356 紅魔の湿原へ
「それじゃあ始めようか」
「進化した俺たちはちょっと違うぜ?」
「ファイアランス&リモートコントロール!」
イデアは上空に向かって炎の槍を打ち上げた。おそらくファイアランスが届く頂点、そこでファイアランスにブレーキをかけ、位置を固定したのだ。三、四百メートルは打ち上がっただろう。
「あそこで動かない炎の槍、アンタに消せるかい? 魔法や魔術を使わずにね」
なるほど、魔法大学の入学試験を思い出す。まぁ、これは魔法大学の入学試験とは比べものにならない程難しい問題だ。
「ギヴィンマジック!」
ミドルスがイデアの足下にギヴィンマジックの魔法陣を設置する。なるほど、魔力枯渇を待つ方法は封じられたか。まぁ、これはアイリーンを生贄に二人の前で見せたものだしな。
「うーん、難しいねー」
「めぇええ~」
ナツも理解している。ファイアランスは中級系魔法ながらも射程が最長距離の攻撃魔法だ。それを打ち消す魔法は存在しない。そもそも、イデアは言った。「魔法や魔術を使わずにね」と。
魔法や魔術を使わずに消す。つまり、物理的接触によってあのファイアランスを消さなくてはならない。
まぁ空中浮遊魔法を使ってあの場まで行けばいいのだが、おそらくこの課題の意図はそこにない。
これはおそらく、イデアとミドルスが師事した相手から出された課題そのもの。俺が空中浮遊魔法の公式説明をした時の二人の顔から、存在を知っていたとは思えない。
つまり、この二人は空中浮遊魔法を使わずにこの課題をクリアしたのだろう。
あぁ、ちょっと懐かしいな。
「私は三日」
「俺は五日かかった」
「さぁ、アンタならどうする? それとも、降参する?」
「いや、選択肢が多くてどうしようかと」
「……へぇ?」
あの時のアイリーンも、今のイデアのような顔をしていた。
「それなら見せてもらおうじゃない?」
「こうする! ほいっと!」
「なっ!?」
「跳んだっ?」
そう、選んだのは跳躍。空中浮遊魔法ではなく、俺の中にあるもう一つの空中維持方法。魔力の台。先日、いい加減名前を付けようとポチが言い始めたので、簡易的に魔力の台と付けたが、是非とももっとカッコイイ名前を付けたいものだ。
魔力の台を使い、何度か跳躍を行い、炎の槍まで届いたら、後は簡単だ。ドリニウム・ロッドでそれをぶち壊すだけ。
「ほい、フウァールウィンド!」
滑空しながら降りた俺に、呆れた視線を送るイデアとミドルス。そして拍手を送るナツであった。
「因みに、二人はどうやってこれをクリアしたんだ?」
「はぁ……私は大きな岩を強力なリモートコントロールで持ち上げて、それに乗ったのさ」
なるほど、あそこまで上空へ行く事に関しては、魔法や魔術を禁じられていない。あくまで魔法や魔術で消す事を禁じられてるだけだしな。上空まで行ければ、後は俺と一緒か。
「それじゃあミドルスも?」
「いや、あいつのは笑っちゃうのよ」
そう言ってイデアが苦笑すると、ミドルスはへの字に口を結んだ。
「い、いいじゃねぇか。クリア出来たんだから……」
少し恥ずかしそうだな。
「ミドルスはリモートコントロールの使用者を担いで走ったんだよ」
「あ~、なるほど」
動かない炎の槍と出題されているものだ。魔法士が離れてしまえば消さざるを得ない。もし、ムキになって炎の槍を動かしでもしたら、出題者に問題がある事になってしまうだろう。
「アンタの選択肢ってのも聞いてみたいが、そこでそわそわしてる子の回答も聞いてみたいからね、ナツ。アンタだったらどうするの?」
「うーん、考えてみたら、意外に簡単だったよ!」
「へぇ?」
「あのね、バラードにお願いするの!」
なるほど、この子は天才だ。誰も誰かを頼ってはいけないと言ってないのだ。そう、回答の出し方は人それぞれ。問題の解き方も人それぞれ。
目を丸くしているイデアも、腹を抱えているミドルスも、今その事に気付いたのだろう。
