381 チキアータの秘術
2019/2/3 本日三話目の投稿です。ご注意ください。
ブルー。
そうだ、彼女はチキアータの使い魔……だったはず。
「一体何で……ブルーがこんなところに?」
「その問いは正しくありませんよ、ポーア。『一体何故、この時代に?』と聞くのがいいと思います」
「あ、いやそうなんだけど……」
そういえば、ブルーとはそこまで話した事がなかった。
こんな性格してたんだな。
「詳しくは、ミネルバから聞くといいでしょう」
ブルーはミネルバを見た後、俺へと着座を促すように首をうねらせた。
俺は疑問を残しながらもブルーの背に跨がり、ミネルバは慣れたようにちょこんと腰を下ろした。
「さぁ、行きましょう」
ブルーは宙を泳ぐように徐々にその速度を上げた。やがて空高く飛び上がると、空中浮遊魔法とは違った空の心地よさを感じた。
トウエッド中を見渡せる程の高度に達すると、ミネルバは以前俺が魔法教室で教えたフレアトーチを発動した。
おそらく人目を忍んでこの場で話したいというサイン。この超高度であれば、下手な個室より断然人目を避けられる。
そして俺は、ミネルバの口が開かれるより前に、残っていた疑問を吐き出した。
「ミネルバさんはもしかして……チキアータの子孫でしょうか?」
「まぁ、大道士様をそう呼ぶ人は初めてですわ」
「だい……どうし?」
「ふふふふ、北の魔法士と呼ばれたチキアータ様は、過去の戦いの後、数多くの弟子をとりました」
「へぇ、アイツが……」
「卓越した魔法、魔術。そして魔技の基礎となる構想。……努力する者に人は集まる。集った弟子はチキアータ様を慕い、尊敬しました。そして弟子たちは、やがてチキアータ様を大道士と呼ぶようになったのです」
そうか、あの戦いの前に、駄目元でチキアータに応援を頼んだが、参戦していてくれたのか。そりゃ感謝しなくちゃいけないな。だが、まだ繋がらない。チキアータとブルーは使い魔契約によって縛られていた。それをどうやってミネルバに? いや、ミネルバだけじゃないはずだ。
「使い魔契約に第三者を介入させる法。大道士様はこれを開発しました」
「それはつまり、使い魔契約の改変ですね?」
「そうです。この《契約譲渡》の魔術を使い、使い魔の主人を一時的に二人にするのです」
「っ! そうか! 永久的な譲渡ではなく、一時的な譲渡なら不安定ながらに主人を二人とする事が出来る。そこから元の主人の契約を破棄すれば――」
「――ブルーは主人を変える事が可能です」
そういう事だったか……。
「龍族モンスターは元々長寿。数千年から数万年生きる個体も珍しくありません。主人の寿命が短くとも、その主人が寿命を前に交代するのであれば、ブルーは長き命を得られます」
わかる。ブルーへのチキアータの愛が。
確かにブルーの心臓が止まった時のチキアータの姿は、俺も見ていられなかった。
そうか、俺、薫や潤子、トゥースとは違った、長寿の使い魔だけが可能な延命法。
ブルーはこれを繰り返していたのか。
「先程の質問ですが、アズリーさん……私は大道士様の子孫ではありません。あの方は生涯独身でしたから」
「という事は……?」
「大道士様の弟子、その中で一番の使い手がブルーを使い魔としたのです」
「血ではなく、絆……ですか」
するとミネルバはコクリと頷いた。
優秀な者に知と力、そして過去の戦いを知るブルーを遺した。
それが、未来を憂えたチキアータが導き出した答え。
そして、俺はその答えに救われている。
あの過酷な時代を生き、戦い抜いた俺とポチ、そしてリーリアとウェルダン。
更に今度はブルーまでもが俺の前に現れた。あの時代を知る故に残る不安と恐怖。それを共有出来るだけで、俺の不安と恐怖が紛れるような気がした。
そんな俺の考えを見透かしたように、ミネルバはクスリとわらったのだ。
