330 大喧嘩
「……っ!」
おぉ、起きた起きた!
よかった、ちゃんと成功してたんだ。あのまま死んだらどうしようかと思ったが、心臓も動いてたし、心配だけで済んでよかった。
「目が覚めましたね。あ、一応これ飲んでおいてください。ポチビタンデッドです!」
「こ、ここは……?」
周囲を見渡すリーリア。
しかし、ここは極東の荒野。リーリアの記憶に残っている光景はないと思っていいだろう。
「王都レガリアから東にある荒野です」
「王都? 聖都ではないの?」
「ここは、魔王を倒してから約五千年後の時代です」
「そう……五千年」
リーリアはそこまで驚かなかった。
まぁ当然だよな。次の魔王に備えて強い意志で以って自らを封じたんだ。
ちょっとやそっととは言えないが、それなりの変化は覚悟していたんだろう。
「ふぅ、相変らず美味しいわね、これ」
ポチビタンデッドを飲み干し、微笑むリーリア。
むぅ、俺の知ってる頃のリーリアじゃないせいか、やたら色っぽく見えてしまう。
いや、それだけ魔王を倒した後に時間が経過したって事だろうな。
しかし、そんな事以上に、次のリーリアの言葉は衝撃的だった。
「ブライトとチャッピーはいないの?」
……何だって?
「「へ?」」
俺とポチは二人そろって間抜けな声を出し、目を丸くさせてリーリアを見た。
「ブライトとチャッピーよ。もしかしたらフェリスもいるかもしれないけど……会ってないの?」
「いやいやいやいや、チャッピーはこの世界のどこかにいるかもしれないってのは思ってたけど、ブライトとフェリスが何でこの時代にいるって話になってるんですかっ? ……うっ」
俺の慌てた態度をやや強い目で制し、リーリアは落ち着いた表情のまま立ち上がった。
「不可能とも思える魔王討伐すら成し得たアズリーたちが、何故ブライトたちが生きてる可能性を捨て去るのか、その方が疑問よ」
リーリアのじとっとした横目を見て、俺は黙ってしまった。
むぅ、やはり精神面も成長しているな。ズバリ指摘してくる感じが過去一緒に戦ったリーリアとは違う。
「マスター、どうなんです?」
ポチの目もいつになく真面目だ。
そりゃ息子とかつての弟子たちが生きているかもしれない話だ。そうもなるよな。
「確かにそうかもしれませんけど、ブライトさんとフェリスさんが生きてるのは…………いや、まさか? 悠久の雫?」
「それ! それですよマスター! きっとブライトさんとフェリスさんは悠久の雫を飲んで今もどこかで大暴れしているんです!」
「その可能性は低いな」
ポチの嬉しそうな推測をばっさりと切ったのはトゥースだった。
リーリアが振り返ると、見上げるような巨躯のトゥースを見て固まる。
「……アズリー、コレは何? 新しい使い魔?」
動じてこそいないが、リーリアはトゥースを指差して淡々と言った。
確かにこんな使い魔……いるかもしれないな?
「同じエルフのトゥースですよ。ほら、あの時の使い魔杯に出てたでしょう?」
「起きたかリーリア。久しぶりだな」
それからしばらくの沈黙が――――
「マスターマスター、今この場所凄いですよ! 伝説と賢者と天獣と愚者! 何かワクワクしますね!」
――――出来る訳がなかった。
「おっかしいだろ! 何で伝説の中に俺が入らないんだよ!? しかも何で一番最後に言うんだよ!? おいてめぇ! こっち向けって! 何一人で嬉しそうにワクワクしてるんだよ! こっち向けよ! おい! おいぃいい! お願いだからこっち向いてよ!」
「「うるさい」」
「あ、はい」
トゥースとリーリアの強い言葉に黙るしかなかった俺とポチ。
いや、確かに物凄い現場ではあるが、何故俺がのけ者にされなきゃいかんのだ?
「生半可な鍛錬ではそこまで身体は膨張しないわ。相当自分を痛めつけたみたいね。あの面倒臭がりが」
「はっ! アズリーなんかの尻を追っかけて来るとはビックリだぜ。相当ご執心のようだな。あの戦士リーリアが」
あれ?
な、何か険悪な空気が……?
そういえばエルフ同士が話しているなんて初めて見るけど、どっちも個性が強いしな……これはやばいのでは?
