040 色食街
「って冗談でしょっ?」
「ふっ、おいおいアズリー、その年で女を知らねえって事はないだろう? 五千年も生きてまさか童貞ってこたぁ…………」
「童貞ですよ」
「っておい、マジかよ!?」
十五歳のリナの愛らしささえ未だに抵抗が強くないというのに、俺にそんな経験があると思っているのかブルーツは。
ぬぅ、なんていう目だ。まるで絶滅危惧種を見るみたいな視線が俺に突き刺さる。痛い、なんて痛いんだろう。
「く……はっはっはっは、そいつぁいいぜ。んじゃ俺がいっちょお前の為に一肌脱いでやろう」
「おぉ、ではお願いします。いつか人間の皮膚も研究しておきたいと思っていたところです」
「うおい! なんて猟奇的な事言ってんだお前は! 皮を剥がれたら死んじまうだろうが! 童貞卒業の為に協力してやろうって言ってるんだよ!」
なんだ、禁呪の研究に協力してくれる訳じゃないのか。しかしギルドから少し離れたとはいえ童貞童貞と叫び過ぎだろう。
「いや、それは結構です。俺の初めてはいつか現れる理想の女性に捧げると決めていますから」
「へぇ理想ねぇ……。確かにお前ならそのいつかが訪れる可能性もなくはない。この際だ、アズリーの好みってやつを聞いてやろうじゃないか?」
「なんですか、今日はいやに突っかかってきますね?」
「いやな、銀は確かにいいチームなんだが、こういった話が出来るのが俺としちゃ嬉しいんだよ。ブレイザーは生真面目だし、ベティーは女としてはイイ女なんだろうが、妹だしそんな話も出来ねえ。遊郭に行こうってのはついでなんだが、辛気臭い話のついでとしては思わぬ収穫だからな。この際だから楽しんでやろうってな」
ん、どういう事だ? 遊郭がついで……という事は何か別の話があるのだろうか。
しかし好みか……いざ人に話すってのも恥ずかしいものだが、ある意味人生の先輩からの申し出だ。断るのは野暮というものだろう。
「そうですね。まずは魔法士、もしくは錬金術師という条件は外せませんね」
「そりゃあれか? やっぱり同じ研究とかをしてぇって事か?」
「まあそうですね。あとはポチの世話をしてくれて――」
「俺にはお前の方が世話されてるように見えるけどな」
心外だな。ポチが「俺に世話をしてくれるように世話をした」のは俺だという事に気付いているのか?
「んで、他には?」
「努力する人がいいですね。欲を言えば美人ってのがいいですけど」
「なんでえ、そんなもんかよ?」
「え、結構難題だと思いますよ? 特に努力家なんてね」
「あー、確かに五千年間ずっと研究やら開発やらしてきたアズリーから見た『努力家』ってのは中々に難しいそうだが……ようは可愛くて性格がよくて頑張り屋さんで努力家の魔法士もしくは錬金術師が理想な訳だろ?」
うまくまとめたな。確かにポチの世話に関しては、性格が良ければやってくれそうではあるな。
「……意外に簡単に見つかりそうなんだがなぁ」
ブルーツが頭の後ろで手を組みながらそう言った。なにやら誰かを思い浮かべている様子だが、その人物が誰なのかは俺にわかるはずもなかった。
ん、なんかやたら灯りが多い場所に出たな。これはもしかして――
「は、花街っ?」
「かーっ、ふっるい言い方だなおい。今はこういうとこを『色食街』って呼んでるんだよ」
なるほど、色の街とそこに働く者、それに飲食店も目立つからそう呼んでいるのか。
色鮮やかな店、その前に立つ温和な風貌のおじさんやおばさん。張見世に群がる男共。中には確かに目を見張る程の美女達がいる。
東より伝わる和装に横兵庫と呼ばれる特殊な髷の白塗りの女。優雅なドレスに身を包んだ気品溢れる女。素朴な衣装で決して派手ではないが奥ゆかしい雰囲気を漂わせる女等様々だ。
女を買って店外で食事をする者、にやにやとしながら店の中に入って行く者、財布の中身を何度も覗いてる者等、客も多種多様だな。
目がチカチカする程の普段目にする事のない色の付いた不思議な光。ピンク、オレンジ、紫と色とりどりの光。これが色食街か。
「おいアズリー、完全に田舎者丸出しだぞ。しっかりしろぃ!」
臀部をバシンと叩かれ、一瞬我に返る。しかし俺は見慣れない数々に次々と目を奪われていく。
ブルーツも呆れてるのか俺の後ろから溜め息混じりの笑い声が聞こえる。
この光景を見て、逆にフォールタウンの事を思い出してしまう。こんな煌びやかな世界があるのにも関わらず、あの街では未だに闇が巣食っている。勿論この街にもそれがない訳ではないだろうが、それを考えると何故か途方も無いもどかしさや虚しさ感じてしまう。
「さ、この店だ。入るぞ」
「え、ちょちょちょちょーっ!? 本当に入るんですかっ?」
流石ランクAの戦士という力でブルーツが俺の腕を引っ張っていく。痛くはないが文字通り振りまわされているような感覚になる。
俺の拒絶に近い言葉で足を止めるが、振り返ったブルーツの顔は至って真面目だった。
「別にここで童貞卒業しろなんて言ってねぇよ。この中で大事な話があるんだよ」
「大事な……話?」
そういえば遊郭はついでだとか言ってたな。密談? いや、ただそれだけならばここまで来る必要はないだろう。
という事はここでしか出来ない話って事か。
俺はようやく手を振りほどいてくれたブルーツの後に続き、店内に入った。店の中は以前アイリーンやガストン達と食事をした料亭「森羅万象」に雰囲気が似ていた。これも東からきた文化なのだろう。
