◆320 心の距離
アイリーンが放った分裂発動型魔法を見たアズリー。
その余りの衝撃に息を呑んだ後、アズリーが静かに口を開く。
「……凄いですね」
「どっかの誰かさんは二年前に見せてくれたわよ」
じとっとしたアイリーンの目。
アズリーは頰を掻きながら苦笑して目を逸らす。
「アイリーンさん。これまでの俺は……どうでしたか?」
「それは、この戦いが終わったら答えてあげるわ」
そんなアイリーンの対応に、アズリーは口を尖らせる。
「全力じゃなきゃ、怒るからね」
「結構怒られてません? 俺」
「私がいつ怒ったっていうのよっ!」
「今じゃないのか?」と、そんな顔を向けるアズリーだったが、アイリーンは目を釣り上げるだけだった。
アズリーはアイリーンを前にドリニウム・ロッドを構える。
そして――――、
「っ!」
ビリビリとアイリーンの身体を伝う魔力の波。
アズリーは今日一番の魔力解放をアイリーンに見せつけたのだ。
「ま、まだ……あんな魔力を……」
目を見開くヴィオラ。
腰を下ろしていたリナ、フユ、オルネルが立ち上がる。
「アズリーさん……!」
「凄い……」
「…………っ」
オルネルは自分の拳を強く握り、そして開く。
(全然足らないじゃないか……っ)
そう思ってしまったオルネルの胸中をよそに、アズリーは宙図を始めた。
「させないわよっ」
「いいえ、もう終わってます。オールアップ」
瞬時に向上したアズリーの身体能力。
跳びかかるアイリーンを軽くかわし、その背中に強烈な蹴りを叩き込むアズリー。
「っ!?」
吹き飛ばされる中、アイリーンは蹴られた事にようやく気付く。
反れる身体を強引に立て直し、アズリーがいた方を見るも、アズリーの姿はその視界から消えていた。
「くっ!」
アイリーンは地面を掴みながら身体を止めようとするも、その勢いは中々死んでくれなかった。
直後、アイリーンの背中に先程以上の衝撃が走る。
「きゃあっ!?」
背後から当てられたアズリーの強靭な肉体。
アイリーンの身体が戦闘を始めた場所を通過し、ウォレンの横を通り過ぎ岩壁に激突する。
これを見て、圧倒的に優勢であるはずのアズリーが渋い顔を見せる。
「あ、あの……」
岩壁に罅を入れる程の強力な攻撃。
アイリーンの身体には大きなダメージがあるはずだった。
しかし、アイリーンは頭と口から血を流し身体に渡る痛みを堪えるようにしてアズリーを見る。
「何よ……終わり?」
完全なやせ我慢。
それはアズリーの目にも、明らかだった。
それを見たポチは、隣にすっと移動してきたウォレンを見て、たははと苦笑する。
「これは、アイリーン様の公開処刑みたいですね♪」
「は、ははははは……」
それに満面の笑みで応えたウォレンを、ポチは青い顔で迎えた。
「ふっ!」
アイリーンは再び跳躍する。
アズリーの正面まで。
しかし、身体を回復する事はしなかった。それは、アイリーンの意地という名のやせ我慢。
アズリーは物凄く困った顔をしながらも、その後、すぐに覚悟を決めた顔付きとなる。
「手加減したら、怒られるんですもんね」
「当然よ……!」
静かに燃えるアイリーンの闘志。
そんなアイリーンの瞳の奥底に光る何かに身体を震わせながら、アズリーはゴクリと喉を鳴らした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐぅ……!」
「くっ!」
「はぁはぁ……っ!?」
「このっ!」
幾度もアズリーに跳びかかり、何度も打ち倒されるアイリーン。
身体はボロボロになりながらも、その闘志は未だ衰えない。
逆に戦っているアズリーの方がその気迫にのみ込まれつつあった。
「何故……何故そんなにボロボロになってまで……!」
「はぁはぁ……ホント、わかってないわね」
「な、何がですか……!」
「ぐぅ……それだけの魔力と力があって、何で私を戦闘不能に追い込まないのかしら……」
血反吐を吐きながら、身体中に傷を作りながら、アイリーンが呟く。
「さっき……オルネルにやったみたいにしてごらんなさい……!」
