◆378 長き一日の終わり
倒れて意識を失ったアズリー。
その傍らで騒ぐ、黒狼。
「マスター! だだだだ大丈夫ですかっ!? わ、私の事わかりますか!? 大変です! マスターが間抜け面に!?」
ポチの、いつものからかい混じりの心配。
だが、今回だけは違った。アズリーからの反応が一切なかったのだ。
次第にポチの顔色が変わる。
「マスター! 大丈夫ですか!?」
先程とは明らかに違う真剣なポチの声。裏返る声と共に、アズリーの肩下に鼻を潜らせ、首を上げてアズリーを仰向けにする。
それは、今まで見た事のない、アズリーの精根尽き果てた顔。
「アズリー! しっかりしなさいアズリー!」
アイリーンの心配そうな声と、
「アズリーさん!」
泣き入りそうなリナの声。
次第にアズリーを中心に、無数の戦士、魔法士たちが近寄る。
「ほいのほい、ハイキュアー・アジャスト!」
ウォレンが特級回復魔法を放つも、そもそもアズリーの身体に傷はない。
「ほい、ギヴィンマジック!」
オルネルが持続型魔力回復魔法を発動するも、やはりアズリーからの反応はなかった。
ポチがアズリーの胸に耳を当てる。
「心臓が……動いてません!?」
「ポチさん、どいてください!」
いち早く動いたウォレン。
アズリーの胸に両手を押し付け、マッサージを始める。
「アズリー! おいしっかりしやがれっ!」
駆け付けたブルーツが、大きく叫ぶ。
「アズ君! こんなとこで死んじゃ駄目だよぃ!!」
メルキィが、
「アズリーさん! しっかりしてくんなまし!」
春華が心配そうに叫ぶ。
リナとフユは震えながら涙を流し、アイリーンはウォレンのマッサージに合わせ風魔法で酸素を送った。
戦士、魔法士の間を割り、傷付いた身体を引き摺りながら、リーリアがアズリーに近付く。
「ウォレン、代わりなさい。私がやるわ!」
ウォレンと交代したリーリアが拳を振り上げる。
「アズリーの身体は今やトゥース並みに強靭。その程度じゃ心臓に刺激は届かないわ……」
強く拳を握り、リーリアはアズリーの胸に力一杯拳を振り下ろした。
大地にすら伝わる程の、鈍く強く、そして重い衝撃が、あたりにこだまする。
だが、それでもアズリーの心臓は動かなかった。
リーリアは、何度も力を込め、アズリーの胸を叩く。
諦めず、諦めず……何度も、何度も。
遠くからそれを見るトゥースは、大きく溜め息を吐いて、素早い宙図をする。
「ほい、サンダー」
アズリーに届いた下級の雷魔法。
アイリーンの風魔法、ウォレンとリーリアのマッサージ、トゥースの雷魔法が合わさり、
「マスター!」
ポチの声が響く。
「……っ! カハッ!?」
ようやく訪れた、愚者の目覚め。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エッドの銀の屋敷。
ブルーツがアズリーをそこまで運び、他の皆も戦後の疲労から壁に身体を預けながら休んだ。
ブレイザーやウォレン、アイリーンなどは、戦後処理のため事務作業に追われつつも、心の片隅には、アズリーへの心配があった。
「本当に心配したんですよ! わかってるんですか、マスター!」
「……あぁ」
ベッドから身体を起こし、壁に背中をつけながら、アズリーは己が両手を見つめている。
ポチの小言など耳に入っていない様子で、両手を……しかし両手でない虚空を見つめているのだ。
ポチも、それがわかっていたからこそ、小言を続けた。
アズリーの心が、ここから、この場所から離れないように。
「大体マスターはいつも頑張り過ぎなんです! ずっとずっと頑張って、止まれなくなるまで頑張っちゃうから駄目なんです! 少しはトゥースさんを見習ってもいいんですからね! 勿論、限度はありますよ!」
「あぁ」
「これに懲りたら、少しは休むべきです! いいですか、休む事、これが大事です!」