店の名前は「花鳥風月」。色食街の外れにある小奇麗な店で、大人のサービスから食事まで出来る高級な雰囲気を感じるところだ。
その格式高さは一般向けでない。ランクAのブルーツにとってはそこまで高い店ではないが、何回も来れる店でもないだろう。
俺とブルーツは襖の奥へ通されると、そこは待合室のような部屋へ出た。案内のおばさんから用向きを聞かれ、ブルーツは食事を希望していた。そして「春華」という単語を告げると、案内のおばさんはそのまま店の奥へと消えていった。
しばらくすると再度別のおばさんが赤を基調とした部屋に案内して、俺たちはその上座へと腰掛けた。
「…………へぇ」
「本来はアズリーの年齢じゃ入れないんだぜ?」
煌びやかな部屋を見渡しながら零した言葉を拾うと、ブルーツは俺の公式の年齢を持ち出してそう言った。
むしろ本来の年齢で入れない訳がない。
「どうやって交渉したんですか?」
「ここの楼主がちょっとした知り合いでな。遊ばせねえから飯だけ食わせろって言っただけだよ」
「なんだ、一肌脱いでくれないんですか」
「あくまで好みの話を聞くだけだよ。女は買うより口説くもんだ」
どうやらブルーツにはブルーツなりのこだわりがあるみたいだ。
「それともなにか? 期待してたのか?」
「怖気付いて逃げ出しますよ」
「はははは、ちげーねぇ。アズリーならやりそうだわ」
「ところで、こんなところまで連れて来て何の用だったんですか?」
「ま、慌てるな。春華が来てから話そうぜ」
あー、さっき言ってた春華ってのは名前だったのか。食事と話に付き合ってくれるコンパニオン、花魁ともいう。
「お、来たみたいだぜ」
「ですね」
襖を隔てた向こう側に小さな気配を感じる。一、二……三人?
「失礼しんす」
そう聞こえたのは一人の声。座る俺からは少し高い位置から聞こえた。澄んでいるが小さく幼い声、だが最初に視界に入ったのは俺の目の高さと左程変わらない少女の姿だった。赤を基とし、白のラインの入った着物に黄色い帯の少女。年の頃は十歳前後だろうか。
「おう来たか、春華」
開ききった襖の中央に座した女に向け、ブルーツはそう言った。赤い着物の女の子は左、そして藍色の着物に白い帯をした女の子が右に伏して並んでいた。
左右の子たちは付き人みたいなものなのか、二人ともまだまだ子供だ。右の子もやはり十歳前後……この年でこういった仕事に就くとは、この町の闇も複雑に根付いているんだろうな。
「ブルーツ様、お久しぶりでありんす」
顔を上げた中央の女は、眩い頭飾りを光らせて言った。襖越しに聞こえた声の主と同じ声だった。白粉で塗られた顔には営業用とは思えない麗らかな笑顔。奥に見える表情はリナと左程変わりない年齢だ。トレース程ではないが、キツく整った顔立ち、鋭くしかし柔らかい視線にディネイアとは違った色っぽさを感じる。正面から見える美しい鎖骨に目を奪われる。化けるとはこの事を言うのかもしれない。
場慣れしているせいかリナよりはかなり大人っぽく見えるが、こんな子が身を売って生活している世界もあるのか。
「こっちはアズリーだ。ま、よろしくしてやってくれ」
「アズリー様。初めんして、春華と申しんす」
「あ、よろしくお願いします……」
「お夏と申しんすー」
「お冬と申しんす」
「よ、よろしくね」
赤い着物の子……おっとりしてるが活発な雰囲気の子がお夏。藍色の着物の子……しっかりしてそうで端正な顔立ちの子がお冬と名乗った。どちらも可愛いが、やはりまだ子供だ。
「そこの二人は禿って呼ばれる……まあ春華の付き人みたいなもんだ」
「禿?」
「禿って書いてそう読むんだ。髪が生え揃わない年齢って意味らしいぞ」
「この二人ももう間も無く、お客様をとる年になりんす」
「なっ! ま、まだ子供じゃないですかっ」
俺は目を丸くして驚いた。そしてそれは春華も同様の反応だった。
「優しいお客様でありんすね」
驚いた後、春華はくすりと笑ってそう返した。その笑顔は少しの儚さを纏っているようで、俺には直視する事が出来なかった。
「……てな訳だ」
「端折り過ぎでしょ。詳しく聞かせてくださいよ」
「…………」
料理や飲み物が配膳されて来て落ち着いた頃、ブルーツは重そうな口を開いた。
「この色食街、男の欲望を満たすには作りとしてしっかりしている。しかし、相手をする女は、親元を離れたか親に売られたか身元も知れない人間だ。勿論好きでこの仕事をやってる女もいるが、それは極少数だろう。十にも満たない歳の子供が、朝から晩まで働き、十二、三歳を待たずして男が買っていく。いや、店によってはそのお夏とお冬の歳の頃から買われていくんだ。昔からの風習とはいえ、流石にいたたまれなくてな」
その話を聞いたお夏とお冬の拳にギュッと力が入る。
身近なだけにこの世界の事はよくわかっているみたいだ。なるほど……これはいたたまれない。ブルーツの真っ直ぐな言葉が良心にズキズキと突き刺さる。
「それをなんとかしたいと?」
「ちょっと知恵を借りたくてな。なんとかならんもんかね?」
ふむ、確かになんとかしたいな。
作者は廓言葉の素人でございます。もし間違ってる部分等ございましたら、是非ともご指摘下さい。
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