416 ぷんぷんぷん
ブレイザーは真顔のまま、俺にそう言った。
しかし、俺にはまったく理解出来ない内容だっただけに、脳内にその情報が入ってくるのに少々時間がかかってしまった。
ニヤニヤするブルーツとベティーの視線が非常にうざったい。
「……い、一体何でそんな話になってるんだ!?」
「そんなのこっちが聞きたいですよ!!」
とか、ポチは状況を詳しく知らないような言葉を返してきた。
「逮捕ですよ! 逮捕!」
ポチの生意気な言葉にいちいち反応している場合ではない。
情報の出所はどこだ? まさかさっきの甘味処? しかし、そんな言動は一切……はて?
フユとは食事の後別れたはずだし、それから会ってすらいない。
それに何だ? この情報の拡散力は?
「とにかく! リナさんが待ってます! 後、ティファさんと春華さんも!」
何か……二名程増えてないか?
「さっさっさ! 一名様、ごあんな~い♪」
「おっしゃ! いっちょ逝ってこいっ!」
ベティーに肩を押され、ブルーツにバシンと背中を叩かれる。
この兄妹は相変わらずだな。箪笥の角に足の小指でもぶつければいいんだ。
そして痛がる姿を一、二分程ニヤニヤと眺めた後、回復魔法を掛けてやろう。
首を傾げるブレイザーをその場に、俺はリナたちが待つであろう広間に向かった。
「ぷんぷん! ぷんぷんです!」
何故あの犬ッコロは怒っているのか? 普通、ここは助けてくれるところだろう。
広間の襖を開けると、目元に黒墨でも塗っているかのように陰の入った三人が待っていた。凄い、魔王ルシファーが三人いる。
いや、間違えた。あそこに座っているのは、まぎれもなく魔王、魔王、魔王である。
「ぷんぷんぷんです!」
何故、リナたち側に座るんだ、我が使い魔よ?
そしていつの間に俺の眼鏡を奪ったんだ、お前。
「マスター! そこに正座です!」
まるで司会進行役だな、ポチのヤツ。とても五月蠅い。
しかし、他の三人からは呼吸する音すら聞こえない。
リナ――冷気でも漂わせているのか? まるで氷の女王のようだぞ?
ティファ――魔界にでも住み始めたのか? まさに闇の支配者だぞ?
春華――とても笑顔だ。しかし、その笑顔は極薄の仮面のようだぞ? 些細な衝撃でその仮面が割れたら、恐ろしい顔が飛び出てきそうな雰囲気だぞ?
「判決を言い渡します! 被告アズリー! 死刑!」
「何だよポチ、被告って!? というか何で皆怒ってるんだ!?」
そんな俺の巨大な疑問に、リナが笑顔をもって接した。……笑顔だよな?
「怒っていません」
いや、どう見ても怒ってるでしょう、リナさん?
「私たちが知りたいのは、フユとアズリーさんが付き合う事になった経緯です」
経緯もくそもない。というか、この三人完全にソレを信じ込んでるじゃないか。
「だから何でそんな話になってるんだっ?」
リナの問いには、静かで尖ったようなピリピリとした魔力が伴っていた。
細く恐ろしい目をティファに向けるリナ。
するとティファが何かの書類を広げた。え、何なのアレ?
「本日十五時、アズリーさんとフユさんは甘味処『あんみつ』にてデートをしましたね?」
なるほど、あれは俺の行動の記録をとった書類という事か。
しかし、誰だ? こんな事を書くような暇人は?
「いや、確かにその店は行ったけど、何なんだよ、そのデートってのは?」
俺の反論に、今度は春華の口が開かれる。
「男と女が食事に行きデートではないと仰るんでありんすか?」
目が全然笑ってないですね、春華さん。
「いや、俺しょっちゅうポチと――」
「――ポチさんには悪いでありんすが、そういう話をしているんではありんせん」
何だろう、春華の業務感溢れる淡々とした言葉は?
