169 灼熱地獄
「な、な、な、な、な、何やってるんですかーっ!?!?」
ポチがチキアータの背中に向かって叫ぶ。
そしてその声によって左腕に乗るフェリス嬢が目を覚ました。
「こ……ここは……?」
だが、誰もフェリス嬢に答えてやる事は出来なかった。
それ以上に目の前で起こっていた状況の理解に追いついていなかったからだ。
コバルトドラゴンに跨ったチキアータは、そのまま空高くへ浮かび上がり、高笑いをしながら東の空へと消えて行った。
くそ、一体何の目的で?!
まさか、二人の暗殺? 誘拐しようとしていたのに諦める理由はっ?
いや、違う……!
状況的な証拠だけで世論を動かせる。フェリス嬢が山に向かいこの事故が起きたとしたら……全ての原因はアダムス家に向けられる。
なるほど、家そのものを潰す好機だという事か。
ポルコがいなくなった今であれば、それも容易い。
くそ、モンスターの相手をしていた方が圧倒的に楽だ。これだから人間は…………おっと、俺も人間だった。
それにこれから……その楽なはずのモンスターと戦わなければならないのか。
………………おかしい。楽には見えないな。
「ポーア先生!」
ブライトが指示を求めるように腕から下りる。
戦慄を覚えた目で山頂を見ていたフェリスは徐々に状況を理解し始めたようだ。
「炎龍はまっすぐこっちに向かってくる! シロはブライト様たちを連れて皆が避難している東の森へ! ちゃんと乗り手を気遣えよ!」
「はい!」
「さ、早く乗ってください! マスター、この方はっ?」
ガイルを見てポチが叫ぶ。
と、同時にガイルはぱちくりと目を開けた。
くそ、この状況じゃどうせ押し切られる……か。
「いい! シロ、先に行け!」
「アウッ!」
徐々に加速を始め、南東に向かったポチを見送り、俺は再び山頂を見上げた。
「おいおい…………こりゃマジか?」
「出来ればガイルさんにも後方をお願いしたいのですが……――――」
「よせよ。あれをポーア一人に任せると思ってるのか?」
だよな。短い間だったが、ガイルの性格は知ったつもりだ。
いつも正面から戦い、周りに呼びかけ仲間を思うから護衛団のリーダーでいられるし、ポルコが認めてるんだ。
少しブルーツに似ているが、あれ程不器用じゃないみたいだ。
「と言っても、飛んでちゃ中々手を出せない。やれる事は限られるぜ?」
「…………考えがあります」
「……聞かせな」
「炎龍は同士討ちをしないはずです。身体の大きい炎龍であれば、我々を囲えるのはせいぜい四、五頭」
それだけ言うと、ガイルはその先を理解したように顔を険しくした。
「囮か……」
「えぇ。ガイルさんには囮になってもらい、その四、五頭の数をコントロールしてもらいたいんです。一気に数頭倒すのではなく、戦線に立たせる炎龍を順番待ちにさせるんです」
「その待ってる集団をポーアがまとめて倒すって訳か」
流石だな。
「正直、囮役は相当キツイです。断るなら今の内――」
「――あの犬狼が戻ってくれば、多少は楽になるんだろ? やるさ」
腰に携えた剣を抜き、肩に乗せるガイルは覚悟を決めた様子で言った。
「ただし条件がある」
「……何でしょう?」
「……これが終わったら、酒を奢れ」
「嫌ですよ」
目を丸くするガイル。
別にガイルに奢るのが嫌なんじゃない。奢らせる相手が別にいるだけだ。
「フェリス様に奢ってもらいましょう」
「ぷ……はっはっはっはっ! そいつはいい! あのお嬢様を口説く時は俺も協力するぜっ」
噴き出して笑ったガイルは、鎧をガチャガチャと鳴らしながらそう言った。
その時、既に正面数百メートルの位置まで炎龍の群れが近づいていた。
「……そろそろみたいだな」
「えぇ」
「だが、一度で全ての炎龍を倒せるとは思えない。ポーアが見つかったら終わりだろう?」
「ほい、インビジブルイリュージョン!」
一瞬の宙図でガイルの目の前から姿を消すと、ガイルは口を尖らせた。
「へぇ、そういう事か」
「そういう事です。ほほい、オールアップ・カウント2&リモートコントロール!」
「ん、やっぱりこれはいいもんだな」
ブルネアからクッグ村に来るまでに護衛団の皆に幾度となく掛けた強化魔法。
この時代にはない魔法だが、戦闘を優位に運べるだけあって、いつもガイルに催促されたっけ。
気に入ってくれたようで何よりだ。
だから…………死んでくれるなよ。
「全方向危険ばかりです! 煉獄ブレスには注意を! 死中に活有り。炎龍の身体の上さえも逃げ道です!」
「任せな!」
そう叫んで駆け始めたガイルの後ろを、一定間隔をあけ追う。
正面には既に無数の炎龍が迫っている。
自分で言っておいてなんだけど、あの恐ろしい集団の中に突っ込むとは……やはり戦士の胆力っていうのは凄いものだな。
「おぉおおおおおおっ!!」
ガイルが最初の炎龍と衝突。
鼻先に生える巨大な一本角とガイルの剣がぶち当たり、正面の炎龍が怯む。
すかさず現れた両サイドの炎龍が鋭い爪でガイルを狙う。
上と下、挟むように放った二撃を身体を捻りかわす。
おっと、頭上からの煉獄ブレス。ガイルはこれを正面の炎龍の股下に潜り回避。
流石だ、顔に余裕も感じられるし、この様子ならポチが戻るまで持つだろう。
いつの間にか正面、背後、両サイド、頭上の五頭に囲まれたガイル。
もうこちらから動きは捉えられない。
だが……そいつらだけと戦っていれば、次第にその五頭には疲れが見え始めるだろう。
勿論ガイルも疲れはするだろうが、強化魔法の働いてるうちは楽に動けるはずだ。
ある意味ファーストアタックだけ防げればあの囲いは安全地帯とも言える。
……よし、炎龍が十数頭集まってきた!