「あぁ」
全て同じ空返事。抑揚もなく、淡々とした力無き声。
だが、尚もポチは続ける。
「マスターと私は不老なだけで、不死じゃないんですからね! 死んじゃったら終わりなんですからね! ね! しっかり休みましょう!」
遂にアズリーからの返事もなくなる。
アズリーは両手を握り、開き、また握り、また開き、何度も繰り返した。
「そうだ、ご飯にしましょう、マスター! 今日は私の好きな物だけを揃えましょう! 少しだけマスターにあげますからね! 私、優しいですから!」
最後に一握り。アズリーは力を込めて拳を握ると同時に、強く目を瞑った。そして目が開かれた時、アズリーはベッドから立ち上がる。
「こうしちゃいられない……」
呟くように言ったアズリーの前に、ポチが立ち塞がるように移動した。
「だ、駄目です! マスターは今休まないと駄目なんです!」
「どけ、ポチ」
「いーえどきません! マスターが休むまではどいてあげませんっ!」
「いいからどけ!」
語気が強く、そして怒気の籠ったアズリーの声。
ポチが一瞬ビクつくも、アズリーの怒気に負けない強い目をもってアズリーを見返す。
「……どきません!」
そんな二人の荒だった声に反応し、廊下からいくつかの足音が響いた後、部屋の襖が開けられる。
アズリーの視線の先のポチ。その奥で襖を開いたのは、リナ、フユ、春華、そしてアズリーのためにベイラネーアから空間転移魔法陣で飛んできたティファがいた。
だが、アズリーはポチから視線を外さず、暗く、鋭い目つきを向けていた。
そんなアズリーを未だかつて見た事がなかった四人は、一瞬でアズリーの異様さを理解した。
少しだけポチから視線を外し、アズリーが四人を見る。
「……皆、無事だったのか。良かった」
リナの拳が、いや、四人の拳が強く握られる。
アズリーの声には、いつもの優しさがなく、焦りと、先程ポチに向けられていた怒気が残っていたからだ。
「ど、どうしたんですか、アズリーさん……?」
震える声でリナが言った。
「別に」
「「っ!?」」
リナに返ってきたのは、冷たく、表情のない一言。
それだけで、リナたち四人は言葉を失ってしまった。
唯一、ポチだけが、そんなアズリーに怒りを見せた。
「心配してる人に向かってなんですかその言葉はっ!!」
魔王が復活した今、アズリーに余裕がない事は、ポチは理解している。理解しているからこそ、ポチはアズリーを律するために言った。理解しているからこそ、ポチはアズリーに怒りを向けたのだ。
焦りから出た冷たい言葉だとしても、アズリーがそうあっては駄目だと、ポチが一番理解していた。
そんなポチの本気の怒りを、やはりこの場にいる四人の乙女は見た事がなかった。
滅多に向けないポチの強い視線を、アズリーだけが知っている。本気で自分のために怒ってくれているのだと、知っているのだ。
余裕がなく、焦りだけが前に出てしまうアズリーが、その想いを受け止められるはずがなかった。
「……悪い」
アズリーは皆に目を、顔を背けたまま、その場を去ろうとしたのだ。
「駄目です!」
遂にポチはアズリーの右足に噛み付く。
だが、それでもアズリーは止まらなかった。
強く噛み続けるポチの口からは、アズリーの血が垂れる。
「っ! や、やめてくださいポチさん! アズリーさんも! お願いです休んでください!」
リナがポチを押さえ、
「アズリーさん、休んでくんなまし!」
春華がアズリーの肩を抱え、
「「アズリーさん!」」
ティファとフユがアズリーの前で両手を開いて立ち塞がった。
しかし、二人は、乙女たちの力で御する事は出来ない。アズリーとポチは、伝説の時代を生き抜いたのだ。
ポチがリナを振り解き、アズリーが肩を振って春華の手を払い、ティファとフユの壁を強引に割って進んだ。
