365 魔技
「ちょ!? い、今一体何をっ!?」
驚く俺に、一番前の席に座っていたオルネルが呆れた顔を向けた。
「おい、今の本当に気付かなかったのか?」
呆れつつも、オルネルの顔には驚きが残っている。
更に、その理由を理解していたアイリーンが強い視線を俺に向け、こう言ったのだ。
「ミネルバ先生はアナタに真っ直ぐ歩いて行っただけ。私たちにはそう見えたわ」
話しながら、アイリーンはミネルバに視線を向けた。
二人の感想から、俺だけがミネルバを見失ったようだ。
しかしこれは……以前ダラスが使った盲点への移動では? いや、それでは全員の知覚を掻い潜って登場する事は出来ない。何か、何か種があるはずだ。そして、ミネルバ自身もそれを伝えたいのだろう。
「ふふふ、アズリーさんは本当に魔力的感性が鋭いのでしょうね。面白いように引っ掛かってくれました」
嬉しそうに話すミネルバに、俺は苦笑を漏らす。
「言葉通りに受け取って喜べばいいのか、それともレベル差があるのにも関わらずミネルバさんの動きを追えなかった自分を卑下すればいいのか……」
「勿論、言葉通りに受け取ってください。貴方は本当に素晴らしい才能を持っています」
巷では《悠久の愚者》とか言われてるんだが、ここまで褒められるとは何ともむず痒いものがある。
「それで、今のは魔法ですか? それとも魔術?」
これは、魔法教室の生徒皆が気になるところだろう。
俺の問いを受けたミネルバに注目が集まる。
「魔力と技術の応用――そう、魔技とでも言いましょうか……」
「魔技――初めて聞く言葉です」
ざわつく教室だったが、ミネルバは少しだけ手を上げ、場を静める。
「ごめんなさい。便宜上そう言ってるだけだと理解してください。それに、こういった技術なら、アズリーさんの方が詳しいと思うんです」
「俺の方? 何故です?」
「以前見せて頂いた魔力の台、そして十の魔――これらは魔法でも魔術でもないでしょう?」
「……確かに」
十の魔も、発動さえしてしまえば魔法なり魔術なりに分類されるだろうが、十の指で全て別々の魔法乃至魔術を発動するための技術とも言える。
なるほど、魔技か。言い得て妙だ。
もしかして、過去で紫死鳥と戦った時、魔力の圧で、相手の意識を強引にずらしたあの筋魔力も、魔技と言えるのかもしれない。
「仕組みは簡単です。自分が平時に覆っている魔力とその輪郭をコピーしてその場に置き、相手に『対象はそこにいる』と錯覚を起こさせるのです。後は相手の盲点に入るだけ」
皆、頭を傾げ始めた。ミネルバの言ってる技術が高度過ぎて、殆どの生徒が話について来られないようだ。
当然だ。自分の平時の魔力量なんて普通は調べない。しかもそれと同等量を放出、維持し、設置。更には、ダラスの秘技とも言える技術を併用。それを一瞬で行った彼女の技術……一体どうやって手に入れた?
スウィフトマジックを考案した頭脳含め、数千年くらい生きてないと培えないものだ。
「さぁ、皆さん実習の時間です。外に出てみましょう」
微笑みながら、ミネルバは皆を外の実技広場へ誘導した。
皆それぞれが頭を抱え、捻り、そして唸りながら席を立つ。俺も顎先に手を添えて歩いていると、ポチが話し掛けてきた。
「何か、マスターなら出来そうですね」
「ぁん? 何だよその根拠?」
「ん~……マスターだから?」
疑問に疑問で返すとはポチらしくないが、これは信頼されている証拠なのかもしれない。
「そうは言っても、マスターだから出来ないかもしれません!」
これも、ある意味信頼と言えるだろう。
というか、こっちの方がハッキリ言ったな、コイツ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……お見事です、アズリー君。私が知覚出来ませんでした」
「ほっ」
俺とペアを組んでいたウォレンが、夕暮れに染まる眼鏡を上げて俺を称賛する。
そう、ポチの予言が当たったとも言えるだろう。ミネルバの課題をクリアしたのは、俺一人のみ。
皆は自分と同等量の魔力放出、もしくは維持等で手こずっているようだ。
俺とペアを組んだウォレンの才を以てしても、盲点への移動の段階で躓いていたのだ。
「素晴らしいですわ、アズリーさん」
後方から掛けられたミネルバの声。
課題をクリアした俺だったが、まだ肝心な疑問が残っていた。
「ミネルバ先生」
「何でしょう、アズリーさん?」
