353 人類未踏の空中浮遊
「嫌ぁああああああああああああああああああああ!? 手伝うってのはこの事ですか!? 嘘ですよね、マスター!?」
「はははは、きゃんきゃん喚くなよポチ。今ちゃんと魔法公式を再計算してるから」
「喚くに決まってるでしょう!? いくら私でもこんな高いところから落ちたら大怪我しちゃいますって!? ねぇマスター!? ちょっと! 笑ってる場合ですかっ!? ねぇ!?」
トウエッドの首都エッド近くにある小さな山。そこには自殺の名所と呼ばれる崖がある。そう、その崖の先端に、俺とポチは立っているのだ。
日が入り始め、とても見晴らしがいい。正に絶好の魔法日和という感じだ。
ポチは俺のマントを強く押さえ、応援してくれているように見える。ふふふふ。
「そんな事思ってませんから!? 心の声が完全に顔に出てます! ねぇ、今のマスターの目、本当にヤバヤバですよ!? ちょっと! 聞いてるんですかっ!?」
「ダイジョーブダイジョーブ。なんとかなるって。いざとなったらフウァールウィンドで助けるから。それに二、三百メートルの崖なんて天獣のポチなら楽勝だって」
「楽に勝てないから困ってるんです! 私、困った顔してませんか!?」
またポチは嬉しそうな顔を向ける。ふふふふ、可愛いところもあるじゃないか。
「だ! か! ら! 思ってませんって! だ、駄目です!? 完全にどこかの世界にイっちゃってます!?」
「ったく、しょうがないなぁポチは」
「え!? 思いとどまってくれたんですか!?」
俺はポチを片手で持ち上げる。
いやに汗をかいてるな、ポチのヤツ。ここは風もあって結構涼しいっていうのに。
「……ね、ねぇマスター?」
それに声も震えている。もしかして風邪か?
それはいけない。帰ったら休ませてやろう。そう、実験が終わったら。
「大丈夫だポチ。俺も一緒に飛び下りるからすぐに帰れるぞ。ははははは!」
「みぎゃぁあああああああああああああああああああっっ!?!?」
「そうれ!」
「落ちる! 落ちる! 落ち……落ちてますぅうううううううううう!? 天獣さんのパワー! 私にあるのなら早く目覚めてくださいぃいいいい! 嫌! 嫌! 嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」
「はははははは! それ、ほいのほい、空中浮遊魔法!!」
瞬間、俺の身体はガクンと落下速度を落とした。
「ぎゃふん!?」
ポチはその反動で変な声を出していた。
魔力操作によって足下に空中浮遊魔法の魔法陣を維持させつつ、俺はポチを持ちながら滑空する身体をコントロールした。
「…………ふぇ?」
「ほうらポチ。ちゃんと方向転換も出来るぞ~。魔力供給の多寡によって速度も調整出来るし、上昇も下降も可能だ。後はこの操作を身体に覚え込ませれば……! ほいっと!」
「びゃぁああああああああああああああああああっ!? と、飛んでますぅうううう?!?!」
「完成したぞポチ! これが人類未踏の大空を翔ける空中浮遊魔法、レビテーションだっ!!」
「凄いですーっ!!」
やはり出来た。
グラビティスタンプとフウァールウィンドの連結式。この連結自体を結界魔術で強引に結び付け、その宙図を伝って魔法式が意味を成す。そうだったんだ。結界魔術は魔法を囲う事が出来た。それは俺も確かに戦闘で使っていた。攻撃魔法を防ぐ際には、非常に使い勝手のいい防御法だからだ。
しかし、それを宙図に応用出来るとは想像しなかった。それも連結部分だけを繋ぐためだけに。
これが可能ならば、俺はついにアノ魔法に……本格的に着手する事が出来る!
「うふふふふふ~。もうマスターったら! 私ちゃんと信じてましたよまったく~! マスターはやる時はちゃんとやる人だってー!」
「あぁ、ポチが応援してくれなかったら出来なかったかもしれないな! ははは!」
「ぎくり! で、でもやっぱり記憶が曖昧みたいで助かりました……ほっ」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもありませんよっ! えぇ! 全然! まったくもって! はい! 万事順調です!」
「ははははは、今日は気分がいいからな。帰りに美味いものでも食いに行こうか?」
「ぜ、是――――ぐっ!」
ん? なにやらポチが苦しそうな顔をしている。あれは葛藤して苦しい時に出す表情だ。
「っっっっ! っくぅううううう~~~……! はぁ…………や、やっぱり大丈夫です。今日はもう帰りましょう」
「何だって!?」
本当に珍しい。病気か?
