199 神秘と伝統の国《トウエッド》
「も~……」
見事な牝牛が、なんか震えながら項垂れて泣いている。
普段は一つの事しかやらないのに、ここぞという時は中々やるもんだ。
俺はポチの頭を撫でながら、正面に捉えた奴らの検問を見据えた。
どうやら遠目で俺たちの存在に気付いてはいるようだ。
しかし、俺たちの呑気な雰囲気と幻術魔法のおかげで、全く警戒をしていない。
チキアータもディノも、俺たちが見えた一瞬は警戒したようだが、すぐにその警戒を解いていた。
ふむ、中々便利な魔法だな、変身魔法。
そんな中、アキちゃんだけは顔を強張らせ、一歩奴らに近づく度、顔に不安を募らせていった。
「アキ、どうかしたのかい?」
俺の言葉にアキちゃんはハッとし、頭を振って邪念を吹き飛ばしていた。
チキアータたちの関所に着いた時、トウエッドの役人が俺たちの荷車を一度見る。
載せるものなど何もないし……そら空だよな。
「何だ、商売の後か?」
「「も~」」
確かに台本通りだが、何故揃えた……!
「そうです。レジアータに商品を運び、その帰りでございます」
「ふ~ん、それにしては護衛も付けず危ないだろう?」
あ、まずった。
そういえばこの時代、護衛無しにあの洞窟を通れるはずがないだろうに。
役人が怪しみ始め、ジロジロと俺たちを見始め、チキアータが振り返って俺たちをもう一度見ようとした瞬間、美しい少女が俺たちの間に割って入った。
「パ……!」
「パ?」
役人が首を傾げる。
「パ、パパはすっごく! すっごく強いんだもんっ!」
目を瞑って言い張ったアキちゃんの一言に、敵も味方も目が丸くなりました。
何あの子、可愛くないですか?
恥ずかしさ……そう、絶対的な恥ずかしさに瞳を潤ませ困り顔のアキちゃんに、役人も困ったのか急によそよそしくなる。
チキアータも溜め息を吐いて関所の壁にもたれかかってしまった。
もしかしたらブライト少年はこのためにトウエッドまで来たのかもしれない。そう思ってしまう程、あの一言は強烈だった。
ふむ、フェリス嬢より女の子らしかったな。
その後俺たちは、入国税を支払い、簡単な入国審査を終えた。
思えば外国へ来るのは初めてな気がする。
もしかしたら神聖国のポピュラーな衣服でもよかったかもな。いやしかし、上手くいったから良しとしよう。
文献でしか知らない情報もあるし、これは研究意欲がそそられるものだ。
落ち着いたら旅行とかしてみたいものだ。
入国審査の途中、どこかの牝牛が、
「も~ぃゃ~……」
とか、危ない鳴き声を織り交ぜていやがった。
何故こうも俺が嫌がるバリエーションを増やせるのだろうか?
入国審査を終え、関所から離れ、丘陵の影で関所が見えなくなった時、俺はようやく深い溜め息を吐いた。
「これで晴れて入国……か」
「も~~~~嫌ぁあああああああああああああああああああああっ!!」
暴れるように手綱を引っ張ってアピールしたポチに呆れ、俺はポチとチャッピーの幻術魔法を解除した。
う~む、やはり便利だな、幻術魔法。
チキアータ程の人間の目を誤魔化せるとは。今後魔王復活の際でも役に立つかもしれない。
暇を見つけては色々考えてみよう。
荷車をストアルームにしまい、窮屈そうな恰好から解放された二人は、街道脇の草むらへ倒れ込んだ。
今回ブライト少年以外の功労者はチャッピーかもしれない。一番危惧していたのに、役に徹し続けてくれたからな。
勿論、懐に隠していたレオンが声を一切出さなかった事も忘れていない。凄いもんだ。
「よく頑張ったな、チャッピー」
「むぅ……まさか喋れないというのがあれ程苦痛になるとは……! 牛は構いませんが、あまりやりたいものではないぞ、父上」
そりゃそうだろうな。
「シロもお疲れ」
「マスターのエッチッ!!」
うわぁ……怒ってる怒ってる。
しかし、エッチとは心外な。まぁでも、ポチもあれだけ嫌がっていた変身を、折れてここまで耐えてくれたんだ。
ここは一つ謝っておくか。
「悪かったよ」
「《貸し》一です!」
「…………まじ?」
「当然です!」
どうやら相当おかんむりらしい。
まさかの旅立ってから初の「借り」だ。
過去八百年、ポチがこの「貸し」を発動したのは数えられる程だ。
その数二回。
一回目の「貸し」。
これはポチが使い魔になって二百年程経った頃、ポチが大事にとっておいたデザートを食べてしまった時。
この「借り」は、ポチが納得のいくお菓子を毎日試作で提出する事だった。返済に一年と二ヵ月かかってしまった。
二回目の「貸し」。
四百年目の事だ。記憶が鮮明に残っている。
なんせあの日は、ポチが使い魔になってからちょうど四百年目の日の事だったからな。
勿論、そんな事は後になって知ったんだが、ポチのヤツ覚えてやがって、「ご馳走はまだか?」、「肩を揉んでください」とか色々我儘を言っていた。
その頃俺は大魔法への魔術導入の研究で忙しかったものだから、相手に出来なかった。
翌日以降のポチの態度が酷かった。口はきいてくれないわ、研究の邪魔はするわで、許してもらうのに発動されてしまった。
この借り、返済は一ヵ月の主従逆転権。
「ポチ様」と喉が枯れるまで言い続け、終始うんうん頷いているポチがとても怖かった。
まさかあれから四百年以上経ってまたこれが発動するとは、そこまで嫌だったか。
「……えーっと、返済はどういったカタチで?」
首を折るように傾け、ポチに尋ねると、
「考えておきます!」
そう言い切った後のポチは、見ていてとても不思議だった。
不機嫌は一瞬で消え、鼻歌を歌いながら毛づくろいを始めていた。
きっと俺への復讐を考えるのが楽しいのだろう。ぞくりと感じる寒気に、自身の肩を抱く俺。
そう言えば、あれから一言も喋っていない美少年もとい美少女はどうしているんだろう?