「これはあくまで一対一の時に使える魔技です。優秀な魔法士たちの感知を掻い潜って教壇の前に現れた技術とは違いますよね?」
そこでミネルバは止まる。
「確かに、それは私も疑問に思っていたところでした。確かにこれは体得出来れば素晴らしい技術と言えますが、多対一の場合、もっと高度な技術が必要なのではありませんか?」
どうやらウォレンも疑問に思っていたようだ。
すると、ミネルバは先程までとは違った笑みを浮かべたのだ。それは、微笑みではなく、本当に嬉しそうな……そんな笑みだった。
「どうやら、ここに来たのは間違いじゃなかったようですね」
「それはどういう?」
「未来を託せる人物との……邂逅といったところでしょうか」
「大変です、ウォレンさん」
ミネルバの言葉に、俺は咄嗟にウォレンを呼んだ。
彼もその理由がわかったみたいで、即座に反応してくれた。
「そうですねぇ。ただでさえ色々載ってるアズリー君の肩に、未来まで載りましたか」
「代わってもらえません?」
「はははは、代わってあげたいのは山々なのですが、人には分というものがありますから」
そんな俺とウォレンのやり取りを、くすりと笑うミネルバ。
「うふふふふ。勿論、これは前段階。これだけではガスパーと戦う事は出来ません」
「大変です、アズリー君」
今度はウォレンが俺を呼んだ。
周囲の皆はまだ課題に取り組む中、俺とウォレンだけは、ミネルバの言葉を聞き、その真意を汲み取った。
「灰色のグレイ。ガスパーの関係者でしたか」
そう、ミネルバのこの口ぶり。
ガスパーの存在を、噂以上に知っているのだ。
ウォレンの推測を認めるかのように、ミネルバは笑みを止めた。
雰囲気から察するに、敵ではないようだ。ミネルバとガスパーの関係とは一体?
「過去、私はガスパーにこの技術を指南した事があります」
なるほど、トゥースの下を離れた後、ガスパーはミネルバの下にも行ったのか。
「あれはそう、考案したスウィフトマジックが広まり始めた頃でした。彼はその噂を聞きつけて私の下にやってきたのです」
「そうか、スウィフトマジックの技術――その考案者が持っている知識は計り知れない。己が糧とするために、ガスパーは極東の賢者トゥース、そして北の魔法士ミネルバさんの知識を得た」
ミネルバは目を伏せ、それを認めた。そして、トゥース同様、弟子としてガスパーにこの魔技を教え――――ってそうか! 俺がレガリア城に潜入し、ガスパーと一戦やった時、瞬間的に移動したのはこの魔技を使ったという事。だから知覚出来なかったのか。
「そうです。ですから弟子の誤った道を正すため、私はこの場に来ました」
「ガスパーに技術は教えられても、絶対的な実力差は埋められない。ミネルバ先生、貴方がこれまで動かなかったのは時を待っていたという事でしょうか?」
ウォレンの問いに、ミネルバは首を縦に振った。
「お二人のご指摘通り、この魔技にはまだ先があります。私はそれを多くの人に知ってもらい、そして、防ぐ術を覚えて欲しいのです」
「ふ、防げるんですか!?」
驚いた俺の反応を避けるように、ミネルバは何故か少しだけ顔を赤らめ、そして背けた。
「え、えっと、師は弟子より上に立ちたいモノじゃないですか……?」
つまり、いざって時の保険を残し、それをガスパーには教えなかったという事か。
しかしこれを聞いた瞬間、俺の中で、少しだけミネルバの印象が変わったのだ。
何この人、面白い。
あまり必要ない情報かもしれませんが、ニコニコ静画さんのコミック版アズリーのコメント欄に疑問があったので載せておきます。
大体 1ゴルド=1ドル(アメリカドル) イメージです。
なので、1万ゴルドで入学する魔法大学の入学費は大体112万円。
あくまでイメージなので、1ゴルド100円くらいの感覚の方がイメージしやすいかもしれません。
ポチの食費が1日で1万ゴルド飛ぶ時は、つまりそれくらいかかってます。
治安の関係もあるので、宿の料金は割高設定してます。
ファンタジー世界で完結している物語なので、そういった描写はありませんでしたね。
という訳で、ニコニコ静画さんにコミック版「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ と、ポチの大冒険」の第14話が上がっていました。
是非是非沢山コメントしてくださいなー!




