◇256 可能性
僕たちはあれから順調に世界を飛び回りました。
特にチャッピーの活躍は目覚ましく、チャッピーを主軸に、皆で手こずりながらもSSランクのモンスターを倒した時は、拳を力強く握ったものです。
街や村、そして集落のお悩み解決に力を注ぎ、人々を導くチャッピーは確かに正義の味方なのでしょう。
「ありがとう……」
か細く弱い声だけど、僕にはとても重い言葉です。
あのフェリスさんでさえその言葉を直視出来ない程ですからね。
恥ずかしがりながらも、胸を張って感謝を受け止めるチャッピーに、少しだけシロさんが重なったように見えます。
そして、何かを必ずやり遂げようとする姿勢は、やはり師匠を思い浮かべてしまいます。
種は違えど、血は繋がっていなくてもこういった繋がりは親子なのでしょうね。
あれはつい先日の事です。
このひと月、いくつの地の手助けをしたか忘れた頃、僕たちは激しい地震に見舞われました。
大地は揺れ、木々は倒れ、僕とフェリスさんは心臓を掴まれたように身体を縮こまらせました。
「あ……ぁ……あっ……!」
気が強いあのフェリスさんが、嗚咽のような悲鳴しか出せていない異様な状況。
僕も身体中が鳥肌となり悪寒が襲いました。
おそらく、コレが魔王復活のサイン。
この恐怖は、全人類に等しく訪れたでしょう。
いつまでも止まない魔力のプレッシャーに、僕たちは身動き一つとれませんでした。
「……チ、チャ…………チャッピィイイイかめ〜〜〜〜んっ!!」
震えながらチャッピーが絞り出した叫び声。
僕とフェリスさんの服の首元を嘴で銜え、一瞬にして空高くまで舞い上がったのです。
「わっ!?」
「ち、ちょっとっ!? 何するのよ!」
そしてチャッピーは僕らを少しだけ上に放り、自分の背中に着地させました。
ポカンとするフェリスさんと僕は見合ってから、チャッピーの後頭部を見続けました。
息も絶え絶えな様子のチャッピーは、とても苦しそうでした。
けど、チャッピーは僕らの事を最優先で気にしてくれたのです。
「はっ……はぁ……は、はははは! どうだブライト、フェリス! 空なら揺れは怖くないぞ!」
その時僕たちはようやくチャッピーの行動の理由を理解しました。
地震を肌に感じなくなるだけで、幾分かマシ……その程度の、非常に本能的な発想。
だけど、だけど僕たちはその発想に助けられたのです。
チャッピーの言葉で、その「幾分」かに拍車がかかり、拍車は僕たちの精神に笑顔を作りました。
あの……二人のように。
「……ありがとう、チャッピー!」
自然と零れた言葉。
意識的に出すより何と楽で何とスッキリするのだろう。
まさかこんな状況でチャッピーに礼を言うとは…………師匠に会う前の僕だったら考えも及びませんでした。
「ふん! チキンにしては上出来じゃない!」
一瞬の笑みから剥れた表情に……フェリスさんも相変わらずですが、こんなフェリスさんを、最近ではよく見るようになりました。
「ふん! 私はチャッピーでも、ましてやチキンでもない! 私は……チャッピー仮面だ!」
正義の味方、チャッピー仮面。
いつの間にか、僕たちの中でとても大きく、とても信頼出来る存在になっていました。
師匠…………僕たちは今、そしてこれから…………強く、逞しく生きていきます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皆が皆の存在と役割を理解し、更に複数の町村の手助けを行い、三人であればSSランクのモンスターと戦えるようになった頃、チャッピーに異変が起きました。
「ブライト、見ろ」
そう言ってチャッピーは僕に右の羽を掲げてきました。
いつも通り美しい深紫。山頂に降り注ぐ光が、チャッピーの体色を更に際立たせるように照らしています。
はて? 特に変わったところはないようですけど、チャッピーは何が言いたいのでしょう?
「凄い鳥肌だぞ……!」
「見える訳ないでしょうがぁああっ!!」
後ろで聞き耳を立てながらパンを齧っていたフェリスさんが、チャッピーの頭をスコーンとそれはもう気持のいい音を出しながら叩きました。
「……痛いぞ、フェリス?」
「何で羽毛二百パーセントとか言っておきながらそんな事が言えるのか私には不思議でしょうがないわよ!」
よくもまああんなにも突っ込みの言葉がスラスラと出てくるのかはさておき、確かにチャッピーの羽毛からでは鳥肌が見える訳もありません。
そもそも元々鳥肌なのに、何をアピールしているんでしょうか。
…………いえ、これは少し違いますね?
