367 強制協力
「ところでアズリー君、あちらでの活動はいかがですか?」
ウォレンのそんな質問を受け、俺はパタンと生徒たちの名簿を閉じた。
ここは魔法教室の室長室。ウォレンは俺に授業内容の相談や、報告のためによくここに来るのだ。
そして、今回ウォレンが言った「あちら」とは、当然紅魔の湿原の事だ。あれから、銀含む解放軍のメインメンバーやリナたちも通う場所となっている。
「皆、順調に成長していますよ。魔法士が多いという事もあり、経験値増加の設置型魔法陣も置きやすいですし、ジャンヌさんやオルネルも参加して、かなりの数のモンスターを討伐しているって話も聞きます。アイリーンさんが育ってきたので、俺もこっちの仕事をする事ができますよ」
「ほぉ、ではアイリーン様はオールアップの分裂発動型魔法を?」
「そういう事です。難度の高い宙図ですが、レベルの向上がそれを助けたのかもしれません。というか、ウォレンさんもやろうと思えば出来るでしょう?」
「私のソレはまだアイリーン様のような練度に達していません。今はオールアップの単一発動くらいしか出来ませんよ」
ハハハと笑うウォレンだが、宙図速度に関してはこの魔法教室の中でアイリーンに迫るものがある。一部魔法に関しては同レベルとなればアイリーンよりも早いのではないだろうか。
俺も負けてはいられない。とは言っても、レベル差がある以上、これが覆る事は皆無といっていいだろう。
「それで、ウォレンさんはどうなんです?」
「何がですか?」
「わかってて聞いてるでしょう?」
「ふふふ、友人と一言でも多く言葉を交わしたいという私なりの好意の現れです」
ウォレンに薄気味悪い顔でそう言われると、悪寒を感じてしまう。
俺が聞いている問題とは、即ちウォレンが限界突破を使用せずに戦闘法の研究をするという話。これには俺も賛成している。力技以外で戦力向上問題を解決する術を模索する点としては、今の俺には出来ない研究だからだ。
勿論、それには当然危険も付きまとう。だからこそウォレンだけで行っているのだろう。
そして今回、本来忙しいはずのウォレンが室長室で、俺とこう話すという事は、何かしら得たという事だ。
流石にこれだけ顔を突き合わせていれば嫌でもわかるようになるものだ。
「一つだけ」
「ん?」
「一つだけわかった事があります」
「それは一体?」
「私も何度か紅魔の湿原に行き、銀の方々、他の魔法士、そしてリーリアさんの戦闘を拝見させて頂きましたが、リーリアさんの動きだけは非常に興味深かったですね」
「レベル以外の強さという事ですね」
ウォレンは目を伏せて頷き、リーリアの動きを思い出すように宙を見た。
「我々現代の者にも戦闘技術に秀でた方は多いですが、過去の者がそれを持っていないとも言えません。それはアズリー君自身肌で感じていたものでは?」
「確かにそうですね。特に勇者ジョルノの魔力操作は目を見張る――いえ、目を奪われるようでした。ウォレンさんはそれに似た感覚を、リーリアに感じたのかもしれません」
「それで、なのですが、リーリアさんの動きと、更なる技術を持っていたであろう聖戦士ジョルノの戦闘法を私なりに考えてみたのです。少し見て頂けませんか?」
ウォレンの手に招かれ、俺は席を立ち、ウォレンの下まで歩いて行く。
「ここでいいんです?」
「構いません。単純な動きの確認のようなものですから」
「という事は……やはり肉弾戦、か」
ニコリとした笑みを浮かべこちらを向いたウォレン。確かに、リーリアの動きやジョルノの動きを考えれば近接戦闘法以外考えられないか。
俺は少し腰を落とし、ウォレンの動き。
「右掌底でアズリー君の左肩を狙います。いいですね?」
「はい」
事前の打ち合わせ。これはウォレンなりの配慮だろう。
俺はそれに頷き、左手を少しだけ上げ、ウォレンの攻撃を待った。
すると、ウォレンの右掌底は俺の左手をすり抜けるように通ったのだ。
「うぉっ!?」
「惜しい。掴まれてしまいましたね」
苦笑するウォレンの右手を何とか掴む事に成功した俺だったが、今着眼すべきはそこではない。ウォレンの肩の動き、筋肉の動き、そして予め提示された台本、当然ウォレンの実力を加味したあらゆる要素を考慮しても――知覚が遅れてしまった。つまり、ウォレンの放った掌底にはそれ以上の速度があったのだ。
そして、ウォレンのこの脂汗。こんなウォレンは初めて見たかもしれない。
「……今のは?」
「魔力の方向性……そうですね、魔力の方向性とでも名付けましょうか」
