◆242 激動、激務、激昂
お待たせしました。
新章の開始となります。
これからも「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」を宜しくお願いします。
一糸乱れぬ歩が進む。
的確な拍子で足音が鳴り、的確な拍子で腕が振られる。
顔に無数の傷あれど、その表情は揺るがず。
内に蓄積する疲労あれど、その意志は揺るがず。
この中で、涼しげな顔を見せながら、先頭を歩く二人。
同じ杖を持ち、同じ視線を前に向けている。
「……確かこの辺だろう? ガストン様が仰ってた場所は」
「そうですね。ダイアミノタウロスの群れが発見されたって聞きましたけど……」
入団の時より一年。より美しくなったリナ。そして、心身を鍛え上げ、成熟した身体となったオルネル。
情報を頼りに周囲に気を配るリナとオルネル。
後ろでも王都守護魔法兵団。その部隊の精鋭たちが目を光らせている。
そんな中、彼らを静かに横切る白銀の光。いち早くオルネルが、続いてリナが反応して杖を向ける。
一瞬放たれた二人の殺気に、冷静な声が返ってきた。
「私です、お二人とも」
「何だ、フユか」
幼い印象が抜け、一段と成長したフユが白銀の体毛を持つ馬に乗って現れたのだ。
オルネルの言葉でフユが眉を寄せる。
「これでも司令補佐の役職にあるんですけど?」
冷たくも冷め切らないじとっとした目がオルネルを襲う。
「これは失礼しました。司令補佐殿――ぐっ!?」
形式上のお辞儀を見せるオルネルの頭に、ゴツンとリナの炎龍の杖が当たる。
「皆の前ですよオルネル隊長? 部隊の士気に関わります」
「くぅ~、まったく……冗談も通じないな、副隊長?」
「私は真面目が過ぎるからガストン様に怒られてるんです。けど、そのおかげで副隊長にもなれたんです」
「よく言うよ。魔力量だって俺と大差ないだろう……」
先日決まった辞令で、魔法大学では学生自治会長だったリナが副隊長となり、学生自治副会長だったオルネルが部隊の隊長に据えられた。
二人は王都守護魔法兵団の特殊精鋭部隊を任せられる程成長していたのだ。
完全な実力主義制度を採用したガストンの方針で、オルネルのサポートをリナに任せた方がよいとしたのだ。
「それで? プラチナに乗ってまで来たって事は急ぎなのか?」
「いえ、現状ここで待機です。速すぎて余裕が出来ちゃいましたから」
オルネルはフユが乗って来た白銀の馬の首を撫でた。
薄く覗かせる碧い瞳。気持ちよさそうにオルネルの手に甘えるプラチナ。
「音よりも速いといわれるスターホースか。こんな希少な馬、よく手に入れたよな……ガストン様」
「セリ市に出回った瞬間、ガストン様が音を追い越しながら買いに走ったとか聞きましたけど、どうなんです? 指令補佐?」
「……まぁ、比喩と言えないところが、あの方の凄いところです。周囲に殺到した競合相手を睨みと魔力で威圧して、即決の一千万ゴルドであっさり競り落としてきましたよ。でも、そんな希少なプラチナを、私の使い魔にしろっていうのも強引過ぎませんかね?」
オルネルとリナは苦笑しながらフユを見る。
「ま、それは強引というより、過保護……だろうな」
「えぇ、私もそう思います」
「はぁ……私もプラチナに助けてもらってはいますけど、この子は優しいから…………」
難しい顔をプラチナに向けるフユ。
そんなフユをフォローするかのように、オルネルは再びプラチナを撫でた。
「気にする事はない。書物で調べたけど、やっぱりそういった使い魔も中にはいるらしいぞ」
「……そうなのですか。やっぱり私も、アズリーさんとポチさんみたいに、プラチナとおしゃべりしたかったなー」
「へぇ、使い魔にはなっても、動物としての意志を外さないケースもあるんですね。私も始めて知りました……」
オルネルの話に感心するリナだったが、肝心のオルネルはフユの話の方が気になった様子だ。
「大体、アイツは一体いつになったら戻ってくるんだ? もう丸二年じゃないかっ。まったく、どこで何やってるんだか……!」
いらつく顔を見せるオルネルに、リナとフユは見合ってくすりと笑う。
「な、なんだよ?」
「オルネルさん? アズリーさんとポチさんはそういう人たちなんですよ。勿論私だって会いたいですけど、今会ってはいけないんだと思います。私もリナさんも、まだまだ隣には立てないと思いますから」
「そうですよ隊長。本当に力が必要な時、あの二人は帰って来ます」
「……何でそんな事がわかるかねぇ」
「来ます。絶対」
再度語気を強めたリナ。
これに、今度はオルネルとフユが見合って笑った。
そんな談笑も束の間――――。一瞬で三人の顔から笑みが消えた。
「――ハウス!」
「ほい、ハウス!」
オルネルの魔法陣からはマイガーが、
リナの魔法陣からはバラードが出現する。
「なーんだ、出番か。もう少し寝かせろってんだ、ったく。おう糞竜。邪魔すんじゃねぇぞ」
