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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第一章 ~魔法大学編~

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021 忙しい日々

 ―― 午後六時 西棟 アズリーの部屋前 ――


「まったく、危うく吐いちゃうところでしたよ!」

「俺が不幸な目に遭ってたのに、幸せそうな表情をしているお前が悪い!」

「え、マスターは不幸じゃなくて不憫ですよ!」

「そこじゃねぇよ!」


 俺とポチはいつものように互いを罵り合いながら部屋まで戻って来た。

 扉を開けると、そこにはバラードの姿があった。


「あり、何やってるんだ、バラード?」

「申し訳ごじゃいましぇんアジュリーしゃま、透明化の時間を読み違えてしまいましゅた。ギリギリここまでは来れたのでしゅが……うぇ……うぇえええっ」

「あー、そう言う事か。ほれ、泣くな泣くな、ちゃんと帰れるようにしてやるから」


 このバラードは、あのバラッドドラゴンの卵から孵った仔竜だ。

 といっても、しばらくリナの部屋に居候したポチが温め、孵化したのは夜中近く、立ち会う事は出来なかった。産まれた瞬間リナを見る事に成功し、刷り込みも問題無かったそうだ。

 ポチを見るんじゃないか、という危惧もあったが、別段人格のあるポチであれば問題なかった。

 産まれたのが入学式前々日、という事もあり、早朝リナに念話で起こされた時、「パパになってください」という言葉は、俺を眠気から覚醒させるだけの威力を持っていた。


 決死の覚悟でリナの部屋に忍び込み、爆睡するポチを横目に、第二の刷り込みを俺にしたリナの判断は的確かもしれない。

 ポチを叩き起こし、名付け親という事でポチに名前を決めさせた。バラッドからの変換で《バラード》という安直な名前になってしまったが、リナは大いに喜んでいた。

 その後ポチを回収し、基本的な世話はリナに任せている。

 バラードの成長は、異常な程早かった。

 リナの話によると、すぐに人語を解し、その日の内に飛び始め、種族の違いと、実の親の死を理解した。

 その上で、バラードはリナと共に生きる事を望んだ。リナの優しい言葉が、気持ちが卵の殻を通してバラードに伝わっていたのだと思う。

 入学式当日の夜、バラードの希望により、リナとバラードは使い魔の契約を行った。本来、ある程度の魔力が必要な契約であるが、マジックシフトを使ってそれは成功した。

 本当はリナにそれが可能なレベルになってからと思っていたのだが、早い内の契約が望ましいというのが俺の最終判断だった。

 その翌日、リナとバラードの注文により、限定的不可視の魔法陣をリナの部屋に設置し、短い時間ではあるが外出を可能にしたのだが……本日初失敗、というところだろう。


 しかし、泣き虫な所はマスターにそっくりだな。


「うぅっ、ほ、本当でしゅかー?」

「おう、この部屋にも魔法陣描いてやるから……しっかし、バラード、お前どうやって入って来たんだ? 戸締りはして出てったはずだけど? ポチ、ちゃんと鍵掛けたろ?」

「はい、当然ですよ」

「竜(じょく)潜在(しぇんじゃい)的な空間干渉魔法が使えるのでしゅ」

「あー、前にワイバーンと戦った時……そういえば金縛りをくらった事があったな。そういう類の能力か」

「魔法陣を使わないので超能力、と言うのが正しいかもしれないでしゅね」


 生後六日程の赤ん坊が話す内容じゃない気がするが……それほど賢いという事か。


「――っと、これでいいだろう。乗ってごらん?」

「はいでしゅ…………消えましたか?」

「いや、俺達には見える仕様だから見えてるけど、しっかりと発動してるぞ。ほれ、鏡にはちゃんと映ってないだろ?」

「うきゃー、本当でしゅね! アジュリーしゃま、ありがとうごじゃいましたー!」


 さっきまで泣いてたのが嘘のようだが、バラードはすぐに明るい表情で窓を開けて去って行った。


「マスターマスター」

「ん? どうしたポチ?」

「うきゃー、本当でしゅね! ……どうです、可愛いでしょう!?」

「…………」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― 午後九時半 ベイラネーア南 街道沿い ――