俯瞰で見ればわかるような気がします。確かにいつもよりチャッピーが膨らんで見える。
これは羽毛が立っている証拠。
僕はすぐに立ち上がって周囲を見渡しました。
僕の反応にフェリスさんも気付き、僕の反対側を見て金棒を構えました。
「チャッピー! 何かの気配ですかっ?」
「むぅ……この反応は記憶があるな」
「前にも戦った事があるって事っ?」
フェリスさんの声が震えています。
僕もフェリスさんも、ようやくチャッピーの感覚に追いついたようです。
チャッピーの記憶がある……という言葉。その言葉から導き出される答えは多くありません。
過去チャッピー対峙した相手で、記憶に残る程の者。
そしていち早くこの魔力に気付ける相手……という条件が重なるならば、相手はあいつしかいません。
フェリスさんはあいつを直視し、その身体で恐怖を体感したからこそ気付けたのでしょう。だからこそ、背で感じられる程、あんなにも震えているのでしょう。
「……見えたぞ」
サングラスをかけ、遠くを見据えるチャッピー。
その方角を、僕とフェリスさんは追いました。
近づく程圧迫される感覚。強くなればなる程わかります。
あいつの強さは、あいつに近づく程実感出来ます。
僕とフェリスさん。そして今のチャッピーでも、やはりあちらに分が…………いえ、かなり分がありますね。
「もうちょっとどうにかなりそうな感じがしてたんだけど…………あれはちょっと反則よね」
珍しくフェリスさんが弱音を吐きました。
あいつ――――あの紫死鳥の姿を見ては、そうもなってしまいますよね。
「また会ったな……」
おとぎ話に出て来る伝説の霊獣、紫死鳥。
そんな相手を前に、立っている事自体がまず不思議ですが、はたして僕たちの戦力で勝てるかどうか……!
「二人とも、手を出すな……」
そんな思考を巡らせていると、チャッピーが不可解な言葉を発しました。
……チャッピーは今何と言いました?
「ば、ばっかじゃないのっ!? 皆と協力したって分が悪い勝負に、何でアンタ一人で戦わなくちゃいけないのよっ!?」
フェリスさんの罵倒は尤もでした。
あまりに不合理な考え方。効率的に戦うならば、ここは奮戦し、隙を見て離脱。
それ以上もそれ以下の選択肢もないというのに、チャッピーの選択は一対一。馬鹿げています。
「その人間の娘の言う通り……だが、貴様がそれを望むのであれば、私に異存はない」
「お前に合わせてやっているだけだ。だが、その意味を汲んでくれる事を願おう」
「誇り以上の責任と情……人間に育てられるとここまで腑抜けるか。しかしいいだろう。私は掟を果たしに来ただけ。後ろの人間たちを傷付ける事はしないでやる」
「「っ!?」」
チャッピーの意図に気付いた僕たちは、愕然と言葉を失ってしまいました。
逃がす訳でも、逃げる訳でもない。
チャッピーは、あの紫死鳥の掟を果たさせる代わりに、僕たちは、僕たちだけは見逃せと……そう言ったんです。
「ま、待ち――――っ!」
フェリスさんがようやく叫んだ時は既に遅かったのです。
チャッピーと紫死鳥は羽を広げて飛んで行ってしまいました。
一つ向こうの山の山頂の方へ…………。
「ちょ、ちょっとブライト君! どうするのよ!? このままじゃあのチキン、殺されちゃうんじゃないのっ!?」
「そう、ですね……」
「そうですねって……ちょっとブライト君、今この状況わかってるの!?」
この状況が一番のベスト――――チャッピーはそう考えてあんな行動に出ました。
「そんなに遠くには行かなそうだから走って追えば――――」
追ったところで何かが変わる訳じゃありません。
チャッピーに手を貸せば、あの紫死鳥は容赦なく僕たちを殺すでしょう。
追っては死にます。手を出す事も出来ません。
「――――何とかなるわよ、きっと!」
希望的観測は禁物です。
ここから逃げるのが最優先。それはわかっているんです。
なのに何故…………何故――、
「ブライト君っ!」
――――何故、僕の足は動いてくれないのでしょう?
肩を揺するフェリスさんの声が、やたらキンキンと張って頭に響きます。
「――五月蠅いなぁ」
「……え?」
「少し黙っててくれませんか、フェリスさん? 今、僕考え事してるんです……」
思わず零れてしまった本音に、フェリスさんは息を呑むように黙ってしまいましたが、今そんな事を気にしている場合ではありません。
チャッピーの命が危ないのです。僕たちのせいで……!
