368 居残り授業
『――って話だ。理屈じゃわかるが、魔力操作が複雑過ぎて中途半端にしか出来てないけど、確実に攻防力が向上してるよ』
『はーん、面倒臭ぇ』
『あ! おい! 切るんじゃねぇよ! おい!』
おのれトゥースめ。筋肉で解決しようとするアイツ向きじゃないって事か? いや、それだったらオールアップなんて複雑難解な魔法を編み出したりしない。それにあぁ見えてトゥースは非常に几帳面な部分もある。
伝える事は出来たし、後はトゥース次第という事かもな。
「ジャンヌさん、お時間よろしいですか?」
本日は、雷光ジャンヌによる特別講義。
それ即ち、ジャンヌお得意のヴェストメント・サンダーという雷の法衣の講義である。こればかりは魔法の構造が特殊過ぎて、俺もわからなかった魔法だ。
ジャンヌ自身、ヴェストメント・シャインボルトという上位魔法も体得しているが、それを覚えるためにも下位のこの魔法を覚える事については、皆納得している。
というか、自分の十八番とも呼べる魔法の提供に、よく踏ん切りがついたと思う。
「何だいアズリー? デートに誘うにしては明るい時間だと思うけど?」
授業後、質問攻めに遭っていたジャンヌが室長室に報告に来たついでに、俺は授業の続きを聞きたくてジャンヌを呼び止めたのだが……この返しは想定外だ。
「いや、ディネイアさんみたいな事言わないでくださいよ……」
そう言っただけで、ジャンヌはムッとした表情を浮かべた。
「ア、アレと同じに見られるのはちょっと心外ねっ」
以前、魔法大学に通っていた頃、学生自治会の先輩の中に、やたら魅惑的で煽情的な先輩がいた。大学内に多数のファンがいたディネイアという女。俺にもよくちょっかいを出してきた中々面白い人だったが、ジャンヌは好き嫌いがハッキリしているからな。ディネイアと同一視されるのは嫌なのだろう。
「あはは、ディネイアさんが卒業後はぐれになっていたとは驚きました」
「聞いた話じゃ、一度は国の魔術研究機関に所属したはいいものの、派閥構わず色んな男に近付いて破滅させてたみたいよ。国を正式にクビになった卒業生は魔法大学史上でも稀らしいわ」
「こちらにいらっしゃった時は本当に驚きました」
「あれでも魔法の才はあるからね。それで、私に何か用なの?」
「あぁ、ジャンヌさんのヴェストメント・サンダーの授業、とても参考になりました。それで、出来ればもう少しお話を伺いたいなと思いまして」
「ふーん、デートじゃないのか」
「その話、まだ続いてたんですか?」
そんな俺の皮肉のような言葉を受け、ジャンヌはニヒルな笑みを浮かべてみせた。なるほど、よくは読めないがわざとだろうな。
誘いを受けたジャンヌは、俺と共に、魔法教室の広場に移動する。
「何? ポチも一緒に?」
広場で待っていたポチを指差し、ジャンヌは俺に聞く。
「はい! マスターがどうしてもって言うんです! そんなどうしようもないマスターの頼みですから! 仕方なく! それはもう仕方なくここへやって来ました! ジャンヌさんもご一緒なのです!?」
「いや、ポチ。今日はジャンヌさんに教わるんだよ」
「何と! それは失礼しました!」
俺にすら見せた事ないような伏せをして、ポチはジャンヌに謝った。ホント、育て方間違えたと思う。
ジャンヌは笑いながらポチの頭を撫で、「気にしないでくれ」と言った。
「ジャンヌさんに教わる……という事は、あの魔法の事です?」
「そう、ある程度の実技は今日の授業で出来たんだが、これをポチにも覚えて欲しくてな」
「そういう事か。ポチは今日紅魔の湿原の監督だったし、それなら仕方ないか」
「いえ、ジャンヌさん。マスターのあの顔はそれだけじゃないようですよ?」
ぬ、そんな顔してただろうか。いつも通りのつもりなのだが。
「いつも通りみたいだけど?」
お、そうだジャンヌ。もっと言ってやれ。
「いつも変な顔だから仕方ありません。でも、私は些細な変化を見逃しません!」
