197 問題発生
「きぃぇええええええええええっ!」
「こはぁああああああああああああああっ!!」
「ぬぅん! とりゃぁああああああああああ!!」
「ぷぅりぃてぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「………………」
何故かとても痛々しい視線を感じる。
俺の背後を簡単にとるこの視線はやはり……!
「何やってるんですか、師匠たち……?」
ブライト少年はとても冷めた視線を俺とポチに送り、溜め息を吐こうか迷っている……そんな感じの表情だ。
でもこれは仕方がない。何せポチ様の我儘だからな。俺は付き合ってるに過ぎないのだ。
自分の心に自分で頷き、いつまで経っても答えない俺への助け船なのか、チャッピーが補足してくれた。
「どうやら父上と母上は、これから増えるであろう人間との戦闘の際の『カッコイイ掛け声』の練習をしているようだ。実に勉強になるからブライト、お前も見て行くと――」
チャッピーの言葉の途中でブライト少年は魔法書を読み始めた。
実に効率的な動きだ。
おそらく脳内で必要ないと判断し、貴重な時間の代替を復習に当てたのだろう。
うーむ、どうやら魔法以外の事に興味がないようだ。
これは指導の必要が――ある訳ないか。
「はい! そこで悪漢登場!」
おっと俺の出番が回ってきたようだ。
確かくるっと反転して登場し、「がおー!」だったな。
……何だこの安易な叫び声は? 相手は人間だろう?
仕方ない、ポチの脚本をほんの少しいじってやるとしよう。
「うぎぎぎぎぎ……げへへへへへ。遂に追いつめたぞシロめ!」
「……」
あれ、何か反応があまりよくないな?
「ふははははは! 大人しく降参するんだな!」
「…………」
おかしい。キャラクターを変えてもポチに反応がない。
もしかしてアイツ…………――――、
「が……」
おぉ、やはりピクっとなったか。
おのれあの頑固頭め……!
「――……が、がおー!」
「くっ! 遂に追いつかれてしまいました!」
やはりかお前!
「チャッピー! ここは私に任せて――」
「――母上、ご飯の時間です」
「ご飯なら任せてください!」
ぴこんと立った耳に苛立ちを感じながらも、俺は鍋と食材をストアルームから取り出した。
魔法書をぱたんと閉じ、崖の先へ移動するブライト少年。
…………ふむ、やはり気になるよなぁ。
焚き火用の小さな堀をせっせと作るチャッピーとポチ。
そんな中俺はブライト少年の背中を見つめて――
「遅いです!」
いられる余裕もなく、ポチたちの食事の支度を始めたのだった。
さて、あれから幾日経っただろうか?
洞窟を抜けて一週間……うん、確かに七日経った。
崖の先から見下ろせば、そこはトウエッドという国が見下ろせる。
東の民。和装と呼ばれる衣服を着用した人間が、笑顔を連ねて歩いているのが見えたのは二日前。
思わず飛び込んでしまいそうになったが、俺はトウエッドの首都、《エッド》の関所に奴らを見つけた。
瓦作りの簡易的な関所に、あれ程の戦力。
先日先行をお譲りしたダグラス家のチキアータ御一行様だ。
こんなところで網を張らなくてもいいのに、と思いながらも、手を出せずにいるあたり奴らの術中にはまってしまっているのだろう。
どうやら神聖国からの入国者は少ないようで、遠目に見える街道には現在一人も歩いていない。
他に道がない以上……立往生という訳だ。
それから約一日半、侵入策を考えて見たが、どうにもうまい策が見つからない。
そんなやきもきした状況で、長時間同じ場所にいるもんだから、フルブライド家のお坊ちゃんは、ああして頻繁に奴らの動きを気にしている。
といっても、動かないから困ってるんだけどな。
「それで、何かいい手は考えつきました?」
食事の後、一人崖先で座っていると、ポチが隣にお座りした。
「げぷ……」