「ふん、でしゅ! 私の手に掛かれば一瞬で掃除できるでしゅ!」
互いに鼻息を荒くし罵り合う。
しかし、これを二人の主が注意する事はなかった。
既に幾度も行われてきた竜虎の間柄故なのか、眼前に見える土煙のせいなのか。
魔法兵たちもハウスの魔法陣を宙図し、使い魔を出現させる。
「戦闘準備!」
オルネルの声が響く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時同じくして、ここはガストンの執務室。
積み重なる書類の山。その下をもぞもぞと何かが泳いでいる。
「……ぷぅ」
書類の山から顔を出したのはガストンの使い魔のコノハ。
「ご主人、どうみてもこれはおかしいだろう?」
「黙って整理しろ。そんな事は儂もヴィオラも気付いておる」
一枚一枚と書類に目を通すガストン。
そのどれもが冒険者ギルドで手に余った高難度のモンスター討伐である。
脅威の度合で書類を分け、高い順から対応している状況である。
「チャーリー殿も似たような状況だと聞いたが本当なのか、ご主人」
「王都守護勇士兵団も同様だ。しかもこの割り振り。あえて魔法士と相性の悪いモンスターを集中させているようだ。オルネルの部隊が受け持ったダイアミノタウロスの群れでさえ、戦士との合同部隊を組織するべきだというのに……」
「……の割りには心配はしていなさそうだな、ご主人」
「ぬかせ。そんなヤワな育て方はしとらんわ」
コノハの細い目がガストンを見つめる。
「ほぉ、それは素晴らしい自信だ――――が、このままでは私……いや、魔法兵団の皆が道半ばで倒れる事になると思うぞ? 何とか出来ないのか……イシュタルを」
「…………口を慎め。イシュタル殿はその強大な力を使って民を守ろうとしているのだぞ……」
ガストンのこの言葉に、コノハは更に目を細める。
「ご主人、一体何年付き合ってきたと思っている。ご主人の顔の裏の真意など、透けるように見えているからな。……今はそうだな、アイリーンの事を考えているだろう?」
「…………まったく、手伝ってくれるかと思えば、いらぬ事ばかりに世話を焼きおって……。あの国家転覆を企てる反逆者アイリーンだぞ? 魔法兵団の司令官である儂が、考えぬ方がおかしいというものだ」
「ほぉ~? それは殊勝な事だな、ご主人」
「ふんっ、もう書類整理はよい。茶を入れて来い……」
使い魔の制御を諦めたガストンに、コノハは首を少し下げてお辞儀をする。
「仰せのままに……ご主人」
扉近くのポットを、小さな身体をいっぱいに使ってとことこと運ぶコノハ。
ガストンは頭に入れる作業を一旦止め、虚空を見つめる。
(婆のヤツ、なぁーにが「私は外部から国を見張るわ。だからアンタは内部。わかったわね」だ。ウォレンから連絡がくるまで何にもわからなかったというのに……! それにしても、十二士であるアイリーンの後釜にテンガロンを据えるとは考えたなイシュタルめ……あやつは保身の塊だ。さぞかし操り甲斐があるだろうな。しかし、コノハが言う事もまた事実。このままでは我々はイシュタルに潰されてしまう。どうすればよいのか…………なぁ? 小僧)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「だーかーらー! いいじゃない外の空気くらい吸ったって!」
「ダメです。アイリーン様……アナタは今、ご自身がどれだけ重要な立ち位置にいるのかわかっておりません。ウォレン君、アナタからも何か言ってください」
「はははは、私から言う事は何もありません、トレースさん」
乾いた笑いをトレースに向けるウォレンは、読んでいた本をパタンと閉じた。
「ですが、ここの生活には慣れないようですね、アイリーン様?」
ウォレンは眼鏡を中指で上げ、アイリーンに目を流す。
「慣れないも何も、未だに納得出来ないわよ! 何で私が解放軍のリーダーなんてやらなきゃいけない訳!? こんな面倒な役はウォレンがやればいいじゃない!」
ガッシリとした机を小さな手で叩くアイリーン。
しかし、アイリーンの身長では迫力が出なかったのは言うまでもない。
「…………机が大きいわよ!」
「では後ほどアイリーン様用の小さな机を発注しておきます」
トレースが中指で眼鏡を上げる。
「い、いいわよこの机で! そんな事に回してる予算はないの!」
「ダラスが戻ったら運ばせましょう」
ウォレンが中指で眼鏡を上げる。
「いいって言ってるのよ!」
「そろそろ足が届く椅子も用意しなくてはなりませんね」
トレースが中指で眼鏡を上げる。
「キィイイイイッ! アンタたち! そんなんでイシュタルの動きを止められると思ってる訳!?」
「問題ありません」
トレースが、
「順次、事はうまく運んでいます」
ウォレンが、
「「ご安心を」」
中指で眼鏡を上げる。
「………………どう考えてもその眼鏡、サイズが合ってないわよ」