「大丈夫か?」
「あ、えっとこれは懺悔というか何と言うか……ごにょごにょですー……」
「あぁ、そういえば風邪っぽい症状は出てたもんな。なら、今日は帰ってしっかり休むか」
「は、はい! くぅ~~……ぐすん!」
ポチは苦渋の決断を下した時のように辛そうな表情を、涙を浮かべ、俺が描いた空間転移魔法陣に乗った。
エッドの屋敷の部屋に戻ると、ポチはどっと疲れた表情を見せ、床についた。
トウエッドの様式らしく、畳の上に敷布団を直接敷くベッドのない生活も、そろそろ慣れてきたな。
俺もその日は疲れていたようで、すぐに寝てしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐぉあ!?」
朝、腹部に強烈な衝撃と重みを感じ目を覚ます。
薄目を開くと、そこにいたのは下腹部に跨る…………女。
舌をぺろりと出してにやりと笑う。この小悪魔もびっくりな気味の悪い笑みは知っている。
銀の一人だ。誰だっけ。強烈な兄妹の内の妹の方だ。名はベティー。戦闘とふざける事に生涯を費やしているんじゃないかって思う程のお祭り女だ。そう、俺は知っている。
こういう時のベティーは、何をするかまったくわからない。そしてそういう時こそベティーの真価が発揮される時だと、俺は知っているのだ。
「ひっひっひっひ!」
下衆びた笑いに変わり、おっさんの如き低い声を出したベティーは、俺の脇の下に手を置いた。
「お、おいまさか? おい、や、やめろベティーっ!」
「こちょこちょこちょ~~~っ!!」
「うわっ、ちょっ、こらっ! ベティー!? はは、あはっはっは、おい! くっ……くくくく、あははははははははっ! はっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
俺の絶叫のような笑い声が屋敷内に響く。そしてベティーの陰謀は色んな面々に伝染していった。
まずはポチ。起きた瞬間にベティーの狙いと俺の状況を察したらしく、即座に俺の右腕を固定した。
「ロックですー!」
次にブルーツ。ベティーと似た感性を持つお祭り野郎は、俺の左腕をがっちりと掴み、腕ひしぎの型にもっていく。どうやら最初から部屋にいたようだ。
「おぅら! 聖戦士様の左腕は貰ったぁ!」
そしてリード。襖をどたんと開けすぐに状況を察したのか、俺の右脚を固めた。
「っしゃああああ! ゲットだぜ!!」
更に、目の端から差し込む太陽の光の中にあった影。何やら笑いながら手招きをしているように見えた。正体がナツだとわかったのは、その影が手招きの後、
「どーん!」
と可愛い声で俺の左脚の上に跨ったのだ。また、手招きに誘われてやってきたのは、
「よっと!」
リナの姉であり、リードの妹、マナだった。
ナツだけでは支えきれない俺の左脚を押さえつけ、ベティーのくすぐり攻撃を助ける。
「ハハハハハハ! っ、く! な、なんのぉ……!」
「っ! こいつ、何て力だ!」
パンプアップした身体で皆の拘束を解こうとし、ブルーツが焦った声を出す。
しかし、銀には強力な戦士がまだいたのだ。
俺の右胸に、誰かの右足が置かれる。そして、俺の左胸に誰かの右足が置かれたのだ。
「ラ、ライアン!? ブ、ブレイザー!?」
「楽しそうですな、アズリー殿?」
「今しがた戻ったところだ」
胸を押される事で背中をしっかりと固定され、動く事が全く出来なくなった俺。
左目の端ではレイナが正座をし、口に手を当てながら驚いた様子だ。か、彼女なら助けてくれ――――
「ふふ、ただいま戻りました。アズリーさん」
――――なかった!?
「頑張ってください、アズリーさん!」
右には俺を応援するアドルフ。この状況を覆せると思っているのであれば、聖戦士に夢を見過ぎだと思う!
しかし、ただ傍観されるのは恐怖でしかないな!?
いや、まだ一人いる。ティファとタラヲはベイラネーアに戻って大学に行ってる時間だろうが、この屋敷にはまだ心の優しい銀の華がいる!
俺と共にこの屋敷に残り、頑張って子供たちの世話をしてくれた銀の良心とも言える女の子が!
「失礼しんす」
その春華さんは、ベティーと背中合わせになるように、俺の下腹部に跨ったのだ。
おかしい。おかしいぞぉおおおおおっ!
「じゃあ本気でいくよ、アズリィ?」
悪魔以上に恐ろしい顔を向けたベティー。
俺はこんな時出す言葉を、にししと笑いながら俺の右腕を固定する優秀な使い魔から、知らないうちに習ったような気がする。
そう、こんな恐怖の表情を浮かべてから……こう叫ぶんだ。
「みぎゃぁあああああああああああああああああああっっ!?!?」
みぎゃー!




