380 前置き
2019/2/3 本日二話目の投稿です。ご注意ください。
今、ミネルバが何を言ったのかわからなかった。
こんな真夜中に、リーリアにまで護衛を頼み、俺に話があると言ったミネルバ。
魔力操作が出来なくなった俺への当て付けかと、最初は思った。ミネルバの性格はわかりにくいが、少しはわかるつもりだ。だからそうではないと自分に言い聞かせた。
そうする事でしか、俺は今、自分を保てないと思ったからだ。
だが、それを踏まえた上でも、やはりミネルバの言葉の意味はわからなかった。
「およそ五千年前、あなたは魔法大学を辞めた時――戦士を目指すべきでした」
ミネルバは目を閉じ、少し言いづらそうに口を開いた。
先程まで昂っていた俺の感情は、一気に冷却され、変な感情が俺を取り巻く。
「……ま、待ってくれ。じゃあ俺は魔法士を目指すべきじゃなかったと言いたいのか?」
「当然、魔法適性がない訳ではありません。先程同じ魔術をリーリアさんに発動しました。それはアズリーさんの発光より明らかに薄く、低い光度でした」
「だったら……!」
「えぇ、魔法士を諦めず。弛まぬ努力を続け、豊富な知識と魔法的解釈、魔術的解釈――更には聖戦士と協力し、魔王を倒す程の実力。アズリーさん、紛れもなく……あなたは世界有数の魔法士です。正直、魔に対する熱意に関しては世界一だとも私は思っています」
更にミネルバは続けた。
「ですが、それでも申し上げさせて頂きます。アズリーさん、貴方は戦士を目指すべきでした。肉体的鍛錬はトゥースさんの下で鍛え始めてから日々続けているそうですね。つまり、アズリーさんの体術は、ここ数年で飛躍的に成長したのです。魔法を円滑に発動するまでに五千年。体術は数年。魔法教室の教師として申し上げるのであれば、これは明らかに選択ミスだと言わざるを得ません」
ついにミネルバは、魔法教室の教師という立場を使って俺に言った。
行き場を失った俺の感情は、俺の思考は、時を止めたかのように動かなかった。
しかし、その張本人であるミネルバが、再び俺の時を呼び戻したのも事実だった。
「今回の魔力閉塞……おそらくですが、私には原因がわかります」
「っ! 本当ですか!?」
「おそらく、ですよ?」
正直、俺の魔法士適性が低い事は、昔からわかっていた事だ。
簡単な魔法一つ覚えるのに数か月もかかったんだ。そんな事、わかり切っていた事だ。
だが、俺は魔法士になるという夢を捨てきれなかった。
才能はない。だが、悠久の雫のおかげで、地道な歩みと共に体内魔力を増やし、脊髄反射のように魔法知識を吸収、魔力を放出出来るようになった。
歩みの成果は確かに出ていた。
それは、絶対に変わらない事実だ。
誰が何と言おうと、唯一無二、絶対不変の事実なのだ。
俺の五千年は何も間違っちゃいない。
ただ、「戦士を目指していれば、そちらの方が成長が早かった」と、ミネルバは言いたかったのだろう。
「話……というのはそちらの方、ですね?」
ここまではミネルバの前置きのようなもの。
おそらく、この事を話さなくては、話が先に進めないと判断した結果だろう。
すると、ミネルバの顔が先程より穏やかなものとなった。
「少しだけ、落ち着かれたようですね」
微笑みを見せ、ミネルバは妖しく綺麗な瞳を輝かせてた。それはまるで宝石のような瞳だった。
「……ありがとうございます」
ようやく、回復魔法のお礼を言った気がする。
ポチにも……リナにもティファにも、春華にも、フユにも……後で謝らないとな。
「いいえ、どういたしまして」
「聞かせてください」
「はい。まず、アズリーさんの魂性が戦士寄りだという事は理解頂いていると思います。しかし、アズリーさんの魔力量は……誰もが驚く膨大で巨大なものです。それを一度に放出し切った事で、起こった魔力閉塞。これはおそらく……――」
