362 北の魔法士
「はいそこ、オルネル君!」
「いやだから! 何でその掛け声まで真似しなくちゃいけないのか説明してくれって言ってるんだよ!」
「説明したはずですよ。掛け声と共に発する声でリズムをとり、身体に馴染ませる事で通常より早く宙図や設置型の魔法式、魔術式を描く事が出来るのです」
「……その掛け声が『ほいのほい』ってのはどういう理由が?」
「私とトゥースが信頼する掛け声だからです。既にリナ、ナツ、トレースさん他、多くの魔法士の方から宙図速度が向上したと声があがっております」
「実用化するにはサンプル数が少ないかと?」
えらく突っかかってくるな、オルネルのヤツ。
他の魔法士たちはせっせと「ほいほい」言って魔法式の宙図に入っているのに。
しかし、オルネルが嫌がっても、他の魔法士たちから魔法式の構築速度が上がったとわかれば、そうは言ってられないだろう。それも時間の問題だと思うけどな。
なんたって、端の方で恥ずかしがりながらも、あのアイリーンが「ほいほい」言っているのだから。
「何で、こんなのが……! ほい! ほいのほい!」
魔法の空打ちならば、魔力さえ込めなければ可能だ。勿論暴発の危険はあるが、ここに集まるような魔法士たちは非常に優秀で、最低でも魔法大学四年生程の実力はある。
実技の授業は座学の授業と並行して行われる。座学とは言ったが、この魔法教室にある広場で行われるので、皆ほとんど立ちながらの授業となる。
考え、悩み、動き、そしてまた考える。それだけで魔法士としての才能は向上する。机にかじりついたままでは、進む事が出来ない事も多いと――誰よりも俺が知っているからだ。
「こ、これに乗ればいいのか?」
「ええ、それで私の魔力を使って魔法を放てます」
設置型魔法陣のマジックシフト。これにより、自分の魔力を使わずに俺の魔力を体感する事が出来る。空高く打ち上がる大魔法の数々に、皆驚きを隠せない様子だ。
これを行う事により、魔法の多用化、そして魔力の底上げが可能となる。最初に試したポチには、既に《突貫魔力》の称号が付いている。これは自身の魔力以上の魔力を使った時に現れる称号のようで、それを得るには俺のマジックシフトを使うのが一番だとわかったのだ。
「デルタアース・クラッシュ!」
「いいですよオルネル君」
「シャープウィンド・アスタリスク!」
「とてもいいですよオルネル君」
「ビットボルトラッシュ!」
「はい、そこでほいのほいです」
「ほいのほい! ベノムファイア・アクセル! ――あっ」
「とても素早い宙図でしたね」
「くっ! くそぉおおおおっ!」
顔を真っ赤にして走り去って行ったオルネル。しかし、実感はあったみたいだな。ふふふふ、順調だ。非常に順調だぞ。
「流石悠久を生きるアズリー殿。その底の見えない知識と懐の広さに感銘受けますわ」
背後から聞こえた声。それは彼女のものだった。魔法教室が開室された時、元六勇士の天秤の異バルンが連れて来た一人の女。
女は「北からやって来た」と言った。彼女はイデアとミドルス、そしてバルンに魔法の指導を施した魔法士だった。
褐色肌の端正な顔つきと、黄金の瞳。その神秘的な存在に、俺はかつて俺を占おうとした占い師を思い出した。聞けば、どうやらその占い師も、彼女の弟子だと言うから驚きだ。
「ミネルバさん。おはようございます。今日はどうしたんです?」
神秘的な雰囲気を纏ったミネルバには、そこまでの魔力を感じられない。リナ、オルネル以上……そう、トレースと同程度の魔力だ。しかし、彼女にはそれ以上の知識があった。だからこそ、バルンたちへの指導が出来たのだ。
ミネルバは俺ですら知らない魔術を提供するため、このトウエッドに足を運んだ。講師として、そして時には生徒として、ここトウエッドの魔法教室に通っている。
歳もそこまでとっていない。おそらく三十代後半というところか。妖しくも色を纏った空気は、ブルーツの鼻の下を伸ばさせた。
魔法教室が開室して以来、ちょくちょくと俺のところに質問に来る勤勉な生徒。そして俺の師でもある。
「魔力の台についてなのですが、設置型魔法陣を運ぶために、魔力の土台に文字を描くのが難しく、是非、ご教示頂ければと存じます」
目を伏せて言った彼女に釣られ、他の魔法士たちも集まってくる。なるほど、彼女の凄いところはこういう所でも見られるな。大多数の魔法士が未だ扱い切れない新技術に困惑しているのだ。周りのソレをいち早く察し、自分も覚えると共に、他の魔法士にも見せる。生徒と講師を並行しているだけはある。