そして、アズリーは大きく右足を振った。
ポチは口からアズリーの右足を放してしまう。
辛うじて壁に着地したポチは、アズリーを見て叫ぶ。
「駄目ですー!!」
そんなポチの声は届く事なく、アズリーは屋敷から姿を消してしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法教室の広場では、トゥースが胡坐をかいて座り、その隣にはブル。そのブルの背に紫死鳥が止まっている。
正面にはウォレンが立ち、トゥースを見上げている。
「そうですか、アズリー君はやはり……」
そんなウォレンを前に、トゥースは小指で耳をほじりながら答える。
「大体あんな数のブレスを、単純な魔力だけで押さえようってのが間違いだ。まぁ、あの場合はあれしかなかったんだがな……」
「えぇ、おかげでアイリーン様の命は救われました。ビリーもクリートも、アズリー君やポチさん、リーリアさんの留守を狙ったのにも拘わらず、あの戦力でアイリーン様の命を取れなかったのは確かに痛手でしょう。こちらの被害も軽微……とは言い難いですね。死者も三十人以上ですから」
「大変だな」
トゥースが耳垢を吹きながら答える。
「いえ、トゥースさんのお昼寝がなければ、こちらは壊滅状態でしたよ。私もアイリーン様も死んでいた事でしょう」
「ふんっ」
「悪魔と敵対せず我らを助けるにはあれしか手はありませんでした。いや、勉強させてもらいましたよ」
「そんな事した記憶はねぇな。それより、これからどうするつもりだ?」
そんなトゥースの言葉に、ウォレンの目がわざとらしく見開かれた。
「おや、興味があるのですか?」
「うるせぇ。俺様だって死ぬのは嫌だからな。隠れ蓑になるなら、宿賃くらいは払ってやる」
遠回しなトゥースの協力申請に、ウォレンはくすりと笑う。
しかし、その笑みも、すぐに消えてしまったのだ。
アズリーから伝え聞いたウォレンの話。そしてこの場で話した結果、トゥースはウォレンの性格をある程度理解していた。
だからこそ、その笑みが消えた理由に心当たりがあったのだ。
トゥースは大きな溜め息を吐き、静かに目を瞑る。
「……ヤツがアレじゃあな」
珍しく、ウォレンすらも大きな溜め息を吐く。
「巨大な魔力を一気に放出した弊害……ですか」
「あぁ、アズリーの魔力は今、常に空っぽの状態だ。どうしたら戻るのかもわかんねぇ」
トゥースが頭を掻きむしりながら暗雲多き夜空を見上げると、ウォレンもそれに続いた。
「いよいよやべぇな……」
そう静かに呟くトゥースだった。
発売初週なので宣伝させてください!
2018年11月15日木曜日!
『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』第10巻が発売致しました!
皆様、是非手に取ってくださいませ!
初回封入特典は、「延頸鶴望」というSSショートストーリーです。
⇒アズリーの帰りを知ったティファが、今か今かと正座して空間転移魔法陣の前で待つというお話です。タラヲとのやりとりを楽しんでくださいませ!
巻末特典には「賢者の査定」
⇒トゥースが銀の三人(ブレイザー、ブルーツ、ベティー)の実力を見る。という短編ですね。トゥースが暴れまくります。
そして、今回もやりますWEBなろう特典!
下記四本のSSを今日から投稿していきますので、是非読んでみてください!
①「◆仮契約」⇒ウォレンがららふぁ~むを見つけちゃった!
②「◆虎の決意」⇒ドラガンがあんな事やこんな事を!
③「◆古の邂逅」⇒リーリアとジョルノの出会い。アイツも出るぞ!
④「◆伝説の鼠教官」⇒バラードが主人となったコノハが頑張る!
上記四本を【第十章の最後】に投稿しておきます。
宜しくお願いします!