「――おそらく?」
俺が聞き返すと、ミネルバはウォレンのようにわざとらしく咳払いをした。
「身体がビックリしちゃったんですね~」
「…………」
「あ、信じてないでしょう?」
空気が変わったように、ミネルバはジトっとした目を向ける。
「あぁいや、しかし、それはちょっと受け入れがたいというか、論理的でないと――」
「――わっ!!」
「っ!?」
いきなり大声を出したミネルバに、俺は身じろぎしてしまった。そしてそんな俺を指差すミネルバ。
「私が驚かしたからアズリーさんが驚いた。魂性が一致していないのに、強引に魔力を使った。だからアズリーさんの身体は驚いた。この単純な論理を……アズリーさんは否定出来ますか?」
「……むぅ」
確かに出来ない。
だが、納得出来ないのも事実だ。
「しかし、それが事実だったとして、俺の身体はどうしたら元に戻るのでしょう?」
「私の推測が正しければ……戦士としての動きを心がければ自然と戻るはずです」
「ん? というと?」
「今アズリーさんは魔力を元に戻そうと躍起になってらっしゃいます。しかしそれでは、魂性の傾きは常に魔に向きます。そうなると、魂性は一向に平静へと向かいません。時間と共に回復するというのも事実ですが、より早く、となると戦士として活動し、魔への傾きを引っ張ってあげればいいわけです」
「はぁ」
「ふふふふ、まずは実践ですよ。今のままでは回復する魔力も回復するはずがありませんよ。自分で押さえつけてしまってるのですから」
何とも納得出来ないものだったが、妙な空気感……いや、これはこの人特有のオーラだろうか。それに丸め込まれたような気分だった。
「さぁ、エッドに帰りましょう。今日は私が送って差し上げますわ」
「あ、ありがとうござい……ます?」
頭を下げ、上げた時、ミネルバは宙図を始めていた。
はて、空間転移魔法陣ならば設置型なのでは?
そう思ったが、ミネルバの描いた魔法陣は、そんな複雑なものではなかった。
発動したのは、おそらくハウスの魔法陣。
「――ほい、ハウス」
大きな空間発動だった。
ミネルバの使い魔……そういえば初めてみるかもしれ――なっ!?
「まぁ……! 命を救われて以来……でしょうか? ポーア」
高く、しかしこもった……まるで母親のような優しい声。
美しく輝く龍鱗。蛇のように長く蒼い――いや、コバルトブルーの身体。
それは間違いなく、ランクAモンスターの炎龍ロードドラゴン。それと対を成すと言われた……水龍コバルトドラゴンだった。
そして何より、その水龍が俺を呼んだ。
魔王を倒した時代に使われた、俺の偽名を。
更に水龍は言った。
俺に――命を救われたと。
今一度ミネルバを見る。微笑みを浮かべる彼女の顔……肌の色は褐色。そういえば、アイツもそれに近い肌色だった記憶がある。
それにミネルバは魔法教室に来た時に言った。
――北からやって来たと。
遥か悠久の昔、俺は北から来た魔法士と腕を合わせた。
アイツは、最初は敵だったからだ。
ブライトを誘拐し、当時の俺と互角の力を見せた、ダグラス家お抱えの……北に住む腕利きの魔法士。
確か弟子もいた。ダグラス家のミャン。そしてミャンの使い魔、カイゼルディーノのディノ。
そして、その戦闘の最後に現れたのが……水龍コバルトドラゴン。
その後、アイツは追手となり、俺たちを追いかけるも、聖戦士としての力を付けた俺の敵ではなくなっていた。
その時、一度鼓動を止めた使い魔を助けた事があった。
水龍コバルトドラゴン。
主の名は――北の魔法士チキアータ。
水龍の名前は――
「――ブルー!?」
裏返った俺の声を聞き、水龍はミネルバと同じような優しい微笑みを見せたのだった。




