いているんじゃないかって感じのアイリーンが魔法教室の室長室にやってきた。
「あの、何でそんなに怒ってるんですか?」
「『怒ってるんですか?』じゃないわよ! 何でフユの嘘を指摘しなかったのよ!?」
「いや、何か狙いがあるのかと思って……」
「狙いがあるとして、それはどんな狙いなのよ!」
「…………くっ! 頭が……!?」
「変な芝居したって駄目よ! 何も考えてないじゃない、アナタ!!」
バシンと俺の机を叩くものの、アイリーンは全然迫力がない。
「…………懸垂でもしてるんですか?」
「そんなに低くないわよ!」
実に面白い。
あの顎先ほどの高さの机を叩く心境…………はたしてどんな感情からきているのだろう。
「はぁ~、まったく。貴重な魔法士と戦士のモチベーション下げてるって自覚ないの?」
「はて?」
「アイリーンさん、マスターにそんな事言っても無駄ですよ」
「そうよね。これは私のミスだわ。コホン、いい? アナタと違ってフユたちはまだ若いの。感情の起伏は戦闘を大きく左右させるんだからね!」
それが俺にも適用されると……わかってて言ってるんだろうな、この人は。
俺が渋面であろう顔をしていると、鋭い視線を向けるアイリーンの後にいたポチは、それはもう、光源魔法の代替に出来るような輝く笑顔でこちらにやってきた。
「いやですよマスター! 私ちゃんとわかってたんですからー!」
「何をだよ?」
「いいんですよ! 私、マスターのそういう鈍感なところ良いと思ってたんです!」
鈍感のどこがいいのか。
しかし、フユの狙いは結局わからず仕舞いだったな。
ただ、俺の頭のどこかで何か引っかかっている。これは一体何だ?
「あの三人とフユ、ちゃんと仲直りしたの?」
アイリーンの問いに、ポチは嬉しそうに首を縦に振る。
「はい! もう、前より仲良し! って感じでしたよ!」
「前より?」
俺の問いに、ポチは嬉しそうに首を横に振る。
「マスターには教えません!」
「何でだよ!」
「あ、でも、あの四人の最終的な答えだけ伝えておきますね!」
「最終的な……答え?」
「『全部アズリーさんが悪い!』だそうです」
結局、当事者のいないところで判決が出たのか、俺は勝手に悪い人になってしまった。
目を丸くした俺を、ポチは終始嬉々とした顔で、アイリーンは笑いを堪えながらお腹を抱えていた。
「まぁ、これに懲りて、もう少しあの四人との時間を作ってあげる事ね」
「それはどういう?」
「リナもティファも、アナタの弟子でしょう?」
「そうですが……」
「フユも春華も、アナタが買ったんでしょう?」
「ひ、人聞きが悪いですね……」
「人買いが何言ってるのよ」
「お、上手い」
……むぅ、アイリーンの無機質な目が刺すようでとても痛い。
「はぁ、ま、ナツはブレイザーが面倒見てるようなものだけど、あの四人はアズリーが担当するのは明白でしょう。ガストンだってもういないんだし」
これだけさらっとガストンの話を出すって事は、アイリーンはもう乗り越えたという事か。いや、乗り越えなきゃいけない立場なのか。寧ろちゃんと心の片隅にガストンがいる証拠。
しかし、アイリーンの言葉は尤もだ。俺は俺の責任というものがある。あの四人の成長を、俺は見守っていかなくちゃいけない。
そのためには……!
「よし!」
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「ちょっと魔力を練ってきます。俺に出来るのはそれくらいなので」
一瞬、ポチとアイリーンの目が丸くなり、硬直したように感じた。
そして二人は見合い、再び俺を見て、
「「はぁ~~~…………」」
深淵すら浅いであろう溜め息を吐いたのだった。
「な、何ですか?」
「アナタって――」
「マスターって――」
「「――とことん愚者」」
そんな息の揃ったポチとアイリーンに対し、俺は首を傾げる事すら出来なかった。
まぁ、何だかんだでポチは俺の事を鈍感と言いつつ好きと言ってくれたし、アイリーンは今日の巨大賢者裁判で俺を助けてくれ――――あ。
「そうか、思い出した」
「何よ?」
「あ! 私も思い出しました!」
俺とポチの想起が同じかどうかはわからないが、俺は思い出したのだ。
「アイリーンさん、何でフユが嘘吐いてるってわかったんです」
「うぇ!?」
「マスター! 何勝手にクリームあんみつ食べてるんですか!? そういう時は私を呼ぶべきでしょう!?」
やはりポチは違う事を思い出してたようだ。
つまり、俺が食った物は、今後ポチも食わないと満足できない訳か。面倒過ぎるので却下だ。
「あ、そういえばアイリーンさんからも餡子の匂いがします!」
「あっ!?」
アイリーンの真っ赤な顔なんて、あの夜――ランクEの認定証を渡した時以来だ。
珍しいのでよく見ておこう。
「ちょ、ちょっと! 見ないでよっ!!」
「…………ふむ」
「な、何よ!?」
そうか、なるほど。アイリーンはあの現場にいたのか。
話の内容まで知ってるとなると、もしかして近くの席だったのかもしれない。
「好きなんですね、甘いの」
「っっっ~~~~~~~!! 五月蠅いばかぁあああああああああっ!!」
本日もとても馬鹿にされた一日だった。
――人は馬鹿にされて初めて賢者に成る。
ふっ、また一つ賢者のすゝめに名言が誕生してしまったな。
次回:「418 唯一無二」をお楽しみに。




