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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第一章 ~魔法大学編~
31/496

◆031 衝突

 ―― ベイラネーア西の丘陵地帯 ――


 前進していた先頭のアイリーンが止まる。小柄な体を活かし手綱を持ち馬の上に立ちあがって目を細めている。どうやら遠方の様子をみているようだ。

 各分隊長のみ騎馬を許されたが、ブレイザー、ブルーツ、ベティーは馬に跨ってはいなかった。

 唯一の補佐がつくガストンの分隊にいるアズリーにもそれが許されたが、彼はポチと共に歩く事を選択した。

 約三百人で編成されるこの討伐隊の面々は、あくまで冒険者であり学生である。

 しっかりとした国の機関で育成されている訳ではないが、足並みはそろっていた。

 それはガストンやアイリーン等のカリスマ性、学生達の信頼の塊、ウォレン学生自治会会長の求心力。ベイラネーアという土地固有の冒険者の質の高さ、大学の育成能力等の因子が働いているおかげだろう。


 アイリーンは未だ見えぬオーガ達の動きの詳細を求め、近くの高い丘に駆け上がった。そして再び辺りを見渡すが、やはりその存在を確認する事は出来なかった。

 警戒を解き、「ふう」と息を吐いて手綱を緩めた。そして鞍に座り直した時、彼女の耳が低く腹の底に響くような怒号を捉えた。

 すぐさま再び立ち上がるアイリーンはその発信源の方向を見た。

 深罪の森にあった木々が傾くかの如く左右に揺れている。

 中には倒れる木、場所によっては何らかの力によって吹き飛ばされる木も見える。


「……いたわね」


 ぼそりと呟いたアイリーン。

 すぐに丘を下り自身の分隊へと駆け戻る。


「前進百! そこで奴等を迎え撃つわ!」

「「「おぉおおおっ!」」」


 猛る声が響く。

 ブレイザーとブルーツが相槌を打ち同じく歩を進めた。

 後方にいるウォレン、ビリー、ベティーもそれに続く。


「ふん、やはりいたか。この鳴き声から察するに……敵もほぼ同数、いやもう少しいるな」


 涼し気にそう言ったガストン。その隣にいるアズリーとポチの顔が引き締まる。


「マスター」

「何だ?」

「早退したいです!」

「同感だ!」

「ふはははは、認めぬぞ小僧共? あの婆の戦いでも見て少しは参考にせい」


 顎先でくいとアイリーンの方を差す。

 そこには既に臨戦態勢を整えつつあった三つの分隊があった。


「姿が見えたら大魔法を放つわ! 戦士達は時間を稼ぎなさい!」


「六法士の援護と共にこぼれたオーガを拾え!」


「はん、左翼は任せな! 前衛! しっかりと堪えなっ!」


 アイリーン、ブレイザー、ブルーツが鼓舞に似た指示を出す。

 その時、前方二百メートル程にあった木々の中から……いや、倒れ行く木々の中からオーガの大群が現れた。

 その怒号は先程よりも凶悪で強烈だった。後方に控える学生達に戦慄という名の恐怖が走る。

 その中で圧倒的存在感を出す黒衣の男、ウォレンが冷静に周囲の情報を収集する。


「オーガが五に対しファイターが三。インペリアルオーガが一というところですか。女王と王の姿はまだ見えませんね」


 兵装の少ない歩兵のような巨大な鬼がオーガ。武器は木製の物だ。

 対してオーガファイターはそれよりもまともな兵装で鉄製の武器を持っている。インペリアルオーガは鉄製の具足を身にまとい、身の丈に合ったギラリと研ぎ澄まされた黒い槍を持ち前進してくる。


