226 ご機嫌殺し
「うぉ……これは凄いな…………」
「えー!? 何ですか、マスター!?」
「凄いって! 言ったんだよ!」
「大丈夫です! 私、本気を出すともっと凄いですから!」
何のこっちゃ。
俺たちがこれだけ大きな声で会話をするのには訳がある。
コロシアムの観客席が、客で覆い尽くされているのだ。
来賓席の中央には聖帝、アダムス家の二人、フルブライド家の二人が腰を下ろしている。
もしかして両家の今回の一番の目的は、ブライト少年とフェリス嬢を聖帝に会わせる事にあったんじゃないか?
フェリス嬢はともかく、ブライト少年はカチコチに固まっている。
あーいうところだけ見れば可愛い子供なのに、残念な。
えーっと、あれが聖帝って事は、おそらくあそこにいるキツそうな淑女が皇后イディア。
老齢に近づいてはいるが、聖帝ハドルとはかなり歳が離れているな。おそらく政略結婚の末、若い妃を迎えたという事だろう。
なるほどなるほど、腹にどす黒いものを抱えているような顔つきだ。
そうは思っても…………元気だなあの聖帝。まぁ、聖帝という国を象徴するような重要な身分だ。元気じゃなくても子孫を残さなくちゃいけないっていう使命というか、宿命みたいなものがあるのだろう。
それで、その隣にいるのが、皇子のザッツか。
………………身長より横幅の方が長いのではないだろうか?
何だあれは、ここからでもわかる程手がべたべたと光っている。チキンか何か食ってるのだろうか。
イディアの教育方針がわからんが、相当甘やかされて育ってきたのだろう。
「美味しそうですね!」
「どっちが?」
「チキンに決まってるでしょう! 私は人間に興味はありません! それにしても、もう少しどうにかならなかったんですかねぇ……」
「この時代、教育は女の仕事と決まっているからな。聖帝様と皇后とてそれは同じって事だろうな。『教育は女の政』って言葉もあるくらいだ。聖帝も足を踏み入れる事は出来なかったんだろう」
そんな俺の考察を聞いていたポチが、キョトンとした表情で俺を見てきた。
何だろう。何か言いたげな様子だ。
何だ? レオンを前脚で差し、次に俺を前脚で差した。
「いや、別に俺はいいんだよ。そういった仕事なんだから」
「ベビーシッターのお仕事でしたっけ? 私たちの仕事?」
「はて? どうだったかね?」
俺とポチが首を捻らせ、頭を捻らせている頃、最初に戦うリーリアと赤帝牛が対面の門から現れた。
観客のボルテージは一気に上がり、その熱気は選手であるポチが耳を塞ぐ程だ。
そして俺はその塞いでる前脚をどけてやる。
「んにゃぁああああああああっ!?」
猫みたいな声出したな、この犬ッコロ。
「何するんですか、マスターッ!」
「今の内から慣れておかないと、お前が戦う時に前脚が塞がっちまうだろ?」
「前脚無しでも勝ってみせますよ!」
「凄い自信だが、そういう事じゃねぇよっ!」
ガミガミと言い合っている間に、審判の声が俺たちに届いた。
始まったか。
審判は拡声魔法を使ってるのか。古代なだけあってその効力こそ弱いが、しっかりと届いてるあたり、審判の力量が窺えるな。
リーリアは腕を組んだまま動かずにいる。
赤帝牛もただただ突っ立っている。まぁ、相手が萎縮してしまっているし、それも仕方ないか。
今回の相手はランクAモンスターの陸戦型の竜、スピナクルザウルス。いつぞやオーガキングを倒した時に使った超酸の材料の一つ、その酸を身体に持つモンスターだ。
身体は土のような体表で覆われて、低く身体を構えたような猛獣のような姿勢。
見た感じ非常に恐ろしい形相だ。あの巨大な口に飛び込みたくはないな。
むぅ、酸の採取をしたいものだが、そうはいかないんだろうな。
ダラスの話だと、これより四千年程したら絶滅してしまうって事だが、やはりこの時代にはいたか。
昨日もそうだったが、やはりというか何というか、竜族のモンスターを使い魔とするマスターが多いみたいだな。
全てにおいて優秀だというのはわかるが、現代だと色々変わってそうだなぁ。
さて、そんな恐ろしい形相をしたスピナクルザウルスが、赤帝牛を前に動く事が出来ないでいる。
痺れを切らしたのか、リーリアは溜め息を吐いたように見えた。
そして、手を前に掲げ――――、
「潰せ」
こわっ!
