◆114 アズリーの軌跡
―― 戦魔暦九十四年 三月三十一日 二十一時七分 ――
ポチズリー商店の市場へ向かう通りに面する応接間では、リナとティファの二人が立って、互いの顔を見合っていた。
珍しく自身の灰色のローブを強く掴み、ティファは平静を保っていた。
二人が口を開けず、そして動けずにいた数分。目を逸らさず互いで互いの成長を見るリナとティファ。
最初に変化があったのはリナ。微笑みをみせ、応接間の窓際に向かい、外を見上げた。
「久しぶり……だね」
「……うん」
二年ではあるが、アズリーの教えを受けた二人は、再会を短く長い挨拶で済ませた。
「ベイラネーアに来てるって聞いて、空いた時間探してはいたんだけど…………見つからなくて」
「来てるって、誰に聞いたの?」
ティファの行動を知る者は少ない。
何故ならばそれだけティファが慎重に動き、名前を偽ってきたのだから。
「ライアンよ」
「長がっ? リナお姉ちゃん長に会ったのっ?」
「うん。…………長も、リードお兄ちゃんも、マナお姉ちゃんも、レイナさんも、アドルフも……このベイラネーアに来てるよ」
驚きを隠せないティファが一歩前へ出る。
「ちょっとっ。それってどういう事――――……いえ」
ティファは窓に映るリナの顔と、先程の言葉、そしてその事実を頭で照らし合わせ、統合した。
それは、互いの故郷が無くなったという事。
しかし、ティファには一つだけ理解出来ない事があった。
先にフォールタウンを出たのは自分。頭の中では事実を認めても、どうしても理解出来なかった。
「私だってここに着いたのは先月よ。それもかなりの速度で来たと思うわ。大人数での移動は楽じゃない。その時間は私の数倍以上はかかるはずよ。一体どうやって…………」
「えっと…………アズリーさんがね。助けに行って、それで空間転移魔法を使って――皆を」
リナがそれだけ言うと、ティファは大きな瞳を更に見開いた。
そしてリナの後ろで宙図を始めたのだ。
「ほいのほいのほいの……ほい。ストアルームッ」
窓越しに見たその宙図に、リナが驚いた様子で振り返る。
自分の知らない魔法。無論存在こそ知っているが、会得していないアズリーのオリジナル魔法が、ティファによって発動されたのだから。
「ティファッ……それって?」
「アズリーさんの宿題の中に紛れてたの」
「あっ――――」
―――― ティファ、先生が住んでた家に宿題を置いてあります。後でよく見ておいてください。もし宿題が出来たなら、そこからは自分で研鑽して、自分で学びなさい。……いいですね? ――――
リナは、アズリーとリナがフォールタウンを出発する時、まだ小さかったティファにアズリーが残した言葉を思い出したのだ。
そして同時に思い出したのだ。あの時のアズリーの口調がおかしい事に。アズリーはアズリーなりに、頑張って先生を演じていたという事を。
それがおかしかったのか、リナはこみ上げる笑みを隠す事が出来なかった。
リナに首を傾げたティファだったが、ストアルームから一冊の古びた本を取り出し、そして応接間のテーブルの上に置いたのだ。ティファは椅子に座り、リナもその隣に座った。
「これを見て…………」
「これは…………空間転移魔法の考察っ?」
「それだけじゃないわ。瞬間転移魔法、時空転移魔法、水魔法の具現化なんてものも書いてあるわ」
リナは言葉を失い驚愕する。
既に本の存在を知っていたティファでさえもその本を捲る手が震えている。
「二年前、空間転移魔法が六法士アイリーンの手によって発表されたって聞いたけど、やっぱりアズリーさんが?」
リナは神妙な面持ちで顔を小さく縦に振った。
この事実に安堵したのだろう。ティファが目を瞑って息を漏らす。
「でも、この三つは知らないわ。瞬間転移魔法って……空間転移魔法と何が違うの?」
「ところどころにポチさんの足跡と涎の跡とがあるから詳しくはわからない。そして何より一番困るのはアズリーさんの誤字の量よね」
たははと苦笑するリナは、アズリーの相変わらずな印象に頬を掻く。
「五文字に一文字は誤字って割合よ。普通の説明が問題ないのに肝心なところでほとんど誤字ってどういう事よっ。これは絶対に私を試してるとしか――――」
