◆233 スタンプ
地が割れんばかりの音が轟く。
足音、怒号、気合い、威圧、羽音、その全てが前方より迫る殺意の塊から発せられていた。
ジョルノ率いる聖戦士組は五人、対して正面最奥に立つ漆黒のオーラを纏った悪魔率いるモンスターの数は二万。
聖都レガリアには絶望色濃い悲鳴と恐怖で覆われていた。
絶望の振動と恐怖の振動の狭間で叫ぶ三つの雄叫び。
――左翼。
聖戦士が一人、戦士リーリアは最初にぶち当たったランクSモンスター双黒龍の身体を跳ね飛ばした。
空高く吹き飛ばされた双黒龍の意識は一瞬にて刈り取られ、続くリーリアの攻撃は、ランクAモンスターのキュレム二体の首を剣の面で弾き飛ばした。
「きぃいいいいいいっはっはっはっはっは~っ! 滾る! 身体が熱い! お前ら全員! 今日が命日だっ!」
三日月型に広がるリーリアの口。
目は血走り、腕、肩、首、大腿、脹脛等、身体の見える部分は全て血管が浮き上がり、そして隆起している。
エルフではあるが、およそ人間のソレとは全く違う変態を見せ、リーリアを覆う魔力も深い深い深緑に染まっていく。
叩き、壊し、穿ち、跳ね、落とし、払い、裂き、潰し、握り、千切り、時には噛み付いた。
リーリアの美しいエメラルドグリーンの髪は血の雨で染まり、顔はモンスターすらたじろぐ朱色の狂喜に染まっていた。
「次! 次っ! 次ぃ!! 死ね死ね死ね死ねぇっ!」
踏み砕いた大地は次第に裂け、リーリアにとっては弱いモンスターは、その奈落に吸い込まれて行った。
リーリアの、戦闘の悦故の絶叫。モンスターの、リーリアへの恐怖故の絶叫が辺りを支配する。
周囲にランクB以上のモンスターしか見えなくなった時、リーリアは一旦足を止めた。リーリアの変化にモンスターも足を止め、そして剣を鞘へ納めると、好機と捉えたモンスターが再び進行を始める。
「神の名の下に裁かん。我が心、我が技、我が力、そして我が命の宿命の一太刀――――」
俯き、呟くように放ったリーリアの言葉。
鞘には魔力が集い、そして天からはリーリアだけを照らすように光が注ぐ。
リーリアの腕に力の跡は見えなかった。しかし、いつの間にか腕は振り払われている。
リーリアの眼前にまで迫ったモンスターたちは時が止まったかのように制止してしまった。
――――そして、
「――――魔断ち一閃……」
再び放たれたリーリアの小さな呟きによって、その身体たちは泥のように液化して、大地に吸われていったのだ。
大地には、髪の毛程もない極細の網目のような斬り跡が残るのみ。
一瞬の攻撃により数百のモンスターの命が大地へと還っていった。
先程までとは打って変わったようなリーリアの静かな顔。一息吐いてから再び立ち上がる所作に、未だ無数に残るモンスターたちの動きが止まる。
そしてまた動き出す。静かな顔は悪魔的な笑みへと移行し、身体は土色と青色の光が幾度か発光した。
金剛体、金剛力、金剛心、神速、浮身の発動。
リーリアの顔はまるで快楽に染まるように蕩け、同時に闘気以上の殺意で辺りを満たした。
そんなリーリアを前に、ランクAモンスター人狼の一匹が恐怖に屈したように歯を鳴らし、後ずさりした。そしてリーリアに背を向けた時、その身体は一瞬にして地面にめり込んだ。
人狼の身体が跡形もなくなる程の剛力。それは、人狼を潰した巨大な槍の先にあった。
のそりのそりと前進を始める影。その正体に、リーリアの目が歓喜へ変わり、口が狂喜へと変わった。
五体のオーガキングの前進。その隣には十を超えるオーガクイーン。
「……ひゃへへ……くっくっくっく……あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!! さぁ、パーティーの始まりだよぉ……?」
ニタリと笑みを浮かべたリーリア。
再び駆け、無数の剛槍の中へ飛び込んで行く。
目で捉えられる程の剣圧の火花を背に、五天の霊獣の一角、赤帝牛が吠える。
「グモォオオオオオオオオオッ!!」
姿勢は低く、頭を地に向け、迫るモンスターの正面だけを突き進む。
身体の大きなモンスターは、その腹に巨大な穴を開け、小さく弱いモンスターはその速度に身体の半身を削られた。
リーリアが戦う戦場以上に、モンスターは弾き跳び、そして落下していく。
背後に迫ったモンスターには、強烈な後ろ脚が襲う。荒ぶるような攻撃に見える中、的確に首を狙う。
「モッモッ……モォオオオオオッ!!」
側面からの攻撃も、ポチとの戦闘同様に身体を上手く動かしてかわしている。
それでも間に合わない時は、大きなモンスターを盾に死角を制限するように立ち回っているのだ。
しかし、これだけの戦力を持ちながらも、聖戦士のパーティで唯一戦力の穴があるとするならば、この赤帝牛である。
天獣ではあるが、聖戦士の称号を持たないポチもそうではあるが、アズリーはそういった懸念を踏まえてポチに跨って戦闘へ向かったのだ。