ゲップ付きで。
「お前、自分の事ぷりちーぷりちー言うのに流石に酷いだろ、それ」
恥ずかしそうに口を押さえたポチだが、すぐに反抗的な目つきに変わる。いつもの事だけど。
「本来狼さんはそういう事気にしないんですー!」
過去何度聞いた事か、使い魔に人間性を求めると、大抵こういった言葉が返ってくる。
当然と言えば当然だが、ポチは自分でレディーと言い張る以上、当然ではないような気がしないでもない。
「それで、どうなんです?」
「まだ、なーんにも思い浮かばないや」
「そうですか……」
案が出ないものは仕方がない。
紫死鳥のチャッピーさんに一人ずつ運んでもらうという手が最有力だったが、親離れ出来ないアイツは、どちらかが遠くに離れると慌てて動けなくなるという弱点を持っている。
甘やかしているつもりはないが、どうやら本能的なもののようで、時期が来るまでそれは出来そうにない。
出来たとしても全員落下という地獄コースだ。
「皆さんどうしてますかねぇ?」
ふと、ポチが俺に話題を振ってきた。
気分転換にでもなると思ったのか、ポチの言ってるソレは他の時代にいるリナたちの事だった。
「リナにティファ、アイリーンさんにガストンさん。ブルーツや春華、銀の皆も、まぁ元気にやってるだろう」
この時代にいない人間なので、別にブライト少年に聞かれても問題はない。
まぁ、少し離れた場所でまた魔法書を読んでいるから気にしてはいないが。
「バラードやタラヲさんもいますよ。忘れないであげてくださいねっ」
「へいへい」
使い魔仲間の事もしっかりと気に掛けているポチだが、やはり少し寂しいのだろうか?
「そう言えば、イツキさんに渡したアレ、本当に効果あるんですか?」
「んー、多分な。ティファとタラヲの距離が縮まってたら絶対に効果は出る。そのためにシロで――あ、何でもない」
「え、今何か言いかけませんでした?」
「あぁ、いや何でもないって」
危ない危ない。
絆の距離で効果の出る薬を試すために、ポチで実験したのを言ってしまうところだった。
ポチが寝ている間に、ポチの大口に薬を垂らして試して、なんだかよくわからない幼虫にポチが変化した時は焦ったなぁ。
まぁそれで効果時間もわかったんだが。
「ん~……なんだか怪しいですねぇ~?」
「い、いいんだよ気にしなくて。そ、それより何か気になったのか? あの薬」
「いえ、薬が気になったというより、タラヲさんの変化が気になりました」
「あ~……事実狼王ガルムだし、問題なく変化すると思うぞ?」
狼王ガルム……か。
生息数が余りに少ないが、危険度からランクS入りが検討されているモンスター。
タラヲのやつ、意外に長生きしているようで、元の姿に戻ったら、実際ランクSのモンスターより強いんじゃないか?
まぁ、そこはカイゼルディーノのディノと一緒だな。淘汰された中で生き残った者は誰であれ強い。
そもそも最初の呪いがなければ、ティファに使い魔契約は出来ないだろうからな。
「えー! って事はタラヲさんは、こう……ばしーん! と変身しちゃった訳ですかっ?」
どうやらポチはそういった変身機能がカッコイイと思っているようだ。
確かに、小さな小動物が、いきなり巨大で強力なモンスターに変身したら中々に魅力的だろう。
…………ん? 変身? …………っ!
「そうだ変身だ!」
「ふぎゅっ!?」
俺はポチの両頬を掴んで肉薄した。
ポチは目が点になってびっくりしていた。
チャッピーは俺の大声に羽が逆立って跳び上がっていた。
ブライト少年は俺の声を待っていたかのように魔法書をバシンと閉じて、俺の場所へ駆けつけマントを掴んだ。鷲掴みと言ってもいいかもしれない。
「ま、まひゃか、私も遂ひ……ひぇ、ひぇんしんをっ!?」
ポチの瞳は、いつになく輝き、そして期待に満ち溢れていた。
「……そう、皆で変身だ!」
次回、変身します




