◆379 魂性の一致
2019/2/3 本日一話目の投稿です。ご注意ください。
振りかざされる大きな拳。
響く轟音。巨大な岩が音を立てて崩れていく。
山々に響く異音の正体は、アズリーの怒りと焦りが形となって表れたモノだった。
傷だらけの拳は、岩を割り、砕き、時には血に塗れた。
「はぁはぁはぁ……くそっ!」
人目をはばかるような山の中、アズリーは暴れるだけ暴れた。
握る拳に魔力が宿る事はない。
あれ程信頼した魔力が、あれ程膨大な魔力が、アズリーの身体の中から消えている。
「『こうしちゃいられない』って……? ハハ、何をするっていうんだ。こんな役に立たない身体で……!」
アズリーは冒険者ギルドの空間転移魔法陣を使い、世界各地へ飛び回った。
魔力の障壁を全ての街、村、集落、ファールタウンに放ち、トウエッドに戻った。
空中浮遊魔法を使い最速で戦場に向かい、アイリーンを助けたまではよかった。
ビリー、クリート、アルファ、ベータたちが放つ極ブレス。
一つに収束する極大のブレスは、アズリーの全霊をもって止めた。それまではよかった。
一度は心臓を止め、死の瀬戸際、アズリーの身体に起こった不可思議な現象。
身体から溢れるはずの魔力が、一切出ないのだ。
魔法も、魔術も、特殊技能も、アズリーの身体から発動しない。
これまで、魔に生涯を捧げた男が、何より魔を愛した男が、魔に見放された時、その胸中は負に染まる。
憤怒、焦燥、不安、恐怖、悲哀、その全てがアズリーから溢れ、拳を紅く染める。
肩で息をし、怒声と共に口から血を吐く。
木々は倒れ、大地は穿たれ、川は流れを変える。
そんなアズリーを遠目に見守る存在がいた。
山の崖からアズリーを見下ろす五つの影。
先程、屋敷でアズリーを止めたポチ、リナ、ティファ、フユ、春華だ。
八百年共に生きた使い魔のポチ。
命を救われたリナ。
リナと共に初めての生徒となったティファ。
色の拘束から解き放たれた春華とフユ。
愛を、憧憬を向ける誰もが、誰もがアズリーに近付く事は出来ない。
それだけ、今のアズリーは脆く、壊れやすい状態だった。
そんなアズリーの前に立ったのは、ポチと同じく、伝説を共に生きた存在。
そしてその隣には、戦場にはいなかった人物が立っていた。
アズリーの眼前に現れたのは、リーリアとミネルバだった。
先のリナたちの時と同じように、アズリーは二人から目を背けた。
「……悪い、今話せる状態じゃない」
堪え、しかし震える声でアズリーが言う。
すると、リーリアはアズリーから目を逸らしながら答えた。
「私はここまでの護衛よ。話があるのはミネルバ……」
そう、リーリアもそんなアズリーを見たくなかった。見ていられなかったのだ。
だからそう答えただけで、ポチたちがいる崖の方へ跳んで行ってしまった。
「…………話? 話なんて俺はないです」
ミネルバに目を向けるなり、アズリーはまたも冷たい言葉を選んでしまった。
しかし、ミネルバは動じない。
ミネルバがこの場に立てる理由は、ポチやリナ、リーリア程、共に時を歩んでいないからだ。
ただ自分の役目をと、ミネルバは毅然としかし優しい目を向け、アズリーを見つめた。
「ほい、ハイキュアー」
ミネルバは優しい目で、優しい声で、アズリーに回復魔法を放った。
その優しい緑光を見ながら、アズリーは乾いた笑い声を出す。
「は……はは」
光につられるようにアズリーの手が動く。
しかしその光はアズリーが触れられるモノではない。
それはアズリーに辛い現実を突きつけただけだった。
「何故……こんな事を?」
今度は震えを堪えず、アズリーは言った。
「怪我をされていました」
ミネルバも、芯のある声で答える。
それが、アズリーの震えを爆発させる。
「っ! 必要ありません! 俺は自分で回復出来るんだ! こんなのただのお節介なんです!!」
張り上げられる怒声。
だが、それでもやはり、ミネルバば顔色すら変えなかった。
「では、お節介をしました」
