352 過去からの土産
薫と会った翌日、俺は単身解放軍のアジトに戻っていた。幸い、ここはトウエッドの近くにあるので、ポチと離れても、全く問題がないのだ。
何故俺がアジトに戻ったのか。それは、ウォレンがこの前言った「数日中には」という言葉が嘘ではなかったからだ。
「お忙しいところ御足労頂きありがとうございます、アズリー君」
「そんな事ありませんよ。どう考えても忙しいのはウォレンさんの方じゃないですか」
「本当にそうですか? 部下から聞いていますよ? 夜な夜な屋敷のアズリーさんの部屋で、大きな物音がすると……」
「うぇ!? 監視されてるんですか!?」
「はははは、警護と言って欲しいですね」
モノは言いようだが、やはりウォレンは侮れないな。
「まぁアズリー君を警護出来る程の人材がいれば、苦労はしないんですけどね」
「結局監視って事じゃないですか」
「アズリー君の身体は、既にアズリー君だけのものではありません。それはご自身もわかっているでしょう?」
いやに真面目な顔だ。ウォレンが俺を心配している……のか?
不思議な気分だが、心配されるのは何だかむず痒いものだな。
「そ、それで、今日呼ばれたのは魔法教室の事ですよね?」
話をはぐらかすようにした俺を、ちゃんと見抜いているんだろうな、ウォレンは。
「その通りです」
そしてそれを知ってて尚、乗ってくるんだよな、ウォレンは。
「開室するのは、トウエッドの首都、エッドの南区にある廃寺を使わせて頂きます。既に改装工事も始まっています。おそらく六月末には開室出来るでしょう」
「確かに南区なら、いざって時に対応しやすいですね」
「流石ですね、アズリー君。もし戦魔国の敵が現れるのであれば、カラム山脈に通じる南区から。緊急時、有能な魔法士がすぐに出動出来る事は重要です」
レジアータから東に向かい、カラム山脈に出る。そのカラム山脈を更に東に行き、抜けたところがトウエッドの首都、エッドの南。現にエッドの南門を抜け、西に向かえばカラム山脈まで目と鼻の先だ。
まぁ、そのカラム山脈も抜けるのに苦労するけどな。
交易ルートは近年落盤があって潰されたって話だし。まぁもっとも、単身でエッドに潜り込んだ敵が空間転移魔法を使えれば侵入を許してしまうだろうけどな。
「アズリー君、君には魔法教室の室長となって、入室する生徒たちを導いて欲しい。これは我ら一同の願いでもあります」
「手を貸すって言いましたからね。でも、生徒はどこから?」
「はぐれの魔法士が多いですが、その中には当然リナさんやフユさん、ジャンヌさんもいらっしゃいます」
「ジャンヌさんもっ?」
「アイリーン様の話では、楽しみにしていると笑っていたそうですよ。変ですよねぇ。私の前では仏頂面だったのに」
これについては触れたら被害が拡大しそうだから黙っておくか。ジャンヌは相変わらずウォレンが苦手なんだろうな。
不思議なものだ。かつての先輩が俺の生徒になるなんてな。
「勿論、私やトレースさん、そしてアイリーン様も暇を見つけて参加するつもりです。講師としても、そしてアズリー君の生徒としても」
まじか。
ウォレンやトレースはともかく、よくアイリーンも……。
いや、もうそれだけ切迫している状況って思った方がいいかもしれないな。
「魔法士の私たちがアズリー君にしてあげられる事は少ないかもしれません。しかし、戦士の方々ならば、アズリー君に色々なアドバイスが出来ると思っています」
「確かに……俺はずっと魔法の研究ばかりでしたからね。体術に重きを置いたのはここ数年。長年培った戦士の技術ってのには興味があります」
「ふふふふ、楽しみですよ。アズリー君がどう成長するのか……」
不敵な笑みを浮かべたウォレンの眼鏡は、何故かいつも以上に光って見えた。
俺はその後、ウォレンが作ったスケジュール表を受け取り、アイリーンに挨拶をしてからエッドの屋敷に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今度は何やってるんです、マスター?」
「んー? 前にベリアルって悪魔と、ガスパーも使ってた魔法の考察だよ。魔法名レビテーション。空中浮遊魔法ってやつだな……って、何だよその目は?」
「それって、マスターが前に『夢のまた夢だよ』って諦めた魔法ですよね」
じとっとした目を向けるポチの顔は、どこまでも渋く、俺の過去をほじくり返そうとする。
確かに一度は諦めた魔法だ。しかし、実際前にして見ると、不思議と出来なくはないような気がする。最近気付いたんだ。不可能だと思う気持ちこそ、魔法士にあってはいけない事だと。
もしかしたら俺の心にも魔王の楔があったのかもしれない。そう思う事で、何故か心が軽くなる。聖戦士の称号は消えたが、魔王の時代とサガンの時代、それらが俺の中の何かを変えた。そんな気がするのは俺だけなのか、ポチ?
