227 親玉
ご機嫌殺しという異名を持つ巨大な猪は、のっそのっそと歩を進め、俺たちの前に立ちふさがった。
その影でポチの身体は更に黒く染まり……ポチは嬉しそうだ。
「見てくださいマスター! 真っ黒ですよ真っ黒ー!」
あの飴玉、本当によく効いたな。
まぁ、実際にはただの飴玉だが、ポチの性格故か信じ込ませるのは訳なかったな。
さて、見たところキング・ハッピーキラーのレベルは百八十。名前はブルか。そうだったな、確かそんな名前だった。
種族特性を考えてもポチが油断をすれば負けてしまうような相手だ。
実力としてはランクSSのモンスター、キング・ハッピーキラー。
そいつらをも屠る天獣の特性を持ったポチ。
この大一番、特等席で見られるのはマスターの特権だな。まぁ――――
「始めっ!!」
「マスター、ご指示を!」
今回は俺も協力しなくちゃいけないんだけどな。
「シロ、巨大化だ!」
「ぬかぁっ!」
おぉおぉ、気合いが入っとるな。
しかし、ポチが巨大化してもまだブルの方が大きいな。
ここは速度を使ってかき回すしかない、か。
「神速と浮身! かき回しつつ剛力と剛体で身体強化!」
「もう一回言ってください!」
「……神速、浮身、剛力、剛体だ!」
オールアップの魔法には届かないが、これでポチの能力を底上げできる。
「ふん!」
ブルの気合いと共に放出された殺気に、ポチが距離をとる。
あの淡い土色の光は……金剛力と金剛体か。
速くはなさそうだが、相当硬そうだな、ここはもう一つ用心しておくか。
「ブル~、狙い定めてやっちゃいなー」
気の抜けるようなトゥースの声援……なのか?
「笑止っ!」
「わ、わぁああああああああですー!?」
一瞬の攻撃。
ブルは先程の赤帝牛のようにポチの着地点を狙って強烈な突進を見せた。
咄嗟にブレスを吐いて着地の軌道を変えたが、ポチの判断が遅かったら危なかったかもしれない。
攻撃力も高そうだしな。長期戦は神経も削れるし、元々身体の小さなポチには向かないだろう。
「シロ! 出来るな!?」
「とーれんれる!」
バルン戦の時に見せた口内宙図。
ポチの舌が踊るように動き、何故か寄り目になる不思議な魔法式。
まぁ、集中していたらしょうがないか。
「うわぁ……使い魔が魔法を使ってるよ…………」
観客席からの動揺、そして対面にいるトゥースからも驚きの声が聞こえる。
どうやらブルも驚いてくれたようだな。
「れれれおれ! テンションアップ&スピードアップ!」
凄い掛け声だ。これによりポチの速度が…………速い!
俺でも捉えるのが困難な程だ。
よし、ブルにはこの速度は追えないようだな。
「ぐっ」
ポチは地を這うように跳び回り、ブルの後ろ脚を噛み、風のように裂いていく。
やはり身体を覆う肉が分厚いようで、攻撃自体はそこまで通る訳じゃないようだな。
だが、それも時間の問題か。
「れれれおれ! パワーアップ&タイトルアップ!」
ポチが出来得る限りの能力上昇を完了する。
……大変だ。称号の能力強化のせいで、もう俺の目にも見えない。
オールアップを使えば見る事が出来るんだろうが、マスターである俺がここで魔法を使えば不正を疑われてしまうからな。残念だ、使いたいけど使えない。
しょうがない少し離れるか。
数歩後ろに下がると、ポチの影のような糸のような動きがようやく捉えられた。
ブルは攻撃を受ける度に反応こそしているが、ポチの攻撃に対する反撃を持ち合わせていないようだ。
トゥースにも何が起こっているのかわかってないようだ。
地力だけで勝てると思ってはいたが、まさかここまでポチが強いとは思わなかった。
アイツ、もしかしてビビってたのは自己演出なのだろうか?
……いや、そうじゃないよな。アイツが怖がりなのは昔っからだ。
「ぐぉ……!」
首元に致命傷が入った。
何度も何度も攻撃していた甲斐があったな。
既に満身創痍のブルは、ようやく膝を突いて縮こまるように防御態勢に入った。
「参った! こっちの負けだ!」
「よし!」
トゥースの降参に拳を握った俺。
この時代、やはり魔法が使えるってのは大きなアドバンテージとなるな。
皆そういった考えにはいきつかないし、そもそも使い魔が知識を吸収する時間としては、人間の寿命は短すぎる……か。
俺とポチ……いや、俺とポチ、そしてトゥースとブルだけに与えられた特権か。
それにしても、これだけの大敗を喫してトゥースは俺の事を覚えてなかったのか?
出会った時はヒョロヒョロだったかもしれない俺も、トゥースの傍でこんな身体になったんだが……はて?
もしかして思い出すのさえ面倒臭かったのだろうか?
