268 私のポジション。俺の指定席。
天獣たちを背に、俺はようやく戦場へ戻って来た。
「マスターマスター! 大丈夫ですかっ!?」
いつの間にか、フェリスを下ろしていたポチが俺の下へ駆け寄ってくる。
「お前、フェリスはどうしたっ?」
「あんな危なっかしい音が聞こえたんじゃいてもたってもいられませんよ! フェリスさんには一時的にチャッピーに任せてあります! だから……大丈夫…………っ!? マスター!? 後ろにすんごい怖い人たちいません!? あ、私急用を思い出しました! ちょっとブルネアまで――――」
「――――おい! だったら俺も連れてけよ!」
「こんな忙しい時に何言ってるんですか! 馬鹿マスター!」
「お前だよお前! いいからフェリスと組んで陣形に戻れ! 犬ッコロ!」
「んまー! 私がどれだけ心配したと思ってるんですか! あ、いえ、やっぱり心配してません! それよりその人たち一体何なんですか! ええい! マスターでは話になりませんっ! あの!」
ポチは天獣さんたちに物申したい事があるようだ。
だが、鋭い視線に早くも負けそうで目を肉球で覆っている。
眼力じゃ絶対勝てないんだから張り合おうとするなよ……。
「なんじゃ娘? 儂等に何か用か?」
「ひぃ!」
「お話ならば手短に。今は火急の時。私たちの役割は非常に重要になってくるのです」
「はいぃ!」
「…………名は?」
「シ、シロですぅううっ」
灰虎の止めの一撃で、もう完全に伏せのポーズじゃないか。
あ、でも諦めてなさそうだ。
また起き上がったぞ?
「私が! マスターの使い魔なんですからね!」
………………は?
「マスターの使い魔のポジションはもう空いてないんですからね! 古来から魔法士の使い魔は一人のみ! それを破ると神様に怒られちゃうんですから! いえ、もしかしてマスターならそんな禁忌、軽く破っちゃうかもしれないですが、そんな時は私が神の肉球をお見舞いして止めてやるんですから! わかりましたね!?」
黄龍と黒亀は互いに見合って困った様子だ。
天獣を困らせる程の我が使い魔は…………一体どこへ向かっているのだろう?
「…………愛い」
あれ? 今灰虎の方から変な声が聞こえたような?
ふむ…………気のせいか?
「安心せい娘。儂等は童の隣に立つ気はない」
「ただ、付き従うのみです。さて、私たちはもう行きましょうあの方たちを…………丸呑みにしてあげなくては」
そう言って黄龍は蛇の長い身体を滑らせ、前線へ向かって行った。
「ふむ、では儂はあのガキを戦場に立たせるか……」
黒亀が見る先は遥か崖の上。
そう、紫死鳥がずっと俺を睨んでいた場所。
「こっちへ来いガキィ! 儂等にいじめられたくなければな!!」
うっさ!?
鼓膜が破れるかと思ったぞ!?
遠目で見ると、紫死鳥はどこかビクビクした様子で……羽で顔を覆った。
「最古の天獣に不敬な…………。どれ、少しお灸を据えてやるか……」
そう言って黒亀は身体を浮かせ……た!?
「と、飛んだ……飛びましたよマスター!? それに何かオーラみたいなキラキラがふわぁあって!」
「そ、そうだった。天獣は皆空を飛べるんだった……。天を駆ける獣の姿から天獣と呼ばれていたんだ。はは……凄いな」
「私もあれやりたいです!」
そんなどうでもいい訴えかけをよそに、俺は前線で戦う赤帝牛の方を見た。
種族改変したポチはともかく…………アイツは飛べないのか?
俺の考えを察するように、後ろにいた灰虎が呟く。
「あれもまだ若い。成熟した身体となればそれも適うだろう」
「なるほど。鳥である紫死鳥があの光を発さないのにもそういった理由があるのか」
待てよ? 現代にいた紫死鳥は発光していたか?
もしかして何か当てはまっていない条件があるのか?
「千の魔手よ」
「ん? どうした?」
「この戦いが終わったら――――」
何だろう? いやに真剣な表情だ。
「――――ちゃんとシロを紹介して欲しい」
空に飛んでいけばいいのに。
あ、飛んで行った。恥ずかしそうだったな、灰虎のヤツ。
この戦いが終わったら……か。
終わらせなくちゃいけないよな。俺もポチも……現代に戻るという使命がある。
「とう! だふっ! むぅうう……とう! だふん!? と、飛べません……!?」
「何世界が終わったような顔してるんだよ?」
「マスター…………私、いつになったら飛べるんですかぁ?」
いや、泣きそうな目で見つめられても何も言えないんだが?
「ったく、いいから早くフェリスのところに……ぁ」
「フェリスさんは新しい方を見つけたようです……」
本当だ。灰虎を乗り回して笑ってる。
アダムス家の長女は一体どういう神経をしているのだろうか?
「も、もう! しょうがないから私がマスターのお世話をしてあげます!」
そう言ってポチは気合いを入れて巨大化して見せた。
乗れって事か。まぁ、ここは俺の指定席みたいなものだからな。
…………乗ってやるか。
「まぁ、もうソドムの街も完全に崩壊しちゃったし、俺が街の前で踏ん張る必要もない……か」
「そうですそうです! やっぱりマスターには私がいないと駄目なんです! さぁご指示を!」
「これからも従順に俺の命令を何でも聞いてくれ」
「それだけはまかり通りません!」
………………他の天獣の方が言う事を聞いてた気がするのは俺だけだろうか?
