◆241 一緒に
「……っ! うし、異常なし!」
顔をパシパシと叩き、鏡の中の自分にそう言いかけるアズリー。
「……っ! っ!? ぷにぷにですー!」
主の真似をしようとしたポチは、自分の前脚に気付けの作用がない事を知った。
ブーツの紐、金具をしっかりと留め、マントを装着すると、アズリーは自分の部屋の扉を開けた。
ここはブルネアにあるフルブライド邸。
三日前、王城での夜を過ごしたアズリーたちは、翌日聖帝との謁見の間へ導かれた。
形式上、あくまで初対面という二人であったが、聖帝ハドルからの礼には親しみがあり、そのアズリーの返答には自信が満ちていた。
何の痕跡も残さず逃亡したイディア皇后とザッツ皇子の行動により、革新派の力は一気に失われた。
「レオンは元気ですかねぇ?」
廊下に出たポチが、思い出したように窓の外を見上げる。
「大丈夫だろう。アイツはしっかりしてるからな。そういえば、レオンを聖帝の手に抱き渡した時のブライト様とフェリス様の顔見たか? 結構見ものだったぞ?」
「見ました見ました。流石に驚きを隠せなかったみたいですねー!」
謁見時の思い出を軽く振り返り、アズリーもポチと同じ空を見上げる。
「ポーア様、ご準備はいかがでしょうか?」
「アルフレッドさん、いいですよ。ポーアで」
しかし、フルブライド家の執事長アルフレッドは首を横に振って目を伏せた。
「そうはまいりません。ポーア様は当フルブライド家の大切なお客人。そして何よりも神聖国を悪魔の手から救った恩人でもあります。数々の功績を忘れる程、私の性格は曲がっておりません」
(なるほど、自分に厳しい分、相手に対する要求値が高いのか。こうして見れば、アルフレッドにも好感が持てるよなー)
「でも、まさか私がこの家の廊下を歩けるとは思いませんでした!」
ポチが廊下を踏み踏みしながら喜ぶ。
窓が出入り口だった頃を思い出しながら、アズリーが微笑む。
「ジュン様のご命令でございます。そのためならばシロ様の体毛も喜んで掃除致します」
「そう言われると私の体毛も喜ぶと思います!」
(違う。アルフレッドが言いたかったのは別の意味だ。それにしても、ポチの体毛に感情があるとは知らなかった。今度何本か採取してみよう。うーん、考えてみると、ここにいたのはかなり前だったような気がする。ほとんどをアダムス家で過ごしたからだろうか?)
階段を降り、フルブライド家の応接間へ行くと、そこにはポルコ・アダムスと、ジュン・フルブライドが座っていた。
「おぉポーア君、準備は出来たようだね」
「おかげさまで。昨日はゆっくりさせて頂きました、ジュン様」
「神命を帯びたポーア殿に……いえ、我ら……私の恩人へのせめてもの捧げものだ」
咄嗟に言葉を言い換えたジュンの頰が桜色に染まる。
「ほぉ……」
ポルコはジュンの感情の変化に気づいたが、それ以上何も言う事はなかった。
ジュンは頭を振って何かを追い出し、顔を元の笑顔に戻す。
ソファーへの着席を促したポルコとジュンは、アズリーとポチの着席を見守った後、腰をおろした。
「これを渡しておこう」
「これは?」
丸められた羊皮紙を開き、その中身を流し読みするアズリー。
「なるほど、これが限界突破の魔術公式……」
「うむ。それ自体君に委ねるのは簡単だったんだが、これを手に入れるのが中々難しくてね。少し時間がかかってしまった」
コロンとテーブルに置かれた青の色が強い虹色の石。
握り拳程もない小さな石だった。
「これがもしかして、賢者の石……!」
「そう呼ぶ者もいるね。しかしこれは本当にただの石なのだ」
(そう呼ぶ「者」か。もしかして賢者の石と呼んでいるのはエルフだけなのかもしれない)
アズリーは、賢者の石の存在を伝えたのがエルフであるトゥースだったと思い出す。
「限界突破にのみ反応する石……という事でしょうか?」
考察を述べるアズリーに目を見開くポルコ。
「流石だね。誰が見つけたのかこれは限界突破の魔術公式と対を成す石なのだ。魔術公式の中央にこれを置く事でその効果を発揮するのだよ。冒険者ギルドでは、おそらく我が家のように多少飾り付けをして存在は隠しているだろうね」
(そういえば、冒険者ギルドで限界突破をした時も、ポルコの家で限界突破をした時も、見えたのは魔術陣だけだ。仰々しい装飾で賢者の石を隠していたのか。だとしたら、冒険者ギルドの限界突破の魔術陣の下か何かに隠しているのだろう。ポルコの言葉には「中央に置く」とあった。上か下かは関係ないんだろうな。さほど難しくない魔術公式だ。魔術公式は簡単でも、起動を必要とする媒体は希少という事か)
アズリーは微量の魔力を発する賢者の石を持ち、じっと見つめる。
「我らはその石の事を覚醒石と呼んでいる」
「覚醒石……」
ジュンの説明にアズリーが呟く。
「古の伝説から名前をとったと聞く」
ポチがアズリーを見やる。
長い事生きているアズリーならばその伝説を知っていると思ったからだ。当然アズリーは、ポチの意図こそ理解出来たが、伝説の内容は知らないのか首を横に振った。
するとポルコが空を見つめながら語り始めた。
赤き翼の勇の者 魔王を討つべく旅に出る
幾多の困難山谷超えて 遂に魔王と対峙する
明日をのせるその双肩 終に大地に倒れ伏す
勝ち得た喜び高らかに 魔王の魔力が吹き荒れる
