228 皇后陛下
俺は仕方なく風魔法を使い空気の入れ替えをし、光源魔法を使い部屋を明るくし、ポチを聖十結界に閉じ込めた。
「…………何かおかしいです!?」
檻の中で囚人の如く叫ぶポチ。
「仕方ないだろう。皇后陛下がここを出るまで我慢してくれ」
「交渉は?」
「……トロピカル猫まんま三日と、その期間、糖の摂取を無制限で許可しよう」
「塩分摂取の無制限許可と百ゴルド以上の高級料理を注文させてください」
一万ゴルドあれば魔法大学に入学出来るっていうのに、何を贅沢な……!
まぁ、この先ポルコからのお給料もドンと入ってくるだろうし、三日くらいならありか。
古代とはいえ使い魔杯の決勝まできたんだ。多少のご褒美も必要だろう。
「交渉成立だ」
「快適な結界空間ですー!」
一度万歳をし、笑顔でお座りに入ったポチを後目に、俺はそそくさと皇后の方へ振り返った。
「終わったかえ?」
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「よい。じゃがまだ足りぬな……?」
目を細くした皇后はその瞳をベンチの方へと流した。
なるほど、確かに立たせておくのはまずいな。俺は出したい溜め息を堪え、肩と首元にあるマントの留め金を外す。
外したマントをベンチの上に置き、そして地に垂らした。
何も言わぬ皇后が口の端を少しだけ上げると、ゆっくりと、そして優雅に腰を下ろした。
流石だな、そんじょそこらの女性とは座り方一つとっても気品がまるで違う。
皇后……か。アイリーンとは全く違う人生を送ってきた老齢の女性か。
女としてのスキルが高そうだな。いやはや、俺の苦手なタイプだ。
「ふぅ、楽にせい」
「はい」
皇后にそう言われ、俺は正していた姿勢を休ませ、手を後ろで組んだ。
「おや? その年で子持ちかえ? 苦労するじゃろう?」
おっと、そういえばレオンが丸見えだったが、大丈夫なのだろうか?
ポルコもそこは気にしていなかったし、それは大丈夫なのか。
そもそも皇后がレオンの顔を知っていたら俺たちを使い魔杯には出さないか。
「えぇ。しかし物分かりのいい子なので、こちらが助けられています」
「ふん。赤子の泣き声など口に綿でも詰めておけばよいのだ」
ダメです。
まったく、自分がそうされた事がないからそう言え――――
「少なくとも余はそう育った」
された事があるのか。
なるほど、この人の半生が少し見えてきたな。
仕方ない。少し反論する形になるが、言っておくべきか。
「綿は……詰めちゃダメだと思いますよ。その時の赤ちゃんの要望を汲み取ってあげるといいです」
「へぇ、余に刃向かうかえ? 短命が好みとあらば叶えてやってもよいのじゃぞ?」
焦る必要はない。自分のペースを出す事がダメなんだ。
皇后のペースにさえ合わせればこの場は持つはず。
俺はそう思い、ゆっくりと首を振る。
「そんなつもりは毛頭ございません」
「ふん、同じ事。夫の唾付きならば尚更な」
……まぁアダムス家とフルブライド家の両当主が来ていたら気付くよな。
さて、そこまでわかっていて皇后がここから出ていかないのには理由がある。
当然――――
「じゃが、そんな話はどうでもよい。そなた、ポーアとかいったのう。余に仕える気はあるかえ?」
単刀直入だな。しかし予想は当たった。
俺の勧誘。皇后に戦闘能力がなくてもあの準決勝は、ポチの強さを肌で感じる事が出来ただろう。
ポチという使い魔の戦力が欲しいのならば、口説くのはその主。
実際使い魔杯の出場者には毎年、色んな職場からスカウトが来るって書物で読んだ事があったしな。
まぁ、今回は皇后が直接来た訳だが……さて、どう逃げよう?
