017 楽しいいじめられ生活
―― 四月四日 魔法大学中央校舎 ――
「見たわよ、この契約書」
職員室のアイリーン専用の部屋で、アイリーンは俺が書いた契約書をひらつかせた後机に置いた。
「もう開票と選定作業が終わったんですね。いやー、ビックリです」
「相変わらず面倒なヤツね。ま、私は白に入ってくれれば全然構わないけど、これが上にバレると問題よ?」
「いやー、アイリーンさんのところで握り潰してくれるんですか? それは嬉しいですー」
「……ったく、そろそろ慣れたわよっ。いいわ、一つ貸しだからね?」
アイリーンが人差し指を突き出して言った。
「返す予定はないですけどね?」
「はぁ……言うと思ったわよ……」
肩を落としてアイリーンが溜め息を吐く。
流石に可哀想だな。少しだけ協力してあげるか。
「では一つだけ、何でも質問に答えましょう」
「本当っ」
キラリと眼を輝かせて立ち上がった。
立ち上がったのに座ってた時より背が縮んだのは流石に驚いた。
「それ、椅子のサイズ合ってないですよね?」
「う、うるさいわねっ」
顔を赤らめてアイリーンが言った。気にしているみたいなので今後は気を付けよう。
「で、今聞くんですか?」
「……うーん……」
肘を持ち、もう片方の手で顎を触りながらアイリーンは考えている様子だ。
「……今度にするわ」
「わかりました。では失礼します」
「ま、またね」
恥ずかしそうに言っていたな。
おそらく、夜ギルドで会うから言ったのだろう。そう言えば、最近はほぼ毎日会うのは気のせいなのか?
討伐の度に付いて来て俺の魔法を観察している。だからこそ俺も一般的な魔法で対応している。少し面倒だが、これはこれで勉強になるから問題ないだろう。
俺は午後の講義の為、教室へと向かった。
教室ではリナがクラスメイトと話……お喋りをしていた。どうやらうまい事友人が出来たようだ。
そして俺はと言うと……、
「マスターマスター」
「どうしたポチ?」
「その座席に設置着火型の魔法陣が描かれてますよ」
「またかよ」
まあ、ファーストコンタクトがあれだったからな。こうなってしまうのも仕方がない。俺もまだまだ子供だという事だろう。
小声でポチが教えてくれたが、実は最初から気付いていた。人間とはなんとも妬ましい奴等なのか。
いや、いかんいかん。これでは俺が人間じゃないみたいな考え方だ。
「しかし……いつもより下手糞な魔法陣だなおい。不可視状態にしてるにしても、すぐバレちまうぞ?」
「ねぇねぇマスター、どうするんですかっ?」
ポチが楽しそうに聞く。どうやら、いじめを受けるという初体験が嬉しいようだ。
「そろそろ消すのも面倒だから、とりあえず犯人を割り出してみるか。ほいのほい、マジックストーカー」
設置着火型魔法ファイアトラップの魔法陣から、赤い光線が走る。そしてその光は魔法陣を描いた主の下へ向かっていく。光線により、周囲からの注目が嫌でも集まる。
光線が辿り着いたのは……褐色肌の坊主頭、ミドルス。
「な、なんだこれはっ、光が……離れないっ?」
ミドルスは大きい手で何度も光を振り払うが、魔法陣を消さなくてはその光は消えない。もしくは時間経過による自然消滅か。
「てめぇ、何しやがった!」
「マジックストーカーと言う魔法陣製作者探索用の魔法です。ミドルス君、悪いけど椅子を交換してくれません? 残念だけど、君の魔法陣が描いてある椅子に座る勇気が、俺にはないものでね」
「なっ……」
絶句、とはこの事を言うのだろう。
マジックストーカーは魔法技術が卓越した者ならば使える魔法だ。魔法の名前を聞いた途端ミドルスの顔が硬直した。名前くらいは聞いた事があったようだな。
「くっ……」
ミドルスは顔を伏せ拳を強く握りながら教室を出て行った。
出来れば、これが抑止力となって収まってくれればいいんだが……そうはいかないんだろうな。
こういった事実があるから、俺はリナと念話連絡以外の接触を避けている。リナは申し訳なさそうに謝っていたが、別にリナが悪い訳じゃない。寧ろ、リナが成長してくれて嬉しい限りだ。
まずはリナに可能な限りの勉強をしてもらう必要がある。その為ならばこれくらいどうという事はない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「反省ですねー」
「あぁ、反省だなー」
「もう少しうまい立ち回り方がありましたよねー」
「あっただろうなー」
放課後、俺とポチは中央校舎中庭のベンチで反省会をしていた。
勿論、反省しているのは今日の事ではなく、初日の事だ。リナを助ける為に咄嗟に行動してしまったが、それは決して褒められたものではない。
「人間、咄嗟の状況判断は浅く、甘くなる……っと」
「まーたそれ書いてるんですかー? 賢者のすゝめ、でしたっけ?」
「おう、主に人間の生体調査みたいなものだけどな」
「…………愚者の称号が消えない訳ですねぇ」
ポチが戯言を言っていると、俺とポチの前に、ポチの体の半分程の小さな竜が、パタパタと飛んで来た。
「アジュリーしゃま、リナしゃまよりお手紙でしゅ」
「おう、ありがとなバラード」
「どういたしましてでしゅ」
バラードはリナがいるであろう部屋の方向へ戻って行った。
「あれ、バラードは外出て大丈夫なんですか?」
ポチが、ランクAモンスターの魔法大学内遊泳飛行の危険性を危惧して言った。
先に説明した使い魔盗難に対する心配もある。