……むぅ、トゥースだしな。それはあり得るか。
「ま、ますたぁ~……目が~目が回ります~……」
コテンと俺の前に突っ伏した我が使い魔。
もしかしてコイツ…………この時代で最強の使い魔なのでは?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はははは、参ったね、本当に。この私が姿を捉えられないとは思わなかったよシロ君?」
「あはははは! 私も身体に馴染ませるのがいっぱいいっぱいでした!」
「凄いですシロさん! シロさんは一体どうやってあれ程の強さを……!」
「それはですね……内緒です! アハハハハハッ!」
準決勝が終わった後、二時間の休憩が選手のために設けられている。
その休憩時間の際、選手の控え室を訪れたのは、やはりこの人たちだった。
「勝てるかね、リーリア殿に?」
「……どうです、マスター?」
首をかたりと傾けてポチが聞いてくる。
まったく、俺に言われないと不安なのだろうか?
「さっきの状態までもっていく事が出来たら……かな」
「初動が大事という事ですね?」
「そうですブライト様」
しかし、あの赤帝牛を前にそれ程の余裕が出来るかどうかだよな。
ポチだけで、あの赤帝牛を……。
「マスター、どうしたんですかぁ?」
サングラスを下に傾けてそこから目を見せたポチは、俺の膝に前脚を引っ掻けて覗き込んできた。
「お前、決勝戦もサングラス付けて戦うのか?」
「いえ。なのでマスターがしっかり預かっておいてください」
え、いらない。
「そういえばお二人は聖帝様にお会い出来たようですね、いかがでしたか? 直に国のトップに会った気分は?」
「ふん、少しだけ、緊張したわ」
へぇ、フェリス嬢もあの威圧感の前では緊張するのか。
そうだよな。今まで聞いたり知ってきた色んな前情報があれば、そりゃ圧倒もされるか。
「ブライト様はいかがでしたか?」
「えぇ、凄いお方でした。自然と頭が垂れ、しかし清々しい気持ちにさせてくれる。そんな方でした」
ブライト少年でもそうか。
これが年を重ねるごとに違った感想になっていくのかと思うと、時ってのは残酷なものだよなぁ。
それにしてもブライト少年のこの言を聞くと、レオンには相当高いハードルがあるように感じるな。
「ぅー?」
「いいえ? 元気に育ってくれればいいと思いますよー?」
「え? 何か言いましたか、師匠?」
「あ、いえ――――」
俺がそんな慌てたそぶりを見せた時、控え室の扉が開く。
はて? これ以上俺たちに会いに来る人物がいるのか?
ブライト少年の質問を誤魔化すようにそちら側へ顔を覗かせると、そこには意外や意外。ここにいる全員が驚く相手が立っていた。
「こ、皇后陛下……!」
ポルコが上ずった声を出した。あまり聞いた事のない声だった。
振り返った瞬間に立ち上がったポルコとジュン。
意識が追いついたブライト少年とフェリス嬢が跪く。
ポチは雨でもしのぐかのように俺の股下へ入って来た。お前はブライト少年か。
「このようなところへお出でになるとは思いませんでした……」
「お出でになるのであればお迎えにあがりましたものを……」
腰を折り、頭を低くしてポルコが言う。そしてジュンが続く。
どうやらザッツ皇子は来ていないようだが、何故皇后がこんなところに来るんだ?
あ、何か嫌そうな顔したな。
もしかして皇后はアダムス家とフルブライド家がここにいる事を知らなかった?
いや、俺は両家の下男という事で参加しているから、そんな事はないような……いや、そんな事まで皇后は見ないかもしれないな。
「準決勝で活躍し、決勝に進んだ優秀な魔法士の陣中見舞いに来る事が……それほどおかしいかえ?」
低く、しかし艶のある声。
言葉の中にある敵意が、掻き消されるような声だ。
そう、俺は確かに感じた。皇后の言葉の中にある嫌な感情を。
当人たちは勿論、ブライト少年やフェリス嬢も気付いているだろう。
明らかに両家の者を煙たがっている。さて、ここはどうするべきか。ポルコの様子でも――――え?
「やはりそうでしたか。はははは。私たちの陣中見舞いは今終わったところです。皇后陛下のお邪魔をしては申し訳がないので、私たちはこれにて。さぁジュン殿、二人共そろそろ来賓席に戻らないとな。ははははは。では、皇后陛下、ごゆっくりと。はははははは――――」
あ、いや、パタンって扉が閉まった……ぞ?
「逃げましたね」
「逃げたな」
小声でやりとりした俺たちの乾いた声。
「ほんに、小バエのようにブンブンと泣きよる」
今すんごい事口走ったな、この人。
「それにしても、余が目の前にいるというにも関わらず、ひれ伏さない人間には初めて会いましたぞ?」
おっと、完全に忘れてた。
聖帝と違ってそんな覇気はなかったからな。
「じゃが、馬鹿は嫌いじゃないぞ」
愚者の称号にまた杭が刺し込まれた気がする。
「これは失礼をしました。このようなところへお出でになると知っていれば、何かご用意しましたが……ど、どうやら不十分だったようです」
「埃っぽい。暗い。それに獣臭い」
あ、最後のはポチのせいだ。
「余は息を吸うのも嫌じゃ。早う何とかせい」
トゥースじゃなくてもこう思う。
何この人、面倒臭い。




