038 ハウス
戦闘が始まってから10秒程。リナとオルネルの硬直が続く。
俺とポチは、より近くでその戦闘を見るべく、普段は使用しない学生自治会の特権を使って、ウォレン達がいる場所へと歩いていた。横目で戦闘を気にしながら人ごみをかき分けて歩く。
20秒程で自治会の陣営の中に着くと、オルネルはそれを待っていたかのように魔法を唱え始めた。
「スピードアップ! シールド! マジックシールド!」
「スピードアップ!」
おぉ、オルネルは四つのスウィフトマジックの内三つを補助魔法にしたのか。
効果は速度、物理防御、魔法防御の増大。対してリナは速度上昇魔法のみ。
杖から加工した剣では分が悪いかもしれないな。
「クロスウィンド!」
中級系風魔法っ!
火力より魔法自体の速度を求めたのか。なるほど、確かにこの限定的な状況においてはかなり効果的だ。それにスウィフトマジックであれば魔法陣の宙図に失敗が起きない。
リナは魔法に対して両手に持った剣を正面に向かって振った。
バチンと弾けた衝撃にリナが弾き飛ばされる。体勢を崩しながらも少し後方に着地する。
この一瞬を逃さない手はない。オルネルが既に次の行動に移っている。
俺の特殊魔法ならともかく、普通のスウィフトマジックの間隔ではリキャストタイムが存在し、次に魔法を放つまでの制限時間というものがある。この状況では発動が間に合わない。……つまりオルネルの次の狙いは――杖による打撃。
「だぁっ!」
「くっ! きゃっ!」
下から大きく振りかぶられた杖での一撃に、速度を上乗せさせる。思った以上に強い衝撃が、辛うじて受けたリナの身体を浮かせた。
「リ、リナさんっ! こらオルネル! それ以上リナさんを攻撃すると、あなたの部屋の前で夜な夜な遠吠えしますよっ!」
とんでもない安眠妨害だな。
ある意味俺への嫌がらせより堅実だ。
リナが着地する前にオルネルのクロスウィンドのリキャストタイムが終了する。再び杖を前に出したオルネルは即座に魔法を発動させた。
どうやらポチの脅しは通用しないようだ。
「クロスウィンド!」
着地地点に狙われた鋭利な風刃は、風切り音を辺りに鳴らしてリナを襲った。そして最近より肉感的になった白い脚を掠めた時、痛みに堪えながらもリナが叫ぶ。
「ミ、ミドルキュアーッ!」
悲鳴に似た魔法の発動。
スウィフトマジックによるダメージ瞬間治癒か。かなり前衛的な戦い方だ。
「ぐ、ぐぅっ……」
目に涙を沢山溜めて痛みの余韻を堪えている。ここからでも額に浮かぶ脂汗が見える。
オルネルの野郎……夜な夜な遠吠えの刑執行決定だっ!
「やりやがりましたね! もう怒りましたっ! あなたの部屋の鍵穴に蝋を溶かして流し込んでやりますよっ!」
次から次へと、お前はいじめの天才か?
「ちっ、うるさい奴だな……」
「あ、私舌打ち出来ないんです! 後で教えて下さい!」
瞬時に消えた怒りはどこへいった?
「ほいのほい、ウィンドッ!」
「舐めるなっ! はあっ!」
オルネルはリナの風魔法を杖で横に払い、その後ろに接近していた彼女にも回転しながら攻撃を加えようとする。
杖術もそうだが、動体視力が凄いな。
リナは眼前に迫った杖をスライディングしながらかわし、オルネルの後方へと滑り込んだ。
連撃を終えたオルネルはぴたりと止まり、いつの間にか左手に持ち替えていた杖から後方に向かい、またもクロスウィンドを放つ。
これをリナが跳躍してかわす。
オルネル優勢のこの試合に、魔育館に声援が響く。
「リナー!」
「リナちゃーん、頑張ってー!」
クラスメイトのクラリスとアンリ。跳びながらニコリと笑って見せたリナ。この時、クラスの皆がリナを応援し始めた。……主に男共だが。
やはり魅力ある人間にはファンも付くか。
「はあっ!」
今度は着地地点に回り込んでいたオルネル。上から落ちてくるリナに向かって杖を振り下ろす。
「――のほい、ファイア!」
おぉ、跳びながらの宙図とか中々の高等テクをっ!
