◆369 行軍
王都レガリア城。
その地下では、白衣を纏い、顔に大きな火傷を負った男が、眼前に蠢く存在を恍惚とした表情で見ていた。
隣には、異形なれど、その存在に嫌悪に近い感情を露わにし、白衣の男を睨む。
「ベータか。悪魔となった我でも、コレには悍ましさを感じるな」
「何を言う。これ程可愛い存在を、私は知らぬ――まぁ、例外はいるがな」
顎先を手で触れる白衣の男。例外対象の存在に気付いた異形の者が再びベータと呼ばれた存在を目にする。
「……天獣か。奴らの存在は厄介だとイシュタル様も仰っていた。居処さえ掴めれば我が出向くものを」
「少なくともあの時代を生き抜いたのだ。まだ我々の及ぶところではない」
「……ちっ、我がここまで協力したのだ。失敗は許されぬぞ」
「ふん、貴様の労力など私と比べれば微々たるもの。それにこの作戦には失敗など存在しない。成功の道しかないのだ。失敗はあり得ない。絶対な」
「気味の悪い顔だ」
「貴様が言うか」
睨み合う二者から溢れる魔力で満たされる地下室。それに反応してか、ベータと呼ばれた存在も、自身の魔力を身体から溢れさせる。
ベータの行動と魔力に気付いた二人。
「なるほど、SSランク相当とは……ただのほら話ではなかったようだな、ビリー」
「クリート、指揮を執るのは貴様だ。わかってるな?」
「イシュタル様の命なのだ。当然だろう」
ビリーの光源魔法によって照らされるベータ。
そこには、無数のアルファの死体の上に悠々と寝そべる禍々しき存在があった。
その身体は黒く、隆起する筋肉は脈動し、上顎と下顎から生える巨大な牙は天地を睨む。
吐息から漏れる黒き炎。地を溶かす唾液。アルファの五倍はある体躯で地に立つ姿は正に絶望そのもの。
「ふふふふ、アルファとベータの大行進といこうじゃないか……!」
「トウエッドへの道は開いた。今こそ復讐の時……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「辛いな」
「零すな。辛いのはお互い様だ」
キング・ハッピー・キラーであるブルが、背中に乗る紫死鳥に文句を言うも、紫死鳥はブルの上で羽を使い顔を塞いでいる。
しかし、ブルがそれ以上文句を言う事はない。ワナワナと震える紫死鳥の感情を、ブルも察しているのだ。
「あの黒亀……何が冬眠の時期だ! 魔王の時代から殆ど寝てばかりじゃないか! クソ、今すぐにあの甲羅を叩き割ってやりたい! 灰虎に至っては終始花占いだぞ!? 数年前まで美しかったラベンダーの群生地が完全に更地だ! クソ! ヤツを天空から落としてやりたい! しかし、黄龍だけはマトモだったな! 報告に感謝するだけではなく、食事まで出すとは流石、他とは違うな! 私はこれより五百年は蛇を食べないという誓いを立てるぞ! 主食は亀とマーダータイガーにしよう! なあブル、お前もそう思うだろう!?」
「……『あのクソ爺』から先は聞いてなかった」
「な!? 馬鹿な!? も、もう一度言えばいいのか!?」
「もしもう一度言ったら、私はこれより五百年は鳥を食べる誓いを立てる」
「ふん、中には美味い鳥もいるぞ」
「…………面倒なヤツだ」
「何か言ったか?」
「お前の爪が私の背中に食い込んでチクチクとする。そろそろ降りろ」
「……ふむ、仕方ないな」
すると紫死鳥は羽を数回羽ばたかせ、ブルの背中を離れた。そして宙に舞った身体の行き先は……――
「――おい、何故頭に乗る」
「背中からは降りたではないか?」
「くっ!」
「お、おい! そんなに暴れるな! 落ちてしまうではないか!」
「ええい、地獄に落ちろ! 焼き鳥にしてくれる!」
「生意気な! ならば私はお前をスペアリブにしてくれる!」
トゥースが住む極東の荒野へ戻る途中、二人の強大な力は無駄にぶつかり合い、大地を揺らした。この戦いは、無数の生物の生息地を奪い、広大な土地を更地へと変えたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、極東の荒野にて、一人の男がトゥースの前に立っていた。