ふと振り返ると、街道に一人、手で顔を覆って突っ立っているアキちゃんを発見した。
「どうしたんです?」
「しばらく……そっとしておいてください」
そっとしておいた。
しかし、ブライト少年のあの女装。ある意味ジュンに見せてやりたかったな。
血眼になって俺を怒るか、興奮し、出血多量になる程鼻血が出たかもしれない。
この時代を去る時が来たら、去り際に言ってみるか。そうすれば俺に被害はないしな。
うん、考えておこう。
休憩がてら外れの草むらに腰を下ろし、ポチの毛づくろいが終わり、チャッピーの気疲れも落ち着きを見せ、未だ女装中のアキちゃんが俺に肉薄する頃、俺たちはトウエッドの首都、《エッド》へ向かおうとしていた。
「師匠! いつになったら着替えていいんですかっ!? もう! もういいでしょうっ?」
面白いからもう少し見ていようかとも思ったが、ブライト少年があまりにも必死なので、俺は自分とブライト少年の幻術魔法を解き、衣服も元に戻した。
後でブライト少年用のこちらの服を買おうかとも思ったが、今はやるべき事が多いしなぁ……。
とりあえずは宿、かな。
トウエッドの西門。
先程までいた崖先が遠目に見える。あそこから何度か街並みを覗いたが、改めて間近で見ると、エッドは、一種の幻想郷のような場所だった。
商店がずらりと並ぶのはどこの国も同じだが、どの人間も皆背は低い。俺たちを含む神聖国の人間もちらほらと見えるが、どれも皆目立って見える。
以前ガストン、アイリーン、ビリーと共に食事をした店、その造りを思い出しながら周囲を見渡す。
トウエッドか……現代と雰囲気がほとんど変わらないところを見ると、伝統を重んじる国なのかもしれないな。
うーん、現代に戻ったら春華やナツ、フユと一緒に来られたら喜ぶかもしれない。
しっかし、神秘的というか、何と言うか……女性は皆粛々として、清楚な感じを思わせるなぁ。こんなところをチキアータみたいな露出の多い女性が歩いたら捕まるんじゃないか?
俺はともかく、やはりブライト少年の衣服が先決かな。
そう思った俺は、近くの「よろずや」という店へ入り、ブライト少年の服を選び、仕立ててもらった。
幸いな事に諸経費は全てアダムス家持ちだ。
無駄遣いこそ出来ないが、この世界に来て最初に困った金銭の事を気にしなくていいのは有難い。
灰と黒の網目模様の和服に、緩い皺の入った黒い帯。貴族の家の者にしては幾分か慎ましい気もするが、似合っていたし、何より敵から身を隠さねばならないといけないという面ではこれくらいがちょうどよかった。
ブライト少年も普通に納得してくれたので、その場で着替えると共に、草履を購入してから宿へ向かった。
安くもなく、しかし庶民には中々入れないような……それでいて使い魔同伴が許される。そんな宿を探した。どうやらトウエッドでは旅籠屋というらしい。
貴族の坊ちゃん……つまりブライト少年がいると気を遣う。勿論それもあるが、今回はそれ以上の理由があった。
エッドの中央よりやや北へ離れた旅籠屋、「東源宿」に着き、自室へ着いた時、周囲を警戒しながら即座に魔法陣を展開した。
魔法陣が起動し、部屋全体が淡い光で覆われると共に、その中から黒い影が現れる。
「だぁー!」
レオンが警戒心を強めたのも無理はない。
レオンを気に掛けながらも、レオンが懐かない人が魔法陣――空間転移魔法陣の中から現れたのだから。
「ふふふふ、相変わらず嫌われているね」
ブライト少年は何が起きたのかわからず、口をポカンと開けている。
あぁ、そう言えば空間転移魔法陣を目の前で発動してしまったか。まぁ存在は知られてているから別に構わないんだけど、それ以上にこの人の登場に驚いているようだ。
まぁ、これは俺とこの人との約束だし、ポチにしか話してなかったからチャッピーも少し驚いている。
「ポ、ポルコ様っ!?」
ブライト少年の開いた口から出た乾いた声。その名はポルコ・アダムス。
アダムス家の当主がお忍びでトウエッドに用とは……一体何なのだろうか?




