◆254 時は来た
王都レガリアの深夜。
家屋の屋根伝いに走る影が二つ。
先頭を走る小柄な影は素早かったが、背後を追う影もまた速かった。
「よっ――っと。ほぃ!」
「……待てっ」
ダークブラウンの特徴的なウィザードハットを押さえながら走るのはメルキィ。
帽子から零れる金髪を揺らしながら、後方の黒い男を徐々に引き離していく。
「だーれが待てと言われて待つっていうんだぃ! イシュタルにそう言っておきなさぃ!」
後ろに向かって叫ぶメルキィの瞳が蒼く光って揺れる。
「ぐぅ……この俺が追いつけない……だと?」
「なははははっ。レベル以外の鍛錬を怠っていない証拠ってことさねぃ! クリート君っ!」
「ちぃ! 魔眼の使い手かっ……!」
黒いボロのローブを着、変異した身体を持つ男クリートは、メルキィの咄嗟の行動を一瞬で読み切った。
しかし、やはり速度はメルキィの方が上。
遂にレガリアの街の闇の中へ消えて行ったメルキィ。これを探し出す手段を、クリートは持っていなかった。
そして、クリートは屋根の上に描いた魔法陣の中へと消えていく。
すると消えたはずのメルキィが、とある家屋の煙突からひょこりと現れた。
目を細め、クリートが消えた空間転移魔法陣を遠目で確認しているようだ。
「ぅ~ん。屋根って傾斜があってバランスが悪いから魔法陣を描き難いんだけど…………それをものともしない魔法発動能力。しかも空間転移魔法陣で…………となると、イシュタルも中々の駒を持っているようだねぃ!」
自らの考察を口に出し、自分の耳で聞いてうんうんと頷くメルキィ。
「おっと! このままじゃ僕の美貌が煤で大変な事になっちゃうじゃないか! ……いや、もっと映えてしまうかもしれないよぃ!」
煙突の中から再び屋根に出たメルキィは、魔法陣を屋根の上に描いていく。
「んまっ、僕にも出来るんだけどねぃ! とぉ!」
メルキィは、屋根の上でわざわざ一回前宙をしてから空間転移魔法陣に入った。
消えながら自らの美しい碧眼で夜空を見つめるメルキィ。
その目は、どこか儚げで、どこか危なげな不安定な色を揺らしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メルキィが転移先に現れると、近くから一斉に足を揃える音が鳴り響いた。
そこは人工のダンジョンのようで、岩壁に扉があったり、木材で天井を補強したりされていた。
「なははは。いやー、どうもどうも。あのお爺ちゃんは奥かぃ?」
鼻先に煤をつけながら愛想笑いを作ったメルキィに、反応する者は誰もいなかった。
誰もがメルキィに頭を垂れ、無言を貫いている。
(まぁ~ったく、ここの連中はホントかったいんだから……)
メルキィが小さな溜め息のような鼻息を漏らすと、一人の戦士が近づいて来た。
その戦士は、赤い短髪の中年の女だった。
腿には匕首を無数に装着し、胸元にも匕首が着けられていた。
周りの人間と比べると明らかな軽装だったが、この女を含めた誰もに共通点があった。
装着する防具に、必ず白銀の色が入っている事だった。
「白銀にようこそ。メルキィ殿」
「やぁやぁベリアじゃないか。相変わらずの仏頂面だねぃ。綺麗な顔が勿体無いよぃ?」
ケタケタと笑いながらメルキィは言った。
しかし、ベリアはメルキィに何も言わず、ただ奥への案内を始めるだけだった。
「アージェントがお待ちです。こちらへ……」
ベリアの首にあった白銀のチョーカーがキラリと光る。
「ふへ~、世間話もなしかぃ。ベティーはもうちょいと愛想がよかったもんなんだけどねぃ?」
頭の後ろで腕を組みながらベリアに付いて歩いていたメルキィが、にやりと笑いながら言った。
すると、ベリアの足が止まる。
「…………あの子に会ったのですか?」
「あの子……ね。まぁ、会う事もあるさ。銀とは弟弟子が仲良かったんでね。最近では色々情報を回させてもらってるよぃ?」