「身に余る光栄にはございますが、私は冒険者の身。冒険者は自由を愛します」
とりあえず当たり障りないように答えてしまったが…………流石皇后だなポーカーフェイスもばっちりだ。
何を考えているのか全くわからない。
先程感情を出しまくっていたのは自己演出なのかもしれない。
「そなた、自分の立場というものがわかっていてそう言うのかえ? 余の一声でその短い命を摘む事が出来るのじゃぞ?」
これは警告……だな。
たとえ俺たちがそれを怖がらなくても、この国で生きる事が出来なくなるに等しい。
逃げたとしても、ひとたび手配書が出回れば、どんな店も宿も冒険者ギルドも使えなくなる。
まぁ俺の場合は幻術魔法があるから大丈夫なんだが、皇后はそれを知らないしな。
他国ならば生きる事が出来るし、これを脅しととらない方がいい。
皇后は自分で自分の選択肢を少なくしているだけなんだ。ここは強気でいった方がいいかな。
「こう見えてもそれなりに長生きはしております。それに――」
「ん?」
「皇后陛下が仰られた通り、私、唾塗れにございます」
おー、怖い目だ。ここで完全に俺は敵になったな。
聖帝との繋がりを公言してしまった事で、皇后の勘を確信にしてしまったのだから。
「…………そのふざけた言葉。余に笑えと言っているように聞こえるが?」
「世界が笑いで包まれたら、それは素晴らしい世界となるでしょう」
「嬲るか小僧……っ」
おー、怖。
しかしここは敵対心を煽った方がいい。
俺を勧誘しに来たという事は、それだけ皇后派の戦力が落ちてきているという事。
しかも、来たのは皇后本人。他を頼れないか、頼っていた人物が離れてしまった……そう考えるのが妥当だろう。
それだけ切羽詰まっているのならば、煽ってしまった方が皇后派の次の行動を読みやすい。
「嬲ってなどおりません……」
「……っ!?」
「本心でございます」
精一杯笑顔を作り、部屋全体に充満するような魔力を放出する。
おそらく皇后は今、この魔力を浴び、息苦しさと悪寒が止まらないだろう。
現に俯いてしまって、唇を噛んで堪えている。
「……やめい」
その言葉を受け、俺は放出していた魔力を止める。やっぱり腐っても皇后か。
顔を上げた時には既に平静を装っていた。顔には出さず、毅然とした表情と言葉。
「ふ、ふふふ――」
「ぇ?」
「ふっふっふっふっふ、あーっはっはっはっはっ!」
突然皇后は人前だというのに大口を開けて笑って見せた。
俺もポチもキョトンとしてしまったのは言うまでもないだろう。
そして、数秒の笑い声がピタリと止まる。一瞬にしてしんとなる室内に不気味さを覚える程だ。
「あの……」
堪えきれなかった俺は、皇后に声を掛ける。
すると皇后は、来た時と同じ仮面をかぶったような表情で言った。
「そなたの言う通りじゃ」
「え?」
「笑いで世界が平和になるのであれば、それは素晴らしき事」
またまた、心にもない事を。
「久々に大声で笑わせてもらった。良き出会いを神に感謝せねばならぬな」
……そういう事か。
「良い話を馳走になった。たまの陣中見舞いも悪くないものよな」
そう言って皇后はスッとその場を立ち、扉まで静かに歩いて行った。
扉の前で止まった皇后の脇から、扉を開けた俺に、皇后は小さな声で囁いた。
「決勝、せいぜい励むがよい」
俺は目礼で返答し、皇后の後ろ姿を通路から見えなくなるまで見送った。
パタンと扉を閉めた俺に、キョトンとしたままのポチが聖十結界の中から質問してきた。
「あの人、何であんな大笑いしてたんです?」
「あぁ、あれな。全部笑い話にしちまったんだよ。ちょっと裏目に出たな~」
「ん? ん? どういう事ですか?」
「皇后様の勧誘は最初聞いた時マジな話だったろう?」
ポチはうんうんと首を縦に振る。
「その勧誘を俺はあしらった。煽るようにしてな」
「はい」
「そこまではよかった。しかし俺が煽った事で皇后はその煽りをマジにとらず、冗談だったと受け取ったんだよ。だから笑ったんだ」
「冗談として受け取ると、何で笑っちゃうんです?」
「問題は笑った事じゃなく、冗談として受け取る事で、『先の勧誘も余の冗談だった』としたんだよ。強制的にな」
俺の言葉の意味にようやく気付いたのか、ポチは肉球をぽんと叩いた。
「なるほどっ。勧誘はなかった。雑談をしただけ。ただの陣中見舞いだった。そうなってしまった訳ですねっ?」
「怒気を引っ込めて煽るのも失敗。しかし皇后様は俺たちの情報を得た。何もしていないようでしっかり収獲はしていったみたいだな。想像以上に手ごわいよ、あの人」
「はぁ~~~…………」
感心するような声を漏らすポチを前に、俺も似たような声を出す。
流石、一国の皇后陛下ともなると一筋縄ではいかない……か。