震える魂高らかに 男の雄叫び降り下りる
赤き翼の勇の者 覚者となりて現れる
赤き翼の勇の者 覚者となりて魔王討つ
赤き翼の勇の者 覚者が拳が魔王討つ
「とまぁこんなところか。実際にあった伝説、というよりはおとぎ話に近い伝説だな。言葉は違うかもしれんが、各地で似たような話があると聞く」
「赤き翼…………異種族という事でしょうか、興味深い話ですね。覚者、これも同様に面白い。一度倒れた者が覚醒して再び魔王の前に立つって事なのかな……?」
「翼があるって事はモンスターや獣かもしれませんね!」
物語を考察するアズリーとポチを見て、ポルコとジュンは苦笑する。
「ふふふふ、彼らを待たせていいのかね?」
ポルコの言葉にアズリーはハッとして慌てて席を立った。
「あ、やばいやばい。遅れたら殺されちまうぞ、シロ!」
「それは大変です! マスターが!」
「おまっ!? 自分は関係ないと思いやがって!」
「私はいいんですー! 本当に関係ないですからー!」
目を下に引き伸ばし「あっかんべー」と挑発するポチ。
「にゃろっ! くぬぬぬぬぬぬぬぬっ!」
「いぎぎぎぎぎぎぎーっ!?」
腹を立てたアズリーは、ポチの頬を真横に引っ張る。
この挙動に唖然とするポルコとジュンを背に、二人はぎゃーぎゃーと言い合いながら応接間を出て行く。
「チャッピーの事、宜しくお願い――――いぢぢぢぢっ!?」
「します! あ、マスターの事は任せろって伝――――ひょぉおおおおおおおっ!?」
「えなくていいですから! ブライト様とフェリス様には、ちゃんと宿題をしておくようにと言――――あんっ♪」
「っておいてください! サボったらスタンプの刑ですよスタンプの――――ひゃんっ♪」
扉を抜け、門を過ぎても二人の声はフルブライド家にまで届いた。
扉から消えゆくアズリーとポチの姿を見ながら微笑むポルコ。
「よかったのかね、ジュン殿?」
問いの意味がわからないジュンではなかった、が――――
しばらく黙り込んだジュンは、静かに目を伏せて二人が去った方に背を向けた。
「………………さぁ、何の事でしょう」
その仕草はまるで、見えなくなった姿よりも二人の声に耳を傾けるようだった。
だからこそポルコは静かに、そして小さく鼻息だけを吐き、ジュンの仕草を真似るのだった。
ブルネアの南門。
腕を組み、そこから巨人の通り道を見据えながら赤い牛に跨る女エルフが一人。
外壁に背中を預け、乾いた風に黄金の髪を靡かせる優男が一人。
「約束の時は過ぎたわ。やはり口だけの男だったのか……」
「あれだけの働きをしてそんな事はないだろう。もうちょっと待ってみようよ」
「リーリアと我がいれば問題ない」
「はぁ…………使い魔ってここまで主に似るものなのかねぇ~――んっ?」
赤帝牛に苦言を零したジョルノが、街の北を見つめる。
そんなジョルノの些細な変化に、リーリアと赤帝牛も釣られてしまう。
遠くから聞こえる声、声、声。
街の喧騒ではない。その中にひと際目立つ声と声がぶつかり合っているのだ。
「マスターの馬鹿馬鹿馬鹿! 去り際はカッコよくしようって事で話はまとまったじゃないですか! 何ですか! あのお別れは!」
「それはこっちのセリフだ犬ッコロ! 全てお前が台無しにしたんじゃねーかっ! ポルコ様の顔見たか!? 俺は見てないよ!」
「何でですか!」
「見られなかったんだよ! 微妙な空気過ぎて!」
「それなら私もジュンさんの顔見られませんでしたー! おあいこですー!」
「おまっ!? どうしてそうなるんだよ! 発端はお前じゃないか!」
「おあいこですー!」
「おーし、そんじゃあおあいこって事にしておいてやる! その代わり今夜のご飯は抜きだ!」
「虐待です! それはやめましょう!」
「言ってて俺もそう思ったよ! やめる!」
「おあいこです!」
「おあいこだな! …………あれ?」
首を真横に捻るアズリーを前に、ジョルノは目を細くしながら困った様子で頭を掻く。
「う~ん……アレは似過ぎだよねぇ」
「馬鹿な主と――」
「――馬鹿犬だ」
口を揃えるようにリーリアと赤帝牛が呟く。
再び目指すはソドムの街。
かつて四人で北に向かい辿り着いたその街に、今度は南に針路を向け五人で向かう。
のそりと歩みを始める赤帝牛。そして後ろを追うジョルノ。
その後方から駆けてくるのはアズリーとポチ。
「マスターマスター! ちゃっちゃと魔王をぶっ倒しちゃいましょう!」
「おう、任せたぞ!」
「一緒に! ですっ! 馬鹿マスター!」
「一緒に! だなっ! 犬ッコロ!」
長く腰を落ち着けた安寧の地。
されどブルネアより南は波乱に満ちた苦難の道。
これより、アズリーとポチの魔王討伐の旅が始まる。
これにて七章が幕となります。
ようやく聖戦士全員での魔王討伐への道ですね。
聖戦士編もようやく前編、中編を終える事が出来ました。
これより数日お休み(もしかしたらすぐ載せちゃうかも?)を頂いて、後編に入ります。
いつも読んで頂いてる読者様には本当に感謝感謝です。
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質問、指摘などありましたら答えられる範囲で、応えられる範囲でお返事させて頂きます。
八章もアズリーとポチを宜しくお願い致します。 壱弐参