しばらく沈黙を守っていたベリアだったが、最後までメルキィに顔を見せずに「そうですか」とだけ呟き、そしてまた歩き出したのだ。
煮え切らない様子のベリアに、メルキィは目を細めてその後ろ姿をじとっと見た。
「……まったく」
一番奥の部屋の前まで案内されたメルキィは、入室を促したベリアを横目に、扉をくぐって行く。
「おぉ、来たか」
「『おぉ、来たか』じゃないよぃ。こんな面倒なとこ、さっさと引き払っちまえばいいのにぃ……」
「ハッハッハッハ、相変らずだなメルキィ。穴倉の生活も悪くないぞ? っと、すまんな。何か飲むか?」
棚に置かれた酒瓶を見やって聞くアージェントの前に、メルキィは遮るように手を置いた。
「悪いねぃ。この後行かなきゃならないところがあるからね」
「ほぉ、何か掴めたという事か?」
「じゃないとこんな辺鄙なとこに来ないよぃ」
淡々と言葉を返すメルキィに、アージェントは頭を掻きながら苦笑する。
「ふっ、では聞かせてもらおうか?」
「……予言の碑」
「っ!」
メルキィがそう言っただけで、アージェントの目から笑みが消えた。
「……話してくれ」
「王都レガリア城にある予言の碑。昨晩、何かに反応するかのように、あの碑が発光したんだよぃ」
「という事は、やはりあれが原文だったという事か」
「だろうねぃ。道理で城中探しても原文が見つからない訳だよ。予言の碑が発光している時、微量の魔力を感じる事が出来たんだ。おそらくあの近辺から定期的に魔力を供給している者がいる。気付いたイシュタルが毎度消していたみたいだけど…………今回はそれを見る事が出来たよぃ」
アージェントが椅子を倒しながら立ち上がる。
「予言の碑の全文が明らかになったという事か……!」
「僕たちの世代は、皆あの予言を諳んじる事が出来る程だ。その反応はわかるつもりだ。けど…………」
「だけど何かな……?」
「顔が近いと思うんだ、よぃ!」
肉薄するアージェントのおでこをメルキィのデコピンが襲う。
「あたたたた……まったく、相変らずとんでもない威力だな」
「乙女のテリトリーに入ってくる方が悪いんだよぃ」
「なぁにが乙女だか……まったく」
「何か言ったかぃ?」
じろりと見るメルキィに、アージェントは口を塞ぐ。
溜め息を吐くメルキィを前に、アージェントは虚空を見つめ、思い出すように呟き始めた。
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明日を進む者たちよ、来る魔王に備えよ……
十二の士、其の者ら世界を照らす光とならん
十二の士よ、宵闇照らす光となりて民を導け
~~~~~~~~~~~~
「……我々が知るのはここまでだったな」
予言を言葉にしたアージェントがメルキィの方を向く。
そんな視線を察知したかのように、メルキィはその続きを語り始める。
~~~~~~~~~~~~
十二の士よ、十二の支と共に立ち上がれ
十二支よ、十二の士と共に彼の者を助けよ
昨日を尊ぶ者たちよ、魔王復活の時は近い
神を愛し、神に従え
さすれば道は、一片の光に辿り着くだろう
やがて現る彼の者が、全ての道に光を灯すだろう
十二の士、彼の者に続き、世界を照らす光とならん
十二の士よ、彼の者に続き、宵闇照らす光となりて民を導け
やがて現る彼の者に、愛と力と笑い持て、魔王の野望を打ち砕け
彼の者の名は――――聖戦士ポーア
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全ての予言を聞いたアージェントは、それらを脳裏に焼き付けるようにブツブツと反芻した。
「聖戦士が現れる? いや、待て。十二支……とは?」
「捻じ曲げられた情報だけで十二士なんて組織作っていてもダメって事さね。十二支ってのは干支って呼ばれるトウエッドの文化さ。今じゃほとんど国交のないトウエッド…………聖戦士の時代には所縁があったって事だろうねぃ」
「なるほど……メルキィがこれから行く先は、トウエッドだったか……!」
