255 凶兆
「こう? 中々難しいわね……」
「いえ、十分な成長ぶりですよ。魔術の初期ですけど、やはり呑み込みが早いと思います」
「おや~? 二人で何をしているのかと思えば……魔法教室かな?」
ジョルノが顔を覗かせ、俺とリーリアの肩をビクつかせた。
「あ、いや。何か最近魔法の発動をよく見られてるなーと思ったら、リーリアさんが教わりたいと……はは」
「へぇ? リーリアが? エルフのリーリアが知りたい魔法や魔術ともなると、やはりポーアさんの知識量は侮れないねぇ~」
口を尖らせるジョルノを背に、リーリアは立ち上がって何も言わずにどこかへ行ってしまった。
おや? ジョルノとは仲が良いはずなのに無言で立ち去るとは珍しい。
「はははは、リーリアが照れるなんて珍しい」
「……照れてるんですか、アレ?」
「ん? そう見えなかったかい?」
うーむ、ジョルノにはそう見えたのか。
俺にはどこがどうしてどうなって照れたのかまったくわからないんだが…………?
「アハハハ、マスターに女心がわかってたまるもんですか!」
「いきなり現れたな、シロ」
「そもそも、マスターは色んな方の好意に全然気付いてくれませんからね!」
何とも厳しい言われようだ。
これにはジョルノも苦笑する程だが、確かにポチには以前からそう言われ続けているが、魔力の揺らめきならまだしも、感情の揺らめきを察知しろという方が難しいというものだ。
「そういえばジョルノさん。ソレ、着心地はどうですか?」
ポチの話がくどくどと長くなりそうだったので、俺は早々に話題を転換させた。
「うん、重さも感じないし邪魔にもならない。やっぱり腕の良い職人がいると違うよねぇ~」
ドリニウム鋼の軽鎧をポンポンと叩きながら返答するジョルノは、どこか嬉しそうに見えた。
確かに自分の力に付いてくる事が出来る武具というのは嬉しいものだ。
俺はガストンにもらった水龍の杖を失ってしまったからな。
杖があるとないとではこの時代の戦力は大きく変わる気がする。
スウィフトマジックに頼っている訳ではないが、魔法士としての癖なのか、魔法発動時のモチベーションが変わってくるような気がするんだ。
それは、ここ数年で日に日にはっきりとわかるようになったと思う。
「私のブレスも防いじゃうんですよ、ソレ!」
「また危ない真似を……」
俺はじとりとジョルノを見る。
「ハハハハハッ」
こういう時のジョルノは、本当に子供のような笑みを見せる。
まったく、子供のまま大人になったようなヤツだ。
「それにしても、魔王が復活したっていうのに、あんまり進展がないねぇ。ポーアさんの罠魔法のおかげでパトロールは楽になったけど、肝心要の魔王がどこにいるのかわからないんじゃ、動きようもないんだよなぁ」
ジョルノが顎先に手を当てて言う。
確かに、一度設置型魔法の罠を設置してしまえば、以降は壊れた魔法陣を修復するのみで包囲陣が完成する。それだけでソドムの街の人間はかなり助かったと言っていた。
やはりあの時、ウェルダンの名付けという微妙な場ではあったが、無理をした甲斐があったというものだ。
思えば久しぶりに魔力を枯渇に追い込んだ気がする。
「さっさと見つけてぶっ飛ばしちゃいましょう! ジョルノさんが!」
大事な補足を怠らない我が使い魔。
そうだ、勇者はジョルノなんだ。魔王への止めはジョルノで決まりだと思う。
まぁ、いざ戦闘になったらそんな事考えてる余裕はないんだろうけどね。
「うん! 魔王のどてっぱらに、風穴をあけてやらなきゃね!」
胸を叩いて意気込んだジョルノを見て、ポチが目を輝かせる。
「おぉ! 見てくださいマスター! これが勇者ってもんですよ!」
「へいへい、どうせ俺は魔法士ですよ~」
「うんうん、でも皆の協力がないと魔王を倒す事は出来ないと思う。だから…………力を貸して欲しい、ね?」
自信から恥ずかしさへ感情が移ろいだジョルノを見て、俺とポチは目をぱちくりとして見合った。
こんなジョルノも珍しい。
先程のリーリアといい、このジョルノといい。短期間で色々感情の変化が起きているという事だろうか?
いや、感情というより、俺たちの関係が徐々に変わった事による結果……なのかもしれないな。
「ふ~! ふぅうう!」
ん? 何の声だ?
「ふぅうううううううう! グモォオオオオオオオオオッ!!」
道を削りながら現れたのは…………え、何これ?
