269 決戦の時=決別の時
「ブライト!」
俺がブライトを呼ぶと、すぐにキリをつけて俺のところまで降りて来た。
黙って見ている俺を見て、ブライトはすぐに自分が置かれている状況を理解した。
「ここを離れるおつもりですね?」
ヒュ~と口を鳴らすジョルノ。
リーリアでさえ、ブライトの機転に驚いていた。
確かにその通りだ。この場にいる中では、チャッピーを除けばブライトは最年少。
ジョルノがブライトを指名した理由もわかる気がする。
「わかっています。師匠は師匠の……師匠にしか出来ない仕事があるんですよね」
「あぁ、この場を離れる。空からの指示を見ていてジョルノさんがブライトにここを任せると判断した。俺も反対するつもりはない」
俺がそう伝えると、ブライトは一度俯いてから少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「また、また必ず会えます…………よね?」
まるで、これから俺と会えなくなると思っているような、そんな言葉を聞いた。
俺だって「会える」と断言したい。しかし、それは叶わないかもしれない。そんな思いが、俺の回答を詰まらせた。
「会えるわよ。絶対」
「え?」
ブライトの背後から聞こえた声は、俺の二番弟子のものだった。
貴族の姫とは思えないボロボロの恰好で、身の丈以上の金棒を振り続けた手はズタボロで、それでも尚気丈に振る舞う姿は歴戦の戦士そのもの。
その誇り高き姿を見たからこそ、俺は黙ってフェリスに近付いた。
「……何よ? っ! な、何するのよ! エッチ!」
フェリスの手の平は、血で滲み、普通の女の子の手とは思えない程傷んでいた。
「ハイキュアーアジャスト」
「あっ、温かいじゃないの!」
「ん、率直な感想でいいと思うぞ」
俺はそれだけ言ってフェリスの頭を撫でた。
払われようとしても、強引に頭を撫でた。
やがて俯くだけとなったフェリスの顔は…………やはり、恥ずかしそうにする普通の女の子だったのだ。
そして俺は踵を返し、ブライトの下へ向かった。
リナに貰ったキーペンダントを外しながら。
外したソレをブライトに渡し、再びそれに魔力込める。
リナに渡した時のように……。
「リンクマジック!」
あの時以上に魔力の微調整は上手くなったつもりだ。
だからこそ、あの時以上に魔力は込められたはず。
「…………凄い魔力です」
口を開けながらその行為を見ていたブライトの顔は、魔力の解放が収束するまで戻る事はなかった。
「モノは一つしかないですが……卒業の証です。カタチをフェリスに、魔力をブライトに遺します」
「……はい」
フェリスの時と同じように、頭を撫でブライトの手を握った。
その時、俺の手の甲に落ちてきたのは……雨なんかじゃなかったはずだ。
詰まっている喉をすり抜けてきたのは――
「またな」
――精一杯の嘘。
「はい…………はいっ……!」
震えるブライトの声。嗚咽を堪えるフェリスの声。
背中だけで聞く声は、俺にとっても辛いものだった。
ジョルノとリーリアは先に走り始め、俺の前に残っていたのは俺の気持ちを痛い程わかっているはずの……ポチだけ。
「行くぞシロ」
「……よろしいのですか?」
「あぁ、立ち止まると、雨が降っちまう……!」
唇を噛む俺に、無理矢理笑って見せたのはポチなりの優しさなのかもしれない。
「それでは皆さん、お元気で! またお会いしましょう!」
コイツも、マスターに似て嘘吐きだな。
ポチと一緒に駆け始める前からこの時まで、俺は最愛の息子の事を忘れていなかった。
だが、チャッピーはいつの間にかいなくなっていたのだ。
チャッピーには初めから全て伝えている。
だからなのかもしれない。しかし、そんなはずはなかった。
先程まで紫死鳥がそうやって顔を覗かせていたように、チャッピーは、俺たちの進路の先の崖先でちゃんと待っていた。
「チャッピィイイイイイ仮めぇ~~~~んっ!!!!」
ただポーズをとるだけ。
ただそう叫ぶだけ。
そういやチャッピーに遺せたモノは、あのサングラスだけだったかもしれない。
だから俺もポチも、一瞬だけ止まって――――
「ふん! モストマスキュラァアアアアアアアッ!!!!」
「とう! ポッチィイイイイイ仮面ですーっ!!!!」
最後の全員集合ポーズだけとった。
「見事! 見事です! 父上! 母上! 私は! 世界最高最強の――正義の味方になりますっ!!」
三人の目から溢れ出るのは、雨だと誤魔化しきれない大きな雫。
「行ってくる!」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
震えつつも互いに届けた最後の挨拶。
これは、俺たちの決別の時。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いつものようにポチに跨り、先を走る二人に追いついた頃、溢れていた涙は消えてしまっていた。