男は灰色のローブを纏い、青白い瞳がトゥースを捉えて放さない。
片目を開け正面に立つ男を見たトゥースは、鋭い視線を返す。
「何しに来やがった」
「師の下に弟子がやってくる。至極普通の事ではないか?」
「ふん、てめぇなんか弟子じゃねぇよ。メルに土下座したとしても御免だね」
「ふふふふふ、この時代、私にそれだけの口をきける男も珍しい。グレイの名に恐怖しないのか?」
「てめぇみたいなクソガキ相手に何をビビるってんだ。てめぇはてめぇで俺様が怖くてしょうがないみたいだな」
「ほぉ」
黄金の髪が靡く。
トゥースを睨むガスパーの魔力が高まる。
「俺様が邪魔なんだろう? だからこうやってここへやって来た。違うか?」
「道の小石をわざわざ拾う必要はあるまい? がしかし、師の知識は後々変わるかもしれぬからな。小石が……そう、石に」
ガスパーの足下から天に向かい、強大な魔力が吹き上がる。辺り一帯に緑光に照らされる。
トゥースはアフロ状の頭をボリボリと掻き、両目を開ける。
「はっ! ほれみろ、図星じゃねぇか」
「其方は神の茶汲みでもやっていろ」
ガスパーの片手から超圧縮された魔力砲が放たれる。
それは的確にトゥースを捉え、背後の大地を揺るがしながら砕いた。終わりの見せない破壊は地割れを起こさせ、遠方の火山を噴火させた。
砂塵が舞い上がり、ガスパーは静かに笑みを浮かべようとした時、その表情が固まる。
「……何故生きている」
「言ったろ? てめぇなんざ怖くねぇってな! がはははははっ!!」
大笑いしてガスパーを指差すトゥース。
直後、トゥースの身体を先程以上の魔力砲が襲う。
大地が割れ、山が消える程の威力。
しかしそれでも、砂塵が収まると、そこにはトゥースが笑いながら立っている。
「……なるほど、そういう事か」
「ほー、どういう事だっていうんだ? クソガキぃ?」
煽るような言葉と態度、そしてニヤついた顔をしたトゥースだったが、ガスパーはそれに反応せず、静かに踵を返した。
「おぅ? 逃げるのか?」
「ふん、そのような安い挑発に乗る私ではない」
そう言い残し、目にも止まらぬ速度で消えたガスパー。
トゥースはその場に立ったまま、遠くの空を見据えた。
「ふぅ」
すると、小さく息を漏らしたトゥースの姿に異変が起きたのだ。
トゥースの姿が歪み、紙が破れるような雑音を放ち、ブレていくのだ。やがてトゥースだったモノは消え、残ったのは、個の力で起こしたとは思えないような天災の如き爪跡。
そこから遥か南へ数十キロ、胡坐をかいて座る巨人が一人。
先程までガスパーの前にいたトゥースがそこにいたのだ。
「――ホログラムイリュージョン。中々使えるじゃねぇか……っと、ヤツらも来たか」
トゥースは更に南を見つめ、走ってくる影を捉えた。
その隣には空を駆る黒紫の影。
「はぁはぁはぁ! トゥースの所へ先に着いた方が勝ちだ! いいな!」
「私が勝ったらお前の羽を全部毟ってやる!」
「何を!? 私が勝てばその尻尾をちょん切ってやる!」
紫死鳥とブルは大地を揺らし、風を切りながらトゥースに近付く。
やがてゴールと定めたトゥースを横切り、二人はピタリとその場に止まったのだ。
「トゥース!」
「どっちだ!?」
紫死鳥とブルはトゥースに肉薄し、トゥースはトゥースで、その分だけ後退した。
アフロ頭を掻きむしり、面倒臭そうに零す。
「同着だ」
「「馬鹿な!?」」
勝ちに対する報酬しか決めていなかった二人は愕然とし、空を見上げる。
そして、トゥースは二人とは違った意味で空を仰ぎ呟くのだ。
「………………あ~~、怖かった」
そう言いながら、トゥースはホッと息を漏らすのだった。
この度「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」の第十巻を発売出来る事になりました。
応援頂いている方に、感謝の言葉もありません。ただただ感謝です。
発売日等に関しては、情報解禁され次第、またご報告させて頂きます。