「ったく、手伝わない癖に何で付いて来るんですか?」

「いいじゃない、アズリーのそのファイアがあれば、大抵のモンスターはイチコロよ」

「答えになってないし……お、ファイア!」

「グァアアッ!」


 遠方に発見した筋肉の怪物、オーガを仕留め、俺の脳内にレベルアップを告げる鐘の音が流れた。

 久しぶりに上がったな。

 まだ脳内で鐘の音が流れている中、俺は仕事の依頼書を確認した。それを隣からアイリーンが覗いてくる。


「ふーん、今のオーガでこの依頼は完了ね。後は何が残ってるのかしら?」

「後オーガ六体ですよ」

「何、全部オーガの依頼書なのっ?」

「なーんか最近多いんですよね。ここら辺……この前なんてオーガファイターを発見しましたよ」

「ランクBのオーガファイター……倒せたの?」

「えぇ勿論。だけど、鬼族は稀に集団行動するので、注意しておいた方がいいかもしれませんね」

「……待って。そんな論文発表されたかしら?」


 しまった。俺の《鬼族解体新書》は世間に発表してなかった。


「だ、だって発表してないですもん」

「アズリーが発見したの? 一つの種族を数ヶ月から一年は観測しなくては無理なはずだけど?」

「じゃあ正確な答えはわかりませんね。たまたま二、三回見かけただけですから」

「ふーん……それより、そろそろじゃないの? ランクBになれそうとか言ってたわよね?」

「今夜結果が出ると思いますよ」


 ランクの昇格審査というものがある。

 一般的にランクCまでは依頼をこなした数で決まるが、ランクB以上はそれ以外に筆記の試験というのが存在する。

 昨日その数をクリアしたので、ダンカンからのお達しがあったのだ。その流れでそのまま試験を受け、おそらく今頃、もしくは深夜までには結果が出るだろう。

 ランクCになればベテランの冒険者、Bになれば一流の冒険者……Aにでもなれば超一流。それこそ、発見されたダンジョンの探索依頼なんかも受けられる。


「ランクBになったら国からの依頼や、大学からの依頼も受けられるし、その報酬額も桁違いよ。一回で一万ゴルドなんて依頼もあるでしょうね」

「だから目指してるんですよ。そうすれば体を酷使しなくても済みますからね」

「まあ学生自治会もあるし、こっちもあるし、そして魔法大学もあるから……そりゃ大変ね」

「まあ大学は卒業出来ればいいので、別にどうという事はないです」

「そりゃ(ひが)みの対象になるわね」


 昔と変わった事。それは、魔法大学は必要な講義を全て受け、単位さえとれれば順当に学年が上がり、卒業が可能だという事だ。なんでも八回の試験で不合格になる人数が多かった為、撤廃されたのだとか。俺もこの時代に生まれていれば……いや、そしたらポチにもリナにもバラードにも会えなかっただろう。

 それにリードやライアン達も……。


 あれからライアンとは何回か連絡を取っている。勿論、ライアンには魔法や魔術が使えない為、俺からの念話しか出来ないが、二週間に一回程の定期連絡を入れるようにしている。

 リナの大学入りが決まった時は本当に喜んでいた。

 フォールタウンの世間での認知を、周りには知らせていないそうだ。一体どうしてそうなってしまったのかは未だにわからないが、何かしら原因があるのだと考えるべきだろう。

 そういった意味では学生自治会入りは悪い事ではないだろう。

 それに、最終目的の《使い魔杯》と《魔王の懐》についても必要になる項目かもしれないからな。


 魔法大学に向かい始めてから《使い魔杯》の話については聞いた事がある。

 なんでも、王都レガリアで数年に一度開かれるお祭りだという話だ。参加資格は冒険者ランクA以上のマスターである事、レベル八十以上の使い魔である事、そして、参加費用十万ゴルドが必要だという事だ。これに関しては時間を掛ければどうとでもなるので問題はないだろう。


 しかし、《魔王の懐》については全くわからなかった。アイリーンやトレースにも聞いたが、知っているのはその名前だけという事位だ。

 これも情報封鎖がされているのかもしれない。

 アイリーンが嘘を言っているようにも見えなかった。つまり、六法士ですら知らない情報……やはり国絡みだろうな。

 勿論、嘘の可能性も否定出来ないが、そう考えるのが妥当、という事だ。


 そして、今何より気になるのが魔王の復活だ。あの神の使い……研鑽しろとか言ってたが、俺は今それが出来ているのかさえ不安だ。そもそもそう言われたって事は俺が何かしらしなくちゃいけないって事なのだろうか?

 しかし、魔王の懐と魔王は密接な関係があるとかないとか昔聞いた事がある。現在の状況がわからない以上、色々と頑張るしかないみたいだ。


「さあ、ちゃっちゃとオーガを仕留めちゃいましょっ!」

「はぁ……忙しいなあ」


 俺は深く……それはもう深く、溜め息を吐いた。

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