「そうです。アズリーさん、あなたは一人では、独りではないのです。私たちがいます。焦る必要はありません。我々に出来る事を、一つ一つ消化していけばいいだけなのです」
「…………はい」
チキアータへの貸し――とんでもなく大きくなって返ってきた気がするな。
「そして、私からあなたに……いえ、ある方からあなたへの助言を持ってきました」
「え?」
俺の間の抜けた声と共に、ミネルバは俺の肩口までずいと顔を寄せてきた。
「はぇ!?」
「――――じゃありませんか?」
微笑伴う妖しいミネルバの、色濃い吐息のような問い。
ぞくりときたのは一瞬。しかし、その内容に俺は愕然とした。
そしてミネルバは、微笑みながら、自身の耳を塞いで俺の吃驚を迎えた。
「あぁああああああああああああああああああああっ!?!?」
月明かり眩しい大空に、俺の大声が木霊する。
『うるさいです馬鹿マスタァアアアアアアアアアッ!!!!』
俺の馬鹿声を聞いたのか、下の方からポチの馬鹿声が聞こえた。
「うぇ!?」
続く俺の違った驚きに、ミネルバとブルーが笑う。
「「ふふふふ」」
「何で、ポチの声が……?」
「お気づきありませんでした? ここは既にエッドの銀さんのお屋敷、その上空ですよ」
「き、気付きませんでした……」
そうか、ブルーは進行すら気付かせないように、風に流れるように、俺をここに運んでくれたのか。
そして、ミネルバもタイミングを見計らってあの事を俺に伝えた。
俺の声で、ポチは気付くのだろう。俺の復活を。
いや、俺の復活を知らせる合図をポチに出したのは、ブルーとミネルバだ。
ぬぅ……完全に、この二人に転がされた感が否めない。
「さぁ、皆さんが待っていらっしゃいますよ」
「忘れないでください、ポーア。あなたは一人ではない事を」
ミネルバとブルーの一言に、俺は背中を押された気がした。そう、支えられながら。
「……ありがとうございました」
二人は微笑みのみを返し、俺は緩やかに下降するブルーから飛び降りた。
そんな俺を見つけたのか、ポチが屋敷の屋根から跳び上がったのだ。俺を受け止めるかのように。
「別にお前がいなくても着地出来んだよ!」
言いながら俺は、身体を動かしながらポチの方へ向かう。
「マスターは私がいないと駄目なんですよ!」
言いながらポチは、嬉しそうに向かってくる。
「そんな事ねぇよ!」
「あります! とぉ!」
叫んだポチは――――
「「あ」」
――――俺を受け止め損ねた。
「おいてめー! 何してくれちゃってんだよ!?」
「マ、マスターが急過ぎたんですー!!」
完全にポチが受け止めてくれるものと考えていた俺の着陸プランは、もう残っていなかった。
「みぎゃぁああああああああ!?!?」
俺は銀の屋敷の屋根を突き破り、我が研究室のベッドへとダイブしたのだった。痛い。俺は今、身体の鈍痛により、普段の魔法や魔技のありがたさを再認識している。
しかし、俺には、その鈍痛に苦しめられるより早く、痛みの緩和が訪れたのだ。
「「ほいのほい、ハイキュアー!」」
息の整った上級回復魔法。
それを放ったのが、リナ、ティファ、フユだと気付くのに、時間はかからなかった。
「皆……ここにいたのか」
三人以外にも、この散らかった部屋には来客がいたのだ。
俺が買い与えた刀を大事そうに抱える春華。
恥ずかしそうな顔をしながら、初級魔法のキュアーを放っていたリーリア。
そして――、
「アハハハハハっ! マスターの顔! 真っ黒ですー!!」
慌てて戻って来た縁深き……犬ッコロ。
ポチを黙らせてやろうとも思ったが、俺は、最初にしなければいけなかった事があった。
回復魔法が止み、ベッドから下りた俺は、皆に向かって頭を下げる。
「……ごめん」
誰彼構わず当たり散らしてしまった。
そんな罪深き俺の頭を上げると、待っていたのは、仲間たちの優しい笑顔だった。




