366 ジェニファー
陽も完全に落ち、長い魔法教室の一日が終わり、多くの課題を残した生徒たち。
唯一課題をクリアした俺も、ミネルバが見せた魔技の先という壁に、頭を悩ませていた。
しかし、ガスパーのあの魔技を防げれば、こちらには瞬間転移魔法と魔技の併用で速度に分が出る。これは何としても習得したいところだ。
時間はかかるだろうが、おそらく習得出来る技術。ただ、それには慣れと浸透が必要なだけ。これには、ウォレンもアイリーンも同意見だった。
これで、魔法教室にも必履修科目が増えたという事だ。その中には、当然トゥース考案の分裂発動型魔法も含まれている。あれはあれで大変だからな。皆、物凄い辛そうな顔をしながら練習している。俺はそれをやらなくていい分、違うところに力を入れなければならない。
それは当然、魔法教室の室長として、後進の育成にある。
翌日、俺は、エッドの南にある人物を呼んだ。
「へぇ、坊やが私にね? 一体どんな秘術を教えてくれるんだい?」
黒帝ウォレンの姉、骨拳のジェニファー。
彼女の特異な戦闘方法について、俺は助言したのだ。それとは即ち、開放骨折による拳の攻撃。剥き出した骨は一見強力に見えるが、これより先もそんな戦闘方法を続けては、ジェニファーの拳は持たないだろう。
「秘術という程でもないですよ。ただ一度だけ。一度だけジェニファーさんの拳を頂きたいと思いまして」
「…………前からおかしいとは思ってたけど、ついに壊れたかい?」
違った尺度で捉えたのだろう。ジェニファーは呆れた顔で俺を見る。この人程は壊れていないと思うのだが?
「はぁ。どうとってもらっても構いませんよ。ジェニファーさんの現在持ち得る最高の一撃を――ここに」
俺は右手をワキワキさせ、手の平への攻撃を促す。するとジェニファーは小首を傾げるも、その後嬉しそうにニカリと笑った。
「何だい? ストレス発散に付き合ってくれるって事かい? それなら私も遠慮しないよ?」
「……どうとってもらっても構いませんよ」
こればっかりは手加減をしてもらう訳にはいかない。だから俺はしっかりと腰を落とし、俺のオールアップによって強化したジェニファーの動きを待った。
「どんな企みがあるのかわからないけど、弟が坊やを気に入ってる理由がわかった気がするよ」
「ウォレンさんが?」
ウォレン自身、俺の事を友人だと言っていたが、そんなに気に入られているのか。まぁ、最近はウォレンとつるむ事も多い。もしかしたら徐々に距離も近づいてるのかもしれないな。
……ポチは一向にウォレンへ近付こうとしないけどな。
俺への返答のつもりなのか、ジェニファーは一旦脱力し、一気に力を込め特殊技能を使って身体強化した。
「弟と坊や……そっくりさ!」
腰を落としたジェニファーの右拳に魔力が集中している。かなり強烈な一撃が来る。これはおそらくSSランクのモンスターをも屠れる威力。
「カッ……カカッ――!」
凄いな、幻惑魔法にでもかかったのか、ジェニファーの目が燃えているようにも見える。気合いが外部にまで零れている証拠と言えるだろう。
「行くよ坊や……!」
「お願いします」
最後に一度、口に笑みを見せ、ジェニファーは腰を極度に捻った。
「捻天勁拳・業っ!!!!」
一瞬で俺の真上まで跳び上がったジェニファーの拳が振り下ろされる。
「くぉっ!? ――ぉ、ぉ、ぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」
右手を庇うようにさらに左手を被せ、俺はジェニファーの一撃を受けるも、大地はそれに耐えきれなかったようで、俺は数メートル後方まで押し出されてしまった。
「ぷぁ! あ~~~気持ちよかったぁああ~~~!」
清々しい顔で空を仰ぎ、ジェニファーは汗を拭った。凄いなあ、汗だくだ。ま、たった一撃でそれだけの集中をしていたという事だろう。戦闘の場では中々出せないような溜めが必要みたいだから、滅多に出せないのだろう。
でも、その方が有難い。
「ふぃ~……いちちち。いやぁ、凄い一撃でしたね。腰の回転の力と天から振り下ろすえげつない射角、そして拳に纏った魔力以上の勁力ですか」
「何言ってんだい。それでも坊やは受け切ったじゃないか。私のとっておきだったんだぞ~?」
だろうな。まともに当たれば立っていられるのは悪魔くらいなものだろう。それも今後のジェニファーのレベル向上によって変わってくるだろうしな。
「それで、次は何をするんだい?」
「いえ終わりです。明日も同じ時間に来てください」
「な、なに~!? 本当にそれだけのために私を呼んだのかい!?」
「まぁまぁ、それ以上の事は明日の結果次第で言うか言わないか決めてくださいよ」
「け、結果?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これを、ジェニファーさん」
「何だいこれ? ……黒い、指抜きグローブ?」
「各指、手の甲部分の裏に魔法陣を編み込んであります。これで拳が痛む事はなくなるでしょう。ある程度レベルが上がったら教えてください。衝撃緩和量の調節を行います」
「は、はぁ?」
気の抜けた声を出すジェニファー。どうもイマイチ伝わってないようだ。仕方ない。
「それじゃあそれを着けて組手でもしますか。時間は三分……くらいでいいかな」
「お?」
ジェニファーの理解は得られなかったが、組手という単語だけは拾ってくれたようで、俺とジェニファーは短い組手を行った。新たなアーティファクトの誕生、そしてその実用テストとしても、俺には丁度よかった。
組手の最中、二分もした頃、ジェニファーもようやくグローブの効果を理解したようだった。そして、俺が三分だと言う前に、ジェニファーは攻撃を止めたのだ。
「あれ? まだ時間残ってますよ?」
まだ三十秒は残っていた。ジェニファーの性格を考えても、ここでやめるというのは考えられなかった。しかし、彼女は再度攻撃をこちらに向ける事をしなかった。
「――る」
「へ?」
「帰る!!」
耳を塞ぐ程の大声を出し、ジェニファーはエッドに向かって行った。
「…………はて?」
俺は首を傾げ、ジェニファーが去った理由を考えた。もしかして余計なお世話だったのかもしれない。ある意味戦闘法の改善とも言えるしな。いや、それだとしたらグローブは捨てて行くのではないか?
