◆374 割り込み禁止
「リナさん! そっちがどんな状況かわかりません! マスターの事ですから大丈夫だとは思いますけど……けど!」
震えながら消えゆくリナに、ポチは精一杯の声を掛けた。
しかし、リナからの返事はなく、ポチは強く目を瞑って過去を振り返る。魔王の胎動期、そして復活時の自分を振り返り、どうしようもないと知りつつも――、
「リナさん!」
ただ声だけを掛けた。
リナが消えると、ポチはすぐにリーリアの下に戻り、クラリスやアンナたちの救出に走った。
「リーリアさん! 後少しです!」
奮迅するリーリアを見て、ポチはやはり声を掛ける。
今にも消えゆきそうな背中を、少しでも繋ぎ止めるために。
「アンリさん! もう少しですよ! クラリスさん! もう少しですよ!」
自身の無力に不甲斐なさを感じながら、ポチは常に気を配り、仲間を守った。
リーリアが剣を振り回し、跳び、傷付く度に、ポチは心を痛める。
「もう少しですからっ! もう少しだけですからっ!」
不測の事態。誰も誰を責める事は出来ない。しかし、その時その場では、ポチは自分を責める事しか出来なかった。
悔しさから歯を食いしばり、走る。
リーリアに押し寄せるモンスターは強力な個体ばかり。
リーリアが血を吐き、身体を傷付けようとも、ポチが出来る事は限りなく少なかった。
(せめて……せめて、ウェルダンさんを出せれば……!)
ポチの悲痛の叫びは願いとなる。
それを拾う者がいないとわかっていつつも、ポチは願い続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「っ! はぁはぁはぁ! ポチさん!」
エッドにある銀の屋敷、そこの空間転移魔法陣に飛んだリナは、ようやく我を取り戻す。
励まし続けたポチの存在が、自分の中の最後の記憶。
必死でリナたちを助けようと奮闘した良き友人の姿に不安を覚えるも、リナが出来る事はなかった。
リナは強く拳を握り、血を流した。
「困ります。そんなようではアズリー君の隣になど、到底立てませんよ」
リナに声を掛けたのは、魔法大学の元学生自治会会長。
「ウォレン……さん」
「もっとも、私も自分を棚上げしてるんですけどね」
少しだけ微笑むウォレン。だが、その顔は明らかにいつもと違う気迫の満ちた顔。
その異変にリナが感じ取るのに、それ程時間を要しなかった。
「バラードさんと共に南門へ。トウエッド未曾有の危機です。他の者も落ち着き次第向かわせます」
「は、はい! ウォレンさんは!?」
「アズリー君が世界を救ってくれるのです。私たちがトウエッドを救えなかったら彼に怒られてしまいます。そのためにはまず……ポチさんとリーリアさんをお救いしなければなりません」
「そうか、アズリーさんは世界中の街に……!」
リナが気付くと、次に空間転移魔法陣に送られてきたのはアンリだった。
「すぐにポチさんたちと駆けつけます。それまでの間、宜しくお願いします」
「はい!」
「はぁ……はぁ、はぁ……リナ?」
アンリに肩を貸したリナ。
そして、空間転移魔法陣にはウォレンが乗る。
「ほいのほいのほい、マジックシールド・カウント10&リモートコントロール」
ウォレンは消えゆく自分に防魔障壁を張り、強い覚悟を秘めた目をリナに送る。一つ、コクリと頷き、リナもまた頷く。
転移したウォレンは、再び自分に襲い掛かる魔王の重圧に、一瞬膝を落とす。
「っ! これ程まで……ですか!」
「ウォレンさんっ!?」
「やぁポチさん」
取り繕うようなウォレンの笑顔。
クラリスを連れて来たポチは一瞬でウォレンの無理に気付く。
「っ! ……大丈夫です。さぁ、クラリスさんを!」
足手まといにだけはなってはならない。
ウォレンは自らの足を拳で殴り、自分を奮い立たせる。
「ほいのほい、オールアップ・カウント2&リモートコントロール! さぁ、ポチさんはリーリアさんを! 私は他の皆さんを救出します!」
今にも押し潰されそうになりながらも、ウォレンはポチに身体強化魔法を掛けた。
ウォレンは、解放軍に戻りそのメンバーを戦地へ送った後、リナが転移した銀の屋敷へ向かった。
それが、エッドの危機を救う最重要事項だったからだ。
ポチもウォレンの機転に気付き、黙って頷きリーリアの下へ駆けた。その後を追うウォレンも、正に必死の形相だった。
「ガァアアアアアアアアアアッ!!」
リーリアの下に戻ったポチは、遠くに映る敵影に向かって極ブレスを放つ。これにより、モンスターの動きが一瞬鈍る。
そしてポチは、続き舌で宙図を行い、回復魔法を放つ。
「ひょひょい! ハイキュアー!」
上級系回復魔法により、リーリアの傷が塞がり始める。
リーリアは、背中でポチの行動の意図を探る。すると、リーリアの耳には、ポチとは別の足音が聞こえたのだ。
(誰かが来たっ!? この場に立てる人間がアズリ―以外にいるというのっ?)