まるで、これから訪れる場所が、そんな気持ちの介入を許さないかのように。
「ここかい? ポーアさんが言っていた魔力の揺らめきがあった場所は?」
「はい。とりあえず獣のような外敵から防ぐために、また魔力のカーテンを布いてるみたいですね。ほほい、クロスウィンド!」
再び破られた、薄くも見破りにくい防壁。
これは魔王の卓越した技術の成せる業という事なのだろう。
「「っ!」」
ジョルノとリーリアは、この視界さえも陽炎のようにぼやける魔力を、初めて体感しているはずだ。
俺とポチは感じた事があるが、改めて見ると、本当に完全に復活していないのかと疑いたくなる程だ。
「はぁ~つくづく勇者って報われない仕事だって思うよ……」
「ジョルノの力で無数の命が助かるんだ。それで我慢しろ」
「だよね~。まだ見ぬ可愛い女の子たちのためだもんね~……」
そういやジョルノって結構な女たらしだったな。
出来ればもう少し聖戦士たちの内情を知りたかったものだが、それは冒険者らしく、戦いの中で知る事なのかもしれないな。
「む、いるな……?」
リーリアの片方の眉が少しだけ上がる。
目付きもどんどん変わってく。どうやったらそんなに赤くなるのかと問いただしたくなるくらいに。
「ポーア、いつまで私を見ている。おそらく絶望の使徒が三人。その先に更に禍々しい魔力を感じる……」
流石心眼持ちのエルフだ。
こんな状況下でもしっかり視えてるんだな。
「ふんっ!」
究極限界を解放した俺に、隣の二人が目を丸くする。
「マスター、位置を知らせるような事をして……馬鹿に失礼なくらい馬鹿なんじゃないですか?」
「はははは、ポーアさん、台無しだよ~」
まったく、好き放題言ってくれるな、この二人は。
「ほいのほいのほい! ポチ・パッド・ブレス!」
込められるだけの魔力を込めた時、ポチの身体は緊張し、瞬時に俺の背後へ隠れた。
「ジョ、ジョルノさん! この人、馬鹿を通り越してイっちゃってますよ!」
「ハハハハ、みたいだね~」
「いいから! リーリアさんもジョルノさんも俺の後ろに隠れて!」
「ふん!」
「は~いっ」
「ほいのほいのほい! 盾頑防壁・カウント10&リモートコントロール!」
ただ前面に無数に張った究極の防護魔術。
「ほほい! マジックシールド・カウント10&リモートコントロール!」
それらを更に防魔壁でコーティングしたところで、正面に隠れていたはずの悪魔が姿を現した。
コイツらはこの魔法の特性を知らない。
「そいつはな、放ってからしばらくすると爆発するんだよ。ほほい! パワーシールド・カウント10&リモートコントロール!」
「「っ!?」」
悪魔たちの目が驚きと恐怖に染まる。
物理的な衝撃からも守るために発動した防壁魔法。
「皆さん! 踏ん張ってください!」
「もうしてます!」
「派手にいこ~う!」
「ほら、リーリアさん! マスターにぎゅーってしがみついてくださいっ!」
「なっ!? えっと……こ、こうか……?」
全員が俺の腰回りにぎゅっとしがみ付いた瞬間、ポチ・パッド・ブレスが爆発の瞬間を迎える。
「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
究極限界状態の中で、抑えていた魔力すら解放させた俺は、懸命にその爆発に耐えた。
くそ、間近だとこんなに凄まじい衝撃なのか……!
「くぅううううううううっ! 家に帰りたいっ!!」
「同感ですぅうううううううううっ!!」
「これでいいのか!? 私の力でしがみ付いて苦しくないのか!? ポーア、返事してくれ!!」
「アハハハハハハハハハハハハハッ!!」
「やかましいわぁあああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
正面で蒸発する絶望の使徒三人。
一面が爆発という名の光に包まれ、そして俺の脚が攣りそうになろうかという時…………、
「だぁああああああああ……つ、疲れた!」
「はい! ポチビタンデッドです!」
「お前! これどこに隠してたんだよ!?」
「乙女の秘密ですー!」
肝心な時だけ女を使うなってんだ、まったく。
俺はポチビタンデッドを飲み干し、足下にギヴィンマジックを貼りつつ、それをリモートコントロールで操作して常時魔力回復状態を維持した。
「さっすがポーアさんっ」
「凄まじい威力だったな。魔力の陽炎も霧散してしまった……」
「さぁ残るは魔王のみですよ!」
俺の台詞が残ってない。
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」ノベルの1~7巻・コミックス1巻発売中。
『がけっぷち冒険者の魔王体験』、宜しくお願い致します。
⇒https://ncode.syosetu.com/n7920ei/