「グハハハハハッ! 見よジョルノ、シロ、そしてポーア! この素晴らしい造形を!」
「……もしかして、ウェルダンさんですか?」
「いやぁ~驚いたねぇ……」
ポチもジョルノも驚くのは無理はない。
ウェルダンの赤い身体は、フルアーマーの如くドリニウム鋼で固められていたからだ。
金属の銀とドリニウム鋼独特の赤い斑模様がここまで全身に見えると、少々の気味悪さを覚える程だ。
ウェルダンのこれ、もしかして角と目と蹄くらいしか外側から見えないんじゃないか?
「ガルム・キサラギ…………渾身の作品、だそうだ。あの男、中々筋がいいぞ! グハハハハハ!」
前後の脚で大地を叩くウェルダン。
何とも嬉しそうだが、魔王復活の時の地震を思い出すから出来ればやめて頂きたい。
まぁ、口に出す程でもないか。
「ふっ、いつかこの姿を…………あの可憐な黒牛に見せてやるのだ! グハハハハハ!」
背に悪寒を感じてるであろうポチは、いつの間にか俺の後ろにまで来てウェルダンから隠れていた。
流石、ある意味天獣同士だしな。ポチの性格上この二人の関係は問題ないけど、本来はそれ程仲の良い間柄ではないのかもしれないな。
「む、そういえば他に何か言いに来たような……? はて? 俺とした事が、鎧の事で舞い上がってしまったわ」
「何か言いに来た? 飛行系のモンスターでも見つけたのかい?」
ジョルノがウェルダンに聞く。
その可能性は確かにある。ウェルダンと対等に戦えるモンスターは今でこそ多くない。
使徒化したSSランクのモンスターならいざしらず、普通のモンスターを相手にして倒せない戦闘力ではないはずだ。
ならばジョルノが言う飛行系のモンスターは正に的確だ。
倒されもしないが、倒せもしないからな。俺たちに報告しようとするのも頷ける訳だ。
「おぉ、そうだ!」
やはりか、なら遠隔攻撃の出来る俺が……――――
「――――だがモンスターではない」
おや?
「俺は見た。アレはいけすかない野郎のアイツだ」
「ウェルダンがそこまで敵対心を見せるのは珍しいね? 何か因縁のある相手なのかい?」
「いつも空から俺を見下すあの目……思い出しただけでも腹が立つ!」
「い、一体どなたなんですっ?」
痺れを切らしたポチがそう言い放ち、俺の足下から様子を窺うようにウェルダンを見る。
そろそろ出て来いよ、お前……。
「おのれぇ、忌々しい……紫死鳥め…………」
…………なるほど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「だからって! 何で私が向かわなきゃいけないんですか!?」
俺を乗せたポチが不満を露わにしている。
「俺たち! だろう! 勇者様のご指示じゃ仕方ないだろう!」
そう、俺たちはジョルノの指示で紫死鳥が向かったとする北西へ向かい始めた。
ソドムの街の皆が、無駄にやる気を出して留守を預かると言ってくれたのは嬉しいが、本当に俺があそこを離れてよかったのだろうか?
いや、ガルムもドリニウム鉱石を探す時俺を推した。
確かに俺とポチなら動きやすいが…………うーむ、心配だ。
「なんだか『紫死鳥が姿を見せるのは凶兆』だとか言ってましたね、ジョルノさん! 勇者様が迷信とか信じちゃうんですか!?」
「勇者の存在そのものが迷信と仮定するならば、ジョルノの言う事も信じられない訳じゃないぞ!」
「まったく、物は言いようですね! 私、出来ればあの方に会いたくないんですけど!?」
「俺だってそうだよ! 元の時代でボロボロにやられたのを未だに覚えてるからな!」
あの時、紫死鳥が気まぐれで俺を助けてくれたのはいいが、あそこまでのボロ負けは、あまり経験したくもないし、思い出したくもないからな。
出来れば当人の顔を拝みたくないのだ。
まぁ、ポチの場合はまた違った意味で会いたくないんだろうけどな。
「む、この山の山頂が怪しいですね!?」
「おぉ! わかるのかねポチ君!?」
「いえ、勘です!」
ポチに期待した俺が馬鹿だった。
うーん、確かに強い魔力が通った跡は感じるから、方向としては間違ってなさそうだから……とりあえず行ってみるか。
『――――っ!』
…………おや? 今何か聞こえたような?
『――――うっ!』
「っ! おいポチ、待てだ!」
「アォン! って、いきなり何ですか!?」
俺はポチの声をさらりと流し、自分の魔力の波長を静かに、そして穏やかに整えた。
すると――――――、
『――ょう! 師匠っ!』
この忘れたくても忘れられないような、可愛く……しかし、黒い印象を持つ声は――――、
『――――ブライト様っ!?』
干支で猫が仲間はずれってよく見たり聞いたりしますけど、虎ってネコ科ですよね。




