036 見習い
「アズリーくぅん、ディネイア休みの間寂しかった~」
「あ、え……っと……そうですか……」
「ディネイア、アズリー君が困っている。それ以上のアズリー君への接近はペナルティをとりますよ?」
「んもぅ~。ウォレン君ったらそうやってアズリー君を独占するのは良くないわよ~」
甘く艶のある声が俺の耳を通り抜ける。耳に掛かる息が背筋を固めてくる。
相変わらず色気むんむんだな。
学生自治会室の中央奥はウォレンが座り、教室の出入り口から右手側。これが白の派閥の席になっている。
ウォレンの席に一番近い席が、副会長の《ジャンヌ》。彼女は各学年の親善試合の監督業で現在中庭に出ている。
そして会計のディネイアと、書記の俺が座っている。その対面の席が黒の派閥、学生自治会風紀の《ダンドウ》と庶務の《ルナ》の席が存在する。
ダンドウはほとんど大学内のパトロールをこなし、ルナは雑務に追われ、常に走り回っている。だから今は俺とウォレンとディネイアしか学生自治会室にいないという事だ。
その報告等を俺がまとめ、ウォレンに提出したりしている。
俺とウォレンは忙しいが、ディネイアはどうやら暇なようだ。
会計が忙しくなるのは、おそらく親善試合関係の集計がまとまる終了後だろう。
「……さて、黒の派閥の四つ巴の試合まで、後二日。参加予定の四人について、一年生であるアズリー君の話を聞いてみたいと思います」
手の空いたであろうウォレンが、手の空いてない俺に攻撃を仕掛けてきた。
「……俺、今忙しく見えないです?」
「なに、手と耳と口を別々に動かせばいいだけだよ。何かをしながら別の作業をするのは何かと勉強になるものだよ。ではオルネル君の話から聞いていこうか」
ウォレンがいじめてくる。
なるほど、これがパワーハラスメントというやつか。……覚えてろよ?
「……やはり首席なだけありますよ。下級の魔法は完璧。最近は中級の魔法に手を出し始めているそうですよ?」
「ほぉ、この時期にですか……なるほど、中々ですね」
しかし、確かに凄いと言っても、ウォレンの一年生の時代と比べるとそうでもないんだろうな。
ウォレン自身大して驚いてないし、ディネイアも「へー」と零す程度だ。
黒帝ウォレン。六法士に一番近い男……か。どれ。
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ウォレン
LV:77
HP:1488
MP:2561
EXP:1541806
特殊:攻撃魔法《上》・補助魔法《上》・回復魔法《上》
称号:上魔法士・首席・学生自治会長・黒帝・六法士候補・ランクB・求道者・カリスマ
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……見なければ良かったな。
意外にもランクが低いが、それはおそらく学生自治会の会長なんかやってると外に出る機会なんてないのだろう。
しかしその他の能力が圧巻だな。バランスのとれた素晴らしいステータスだ。
それに比べて俺は……
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アズリー
LV:64
HP:1182
MP:17093
EXP:448690
特殊:攻撃魔法《特》・補助魔法《上》・回復魔法《上》・精製《上》
称号:愚者・偏りし者・仙人候補・魔法士・錬金術師・杖士・六法士(仮)・教師・ランクA・首席・パパ・腑抜け・SS殺し
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……負けてはいない、か。
しかし何故ウォレンは上魔法士なのに、俺はただの魔法士のままなんだ?
何かしらクリアしなきゃいけない条件があるのだろうか?