だからこそ、ジョルノは魔王軍の中央を担った。そしてリーリアが左翼を担う事で、聖戦士二人がいつでも赤帝牛の救援へ向かえるようにしたのだ。
二人で戦うアズリーとポチが必然的に右翼になるとわかっていたから。
そして、その気遣いをわからない赤帝牛ではなかった。
だからこそ、赤帝牛は奮起し、全力を出した。
その姿から「救援などいらぬ」と思わせるように。
「はっはっはっは! や~っぱり、あの牛ちゃんはいじっぱりだね~。少しはシロ君を見習ってもいいと思うけど……いや、あれは行き過ぎかもしれない、ねっ!」
聖戦士筆頭、勇者のジョルノが、爽やかな顔でランクSSのモンスター、カオスリザードの首を落とす。
カオスリザード――漆黒の瞳に漆黒の鱗、冒険者が見かけたら一目散に逃げなければならないという不文律。
ランクSSモンスターの中で上位に位置する強敵。
それだけのモンスターを一瞬にして倒す男。それがジョルノである。
アズリーとポチが、ジョルノに出会った時、ジョルノはランクSS最強のモンスター、黄竜を倒していた。
あれから一年以上。アズリーとポチにもあったように、ジョルノやリーリアに成長がないはずがない。
そして二人が常駐するのは魔王軍と戦う最前線であるソドムの街だ。
アズリーが作ったアーティファクト、【禁忌の修練】には及ばないものの、その成長率は、世界最高峰である事には間違いないだろう。
以前アズリーが考察したように、ジョルノの剣の刃先には凝縮された魔力が宿り、それによって高ランクモンスターの体表を突き破る攻撃力を得ている。
更に成長したジョルノは、リーリア同様に金剛体、金剛力、金剛心、神速、浮身を発動している。
アズリーによるオールアップの魔法により、無類の強さを得たジョルノはいつも以上に爽やかに、そしていつも以上に冷静に、モンスターを斬り、その命を消していった。
「うーん、それにしてもポーアさんたちのあの成長には驚いたな~……最初見た時は、ホント取るに足らない人間だと思っていたけど、僕が見誤るとは思わなかったっ。反省反省っと!」
身体を捻り、宙を舞う勇者ジョルノ。
腕を震わせ、特殊技の高周波ブレイドを発動させ、その剣撃を飛ばした。
リナたちがいる時代にこの技術を扱える人間は存在しない。千剣万化のチャーリーとてそれは不可能だ。
限界突破のない世界故、保有MPが限られるあの時代では、出来る事は非常に少ない。
あったとしても、無数の強力なモンスターがはびこるこの時代と、魔王の胎動期が始まっていないあの時代とでは、経験値以外の戦闘経験にも大きな開きがあるからだ。
「それにあのシロ君…………なにやら存在自体が変わったような、そんな感じがするんだよなぁ~」
ジョルノの目が薄く、そして鋭くなってポチを捉える。
黄金の瞳の中でアズリーを背に乗せるポチは、わちゃわちゃと動き、走り回り、立ち上がり、涙を流しながらアズリーを困らせていた。
「おい!? 何でそっち行くんだよ! 長年のコンビネーションはどこ行った!? それとさっきの気合いも!」
「あれはマスターにのせられてあげただけですー! 無理ですもんこんな数! あ、そっちお願いします!」
「俺だって早く帰ってクローゼットの中で縮こまりたいわ! はい、そこでブレス!」
「ガァアアアアアアアッ! うわ! 聖戦士としてそれはどうかと思いますよ!? ジョルノさんを見習ってください! もうあんなにやっつけちゃってるんですから! あ、夕飯はトロピカル猫まんま十杯ですからね! 忘れないでくださいね! ガブッ!」
「いつそんな約束したよ!? 一杯を三日って話だったろうが! ポチ・パッド・ボム!」
「大丈夫ですよきっと王様がご馳走してくれるはずです! とびきり美味しいやつ! ポチ・パッド・スタ~~~ンプッ!」
「おま……この戦いの中そんな事考えてたのかよ! つーか何だそのポチ・パッド・スタンプってのは!? ただの肉球スタンプだろうが! ほい、フウァールウィンド!」
「それ以外に何を目的に頑張ればいいんですか! あ、いいでしょう、これ! マスターの魔法の名前から拝借して作ったんです! エアクロウッ!」
「自分の名前から拝借したって言えばいいだろうがっ! あれっ? いつの間にか戦闘が円滑にっ!? 筋肉パンチ!」
「アハハハハ~ッ! このポチ様の手にかかれば、マスターの動きに合わせるなんて楽勝です! 楽、勝っ!」
「今まで集中してなかっただけだろう、がっ!!」
「うるさいですよ馬鹿マスターッ!!」
「どの口が言うかこの犬ッコロ!!」
歴史に名を残すような魔王軍との大規模戦闘。
激しい剣圧が轟き、衝突音や絶叫が響き渡るのは左翼なれど、一番賑やかなのは、この右翼が中心である。
おかしい、殺伐とならない……。