僕たちは家を出てから、今まで頑張ってきました。その仲間であるチャッピーの命が危ないのです。
どういう訳か、今僕の頭の中には「逃げる」という唯一無二の最優先選択事項が消えてしまっています。
痒くもない頭を掻いてもその答えはでません。
何故でしょう。いえ、わからないものはわからないのです。
今答えを出すならばそちらではなくこちら。
逃げる以外の選択肢……チャッピーに手を貸す、もしくは助ける事です。
しかし、今そのどちらも出来る手立てがありません。
「えーっと……あの、ブライト君?」
遠慮気味に顔を覗き込んでくるフェリスさん。
先程の言葉が、それ程印象的かつ効果的だったという事でしょうか?
……もっと早く出せばよかったかもしれません。
「考えはまとまった? どこかの拠点に助けを呼ぶとか……?」
薄い考えです。
その拠点を僕たちは助けてきたのです。
僕たちに助けられる相手が、僕たちを助ける力がある可能性は限りなく低い。いえ、ありえないのです。
……………………いえ、全ての可能性を否定しちゃいけないと……僕はかつて教わりました。
…………はて、どなたから教わったのでしょう?
姉上? ……いえ、違います。
ポルコ様? ……やはり違います。
では誰が? ……あぁ、うっすらとですが思い出してきました。
あれは確かシロさんと――師匠が、ポーア師匠がいつものように言い合いしている時でした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんの、馬鹿マスター! どうやったら私のお腹に寝ぼけて落書きが出来るんですか!? 何ですかこのアートは!?」
「うるせぇ犬ッコロ! 新しい魔法考案の一つだよ! 紙がなかったんだよ、紙が!」
「そんなモノのために私の真っ白なお腹がヘンテコな魔法陣にっ!? ありえません! だからいつまで経っても馬鹿馬鹿なんですよ、馬鹿マスター!」
「馬鹿がもてはやされる世界だとしたら、俺はモテモテのウハウハなんだよ!」
「そんな世界がある訳ないでしょう!」
「全ての可能性を否定したら世界はつまらないんだよ! 否定はしない! 確実でない限り断定もしない! そう思うでしょう!? ブライト様!」
「えぇ……まぁ…………ハハハ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
………………くだらない。
実にくだらない二人のやり取りでした。
不思議と飽きないのがまた、尚更癪に障りました。
だけどそんな記憶が、ここに来て……こんな山頂まで来て役に立つとは、世の中は不思議で溢れていますね。
――――師匠。
「南東は……あちらですね」
「そ、そうだけど…………何? 南東に何かあるの?」
僕と一緒に南東を向くフェリスさん。
「僕たちは色んな地を回りながら、徐々に南下して行きました。時にはブルネアより北上した事もありました。しかし、これだけ数をこなしていけば、まだ行っていない南の地に足が向くのは当然の事です。そもそも僕たちの進路は最初から南にありました」
「ま、まさか……?」
フェリスさんも、僕が言わんとしている事を理解してくれたようです。
「ここからなら、意外に近いんですよね、ソドムの街……」
「ち、ちょっと! ソドムの街は激戦区よっ? 念話連絡の魔術が届く訳ないわっ!」
「…………全ての可能性を否定したら、世界はつまらないんですよ。フェリスさん!」
フェリスさんの更なる否定を聞く間もなく、僕は念話連絡の魔術宙図に入りました。
こちらの精神状況、環境が安定している程念話連絡は繋がりやすい。
そう教えてくれたのもポーア師匠でした。
魔王の復活……寧ろあの衝撃があった事でソドムの環境が良くなっている可能性は高いのです。
あれ程の魔力に、他の戦士や魔法士が耐えられるとは思えない。ならば……ならばポーア師匠は動きます。
あんな性格だから。
つまり、ソドムの街は今…………他の集落、村、街よりも魔王の魔力の影響を受けていない可能性が高い。
『師匠! ……繋がってください、師匠! ――ん?』
『――ソドムの街へのご連絡ありがとうございます。聖戦士兼大賢者のポーアです。只今北西に向かった紫死鳥を追っております。ご用の方は、そちらの方に意識を集中させるといいと思います。ソドムの街へのご連絡ありがとうございます。聖戦士兼大賢者のポーアで――――プッ』
――――ホント、ふざけた可能性ですね。