自分自身の力でやっていく事も可能だ。しかし、困った時、誰かの力は非常に役に立つ。それも自分の力なんだと気付けた時、魔法士は一歩成長出来るのかもしれない。
「三日……無駄にしたかもしれないね」
「俺なんて五日だぜ?」
「何言ってるんだ。悩んだ時間も財産だよ。それは決して無駄なんかじゃない」
「そ、そう? うん、そうかもしれないわねっ」
「ははははは、だな!」
それにしても今の言葉は中々よかったな。「悩んだ時間も財産」か。うん、これも賢者のすゝめに書いておこう。
「それで、アンタの他の選択肢ってのは?」
「ん? あぁ、レベル百クラスの戦士なら、投擲だけで消せるだろうし、俺も勿論可能だ。方向や射角を調整すれば、魔法でだって大木や岩なりを飛ばして消せる。それに、ファイアランスはあくまで攻撃魔法の中で最長射程なだけだ。現にリモートコントロールはもっと飛ばせる。イデアもそうやって消したんだろう? つまり、この課題の面白いところは、炎の槍よりもそれを制御する魔法にあったって事さ」
「そうか、リモートコントロールさえ使える魔法士なら誰でも消せる」
「そう、魔法を使って消しちゃ駄目なだけであって、消すまでの過程の魔法の使用は問題ない。勿論、人に頼っては駄目とも言われていない」
穴だらけに見えて、この課題……相当面白い。
本当に頭の固い魔法士が考えたものだろうか。それとも特殊な環境で育った魔法士なのか。
無数にある答えを模索しながら、魔法の用途を色々学べる。初心者でも熟練者でも皆等しく学べる面白い指導法。
……やっぱり気になってしまうものだな。
「この課題を出した魔法士は?」
「あぁ、あの人なら、魔法教室の講師の一人として招集されたよ。まぁ、これはその場にフユが来たからわかったんだけどね」
「そういう事か」
「じゃなきゃ、俺たちはまだ戻って来たりしねーよ」
確かに鍛錬を積むにしては……そうだな、バルンが戻って来てからと考えるならば短い期間だった。そうか、途中で切り上げてきたのか。
「それじゃあ、次はアンタの魔法を見せてもらおうかね?」
妖しい目を向けて来るイデア。まぁ、本来であれば断る内容だ。何故なら、魔法士の秘匿とする技術を公開しろと言っているようなものだから。
しかし、今回は特別。イデアもそれがわかっているから聞いたんだ。要約すると、「魔法教室で教えるのなら見せられるだろう?」と、そう言ってるのだ。
「ちょっとだけだぞ」
「ふふふ、はいはい」
駆け引きに勝ったと思ったのか、イデアは少し嬉しそうな顔をした。そんなイデアの反応に、ミドルスは何故か不服そうである。
「それじゃあ空間転移魔法陣の、搭乗進路による複数箇所への転移方法から……」
その後、俺は過去培った魔法技術、そして今後展開出来そうな戦闘法について、イデア、ミドルス、ナツと共に説明すると共に議論をかわした。
ナツも眠い目を擦りながら熱心に話を聞き、出来るだけ俺の話を聞こうとしていた。彼女も生きるために必死だという事だろう。
最悪、ポチビタンデッドを飲めば、どうとでもなるという結論が暴論だとも思うが、それだけ皆討論に熱中していた。
夜が明け、「そろそろ戻れ」とベティーから念話連絡が入ったところで、俺たちの議論は終わった。
「見て下さいよ、マスター! これ!」
イデアの空間転移魔法で屋敷に戻った後、ポチは自分のお腹を前脚で指して言った。腹部には適当に墨で書かれた円。その中には「マスターの頭」と書かれていた。
ポチはその文字を指して何度も言うのだ。
「ココ! ココです! ココ重要です!」
と。
これが、ポチ枕を使わなかったのを怒っているのだと気付くまで、俺はしばらく時間がかかってしまった。
アピールが完全に乙女というか、獣というか、なんかごっちゃなんだよな。
「さぁ、皆準備はいいか?」
「「応っ!!」」
ライアンの号令に、皆、気合い十分である。
思えば、これだけの人数で大移動をするのは初めてかもしれない。
「目指すは神山の先、紅魔の湿原!」
さて、独自に進化を遂げたモンスターの強さは一体……!