俺もポチもぶるりと震え、抱き合ってしまう程だ。
そんな恐ろしいリーリアの声が俺たちに届いた瞬間、赤帝牛の突進は風を切った。
巨大な衝突音が聞こえた時、勝負は決まっていた。
空から赤帝牛の背に落ちてくるスピナクルザウルス。
跨る訳ではない。その背に横たわる巨大なスピナクルザウルスの身体を前に、観客たちの凄まじい声援がピタリと止まった。
「……見えたか、ポチ?」
「ギリギリ。衝突の瞬間にあの大きな角でスピナクルザウルスをかち上げ、空高く、たかいたかいです」
たかいたかいは余計だったが、正にその通り。
見えたと言うなら戦闘自体は見られるものにはなる……か?
「勝負あり!」
まぁ、何にしても、これからポチが倒さなくちゃいけないのは、極度の面倒臭がり屋、トゥースさんの使い魔なのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
思いがけない進行速度でリーリアが勝負を決めてしまったため、次の試合までは二十分程の時間が出来た。
「ほーら、レオールちゃーん。あれがレオールちゃんのお肉――じゃなかった。お兄ちゃんですよ~」
たかいたかいをしながら何を間違えているんだ、コイツは。
「ポチ、レオンを構ってくれるのは有難いが、大丈夫なのか?」
「何言ってるんですか! 何年マスターの使い魔をやってると思ってるんですか!」
ほぉ、やっぱり――――
「――――怖いに決まってるでしょう!」
知ってた。
「怖いからレオールの可愛いお顔を見て癒されているんです!」
言い切ったな。
「後ろ脚は正直だな」
「そうなんですよ! さっきからカクカクカクカクと震えが止まらないんです!」
「……はぁ、ったく。しょうがねぇな。ほれ、これやるから飲んでおけ」
「……飴? むきー! 飴なんかに釣られて震えが止まれば苦労はしないですよぉおおお! 美味しいですー! 黒飴ちゃんですー!」
舐めはするんだな。
「心配すんな。それには俺が作った特殊な薬が入ってる。気持ちが落ち着くハーブをふんだんに配合した黒飴だよ。食事と変わらないから大会規定にも引っかからない。どうだ?」
「おぉっ? ……お? おぉっ。おぉおおおっ! おおおっ!? 凄いですー! 震えがピタって止まりましたー!?」
凄い効き目だな。
「ハーブとか混ぜてるなら癖の強そうな味になりそうですけど、ちゃんと甘くて濃厚な味を保つとは……」
「ふ、ふふん。俺様の錬金術もそこまでの域に達したという事だろうな」
「流石マスターですー!」
「おい、頭に乗るな! 重い、重いんだってばっ! ったくっ!」
「ポーアとその使い魔シロ、出番だぞ!」
使い魔杯の大会係員の呼び出しを聞いた俺たち。
ポチの顔はみるみる内に引き締まり、そしてレオンを俺に渡した。
ちゃんと最後までベビーキャリアの紐を留めるところまでやるのは、真面目な性格故か。
なんとも恰好悪く、ポチらしい。
「マスター、やはりあの方」
「あぁ、俺たちの知るトゥースで間違いないようだな」
見据えたのは対面の入場門。
わざわざ控え室から持って来たのか、トゥースは椅子に座って寄りかかっている。
トゥースの下で鍛えた二年間。俺たちは極東の賢者が使役する使い魔に興味を持った事があった。
一度だけ見せてもらったトゥースの使い魔。
それは人の感情を見破る特性を持った獣のようなモンスター。
幸せな人間を見分け、そして狩るという不吉なモンスター。
それはご機嫌な朝にやって来る恐怖の大王。
幸せこそ敵。幸せこそ主食と言い切るようなその態度は、俺とポチの心を一瞥した。
幸せを嗅ぎ分ける巨大な鼻、赤帝牛に負けない鋭い角。特定の人間しか襲わないため、ランクSに位置付けられてはいるが、その実力はランクSS以上とも言われている無敵の猪。
――――キング・ハッピーキラー。