「我々はアイリーン様の後ろで援護を行います! 皆の者、続けぇっ!」


 アイリーンの分隊の後方からウォレンの分隊の補助魔法が届く。

 横に広がりを見せた第一分隊の前衛達の目の前に、オーガ達の攻撃が降りかかる。


 五月十一日十一時三十四分、ベイラネーア西の深罪の森で、人間とオーガの交戦が始まった。


「ふっ、メテオウィンド!」


 三つの方向に分かれて進むオーガ達を襲ったのは、空から隕石群のように降って来る風の刃だった。


「「がぁああああっ!?」」


 オーガ達の悲鳴。

 そしてそのオーガ達を盾のように扱い自身への攻撃を防いだのはランクBのモンスター、オーガファイター達だった。

 オーガの首を掴み上空からの魔法を防ぐ。これが単純な力だけではないオーガの強み、『知恵』だ。

 無論それすらも児戯ととれるかのように、槍のひと払いで撃ち落としたのがインペリアルオーガだ。


「大魔法は数は減らせるけど威力が少ないわね……。まあ良い足止めになったでしょ」

「よーし、行くぜぇえええっ!」


 先陣を務めたのは第三分隊のブルーツ、後方にいるビリーの分隊から援護の魔法が届き、前進を始める。対面にいたブレイザー率いる第二分隊もそれに続いた。

 上手下手から左右に挟み込むように戦士団が武器をとり進む。

 オーガと打ち合いを始める者、数で取り囲み不意を突く者、動きで翻弄させ隙を突く者等、冒険者ならではの多様戦術でオーガ達を後方へ押し返す。

 ブルーツはオーガに止めを刺す事はしない。


 とにかく前へ。


 襲い掛かってくるオーガにはかわしざまに剣を振り、武器を弾くか傷を負わせる。その後は後ろから続く人間が対処してくれるからだ。

 彼の目的は対面にいるブレイザーとの合流にあった。

 それにより押しつぶす形が成れば、有利に戦えると確信していた。

 そしてその考えがわからないブレイザーではなかった。彼もまた前進にのみ力を注ぎ、後方の者に処理を任せた。


「うぉおおおおっ!」


 銀の特攻隊長(と言っても三人の団体だが)が吠える。

 前に前に前に。進む先々に現れる巨躯のモンスター。それを物怖じせず進む胆力と実力はブレイザーとベティーのお墨付きだ。

 間も無く合流か、というところで正面に二体のオーガファイターが現れる。


「っしゃおらぁあああっ!」


 勢いに任せて二体の足元を潜り抜ける。それと同時に足を斬りつけ機動力を奪ったのは歴戦の経験のなせる(わざ)だろう。


「ほぉ、あの若者……ランクAは伊達ではないな」


 遠目で動向を見守っていたビリーがブルーツの動きに感嘆の言葉をもらす。


「へぇ、坊やにしてはやる……アズリーが褒めるのもわかるわね。良い時間稼ぎをしてくれそうだわ」


 再び魔法陣の形成に入ったアイリーンもそう言った。

 その対面から迫るブレイザーも烈火の如く攻め入る。ブルーツ程大雑把(おおざっぱ)ではないが、その動きは堅実で冷静だった。


「はぁああああっ! だぁああああっ!」


 余力を残す戦いとも言える冷静さで、オーガと一合も打ち合わぬ内に中央に迫る。


「やりおる」

「えぇ、銀のメンバー……あの二人は凄いですよ」

「ブレイザーさん、ブルーツさん頑張ってくださーい!」


 ポチの声援が届いたのか、二人は同時に笑みをこぼした。

 ほぼ同時に中央付近まで駆け抜けた二人の背後に、より巨大なオーガ、インペリアルオーガが現れる。


「ブルーツ! かがめっ!」

「ブレイザー! 跳べっ!」


 互いが互いを斬りつける、遠目ならば誰もがそう思うようなタイミングで二人は息を合わせた。

 指示通り跳び、指示通りかがみ、その二つの背後より迫る黒槍と打ち合った。


「「うぉおおおお!」」


 気迫のこもった一撃がインペリアルオーガの攻撃を圧倒する。二体を弾き飛ばした二人は背中を預け合うように正面を見据えた。


「はぁはぁはぁ……成ったか」

「ぜぇぜぇ……あぁ、形は出来た」

「ここからだな、死ぬなよ!」

「へ、誰に言ってやがる!」