「ご指示を!」
まるでさっきまでのやり取りがなかったかのような言い切りっぷりだ。
尊敬すら覚える程だ。
「……はぁ」
俺はドリニウム・ロッドを肩にコツンと当て、前線で暴れる皆の姿を改めて見た。
ここが自分の生き場所、そして死に場所だと勇猛果敢に剣を振る冒険者たち。
可能な限りモンスターの数を減らそうと最前線で奮闘する、リーリアとジョルノ。
魔王軍の侵攻を乱すべく、大軍の中に飛び込んでいくウェルダン。
長くしなる身体で魔王軍を弾き飛ばし、猪突猛進なウェルダンを陰で支える黄龍。
羽根を咥えて放り投げ、紫死鳥を無理やりこの戦場に立たせた黒亀。
灰虎を乗り回し、時には指示し、時には降り立って金棒を振り回すフェリス。
縦横無尽に空を駆け、乗り手のブライトと協力して魔王軍を攪乱、陽動させるチャッピー。
今、ようやく戦場に全ての戦力が集結したと言っていいだろう。
「俺が出来る事なんて、たかがしれている」
「当然です」
「だが、やれる事があるのにやらないのは真の愚か者だ」
「当然です」
「ポチ、準備はいいか?」
「当然ですっ」
「駆け抜けろ!」
「当然ですっ!」
一瞬の風となったポチは冒険者を横切り、天獣たちを横切り、そして、聖戦士たちをも横切った。
モンスターの骸を、身体を足場とし、跳び回り、未だかつて体感した事がない速度で身をかわした。
「肉きゅぅうううスタンプっ!」
「賢者フルスイング!」
「ぷりてぃいいいいスタンプっ!」
「聖戦士アタック!」
「聖戦士のお供スタンプっ!」
「おい! 語感が悪いだろそれ! 大賢者パンチ!」
「マスターだって! それただのパンチじゃないですか! 見栄を張り過ぎだと思います! ガァアアアアアアアアアアッ!」
「あ、今のいいな! 後で褒めてやる! ほほい! メテオレイン・カウント10!」
「今! 今褒めてくださいよ! 馬鹿マスター! エアクロウ!」
「よくやった!」
「え、やっぱり気持ち悪いからいいです!」
にゃろう!
「朝食! 間食! 昼食! 間食! 夕食! 間食! 夜食! 間食! 間食!」
「天才! 秀才! 優秀! 明晰! 冷静! 沈着! 賢者! 大賢者! 聖戦士!」
「「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
「……馬鹿しかいないな」
そんなリーリアの言葉を背に、俺たちは一心不乱に魔王軍のモンスターたちと戦った。
途中、幾度か現れた絶望の使徒すら、聖戦士が三人で掛かり、一瞬で片を付けた。
幾度となく行われた皆への支援魔法。そして回復魔法。
幾度となく吹き飛ばしたモンスターの身体。
返り血すら厭わず、戦う場は常に危険なモンスターの懐。
余りの圧力に、硬直するモンスターたちは、全て天獣たちの牙や爪、そして尾によって命を失った。
そんな俺とポチが地に足を着けた頃、魔王軍の侵攻は幾何か緩んだのだ。
そう俺が思った時、やはり勇者も同じ判断を下していた。
「ポーアさん!」
「ジョルノさん!」
「今がチャンスだと思うけど、どう思います?」
確かにその時はここだと思う……がしかし、どうする?
「行くしかないだろう」
返り血で真っ赤なリーリアが現れた時、一瞬モンスターかと思ってしまった俺は、悪くないと思う。
乗っているからわかる。ポチだってビクっとしてた。
「……メンバーは?」
「僕、リーリア、ポーアさん……――」
「私も行きますからね!」
「ははは、じゃあシロ君もだ」
「ウェルダンはどうするんです?」
俺は予め省かれたウェルダンの役目を、マスターであるリーリアではなく、総指揮をとるジョルノに尋ねた。
「あの身体の大きさは武器だよ。それだけで魔王軍の侵攻を押さえてくれるからね。彼にはここにいてもらう。いいね? リーリア?」
「ふんっ」
リーリアも不服そうだが、納得しているようだ。
「天獣たちの参加は本当に有難かったよ。それだけで僕たちの仕事が減り、魔王軍にプレッシャーを与える事が出来たんだ。流石ポーアさんっ」
笑顔でそう言ったジョルノ。
だが、やはりいつもの笑顔より力がないように感じる。
ポチビタンデッドは飲んでいるはず。それでもこの緊張感は拭いきれないって事か。
精神的疲弊。これもまた研究しなくちゃいけない課題だろう。
「それで、この場を任せるのは一体?」
「……ほら、あそこっ」
空を指差した先には……――
「チャッピー! 蛇行しながらフェリスさんを援護! フェリスさん! 伏せてください! 皆さん! 黒亀の後ろに隠れて! ほいのほいのほい! グランインフェルノ!」
我が優秀な一番弟子。ブライト君の姿があった。
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『がけっぷち冒険者の魔王体験』、宜しくお願い致します。
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