「あの生意気なトゥースがいくら育っても生意気な子供のままのようね……!」
「『あぁ、アズリー……ようやく会えたわね』だってぇ? うぇ、気持ち悪ぃ!」
人間は険悪な空気を察知する事が出来る生き物である。
使い魔となったポチも例外ではないようで、俺とポチは黙って一歩、また一歩とその場から後退し始める。
「言葉は選びなさいトゥース。大事なエルフの耳を潰すとはエルフの風上にもおけないわ!」
「人間に惹かれるエルフも似たようなもんだろうが!」
吹き荒れる魔力。
俺とポチは知らずに抱き合いながら震え始めていた。
「リリリリリリーリアさんとトゥースさんって仲悪いんです!?」
「いや、流石にそんな事わかんねーよ! けどリーリアもトゥースも……相当な自信家だし、ちょっとした口論で――てっ!?」
瞬間、リーリアの右拳がトゥースの頬を打った。
しかし、トゥースは倒れそうな身体をその場で堪えた。
拳を打ち抜こうとしていたリーリアの拳は頬に捕まったように、顔をブンと振ったトゥースに吹き飛ばされた。
「はぁああああああああああああああああっ!」
「かぁああああああああああああああああっ!」
それからしばらくは、SSランクモンスター同士の戦闘よりもスリリングな拳と拳のぶつかり合いが、俺たちの前で起こった。
ポチはお座りし、俺は正座しながらその光景をただ見続けていた。
魔法を使わないトゥースと、腰と背中の剣を使わないリーリア。
ただ拳だけを振り回し、ただ喧嘩をしている二人。
「ほらポチ、天獣なんだろ? 交ざってこいよ」
「な、何言ってるんですかマスター! マスターだって伝説なんでしょう!? 交ざってくればいいじゃないですか!」
「いや、俺愚者だし! 愚者でいいし!」
「だったら私もただのポチさんでいいですー!」
「おい、そこはせめて愚者の使い魔って言えよ!」
「それだけは絶対にお断りです! そもそも私が可愛いからってその称号を取り除いたのマスターじゃないですか!?」
「何が可愛いからだよ!? 可哀想だからだよ! 寝ぼけた事言ってるんじゃねーよ! 俺の優しさが溢れてる証拠だろう!」
「可哀想なのはマスターじゃないですか! 最近負けてばっかじゃないですか! 何が伝説ですか! 愚者で十分です! 愚者で! いえ、愚者にすら失礼かもしれませんよ!」
「たかだか犬狼に天獣って称号がそもそもおかしいんだよ!」
「何ですってぇ!?」
「何だとぉ!?」
「馬鹿マスターッ!」
「犬ッコロッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気が付いた時、俺たち四人は空を見上げながら倒れていた。
俺とポチが罵り合ってる時、トゥースとリーリアが案の定「「うるさいっ!」」と拳を向けてきたので、いつの間にか喧嘩に交ざってしまっていた。
まさかこんな事になるとは思わなかったが、拳で語るとは正にこの事なのかと思える程、拳に色々なものを籠められた気がする。
「はぁ、はぁ、はぁ……そ、それで? さっきの『その可能性は低い』ってのはどういう意味なんだよ、トゥース」
俺は痛む身体を無理して起こしながら、背後で寝転がっているトゥースに聞いた。
リーリアも起き上がり、俺とリーリアはトゥースの方を見る。
するとトゥースがむくりと身体を起こし、頭を掻きむしりながら口を開いた。
「ちょっとばかり研究したんだよ。悠久の雫顕現の法則と神の思考についてな」
俺とリーリアは顔を見合わせた後、今度は身体ごとトゥースの方を向いた。
というかポチは流石に疲れたようで、お腹をぷっくりと膨れさせ、ひぃひぃ言っている。
「東のトウエッド。そこの巫女は知ってるだろう?」
悠久の雫を飲んだ薫と潤子の存在。
俺はトゥースの質問に頷く。
「アズリー、お前が悠久の雫を完成させたのは南だったな?」
「え? あぁ。フォールタウンより南側を根城にしていたのは昔からだな……多分」
顎に手を置き、悠久の雫が完成した時を思い出す。
一体トゥースは何が言いたいんだ?
悠久の雫の……顕現の法則? 神の思考?
「エルフの里の場所知ってるだろう、リーリア?」
「…………レガリアより北ね」
「そう、俺様はエルフの里で悠久の雫を完成させた。おかしいだろう? こうもバラバラな場所に悠久の雫が姿を現すのは」
確かにその通りだ。
けど、そうなると西にも? いや、西の方は奥へ行くと山岳地帯。更に行っても海しかない。
俺は地面に簡単な地図を描きながら首を捻っていた。
すると、トゥースがその地図を指差して言った。
「神は魔王が倒れた時代に、保険をかけたんじゃねぇかってな。悠久の雫を各地に出現させ、魔王復活に備えた」
「そうね、あの時代じゃないと神の力は有効に使えない」
リーリアがトゥースの推測に頷く。
「ここまで言えばわかるだろう? もう一ヶ所で……悠久の雫を飲んだ者がいる可能性がある」
「でも西は――――」
「――――そうじゃねぇよ」
俺が地図の西側を指差した時、トゥースは違った場所を指差していた。
「……あ」
指差していた場所は中央。
神の力が使えたのはこの時代ではない。魔王を倒したあの時代。
その中央となると……王都ではなく、
「聖都レガリア」
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