「ほい、剣閃集降! ポチ・パッド・ボム! ほほい、絶対零度! ほほほい、アイシクルヘルファイア&リモートコントロール!」
「「ギィイイイイイッ!?」」
後方から迫る炎龍たちへの牽制魔術、集団の中点へ俺の最強魔法、軽微ダメージの炎龍たちへ止めの氷塊落とし。
そして牽制した炎龍たちが再びガイルに意識を向けるように、ガイルのいる方角から射出した竜族特化の大魔法。
空を羽ばたき、土や砂を舞い散らせる炎龍たち。
どうやら、虚を突けたって感じだな。困惑しながらも第二陣はガイルしか見えていない。
けど、一度に十頭前後がせいぜいか。雪崩のように迫る炎龍たちの事を考えると、半数以下にはしたい。
ポチが戻ればもっと楽になるんだろうが、この距離で、背中に二人を乗せてると考えたら、後二分は必要だ。
それまでは…………何とか持たせる!
「ほい! アースコントロール! ほほい! 土遁隆起! ほほほい! ロックブラスト! ポチ・パッド・ボム!」
地面から土壁を迫り上げさせ、魔術で山の上りを走らせる。第二陣の中央まで届いたところでそれを爆発させ、集団を二分する!
「ギィーッ!?」
「グゥウルッ!?」
爆発に意識を向けた炎龍の背に最強魔法! よし成功!
そしてまたガイルへ意識を向けさせ――――なっ!?
「ガァアアアアアアアアアアアアッ!!」
「くっ!!」
くそ、早くも俺のインビジブルイリュージョンが見破られた!
ロックブラストの爆発で吹き飛ばされた一頭が、爆心地よりもこちらに意識を向けていたのか!
炎龍の煉獄ブレスをころがるようにかわし、周囲の気温変化により魔法が解けた俺は……――
「――超ピーンチ!」
いや、でもこれでよかったのかもしれない。
先程よりガイルの魔力が乱れている。流石に五頭いっぺんに相手取るのは、体力よりも精神力が堪えるか。
第一陣の残り二頭、第二陣の半数、迫る第三陣……その後ろに控える第四陣。そして五、六、七、八…………――――
「……はぁ。これはしんどいな……」
ギラリと視線が揃う無数の炎龍。
隠れようにも相手に見つかってる状態じゃきついしな。
こうなりゃ…………体力の限り……!
「逃げ打ちするしかないな」
「ならさっさと乗ってください!」
あれ?
「シロ!? 何でお前が!?」
ちょっと計算があわないぞ!?
「ホント馬鹿ですねぇマスター? 先程レベルを上げたのをお忘れですか?」
「あ」
「それに、森が見える位置まで行けば、二人を下ろして戻っても問題ないでしょう? ちょうど護衛団の人と合流出来ましたしね!」
俺は、やれやれと息を吐くポチを気にせず騎乗。
膝と腿で感じたポチの鼓動は…………とてつもなく速く鳴っている。
よく聞くと、物凄く鼻息が荒い。
「すー、ぴー……さ、マスター! すー、ぴー……いきますよ!」
「かっこつけんでいいからしっかり呼吸しやがれ!」
「ぜはぁっ! そ、そうですかぁっ!? ぜっぜぇ……! 何かすみませんねぇ! こへっ!」
こへってなんだこへって。
まったく、帰りは相当無理しやがったな、コイツ。
…………後で褒めてやるか。いや、とりあえず今褒めとこう。
「ナイスだシロ!」
「アウッ! ……こへっ!」
炎龍たちの口が次々と開かれ、口元からは紅蓮の炎が零れて見える。
……来る!
「さぁシロ……逃げるぞ!」
「合点お任せを!」