 飛ばされたインペリアルオーガがむくりと立ち上がる。ダメージこそ無いものの手が痺れ武器を落としている。

 この隙を見逃す二人ではない。すぐに駆け出し正面の敵を狙う。後方より互いの分隊が追いついてくる。これも先陣をきった二人の手柄だと言えるだろう。

 集団戦において最初の激突に恐怖する者は多い。それを臆する事なく平然とやってのけた戦士二人は、後方の未来ある若者たちに気迫という名の戦力を付与したのだ。

 普段以上の力が出る訳ではないが、前に出れなかった者が前に出る。これは戦闘において非常に重要なものである。

 少なくともこの二人は、分隊長としての役割を果たしたと言えるだろう。


 尚も戦闘が続く中で、オーガ達の丘陵侵入口から再び大きな音が響く。

 先程より大きく先程より厚い声。大地に震動が走りそれが足先に伝わる。

 数百メートル先を見つめるガストンの眼はその正体を暴いた。


「主力の登場だな。これは後方分隊も動かさなくてはな……」

「主力……ですか」

「見ろ、オーガの数が減っているだろう? これはオーガを先発隊として出したからだ。徐々に増えるのはオーガファイター、インペリアルオーガだ。最初から動いている三分隊のスタミナを考えるとちとキツイ。なれば……」


 ガストンが手を正面に突き出す。


「ビリー、ベティー! 前へ! ウォレン、横に広がりとりこぼすな!」


 低く通る指示が三人の耳に届く。

 左からブルーツの第三分隊とビリーの第四分隊が、右から第二分隊のブレイザーと第五分隊のベティーが敵を押し上げる。

 正面より遠方を狙うのはアイリーン率いる第一分隊。その後方より大きく横に広がったウォレンの第六分隊は、ガストンの第八分隊の盾となった。


「ダラス! 構わぬ、怪我人の回収に走れ! アイリーン!」


 その言葉だけでガストンはアイリーンへ指示を届けた。


「歩ける者は第八分隊まで下がり、動けぬ者はダラスの分隊に拾ってもらいなさい! 第一分隊、中央を開けなさい! 第七分隊が通るわよ!」


 十戒の如く左右に割れた第一分隊の間をダラスの第七分隊が駆け抜ける。

 徐々に押し上げる第二、第三分隊の隙間から怪我人が見え始める。


「凄いですよマスター! ブレイザーさん達が前へ押してるから倒れてる人達が回収しやすいです!」

「ああ、人間相手にはあまり使えない手だが、オーガというモンスター相手によく考えられた良い戦法だな」


 後方に下がる冒険者達に加え、手を貸され重傷の怪我人が運ばれて第一分隊の切れ目から帰還し始める。

 ダラスが殿(しんがり)として残り、再びアイリーンの魔法がオーガ達にダメージを与えた。

 その時だった――


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 冒険者達の足が止まる。いや、止まってしまったのだ。

 まるで心臓を鷲掴みされたかのような恐ろしい咆哮。あのブレイザーとブルーツですら足が止まる。

 木々をなぎ倒し、前方から現れたのはインペリアルオーガの集団。数十体はいるだろうその数に前線はジリジリと後方に下がる。

 しかし、問題なのはそこじゃなかった。何かを囲うように、守るように前進するオーガの塊。

 やがて現れる女体のオーガ。インペリアルオーガと左程変わらぬが、他のオーガ達とは特徴が違い、纏っている鎧もどす黒いものだった。

 オーガクイーン、ランクSの強敵である。

 その後方、地を揺るがしながら歩くその音は、更なる恐怖を連想させる。

 最後方から出て来たのは、木々の高さと左程変わらぬ身長の巨大なオーガだった。


「ふん、出おったな……化け物めが……」


 ガストンの鋭い眼光がオーガキングを捕捉した。

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オーガの武器ってオーガの鍛冶師が居るのだろうか
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