この方法は魔法陣の宙図移動が必要なので結構難しい。移動する方向への魔力維持が必要なんだ。
「くっ!」
火力の高いファイアをその攻撃で払い、オルネルはリナに着地を許す。しかし、ここでオルネルの口尻が上がっ……たっ?
瞬間、
「バーストッ!」
なっ!?
「きゃあっ!?」
振り払ったはずの杖が逆方向に加速してリナに強烈な一撃を見舞う。
くそ、あの野郎杖を持つ反対の左手で宙図をやってやがった。器用な真似しやがる…………帰りに蝋を買おう。
「ぬぅうううっ、マスター! 恥を忍んで頼みます!」
なんだ、流石に助太刀は無理だぞ?
「やっぱりマスターが舌打ちを教えてください!」
ちっ。
「っ……ミドルキュアーッ!」
「そろそろ魔力も枯渇するだろう? それに体力にも限界はある。潔く降参したらどうだ?」
「はぁはぁ……お、お断りしますっ!」
気丈に振る舞うリナだが、確かにオルネルの言う通り、かなりの戦力差が出てるな。
オルネルが用心の為に発動した防御型の補助魔法が意味を成していない。つまりリナの攻撃は一回もオルネルに届いていないんだ。
しかしオルネルの奴、ここまでの実力があったか。炎龍の杖とは言え、実質ヤツは二つだけの魔法で戦っている。
再び距離はとれたが、間も無く二人の補助魔法も切れるだろう。
そこでリナがスピードアップを使ったらいよいよ魔力が危うい。いや、それはオルネルも一緒か。
「「スピードアップ!」」
二人してこの魔法のみ。
オルネルの方がレベルが上だろうが、そこまで魔力に差が出る訳でもない。オルネルの方が多く魔法を使ってるしな。
防御系の魔法を切り捨てるか。確かに俺でもそうするな。
せめてパワーアップも入れていればオルネルにかなり傾いたかも……いや、やっぱり不準備は怖いからな。防御系で正解か。だったら――
「ふっ、パワーアップ!」
宙図で発動させる。か。
「マママママママママスターッ!」
俺はお前のママじゃない。
「どうするんですか、リナさん負けちゃいますよっ!」
「まだ負けてないだろ」
「時間の問題ですよ!」
「もうちょっとリナを信じてやれ。それに見ろよ、リナのあの表情」
「へ?」
疲れは見えるものの、まだ諦めていない。
いや……今、微かに笑った?
「ほいのほいのほい……ハウスッ!」
あの魔法は……確かっ!
そう、俺はあの魔法に見覚えがある。アイリーンと焼き鳥を食べに行った日……アイリーンの部屋で彼女が使った魔法……っ。
――使い魔の召喚魔法。
「うっきゃぁあーっ! よくやくお外に出れまちたねぇっ!」
光を放った魔法陣から現れたのは……。
「し、四翼の竜……バラッドドラゴンだとっ!?」
オルネルが叫ぶ。
当然だ、俺だって叫びたい。いつの間にあんなにでかくなった?
この前まで腕に乗れるようなサイズだったじゃねぇか。それが今は……。
「……私の巨大化レベルの大きさですよね」
「親竜の半分くらいまでは育ってるな」
どよめきが周囲に広がる。そりゃそうだ、ランクAのモンスターが使い魔になってるんだ。まあ、驚くわな。
「リナしゃま、あの中結構大変でしゅよ」
「ごめんねバラード」
「バラードを守る為なのは理解してましゅ。あまり文句は言えないでしゅよ」
リナは優しくバラードの顎下を撫でる。気持ち良さそうにバラードがその手に甘えている。
一方その頃オルネル君は……
「ば、馬鹿なっ!? 審判、こんなのありですか!?」
「使い魔は魔法士の供。何故止める必要がある?」
審判のビリーのシャットアウト。それにしてもビリーの目が輝いてるな。きっとバラードを触りたい衝動に駆られているのだろう。
怒っていると思ったアイリーンは、意外にも笑っていた。それこそ盛大に腹を抱えて。
確かにそうだな、ランクAのモンスターなんて使い魔に出来たら、それはランクAの冒険者とほぼ同義だ。バラードはまだ仔竜とは言え、あの成長率だ。もう数ヶ月もしたら成竜と変わらない大きさになるだろう。
それを召喚したのは魔法大学一年生で、まだ十五歳の女の子。アイリーンにしてみたら可笑しくて仕方ないのかもしれない。
「しゃあリナしゃま、ご命令を!」
あれ、うちのポチはそんな事聞いてくれないよ?