腑抜けは案の定付いたが、最後のSS殺しで帳消ししているような状態だな。
プラスの称号とマイナスの称号同士が打ち消し合うめちゃくちゃなステータス。なんとしても鍛錬してマイナスの称号を消さなくちゃいけない。やはりここの仕事を引き受けたのは失敗だったな。
リナを人質にとられちゃ仕方ないけど。
「さて、次はミドルス君ですが、彼はどうでしょう?」
「んー、攻撃魔法が得意なので、そこはほぼ中級の域ですね。ただ、他が疎かなのでバランス的にはオルネルに劣るのかと。……けど調子付かせると厄介にはなると思いますよ?」
「対抗手段はなくはない……と。イデアさんはどうですか?」
「彼女はオルネルに一歩及ばないという感じのバランス型ですね。しかし彼女の杖術は目を見張るものがあります。動きで翻弄出来れば勝つ可能性はあります」
「ほぉ、よく見ていますね」
あれだけ目立った行動をする三人だ、見ない方が難しいだろう。
「最後に……リナさんですか。この方は貴方の教え子……でしたね、アズリー君?」
「そうですね」
「最近は指導をしていないと聞きましたが?」
「親善試合で俺と戦いたいそうなので、終わるまではお休みです」
「ふむ……彼女はどうですか? あまり目立った話は聞きませんが……」
「さぁ……どうですかね?」
ウォレンが俺の返答に珍しく困った様子を見せた。
「……教え子の能力の把握をしていないと?」
「あ、ランクCの冒険者になったそうですよ? 回復魔法の得意な子なので、下級の攻撃はものともしないかもしれません」
「ほぉ、それ程ですか……」
「それに元々は……剣士ですからね。そして辞退さえしなければ彼女も首席でしたから」
「あぁ、そう言えばそうでした。なるほどなるほど、そうですか……ふっ、アズリー君のお墨付き、ですか」
何か嫌な感じだな。微かに笑ったぞこいつ。
一体何を企んでいる?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、大学内の掲示板にトーナメント表が貼られた。
「……なるほど、あの嫌な笑みの正体はこれか」
「マスター、これどういう事です?」
「リナ対オルネル、リナ対ミドルス、リナ対イデア。つまり……リナに勝ちさえすれば黒の代表って事だ」
会長の嫌な性格がにじみ出るような組み合わせ表だ。
「二人以上がリナさんに勝てばその二人で戦って決める。そういう事ですか」
俺はポチの補足に頷き、同じく掲示板を見ているリナの顔を見る。
不安そうな顔だが、折れてはいないみたいだ。瞳の中に力強さがある。
「ウォレン会長にトーナメントの決定権があるが、ここまで露骨だと……あの三人のプライドは傷つくだろうな」
「しかしどうなんです? あの三人にリナさん勝てますかね?」
「ミドルスとイデアならなんとかなると思うが……」
「何か心配事でも?」
「連戦だったら魔法力がきついかもしれない……いや、かつかつだろうな。俺の援護は嫌がるだろうし……リナがどうするか。……けど、俺達は応援しか出来ないよ」
「ですねー……」
ポチとそんな話をしていると、いつの間にかリナが俺達の前に立っていた。何か言いたげな様子だ。
こちらからも何か言葉を……。
「リナ、腕の見せ所だな」
「……待っててくださいねっ!」
静かだが決意と熱意のこもった顔。俺の言葉で吹っ切れてくれたみたいだ。
是非とも頑張って欲しいものだ。
「おー、自信たっぷりですねー! 頑張ってください!」
ポチが俺の言葉を代弁するように言った。
遠くにオルネル、ミドルス、イデア三人の傷付いた様子が見える。イデアもリナと仲良くはなったが、この結果には驚きだろう。
三人はキッ、とリナを見て、リナはそれを正面から受け止めている。本当に強くなったなこの子は。
あいつらは敵意……というよりかは闘志剥き出しな感じだ。
これはこれは……明日が楽しみだな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
親善試合一年生黒の派閥決定トーナメント当日。
この日リナは、イデア、ミドルス、オルネルの順で戦う事になる。
魔育館に集合した一年生の見学者や講師、学生自治会の面々。
既にイデアが杖を持ち、魔育館中央、決闘場の中心にいる。そう、かつて俺と三人が戦った場所だ。
少し遅れて現れたリナにポチが近寄る。いつもとは違うリナに、周囲にどよめきが走った。
「おいおいマジかよ……」
「ふざけてるのか?」
「神聖な行事だぞっ」
そんな声が周りから聞こえた。
リナの元へ走ったポチが遠くできゃんきゃんと喜ぶ声が聞こえる。今彼女は俺とポチだけが知っている姿になっていたからだ。
腰に携えるは剣。ローブには見えないその様相はまさに戦士。
ライアンを師に持ち、リードとマナという剣士を間近で見て育った、見習い剣士リナの姿がそこにあった。
彼女はイデアのいる中央へ向かい、ポチがそれを見送った後、俺の元へ戻って来た。
「マスターマスター、これは面白くなってきましたね!」
「頭の硬い連中には理解されない格好だが、魔法士の体術訓練は昔実際に行われていたからな。ホント、俺には勿体無い教え子だよ」
「ええ!」
そこは否定してくれよ。
「あ、始まりますよ!」