「っっっ!! 五月蝿いっ!!」
アズリーは大きく大地を踏み、憤りを露わにする。
動じないミネルバに、アズリーはくしゃくしゃに歪んだ顔を向ける。
「お前に……お前に何がわかる! どこで何をしていたのか知らないが、あの戦争にも参加せず、ただここに来て話がある!? 俺にはない! いいから! いいから俺に構わずどこかに行ってくれ!」
まるで敵意のようなアズリーの言葉。
ミネルバは正面からそれを全て受け止め、尚もアズリーを見つめる。
全て知ったような顔で、ただアズリーを見つめるのだ。
それが、アズリーの心を締め付ける。
「どうして……放っておいてくれないっ!」
「アズリーさんが、困っていらっしゃいます」
「じゃあ……じゃあお前がなんとかしてくれるっていうのか! 違うだろう!!」
腕を振り払い、アズリーはミネルバの居場所を否定した。
「確かに、私にアズリーさんを助けられる力はありません。ただ、言葉に力は宿ります」
「そんなもの……!」
「それをアズリーさんに否定出来ますか? 私にはわかります。貴方は言葉の力を知っているから」
アズリーは何も答えない。答えられないのだ。
魔を信じたアズリー。
魔法の発動の鍵は言葉。
それを誰よりも魔に没頭したアズリーが知らないはずがない。
ミネルバは、アズリーの目の前に人差し指を持っていき、そこにゆっくり魔力を込める。
ポォっと光る美しい魔力の流線。
アズリーはそれを目で追い、羨望のような眼差しを向ける。
そしてミネルバが口を開く。
まるで子供に諭すように静かに、ゆっくり、正確に。
「ほいの、ほいの、ほい……魂魄開示」
アズリーの胸元に刻まれた、ほんのりと発光する魔術陣。
「これは……?」
「『魂性の一致』……この言葉を、アズリーさんはご存知のはずです」
「……魔法士の適性があった時に使う言葉」
ミネルバが小さく頷く。
「魂性が一致しない場合、人は戦士大学や冒険者となり戦士を目指します。しかし、魂性が一致した場合、人は魔法士を目指すもの」
アズリーはまた怒りを見せる事も出来た。しかし、ミネルバの優しいオーラが、それをさせなかった。
「アズリーさんはご自身を魔法士として自覚されています。世界有数の魔力を持ち得た人物です。それは誰の目にも明らかでしょう。……これは、その適性を可視化させる魔術です」
アズリーは、その言葉を聞き喉を鳴らす。
それは、自信のない現れ。
「魔法適性のある者に使えば、これは発光します」
そう言われ、アズリーは改めて自身の胸元を見る。
確かに発光している魔術陣に、アズリーはホッと息を漏らす。
目をミネルバに戻したアズリー。それを確認したミネルバが、また人差し指を光らせる。
「ほいのほいのほい、魂魄開示」
それは、誰に向けられた訳でもない魔術陣。
宙で止まる魔術陣に、アズリーは首を傾げる。
「こんなものでしょうか?」
「……え?」
「世界有数の魔力を持つ男の発光は……こんなものなのでしょうか?」
アズリーは、ミネルバの言葉の意味がわからなかった。
しかし、次にミネルバの指が動いた時、それが理解出来たのだ。
「&リモートコントロール」
止まっていた魔術陣に、操作魔法が合わさる。
魂魄開示の魔術陣は、ミネルバの胸元に描かれる。
自身の魔法適性を見せようとしたミネルバの真意。
それは、すぐに理解出来るものだった。
――ミネルバに発動した魔術陣は、アズリーよりも明るく発光していたのだ。
自分以上の光度の高さを見せつけられ、今一度自身の胸元を確認するアズリー。
「これは、ほんの少し魔法適性が高い程度の光度です」
アズリーが何度魔術陣を見比べても、それは明確な差だった。
ミネルバは更に言葉を続ける。
「それは、魔法適性が明らかに低い者の光度」
アズリーに描かれた魔術陣を指差して言い放つ、ミネルバの一言。
「アズリーさん、貴方は……とても愚かな選択をしています」
それは、魔を愛した男に向けられた――無慈悲な一言だった。