捻る頭の可動域が限界に達し、反対側に捻っても結論は出なかったので、俺は魔法教室に向かう事にした。
あそこには今、ウォレンもいるしな。
「アズリー君、姉上に何かしましたか?」
魔法教室に戻るなり、俺は黒帝の困り果てた目を見た。
ウォレンにしては珍しい。顔に出る程心労が見え、困り果てている。
「あの……やっぱり怒ってましたか?」
「ん~、姉上のあのような姿は、私も余り見た事がありません。ここに着いた時、姉上はかなり息を切らせていました」
「はぁ?」
「既に姉上はここを離れましたが、姉上は私の部屋に来るなり、私の胸倉を掴み肉薄しました」
ふむ、嘘は言っていないようだ。ウォレンの胸倉部分が破けたりヨレヨレになっている。少し悲しそうなウォレンも珍しい。
「そしたら姉上、何て言ったかわかりますか?」
「ジェニファーさんは何と?」
「アズリー君の弱点を聞いてきました」
むぅ……やはり怒っていたか。
「だから私はアズリー君の弱点を話しました。リナさん、ティファさん、春華さん等を人質にとるといいですよ、と」
黒帝ここに極まれりだな。躊躇がなく、とても的確な判断だ。ポチと言わないあたり、ジェニファーとポチの実力差も考慮している。
「そしたら姉上が言うのです。『違う! そういう弱点じゃない!』と。一体姉上に何を?」
ここでウォレンは最初の疑問を俺に再度投げかけた。
「実は――――」
「――――な、る、ほ、ど。そういう事でしたか。はいはい。わかりました。なるほどなるほど」
「ちょ! ちょっとちょっとウォレンさん! 一人だけ納得するのは無しでしょう! この短時間に何回なるほどって言うつもりですか!」
「はははは、まだ三回しか言っていませんよ。あ、これ以上胸倉は掴まないでください。この服、結構気に入ってるんです」
「一体ジェニファーさんは俺の弱点を聞いて何を!?」
「ちゃんと教えておきましたよ。アズリー君の好物が卵料理だとか、困っている人を見捨てられない性格だとかをね」
「…………は?」
何故、俺の好物が弱点になるのだろう。
「なるほど。後輩にしておくより兄となってしまった方が友情は育めるかもしれませんね」
「今何か言いました?」
「いいえ。何も言ってませんよ、アズリー君」
そう言った後、ウォレンは更に怪しい笑みを見せる。
「な、何ですか?」
「以前、姉上と戦った時の、あの言葉は冗談だったかもしれませんが……今度は本気かもしれませんよ」
「は?」
結局、ウォレンは以降口を閉ざしてしまい、俺が詰め寄るも、雑務があって忙しいと言われ追い出されてしまった。
俺は頭を掻きながら屋敷の自室に戻る。
「あ、マスター!」
「おうポチ、ただいま」
「あれ? 今戻ったんです?」
「うん? そうだけど?」
「それじゃあ、私の寝床に置いてあったあのおやつは一体誰が?」
「ポチの寝床って事は、俺の寝床って事だろう。何勝手に食ってるんだよ」
「えへっ」
「可愛く言っても駄目なんだよ。で、何があったんだ? 変なモノじゃないだろうな?」
「ゆで卵です」
ゆで……卵?
何故そんなものが俺の寝床に?
ポチの行動を「あぁ……また共食いじゃないか」とか思う前に、その疑問を何度も考えてしまった。
するとポチは、思い出したように前脚をポンと叩く。
「そうですマスター! お手紙が来てました!」
「それを先に言えよ」
俺はポチから手紙を受け取り、表面を見る。
「果たし状!?」
「違いますよマスター。上にもうちょっと書いてあるじゃないですか」
「困り――果たし状?」
何だ、困り果たし状って。言葉としておかしいだろう。
「とっても困ってる人って事じゃないですか?」
「でも、中には何も書いてないぞ? 差出人も書いてないし」
「じゃあジェニファーさんに聞いてみてください」
「…………何故そこにジェニファーさんが出てくるんだ?」
「それ持って来たのジェニファーさんですから。じゃあ、ちゃんと渡しましたからね! 私これからおやつ食べてきますんで! おっやつー! おっやつー!」
その後、ジェニファーは骨拳改め「黒拳のジェニファー」と呼ばれる事になる。
とりあえず、ジェニファーがとっても困っているという事だけはわかったのだが、アジト等で会う度に目を背けられてしまうのは何故なのか。
ジェニファーに困り果たし状でも出してみようか――そう思う俺だった。
やっぱり姉弟揃って黒くないといけませんよね。
ジェニファーの二つ名は最初から変えるつもりだったんです。
骨拳⇒黒拳
読みは変わらず「こっけん」のままです。
以後、宜しくお願い致します。
追伸:「困り果たし状」は造語です。