使い魔盗難とは……刷り込み以外でも、赤ん坊に近いモンスターは、人間へ非常に懐き易い。従って、使い魔になっていても安心は出来ない。マスターと引き離して契約効果を薄れさせ、強制的に契約を破棄する方法があるのだ。その際の再契約も、モンスターの物心つかない時期ならばやはり可能だ。
使い魔を盗み、契約を破棄し、再契約。あまり褒められたものではないが、だからこそ、こういった使い魔モンスターは、注意して管理しなくてはならない。
「限定型不可視モードだ」
「あれ、ダンジョンに住んでた頃、透明化は大変だとか言ってませんでした?」
「この前、リナの部屋に夜忍び込んでな? 永続型設置魔法の魔法陣を描いてきたんだ。常時使用の完成はまだまだ先だけど、その魔法陣の上に立って三分間だけは透明化が可能だ。限定ってのは俺、ポチ、リナにしか見えないって事」
「へぇ……ある程度は完成してたんですねー」
ポチが珍しく感嘆の声を出す。研究が成功したり、完成まで漕ぎつけると稀に聞ける声だ。
稀なのには理由があって、ポチにとってどうでもいいような研究課題とかなら、それは該当しないからだ。
「それで、リナさんからの手紙ってのは何ですか?」
「あ、そうだな…………えーっと、こりゃ手紙というより報告書だな」
「報告書ですか? まぁお話は念話連絡で出来るでしょうから、情報を残す為のもの、という事でしょうか?」
「クラリスちゃん、アンリちゃんと友達になって、その二人は俺の事を悪い目で見てないってさ」
「おー、それは一歩前進ですね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 翌日 魔法大学 魔育館 ――
「実技訓練です。本日は実技の指導をして頂くアイリーン様にお越し願いました」
トレースがアイリーンを紹介する。クラスメイト達の動揺が目立つ。何と言っても六法士だ、白や黒の派閥なんて関係ないだろう。
アイリーンはいつものように腕を組み、どんと構えている。
まさか、実技担当をアイリーンが受け持つとは思わなかった。確かにそれは妥当だが、少し面倒だな。
「トレース、もう戻っていいわよ」
「宜しくお願い致します」
トレースは軽く頭を下げると、美しい歩き姿を見せ魔育館から出て行った。
「本日より実技の訓練を担当するアイリーンよ、あなた達には、一度試験で会った事があるわね。ただ、私の記憶に残っている者は限りなく少ないわ。二年生になるまでに、少なくとも私にあなた達の名前を覚えさせてみなさい」
「「はい!」」
全員が魔育館に響かんばかりの声を出し姿勢を正す。まるで軍隊だな。
「まず最初の課題よ……ファイア&リモートコントロール!」
おいおい、これはまさか……。
「このファイアを魔育館から消してみなさい。魔育館の破壊は禁止、外へ出ても駄目よ。出来た者から帰っていいわ、我こそはという者は挙手なさい」
「「はい!」」
魔育館に二名の声が響いた。
一人は女、一人は男……一人は俺の生徒で、一人は一年生の代表だった。
「名前は?」
アイリーンが名前を尋ねた時、オルネルの顔が少し歪んだ。たとえ一年生代表と言えど、アイリーンの記憶に残っていないという事か……もしくはわざとか。
「リナです!」
「オルネルです!」
「では、返事が早かったリナからやってみなさい」
この試験は難題だぞ、リナ。
新入生が可能な魔法でクリア出来るとすれば、それはおそらく一つだけだ。他にも無くはないけど……試そうと思う者はいないだろう。
さて……どうするリナ?
「む、どこへ行くのかしら?」
「その火を消します」
「…………へぇ」
リナは魔育館の外へ通じる扉の近くへ立った。
「ほいのほいのほい! アースコントロール!」
リナの魔法陣を宙図し、魔育館内から魔育館外へ魔法を放った。
「なるほどね、土を運搬して消火するという事ね。教室では出来ないアイディアだわ」
俺ならあの教室でも同じ事が出来るが、魔法陣を飛ばすのは相当な魔力がないと厳しかったりする。
今のリナではあの距離が限界だろう。しかし、よく思いついたな。
リナが操った土は、優雅な弧を描きながらファイアを見事鎮火させた。同時に、ポチ、クラリス、アンリから小さな歓声が聞こえる。
リナの友人のクラリスは剃髪している女、白い法衣を纏っている。
アンリはとてもグラマーな体型で、ポチ調査で既にファンがいるとか。
リナはクラリス達の近くへ戻ると、手を合わせて喜んでいた。ちらりとこちらを見てウインクをしたように見えたが……どんどん大人になっていくな。
「次、オルネル!」
「はい!」
オルネルが前に出て魔法陣を宙図する。
一年生代表の力、さてどんなものか。
「……ふっ、ミニマムアクセレーション!」
解答に辿り着いたか。流石だな。
オルネルはファイアという対象に対して減少魔法を掛けた。ファイアは次第に小さくなり、リトルファイアの大きさ、というレベルにまで縮んだ。
こうなれば後は簡単だ。
「はぁっ!」
オルネルが杖を振り払い、小さな火は、空気を揺らす音を発して鎮火された。
「ふんっ」
「次、誰かいないの?」
これをきっかけに他の学生達は、多少手こずりながらも、オルネルの模範解答に続いた。
終わった者から帰っていいとアイリーンは言ったが、流石に帰る者はいなかった。六法士を前に緊張しているのだろう。
「最後ね、アズリー、前へ!」
オルネル君の顔がまた歪んだ一瞬だった。