「そういう事。干支が何なのか、何が関係しているのか。聖戦士ポーアとは誰なのか…………トウエッドに行けばわかるような気がするんだ」
ウィザードハットを深く被り直すメルキィ。
地面に描くのは、やはり空間転移魔法陣。
「……わかった。武運を祈る」
「なはははは、何かわかったら連絡するよぃ!」
快活な返事をしながら空間転移魔法陣の中に消えていく。
しんと静まり返るアージェントの部屋。
倒した椅子を直しながら、アージェントは思い出したように小さく呟く。
「…………はて? 愛と力と…………笑い持て?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都レガリア城に戻ったクリートは、コツコツと城内の隠し通路を歩いていた。
ここは、古代でアズリーがハチヘイルに案内された通路。
異形のクリートは表立って城内を歩けない。普段はこうして人目に触れない通路を歩いているのだ。
やがてアズリーが聖帝ハドルに出会った部屋に辿り着く。
そこには既に一人の男が立っていた。
「……仕留めそこなったようだな」
「ふん…………侵入を許していたのは貴様のミスだろう。ビリー……」
「私が着任する前に侵入されていたのだ。ならば貴様のミスだ、クリート……」
ビリーとクリート、双方が睨み合い、二人を取り巻く魔力がより濃密に、より圧縮される。
「やめよ」
一触即発の事態に二人を止めたのは、短い制止の言葉。
その言葉を聞いただけで二人は身を正し、その場に跪いた。
男とも女ともわからぬ、しゃがれた低い声。
二人の前に現れた黒衣の者。
「「イシュタル様……」」
そう、二人が跪いた相手は黒のイシュタルと呼ばれる者だった。
「失態だな、クリート?」
イシュタルの言葉に肩をビクリと震わせるクリート。
「………………処分はいかようにも」
呑むように、絞り出した言葉。
「ふふ、では後で部屋に来るといい…………」
顔に脂汗を滲ませ、震えながら頭を下げるクリートを横目に、ビリーがにやりと笑う。
「ビリー」
「はっ!」
「仕事だ」
短い言葉の中にある意味に気付いたビリーは、顔を上げ喜びの表情を見せる。
「おぉ、では遂にわかったのですね?」
「余計な邪魔が多かったが、ようやく一人、目星をつける事が出来た……」
「このビリー、イシュタル様のためならばどこへでも赴きます」
ビリーは、今一度深く頭を下げた。
「ふふふ、そんな遠い場所ではない」
「というと?」
イシュタルの言葉を待つビリー。
「子の者、やはりあやつだった。最優先に始末しろ」
「ほぉ、やはり……!」
「努々油断するでない。火傷では済まぬかもしれぬからな……」
「それはもう、幼い頃から知った仲故……」
蝋燭の火だけが灯す一室で、ビリーがすっと立ち上がる。
立ち上がった拍子の小さな風が、蝋燭の火を静かに揺らした。
ビリーはその火を見つめ、睨み、にやりと口の端を上げる。
「時は来た。ようやく殺してやれるな…………ガストン」
感想、コメント返し、遅くなって申し訳ありません。
時間見つけて返す予定です。
ここ数日やたらランキングに載ったり、ポイントやお気に入り、PVが増えるな……と思っていたら、「ニコニコ静画」でコミカライズの一話があがったからでした。
既にあちらでも9000件以上のお気に入り登録がされていて、ノベルと漫画の影響力の違いを実感しました。
漫画担当の荒木風羽先生に感謝感謝であります。
「ニコニコ静画」、面白いですね。読者の方のコメントが流れながら漫画を読むというのは新鮮でした。
一時期、青年マンガの毎時ランキングで一位になってたようで、とても嬉しい限りです。
皆さんも、お時間ある時に読んでみてはいかがでしょうか?
私は一足先にコミカライズの四話ラフを眺めています。
コミックアース・スターでは既に三話があがっているようなので、是非チェックしてみてください。
ポチとリナが可愛いです。