「そうです! マスターが私にご飯を食べさせるのは義務ですよギム!」
「「ポチさん」」
三人の目が一斉にポチに向く。
瞬間、ポチは前脚で目を押さえるのだった。
「ご、ごめんなさいですー」
きゅぅんという音を発したポチは、無の境地に達したかのように無言になった。
一体なにがどうなってるのかわからないが、今回に限り一つだけ言える事がある。
ポチは敵であると。
「本日十五時半、フユがアズリーさんに告白。アズリーさんはこの告白に対して同意に至りましたね?」
再びティファが確定事項のように俺に聞いてくる。
「十五時半? それならまだその甘味処にいたぞ?」
そんな俺の説明に、ティファは間髪容れずに反応する。
「その店内での話です」
……え、そんな話したっけ?
「こちらについては、多くの証言者がいます。冒険者、解放軍、魔法教室の生徒……また、甘味処『あんみつ』のウェイトレスからも証言を聴取してます」
「ちょっと何言ってるのかわからないんだけど?」
情報過多である。
俺の賢者の頭をもってしても混乱という選択以外とれないぞ?
「しらを切ると?」
ティファの魔力が肉眼で見えるようだ。色は当然闇色。そういえばタラヲがいないな。
きっとこのティファに恐れをなして今頃どこかに隠れているに違いない。出来れば、その隠れ家に俺も入りたいところだ。
しかし、フユが俺に告白したって? しかも証言者たちもいる……あの店内で、あの時間…………? 待てよ――――?
「あ」
「心当たりがあるようでありんすね」
「やっぱりそうじゃないですか」
「ポチさん」
春華、ティファ、リナは、再度ポチに目を向ける。
まるでポチの発言を許可しているような視線だった。
「判決を言い渡します! 被告アズリー! 死刑!」
どこかで聞いた事があるような台詞だった。
「って、いやおかしいだろ! 俺の発言「あ」だけだぞ!? それで死刑とか! そ、そうだ、フユ! フユに聞いてみろって!? そんな事なかったってわかるから!!」
「「…………」」
三人は無言のまま目を合わせた。
何かの確認のように何度も。
その確認が終わると、ナイフのような尖った視線を右奥の襖に向け、リナが言い放った。
「証人をここに」
何だ、証人って?
すると、アシスタントのような動きでポチが右奥の襖を開けた。
そこに座って待っていたのは…………何故か証人と呼ばれている――フユ。
昼間の格好のまま薄紫色の可愛いワンピース。
……待てよ? どことなくワンピースがヨレヨレである。あれ、こんなにヨレてたっけ?
まるで、誰かに胸倉でも掴まれ、問答の末、もみくちゃになったような?
「フユ?」
俺の言葉に、フユは反応してくれない。
それどころか、俺に後頭部だけアピールしてくるのは何故だろう?
何故そんなに髪型を見て欲しいのか、頑張って整えたのだろうか? いや、服もヨレヨレだし、髪型も昼間と打って変わってアホ毛がいっぱいなのだが?
……待て。こっちを向いてくれないフユちゃんから何か聞こえる……?
「ひゅっひゅ~……」
フユは何故か口笛を吹き始めた。メロディラインもくそもない、もの凄く適当な口笛である。
そんなフユの口笛は春華が一瞬で止めた。
「フユ、入りなんし」
春華の一言で、フユの身体がビクンと動く。
もの凄い一言だった。魔王ルシファーでさえここまで殺意を乗せた言葉を使わないのではないだろうか?
立ち上がるも、依然としてフユは俺に後頭部を見せてくる。
これはまさか、俺と目を反らしているのではないか? そう考え、その理由を探ろうと思った瞬間、リナの口が開いた。
「フユが認めました。アズリーさんに告白したと」
……ここ、笑うとこ?
次回:「愚の骨頂」をお楽しみに。