ティファがアズリーの様々な考察を述べているが、リナは頭の中で必死に顔を横に大きく振っていた。
「でも、簡潔に言うと、瞬間転移魔法っていうのは、戦闘で使う魔法みたいね」
「それって……」
それに続く答えを肯定するようにティファが頷く。
「移動ではなく転移。正面にいた敵が文字通り一瞬で背後に…………」
二人が見合い固唾を飲み込む。
「この魔法の多様性は計り知れない。戦士と魔法士の距離を一気に開く魔法だと思う」
「うん、そうだね。それでこの時空転移魔法っていうのは?」
「これは笑っちゃったわ。時間跳躍が出来る夢のような魔法…………だけど、実現可能になったとしても、聖戦士三人分以上の魔力が必要だって。私なりに計算してみたら、必要MPが瞬間的に二十万は必要な代物よ」
リナが再び驚く。無論、アズリーに対してもそうなのだが、一番は違った。ティファの成長に対してだ。
リナは静かなる魔法士とまで言われる程の魔法士である。隣に座っている以上、ティファの戦闘力はある程度把握出来る。
年齢にそぐわない強力な魔力こそ感知出来るが、その実力はまだリナには及ばないだろう。
しかし、その知識量には、魔法大学や冒険者ギルドでは決して培われる事のないものだった。
アズリーが残した宿題。そして自分で研鑽して、自分で学んだ結果。その知識と努力に驚いたのだ。
そんなリナの肩を叩くようにティファが続ける。
「中でも現実可能に近いのが、この水魔法の具現化ね」
「あ、えっと、水魔法って本来は水を操作するだけよね? 近くに水がないと発動が出来ないわね。でもこれはきっと」
「そう、水が近くになくてもその魔法式から水を呼び出せる魔法よ。これがあれば人は魔力さえあれば生きていけるようになるわ。開拓出来なかった土地が一気に開ける魔法だとも言えるのよ」
「考察にはなんて書かれているの?」
「どうやら魔術公式が入り組んでる複合的な魔法みたいね。でも肝心なところが――――」
ティファはそこで言葉を止め、リナにパリパリになりくっついてしまった本のページを見せた。
文字が歪み、何が書いてあるのかさえわからない始末だ。
(あ、あはははは。これはきっとポチさんの涎…………もしかしてアズリーさんのも混じってるかもしれないわね……ハハ)
リナの考えに同意するようにティファが苦笑すると、リナは思い出したようにティファに言う。
「――ってティファッ、あなた魔術の事も知ってるのっ?」
「え、えぇ。アズリーさんが残してくれた宿題の中にそういった文献が多数あったけど……」
「うぅ……私だってあんまり知らないのにぃ…………」
「私はアズリーさんと一緒だったリナお姉ちゃんの方が羨ましかったわ」
平然とそう言うティファだったが、リナはこの言葉だけですぐに気付いた。
恵まれた環境にいた自分に向けられた少なからずある嫉妬。それは先生の独占というだけではない意味深な言葉。アズリーがフォールタウンに住んだあの二年、子供ながらにティファに与えた影響は大きい。それは影響だけではない。その存在さえ、大きなものだったという事に。
胸の奥がズキンと痛む感覚を覚えたリナだが、ティファはツンとしてその様子を見守り、そして感付く。
リナもまた――――
「それで、長やリードさんたちは?」
所在を聞くティファに慌てて返事をするリナだったが、当然の質問と思いすぐに呼ぶと答えた。
時刻は間も無く二十二時を迎えるが、それ以上に大事な用。即ちティファの生存報告ともなれば、リナに躊躇うという選択はなかったのだ。
リナが念話連絡でライアンに連絡をすると、ライアンはすぐに快諾したのだった。
嬉しそうにその旨をティファに伝えるリナ。そして、ほっと息を吐くティファ。
その安堵の息を吐き切ったティファは、口元に人差し指をもっていくと、リナは苦笑するように頷いた。
忍び足でドアに近寄り、一瞬でドアを引くと、そこからは部屋に雪崩式に倒れ入る野次馬たちの姿があったのだった。
「チ、チワワーヌだよ♪」
野太い声でウィンクする自身の使い魔と、セブンスランジ級の言い訳の嵐が周りから聞こえると、ティファは先程の安堵の息とは違った、奇妙な感情が入り混じった、それは不思議な溜め息を吐いたのだった。