「魔力の方向性……」
「魔力を右手に集中させ拳を固めた場合、その攻撃力乃至防御力は増加する事は知っていますね?」
「当然です。まぁ、知ったのはトゥースと出会ってからですけど」
「結構です。トゥース様は王都守護魔法兵団にそれを授け、今では多くの魔法士の実力向上に繋がっています。私もトゥース様の下で学んだアイリーン様から習った技術です」
拳に魔力を込め、蹴り足に魔力を込め、そして武器に魔力を込める。これにより威力、強度は向上する。
ウォレンがこの話を持ち出したという事は、つまり、この話の続きがあるという事か。
「魔力には流れがあります。身体中に取り巻く魔力は秒針が時を刻むように緩やかに流れていきます。しかし、これが戦闘状態となれば話は変わります」
「集中する魔力により身体が緊張状態となり、魔力の流れが停止するって事ですね」
「そうです。ですが、たとえ戦闘中でも、身体中に帯びる魔力が無くなる事はないでしょう。勿論、魔力が枯渇しなければ、ですが」
確かにその通りだ。人間誰しも微弱な魔力を纏って生きている。戦士でも魔法士でも量の多寡はあるだろうが、それは同じ事だ。
「この魔力を内に押し止め、ある事をすれば、今のような魔力の方向性の完成です」
「ある事?」
「何の事はありません。人体の繊細な動きをそのままトレースし、推進力とすればいいのです」
「…………えっと、つまり、神経、筋肉、血液等の動きを魔力でサポートするって事で合ってます?」
「素晴らしいですね」
汗を飛び散らしながらの黒帝の満面の笑み。
俺は沈んだような目をしながら、頭から跳び跳ねるアホな髪の毛を押さえた。
正直、その繊細な動きは最早魔力操作と言えるものではない。拳一つ握るのにどれだけ動く箇所があるというんだ。ウォレンは右掌底を動かすだけこれだけ異常な汗をかいた。黒帝とも言われた天才をしてこの労力。
しかし――、
「おそらく勇者ジョルノはこれを全身で行い戦っていたのでしょう。リーリアさんも荒くはありますが、これを実行しているように思えます」
改めてジョルノの天才性を肌で感じた気がした。あんな剽軽な性格や態度でこんなおっかなびっくりな事をやっていたとは。いや、ウォレンもリーリアの動きと、俺が話したジョルノの動きを検証しただけでこの解答に辿り着いた。恐るべき才能だと言えるだろう。
「アズリー君には、出来ればミネルバさんが託した隠者の安全地帯と共にこれを体得して欲しいものです」
「うぇ? 皆で覚えればいいでしょう?」
「こればかりはそうはいきません。隠者の安全地帯は卓越した魔力操作と並行し、ダラスさんのような戦闘技術が必要な非常に難度の高い魔技。どちらかが欠けてもいけません。だからこそミネルバさんはアズリー君を選んだのでしょう」
「し、しかし――」
「――そして、魔力の方向性は自身の身体に合わせた魔力操作の極致とも言える繊細な技術。加えて、それに耐えうる強靭な肉体が必要なのです。これもどちらが欠けてもいけません。先程リーリアさんが荒いと言いましたが、これはおそらくそれが肉体的限界だからでしょう」
そうか、だからウォレンはさっきあれだけの脂汗を。肉体が付いていかないからこその人体が発した救難信号。だが、この俺の身体であれば――
「――つまり、解放軍において、この魔技が修得可能な人物は、アズリー君以外にはいないのです。他の人間がこれらを修得するのならば、レベルを上げた方が効率的かつ建設的です」
……確かにその通りだ。あと一人、解放軍のメンバーではないが、トゥースならこの魔技を修得出来るかもしれない。
後で連絡しておこう。
「しかし……本当にやる事が多いですね」
「言ったでしょう。全てにおいて協力する、と」
薄ら笑いを浮かべるウォレンの腹の中は、魔王以上にドス黒いのかもしれない。
俺は深く溜め息を吐きつつ、力のない返事をするのだった。
コミックアース・スター様にて、コミカライズ「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ と、ポチの大冒険」の第16話が更新されております。魔法大学入学回ですね。オルネルやテンガロン、そして黒帝の初登場となります。新キャラの中ではウォレンが好きな壱弐参でした。
また、ニコニコ漫画様にて、第15話が更新されております。相変わらずコメント機能は楽しく嬉しいものです。バシバシコメントしてくださいませー!




