◆361 スピーチ
少しばかり座布団が舞ったものの、アズリーとポチの挨拶は終わった。座する魔法士たちも、その身の内に眠る膨大な魔力量はわかるようで、まだ、社会的には終わっていない。まだ。
続き、元六法士、現解放軍リーダーのアイリーンが挨拶する。
その挨拶は、アズリーとポチの知らない口調で、互いに見合ってしまう程のものだった。
「元六法士のアイリーンです。現在、戦魔国の闇を葬ろうと解放軍を率いています」
この言葉だけで周囲がざわつく。六法士アイリーンの名前は国境を越えている。何故なら、アズリーが開発したものの、公には、空間転移魔法――その生みの親というのが、周知の事実だからである。
そしてアイリーンは言った。戦魔国に巣食う悪魔の存在を。
戦魔国には、十二士以上の存在がおり、それが黒のイシュタル、白のロイド、灰色のグレイだと説明する。
無論、この中には戦魔国出身の魔法士も多い。その存在を知っている者も多い。
「現在戦魔国はこのグレイの手によって。人間の皮を被った悪魔によって統治されています。私たちはそれを何とかしたいと思い立ち上がりました」
しかし、その内の二人が悪魔であり、十二士筆頭のビリーが悪魔だと知っている者は、限りなく少なかった。
これまでの経緯、そして魔王復活が目前だという話も含め、アイリーンの話は続く。
「私たちは優秀な魔法士を歓迎します。けれど、無理にとは言えません。この魔法教室が正解だと言い切れない事もあります。私たちの話が憶測や妄言だと言われても、私たちは証明して反論する事も出来ません」
真実を正面から受け止める人間もいる。
しかし、抱えきれない人間もまた、いるのだ。
それがわかっているからこそ、アイリーンは真摯な心をさらけ出した。
「でも、事実魔王と戦った聖戦士が、二人もこの場にいるっ」
周囲がざわめく。
壇上に登るは戦士リーリア。そして背後に立ち、反省顔の魔法教室室長アズリー。
「エルフ……!」
「ダークエルフだ!」
その耳を見れば存在そのものを認識する。
ダークエルフと呼ばれるエルフは、公に滅んだとされている。
事実、過去千年から現在まで、エルフと交流した国はない。周囲の驚きは当然と言えた。
「私の名前はリーリアだ」
名前だけで驚く者がいる。聖戦士の伝説は多かれど、名前まで伝承している記録は多くない。しかし、確かに残っているのだ。戦士リーリアの名前が。
「ここにいるポーア、そして使い魔のシロと共に、およそ五千年前、魔王ルシファーを倒した事がある」
更にざわめく広間。
アズリーが身近にいて全てを知る者、初めて話を聞く者の差は大きい。
すると、ようやくアズリーが前に出る。
「私たちは、それぞれ別の手段を使い、時を超えました。そして過去の秘術、限界突破の魔術を現代に復活させました。これを用いて、戦力を向上させるつもりです。しかし、それだけでは悪魔たちには敵いません。現に、グレイを騙るガスパーは魔王に匹敵する実力を持っていました。勇者ジョルノがいない今、聖戦士の天恵がない今、出来る事は限られてきます。私は、この魔法教室が、その限られた選択肢の数少ない一つだと思っています」
そんなアズリーの言葉を遮ったのは、やはり抱えきれない人間の一言。
「そんな事誰が信じる!」
広間の中央隅から響いた声。アズリーは、その人間のひきつった顔を見る事はしなかった。それはリーリアも同じだ。
何故なら、知っているからだ。
魔王復活の際、ソドムの街にいたのは百人に満たない冒険者たち。
言い換えれば、魔王復活の際、立ち上がれたのは百人に満たなかったのだ。誰もが現実から目を逸らし、「誰かが何とかしてくれる」と願い、止まなかったあの時を知っているからだ。
今、反論した者は、当たり前の感情を見せているに過ぎない。「そうであって欲しい」という願望が入り混じった、虚構の未来を見ているだけ。
そう思ったからこそ、アズリーは、身に眠る魔力を解放してみせた。
「「っ!?!?」」
幸いにも、ここに集まった者たちは少なからず魔法に身を置く人間たち。当然、アズリーの魔力に気付いてはいた。