リーリアは答えを出せずにいたが、ウォレンの次の行動で、リーリアは足音の主が誰なのか理解した。
「ほいのほいの……ほい! ミドルチェイン・カウント10&リモートコントロール!」
人体拘束魔法ミドルチェイン。
これにより他の魔法士たちは拘束され、ウォレンのリモートコントロールにより、宙へ浮かぶ。
ウォレンは、拘束魔法を一度に大人数を運ぶための運搬魔法として代用したのだ。
ウォレンの声に気付いたリーリアは、朱色の瞳を戻し、ポチに声を掛ける。
「ポチ! 十秒よ!」
「お任せをっ! ぬんっ!」
「自分の代わりを十秒務めろ」と、そう言葉に籠めたリーリア。それをポチがわからないはずがなかったのだ。
巨大化したポチは、身体強化能力を発動させながら前衛へと躍り出た。
ただでさえ強力な紅魔の湿原のモンスターが、魔王復活により活性化したのだ。ポチが手を抜ける相手ではない。
この間、リーリアは貴重な時間を使い深呼吸をした。
リーリアは魔法士ではなく戦士である。
いかに訓練により宙図を円滑に描けたとしても、それはやはり魔法士に一歩劣ってしまう。
失敗が許されない緊急時だからこそ、リーリアは集中という行動に時間を割いたのだ。
「ほいのほいの……ほい! ハウス!」
結果、ポチに願い出た時間よりも早く宙図が完了した。
大きく光る空間が発生すると共に、その中から現れる巨大な赤き帝牛。
「蹴散らせ! ウェルダン!」
「グモォオオオオオオオオオオオッッ!!」
ポチの横を通り過ぎた一陣の風は、十数匹のモンスターを巻き込みながら弾き飛ばす。
「よし! ウェルダンは前衛! ポチは遊撃だ! 取りこぼしを頼む! 私はウェルダンの死角を埋める!」
「おうよ!」
「お任せを!」
この時、リーリアとウェルダンの下に魔法陣が届く。
それが降り注ぐと共に、二人の身体には大きな力が溢れる。
不可解な現象にリーリアが斬り払い様に、魔法陣の軌跡を辿って後方を見た。
そこには、皆を慎重に、かつ迅速に運ぶウォレンの背中があった。
(……あの状態から私たちにオールアップを届かせたのか。ふっ、大した男ね!)
ウォレンの行動に、過去のアズリーを思い出すリーリア。
(あれもまた、アズリーの隣を歩くという事なのね……。ふん、そう簡単にはいかないでしょうけどっ)
「割り込みは禁止です!」
と、ポチがウェルダンの横を通り過ぎようとしたモンスターを倒す。
自分の思考と、ポチの言葉が、あまりにも合っていたため、リーリアはくすりと笑うも、すぐにまた、戦士の顔へと戻るのだった。
「後一回ウォレンが来れば全員回収出来るわ! 皆、頑張ってちょうだい!」
リーリアの剣、ジョルノの剣を振り回し、モンスターの血に塗れながら、リーリアは叫んだ。
ポチもウェルダンも、それは一緒だった。
三人はまだ知らない。エッドの危機を。
しかし、三人は同時に感じていたのだ。
魔王の時代に感じた以上の不穏な空気を。