「まぁ、マスターは真似っこが得意ですからね。目にしてるのであればオリジナル魔法を作るよりかは早いかもしれません。私もお手伝いしましょう」
やはり、ポチの中でも何かが変わっている。
これは魔王を倒した事による自信なのだろうか。
「おう、頼むぞポチ!」
「はい! それで、直面している問題は何です?」
「相容れない魔法公式の反発だな」
「どんな魔法です?」
「フウァールウィンドと重力系の魔法だな。今は簡単なグラビティスタンプの公式を組み込んでるんだ。本来、フウァールウィンドは、跳躍や着地を助ける魔法だ。風で上昇気流を強制的に作ってしまう魔法だな。そしてグラビティスタンプは、上空から対象に重圧を掛けて押し潰そうとする魔法。この向きを大地に向けずに空に向ける事、更にフウァールウィンド常時展開を行う事で、浮き上がり、進む方向を調整する事が出来る。……とまぁ、理論上は可能なんだが、グラビティスタンプの魔法の向きを変えちゃうと、フウァールウィンドとの連結式を阻害しちゃうんだよ。ところでポチ、瞼が重そうだね?」
「はっ!? そ、そんな事ありませんよっ! ちゃんと聞いてましたよ!」
実に怪しい。つい今しがた白目を剥いていたような気がしたが?
まぁ、ちょっとテストすればわかる事だろう。
「じゃあポチなりの見解を聞かせてくれよ」
俺の投げかけにポチは目を丸くし、頭を振り、唸りながら何度か首を回し、終いには困った顔を浮かべた。
にゃろう、やっぱりウトウトしてやがったな?
しかし、ポチは俺が声を出そうと瞬間、苦し紛れの言葉を発したのだ。
「れ!」
というか一文字だった。
「れ?」
「連結式を他の方法で繋げないんですかっ!?」
おぉ、予想外……という程ではなかったが、ポチが振り絞ってまともな返答をしてくれた。
「一応考えてみたが、不可能だった。連結式を迂回させて公式無視を試みても出来なかったし、魔術的な公式でも不可能だな」
「そうですか……なんかこう強引に連結式を結びつけられればいいんですけどねぇ……」
ん? 今何か引っかかったような? どこかで聞いた事があるような、そんな言葉。
あれはどこだ? どこで聞いた。こんなありふれた言葉を、どこで焼きつけられた?
【レオール仮面……国はな、たった一つの事をやっているだけでは回ってくれぬ。視野を広げ時には強引な手段もとる。レオール仮面の頼み……余が必ずこの手でねじ込んでくれるわ! ハハハハハハッ!】
っ!
「そうかっ!」
そうだ、つい最近だ。前戦魔帝サガン。あいつがリライトマジックを行った時に放った言葉。リライトマジック……いや、それだけじゃないサガンはもう一つ俺に技術を授けてくれた。
【何、後でコツを教えてやる。良き師は弟子を育てる。そして良き弟子は師を育てると聞くしな、ははははは!】
そう、対象二人を結界魔術内に閉じ込める驚異的な技術。
俺はそのコツを教わった。だが、今重要なのはそこではない。今重要なのは、対象が二人ではなく、二つだった場合。
そう、その二つが魔法式だった場合、強引に繋ぐ事が出来るのではないかっ?
「ふふふ、何か思いついたようですね、マスター」
「よし、ポチ! 手伝ってくれ!」