しかし、底の見えぬ魔力を知るのと、実際に肌で感じるのとでは訳が違う。身体中に立つ鳥肌と悪寒。感じた事のない脅威を前に、皆その場で心臓を掴まれたように息を止めた。
アイリーンやウォレンですら冷汗を見せるこの圧倒的な魔力をピタリと止めた時、皆は安堵した。
「……これだけの魔力があっても、魔王には勝てません」
そして皆は気付く。アズリーの困った顔を見て。
アズリーが言った絶望的な言葉以上に、その顔を見て気付いたのだ。
彼の肩に圧し掛かる重責は、想像を絶するものだと。
それに気付いたからこそ、反論は消えた。だが、当然疑問は残る。その疑問に、いち早く反応したのは、彼の一番目の生徒だった。
「魔王を倒すには……どうしたらいいですか?」
子供でも出せる簡単な疑問。
リナは小さく手を上げてアズリーにそう聞いたのだ。
これには、ウォレンも驚く。
そう、これは子供でも出せる簡単な疑問なのだ。しかし、この場でその疑問を口に出来る人間は少ないだろう。それを、この場で言ったリナの胆力に驚いたのだ。
目を丸くしたアズリーは、同じく目を丸くしたポチと見合い、そして苦笑する。
そして、アズリーは優しい眼差しをリナに向け、
「それを考える場だと、この魔法教室がその場だと、私は考えています」
そう、真摯に答えたのだ。
やがて、降っていた雨が止み、雲の切れ間から陽光が差し込む。
そんな太陽の光を受けてか、リナは晴れやかな笑顔で言った。
「はいっ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
広間での魔法教室開室宣言が終わり、本格的な始動は明日からだと説明を終えたアズリーは、ほっと息を漏らしながら壇上に腰掛けていた。既に入室希望者の数はまばらになり、主だった面々が再会の挨拶をかわしている。アズリーはそんな中、疲弊した精神を休ませているようだ。
そんなアズリーの背中からいつもの調子で声を掛けるアイリーン。
「アンタにしては、割とまともなスピーチだったじゃない」
「勘弁してくださいよ、ホント。こっちはいっぱいいっぱいでしたよ」
アイリーンは、項垂れるアズリーの隣に腰掛ける。
「よいしょ。あれ以上の結果は望んでないわよ。どうせ今日の開室から来ない連中もいるだろうしね。ま、全ては明日以降の本格的な指導にかかってるのよ」
「うぅ……胃がキリキリと……」
「頼りにしてるわよ、アズリー先生!」
ばしんとアズリーの背中を叩くアイリーン。
明るく笑うアイリーンを横目に、アズリーが疑問を浮かべる。
「いつになく上機嫌ですね?」
「別に? これから先、アンタの知識を公に奪えると思うと嬉しいだけ」
あっけらかんと言ったアイリーンに、ひきつった笑いを返すアズリー。
「はははは……」
「けどこの魔法教室、面白い事になりそうね」
「誰しも先生になりえるんですもんね。聞きましたよ? 申請すればナツやララだって先生が出来るんでしょう?」
「勿論、内容次第だけどね。新魔法なんかは採用されやすいわ。本来その共有なんて実現出来ないけど、ここではそれが出来る。頑固なやつは提供しないだろうけどね」
肩をすくめて言ったアイリーンに、アズリーは苦笑する。
「でも、技術にも鍛錬はつきものです。知識だけじゃどうしようもない時がある」
「アンタの分裂発動型魔法陣なんて顕著な例よね。あれを教える日は、私も呼びなさい。いいわねっ?」
「アイリーンさんはもう使えるでしょうに……」
「私が見たいのはその時の生徒たちの反応よ」
「それは、中々性格が悪いですね」
「そう? そういう時こそ、出来ないと言って諦める人間と、やってみせようという気概を見せる人間の差が出るのよ。私は、後者の人間を探したいだけ」
そんなアイリーンの言葉に、アズリーはぽかんと口を開けて驚く。
(根っからの指導者気質だな、アイリーン……)
ついに開室したアズリー室長の魔法教室。
未だ壁が多いであろうこの教育機関は、アズリーにとっても、リナたちにとっても、実りの多い場となるだろう。
「えぇ!? リハーサルってのは嘘だったんですか!? え、じゃあ本番は!? ねぇウォレンさん!? 聞いてますかぁああああ!?」
勿論、ポチにとっても。