「ど、どうして――――」
「どうして? わかってないわね。アナタ、女に甘すぎなのよ!」
そんなアイリーンの言葉に目を丸くするアズリー。
しかし、アイリーンの瞳は至って真面目だった。
「ヴィオラはスリープマジック。フユはマジックドレイン。リナには降参勧告。それにジェニファーには回復魔法? はっ、ふざけるんじゃないわよ! その絶大な魔力を、ちゃんと私に向けなさいよ!」
アイリーンの言葉に嘘はなかった。
アズリーの戦闘には確実に偏りがあった。アイリーンがあげた者との戦闘は、倒したというより、戦闘を終わらせたというのに近い。
そんなアイリーンの指摘に、アズリーは――――、
「で、でも仲間内で――――」
「――――関係ないわね!」
その一言で、何も返せなかった。
緊迫する中、ポチがウォレンを見る。
「気になりますか? アイリーン様が何故あんなに拘るのか?」
「な、何も言ってませんーっ」
頬に前脚を置き、ビックリするポチに、ウォレンは再び笑顔を向けた。
「大きな理由は二つです」
「ふ、二つ……?」
「一つはこの場。アズリー君の手にはおそらく限界突破の魔術がありますね?」
ウォレンの鋭い洞察力を前に、ポチが驚きながらコクコクと頷く。
「当然、それはアイリーン様もわかっています。けれど、それを使わずにこの戦闘を行った意味をアズリー君が気付いていない事、ですかね」
「意味って何です?」
「先程伺いましたが、過去に飛ばされた時、お二人は周りの環境にとても翻弄されたようですね?」
アズリーが過去に行った経緯の話を持ち出した時、ポチもその場にいた。
それはアズリーの口から出た言葉。しかし、ポチの口からも聞きたいかのようにウォレンは聞いたのだ。
「……えぇ、まぁ」
「見てください、アイリーン様の身体」
ウォレンが微笑みながら見つめるアイリーンの身体。
天獣であり、この場にいる中でアズリーと一、二を争う程の実力を持ったポチの目。それは簡単に捉えられた。
「震えて……いますね」
「相手はアズリー君。見知った仲ならば恐怖を感じないと思いますか?」
そこでポチは黙ってしまう。
「そうです。アイリーン様は既知の間柄であるアズリー君との関係や感情を全て捨て、仮想敵として本気でアズリー君と戦おうとしているのです。だからこそあそこまで震えていらっしゃる」
「でも、そんな事してまで、どうしてです?」
「そうですね~。私も乙女心には詳しくないのですが…………おそらくあれは追体験というやつでしょうか」
ウォレンの言葉の意味がわからず、首を傾げるポチ。
「アイリーン様は、アズリー君やポチさん、お二人が経験した伝説の時代を理解しようとしているのです。そうする事で、きっとアズリー君の頑張りを理解する事が出来ると思ったのでしょう」
「……そういう事だったんですね」
「本当にお優しい方です、アイリーン様は……。それにしてもアズリー君は気付きませんかねぇ?」
うっすらと笑みを浮かべながら、ウォレンは眼鏡をくいと上げる。
するとポチはこれまでより少し明るい顔と口調で言った。
「いえ、マスターはお馬鹿さんですけど、そういう所は気付いていると思いますよ?」
「ほぉ? そういう所とは?」
「アイリーンさんが優しい事……ですかね?」
ウォレンさえも目を丸める程の明るい笑顔で、ポチが言った。
そして、少しだけ考えてから、再び笑みを作ってウォレンが答える。
「なるほど。結構です♪」
少しだけ嬉しそうなウォレンは、一歩だけポチの近くに移動した。
それは、まるで、ポチとの心の距離を埋めるかのような黒帝の一歩。
再びウォレンが笑い、ポチも満面の笑みを向ける。
遠目でそんな二人を見ていた反対側のジェニファーとダラス。
「何故、あちらでは笑顔のウォレンが一歩近づく度に、笑顔のポチが一歩離れてるのだ?」
「さぁ? 新しい遊びなんじゃね?」
当然、心の距離が埋まる事はなかった。
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