どどんと胸を張ったポチのせいで、ジャンヌが俺の顔を覗き込む。
非常に顔が近い。だ、大丈夫だ。鼻毛の処理は完璧なはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――とまぁ、魔法式自体は然程難しいものじゃない」
屋外に設置された黒板をぽんと叩き、ジャンヌの説明が終わる。ふんふんと頷き、俺の眼鏡を掛けたポチは終始楽しそうだった。
「驚きましたね。まさか速度上昇の魔術的要素がこの魔法に組み込まれてるなんて」
ふんすと鼻息を吐き、ポチは黒板に描かれた魔法陣を見る。
「あはは、私はこれが魔術だなんて知らなかったのさ。ある日偶然出来ちゃったんだよ。……それをガストン様に話したら色々強化してくれてね」
「そうか、ガストンさんは魔術に深く精通している。だからこの魔法の改良に成功したって事か」
ジャンヌは複雑そうな顔を浮かべ、少しだけ俯く。
しまった。そう思った時、既に俺は隣のポチに小突かれていた。
まだ、ガストンの死は受け入れがたいものがあるか。いや、それ以上にガストンの存在がジャンヌの中で大きかったのだろう。
「そ、それで、この速度上昇とリジェネーション、そしてサンダーボルトを上手く融合させた魔法がヴェストメント・サンダーになるって訳だが、これには大きな問題がある。ポチ、わかるか?」
「うーん、サンダーボルトは中級系の攻撃魔法ですから、どう考えてもリジェネーションだけじゃ纏えませんよね? リジェネーションも多少公式無視でいじってるみたいですけど、少なからず使用者にダメージが発生してしまいます……かね?」
俺とジャンヌはそれに頷く。
俺がはぐらかした事についてはジャンヌ自身も気付いているようだが、これは仕方ないか。
ジャンヌもまるで「はぐらかされてやる」という態度だし。
「そう、だから私はこの魔法には限界があると知った。ここからは次回の授業時に話そうと思っていたけど、アズリーに何か考えがあるみたいだし、ここで話しちゃおうか」
「是非お願いします」
ジャンヌは笑顔で俺の言葉を受け取り、再びチョークを手に取った。
「確かにサンダーボルトの威力が高いせいで、使用者にダメージを与え、短期決戦という条件を強いられるね。でも、ヴェストメント・シャインボルトはリジェネーションを使っていない」
「うぇ!? それじゃあ痛くてやってられませんよ!」
「そのままの魔法式だったらそうだね。アズリー、わかるかい?」
「うーん、ただでさえリジェネーションは公式無視によって改良されていたから、その容量は非常に大きかった……か。つまり、外した改良リジェネーション分の容量に何かを当てている?」
「いいね! 流石アズリーだよ! 正解はこうだ!」
黒板に魔法式を描くジャンヌ。俺とポチはその難解な魔法式に苦笑してしまう。
「なるほど、シャインボルトの魔力を吸収して、体表に魔法障壁のような鎧を作るのか。本来外部に拡散する魔力をこれにより閉じ込め、常時発動を可能にしてる。そうとう省エネだな。こりゃ、オールアップクラスの難解さだ」
「重ね着ですね! 重ね着!」
ふむ、言い得て妙だな。
雷の法衣と障壁の鎧を着こんでるから、確かに重ね着だ。
「いやぁ、それにしてもよく出来てるな」
「で、マスター? 出来ます?」
「まぁ、シャインボルトは上級系魔法だしな。これを特級魔法で出来ればいい訳だ」
「で、出来るのかっ?」
ジャンヌの反応も尤もだが、これも魔法教室室長としての役目だ。
「やるしかないでしょう。これから先戦うのは出し惜しみ出来る相手じゃありませんから」
そう、この底上げはどうしても必要になる。
俺がガスパーと戦う時、悪魔化したイシュタルたちを押さえるのは、他の魔法士たち。
この戦いは俺だけでは絶対に成り立たないものだ。
新たに取り込んだ魔技、そして魔法、これらがあっても勝てる保障はどこにもないのだから。