呆れた顔でアイリーンが二人を見る。
「一流の眼鏡保持者は」
「必要な時に眼鏡を下げる事が出来るのですよ」
トレースとウォレンは、息の合った言葉をアイリーンに提示する。
「やっぱりこんな役、引き受けるんじゃなかったわ……」
深い溜め息を吐いたアイリーンが、額を押さえながら嘆く。
その時、解放軍アジトの司令室の扉が大きな音を発して開いた。
「何度も言うけど、扉ってのは静かに開けるものなの、ジェニファー?」
姿勢を崩さずにアイリーンが言う。
元六勇士の骨拳のジェニファーは、にかりと笑いながら近くの椅子に腰掛ける。
「かったい事言うなよアイリーンちゃん。もう少し労ってくれてもいいんじゃないの?」
「まったく、私の事をそんな風に呼ぶのはアナタだけよ。……で? 他の十二士の様子は確認出来たの?」
ようやく顔を戻したアイリーンは、足が届かない椅子の上で足を組んで座った。
「勿論さー」
「姉上、報告を」
「へいへい。えーっと、アイリーンちゃんが抜けた事で十二士となったテンガロンは、相変わらず魔法大学の大学長さ。顔には出していないけど、アイリーンちゃんが抜けた穴を埋めようと必死ってところかね。戦士大学はチャーリー大学長が勇士兵団に移っちまったもんだから、新しく大学長になったドラガンが忙しそうにしてたよ。シュトッフェルは相変わらず何を考えているのかわからない様子だったね。そういった意味ではキャサリンも一緒かなー? ビリーの手足となってコソコソしてるよ」
ジェニファーの説明にアイリーンは顔を曇らせる。
かつての仲間だった面影がない今のビリー。目つきは変わり、表情すら悪意を見せる程である。
だが、ジェニファーはあえてそのまま説明を続けた。
「ジェイコブとナターシャはその駒って感じかね。だから年功序列ってのは嫌いだよ。ハハハハハ」
「コホン」
逸れそうだった話をウォレンの咳払いが止める。
「っと、後はラッセルとアミルか。あの二人はやっぱりこっち寄りだから、チャーリーちゃんやガストンちゃんと一緒で、イシュタルの当たりが辛いだろうね。何とか持ってはいるが、潰れるのも時間の問題だよ……」
自身の額に向かって息を吐き、前髪を揺らすジェニファー。
これを前に黙したままのアイリーンに、トレースは首を傾げる。
「いかがされましたか、アイリーン様?」
「まだ一人いるでしょ、面倒なのが……」
席を立って腕を組んで歩いて来るアイリーンの言葉に、ジェニファーは、指を折りながら自分が状況を説明した人物を頭に思い浮かべる。
「んー、あ、ガストンちゃん?」
「あの爺はたまに連絡とってるからいいのっ!」
ずいとジェニファーに肉薄するアイリーン。
そこに、やれやれと困った様子を見せたウォレンが助け舟を出す。
「姉上、脱会した天秤の異バルン氏の代わり、チャーリー様とドラガン様に推薦されて十二士会に入会したあの方ですよ」
椅子の上で胡座をかいて頭を捻るジェニファー。すると彼女は、ぴかりと目が光り思い出したように話し始める。
「あー、エッグか! そういやそんな奴いたね!」
「姉上、性格に難はあれど、あの方はあれでいて厄介な方ですよ。任務に集中して頂きたいと思います」
「うーん、チャーリーちゃんの所で勇士兵団の手伝いをしている以外は基本的に魔法兵団の外壁をよじ登ってるくらい……かな?」
困った顔で話すジェニファーに、ウォレンが目を光らせる。
「ほぅ、それは妙ですね。アイリーン様、何か探りをいれましょうか?」
そんなウォレンが振り返ると、アイリーンとトレースは頭を抱えて俯いていた。
珍しい事態にウォレンが小さく首を傾げる。
「一途というかなんというか…………あそこまでいくと畏怖すら覚えます……」
どうにか言葉を絞り出したトレース。
「あんのエロガキ……!」
アイリーンの微妙な怒気を見て、ウォレンがジェニファーから何かを耳打ちされた。
「はぁ……なるほど。十二士となる者も人間という事ですか。リナさんも厄介な相手に好かれたものですね」
ようやく状況を呑み込んだウォレンは、疲れた肩を休ませるように椅子に腰を下ろした。
「まったく……まぁいいわ。引き続きダラスと一緒に警戒を続けてちょうだい。人が欲しけりゃウォレンに言うといいわ」
「ほ〜い」
「……こんのクソ忙しい時に、アイツは一体どこで何してるんだか……」
小さく呟いたアイリーンの言葉を、その場の全員が拾っていた。
しかし、誰もその事に対して伺いを立てる事はなかった。
(まーた言ってるね、アイリーンちゃん)
(暇があれば言ってらっしゃいますね)
(まったく、愛されていますね。アズリー君は……)
全員が知っている事だからである。
自然と下がった眼鏡を中指で上げるウォレンは、静かに微笑み、そしてすぐに顔を戻した。
(さて、彼は今一体どこで何をしているのか……ふふふふ、再会が楽しみですね)
現代の黒帝もまた黒帝のままである。