「そうですね、それでしたら魔力に色を付けて見せた方がいいかもしれません。ほい、マジックカラー!」
俺は、魔力に色を付けるマジックカラーを発動し、皆にもわかりやすくするために立方体の魔力の台を形成した。
視認出来るようになった魔力の台に、周囲の魔法士は感嘆の息を零す。そうか、マジックカラーも、俺のオリジナルだったな。完全に忘れていた。
「いいですか。魔力の台への描写のコツは、文字を書くというより彫るイメージです。文字通り書くというより、描くといった方がわかりやすいかもしれません。重要なのは、魔法式を平面上ではなく立体として捉える事。魔法式が書かれる外側ではなく、内側から書くように。ほい、これでギヴィンマジックの完成です」
「「おぉ~」」
控えめな歓声と共に、端の方でリナが拍手をしている。
そして肝心のミネルバは――、
「素晴らしいですわ」
零れるような輝いた笑みを俺に向け、感動を露わにする。
「ははは……コツを掴めば誰にでも出来ますよ」
「いえ、たとえそうだとしても、最初にそれに気付く事が出来るのはアズリー殿の弛まぬ努力の賜物です」
両手を合わせ、褒めるミネルバ。とても顔が近い。横目に見えるリナの顔がむすっとしてきはじめたので、俺は一歩下がって一つ咳払いをした。
「ありがとうございます。しかしミネルバさんの新魔術や、スウィフトマジックの考案も素晴らしいものです。明日の授業、楽しみにしてます」
「えぇ、私も楽しみですわ」
流した目を向けながら言ったミネルバは、笑みを浮かべ、そのまま魔法教室の出入り口へ戻って行った。
……はて? あれだけで本当にわかったのだろうか? もしかして他の魔法士のために、あえて質問にきたのかもしれない。一度の授業だけで覚えられる程、簡単な技術じゃないからな。はぐれだった魔法士たちだ。内気な性格故に声をあげられない者も少なくはないだろう。講師としてはあちらの方が上なんだろうな、きっと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アズリーさん! 聞いてるんへふか!」
リナが蜂蜜酒の入ったジョッキをがつんとテーブルに置き肉薄する。
「あ、あのリナさん? ちょっと酔っ払ってません?」
「ひく! そむな事ありませむ!」
何て独特な酔っ払い方だろう。
リナと酒を飲む機会はそこまで多かった訳じゃないが、飲めるという事は知っている。だが、今日は呑み過ぎな気がするな。
「ミネルバへんへーは! 確かに! んたっしかに素晴らしい方れ――ひく! れも、あれは完全にアズリーさむをねら――ねら? そう! 狙っちゃってる感じ――ひく!」
帰りに一緒にご飯を、と誘われたはいいが、まさかリナがこんなに呑むとは思わなかった。フユも一緒に来たがったのだが、どうやら手こずっている課題があるようで断念していた。が、これは来なくて正解だったかもしれない。
仕方ない。ここはポチに救いの手を差し伸べてもらうしか――――、
「むぁすたー! ちょっとそこに座ってくださいっ! ひくぅ!」
「いや、さっきから座ってるけど?」
「むぁすたーっ! 最近ちょっとカッコイイからってチョーシに乗ってるんじゃないですかっ! いいれすか! 私あってのマスターであるように! マスターあっての私なんでぶぅ~……ひゃっく!」
何でコイツ酔っ払ってんだ?
酒がそんなに呑めないから普段は全然呑まないのに?
そう怪訝に思っていると、リナが倒したであろうグラスから、ポチが食べていた肉に向かってアルコールが流れているのに気付いた。なるほど、これを食べたか。
「あずり~さ~む? 聞いてますぅ~? ひくっ」
「むぁすた~! そこに座ってくだひゃい! 飛んじゃらめれす~――けぷ」
どうやら飛んでいるのは俺以外の二人のようだ。
この二人を家に送ったらウォレンの所に行かなくちゃいけないんだよな。何でもギルドマスターと会わせてくれるそうだが、はて、どんな人なんだろうか。
「「おかわり!」」
長い夜になりそうだな。
お久しぶりです。
執筆デスマーチを終え、戻ってまいりました。
上記難所を乗り越えたおかげか、『がけっぷち冒険者の魔王体験』の第二期がスタート致しました。
下記リンクより、そちらも是非宜しくお願い致します。




