107 長い一日の終わり
あれからガストンとの茶を楽しんだ俺たちは、かなりの時間を執務室で過ごしてしまった。
不思議とガストンの表情が柔らかかったのは気のせいだろうか?
フユが眠そうに目を擦り始めた頃、ガストンたちに別れを告げ、再び宿へと戻っていた。
帰る間際にガストンとフユに空間転移魔法の公式を教えておいた。まさかガストンが知らないとは思わなかった。
確かに公には国の技術として使われているからな。上が隠しているに違いない。
アイリーンも大きく動ける訳じゃないしな。
空間転移魔法は町に一つあればいいという感じなのかもな。
宿に戻ると、ベティーは既に寝ていたようで、俺たちは自室へと入った。扉の奥に待たせてた人がいたからな。
「だいぶ遅かったねぃ。やっぱり人との触れ合いはいいもんだろ、アズ君?」
「あぁ、正にその通り。楽しいからこそ時間を忘れてしまう。遅くなって悪かったな、メル」
ニコニコとうんうん頷くメルキィにどこか懐かしさを感じる。
「ま、僕もそこまで時間はないからね~。手短に話そうじゃないかっ!」
「えぇ、私も眠いので!」
「なははははは~、わかってるよぃ」
そう言い終えると、メルキィは神妙な面持ちで話し始めた。
「どうやらこの国の王、つまり戦魔帝ヴァースは灰色のやつに操られているようだねぃ」
「やはりそうだったか」
「おやー? 知ってたのかい?」
「別口の情報源があったんだよ。でも、まさかガスパーが操っているとは思わなかったね」
「なはははは。僕も兄弟子があそこまでおかしくなってるとは想像出来なかったよぃ」
困った笑いを見せながらもメルキィの笑顔はとても悲しそうだった。
ガスパー。灰色と呼ばれる男の本当の名前。長く生きるトゥースの一番弟子であり、俺とメルキィの兄弟子。
勿論俺は会った事はないが、メルキィはガスパーの事を本当の兄のように慕っていたそうだ。
話を聞く限り、とても優しく、とても優秀な魔法士だったらしい。あのトゥースがそこまで言うんだ、間違いはないだろう。
だからメルキィは危険な王都レガリアの王城へ忍び込んでいるんだ。どうしてガスパーがこうなってしまったのか、そしてガスパーは何をしようとしているのか。それを調べるために。
そして俺は昨日その正体を知った。勿論ガスパーがそうだという証拠はない。
あくまで情報としてメルキィに渡すべきだろうか? あまり傷つけたくはないんだが……。
「それで? 別口の情報源ってやつが気になるかなぁ~? さぁ、教えておくれ。ア・ズ・君♪」
「気持ち悪いから鼻をくりくりするのはやめてくれ。それはポチの尻尾に対してやってやれ」
「でも、ポチ君は既に…………寝てるみたいだねぇ。いやー、相変らずの速眠だねぇ」
「おい、この鼻提灯…………美しくないか?」
「これは見事だねぃ。平面で円、立体視しても素晴らしい球体。不純物はなく、呼吸とともに変わる大きさは正に神秘っ! 是非サンプルとして欲しいねぃ」
不純物は沢山あると思うけどな。
「おい、待て。これは潰すべきだと思わないか? 鼻提灯は潰してこそ意義のあるものだ」
「た、確かにそうだねぃ。サンプルとして眺め、飽きを待つよりも。一瞬の儚い散りざまを見るのも研究者として……いや、探究者として必要な事さ!」
「よし……じゃあ」
「うんっ」
ぷすり。
瞬間、放射線を描くポチのばっちぃアレは、静かに空気中へと消えていった。
同時にポチが驚異的な腹筋を使って垂直に身体を起こした。やべ、起こしたか?
「マスター! ジョルノさんとリーリアさんとばかり話してないで、私も構ってください!」
「え…………?」
寝ぼけて言ったポチの言葉は、すぐに止み、再びベッドの上に倒れて落ち着いた。
……ポチのヤツ…………今、何て言ったんだ?
「いやー、相変らずおかしいねポチ君は~。それで、聞きそびれちゃったけど、その情報源ってのは何なんだい?」
「あ、あぁ実は――――」
俺は昨夜の出来事をメルキィに話した。
メルキィはその話をじっと黙って聞いてはいたが、心中穏やかではなかっただろう。
可能性として、あくまで可能性として……だが、高い確率でガスパーが悪魔に憑りつかれているという話だ。平静を保てというのが難しい。
それでもメルキィはカリカリと爪を噛み、自分の中で起きる衝動を抑えているようだった。話していいべき情報かどうか悩んだが、傷は深くとも付けるのであれば早い方がいいと判断して全てを話した。
そしてメルキィは全ての話を飲み込んだ。
「…………そうだったのかぃ」
立ち上がり窓の外を見上げるメルキィに掛ける言葉を、俺は知らなかった。
「ホント参ったね。そこまで信憑性のある話だと特にね。僕の持ってきた情報と照らし合わせたら、もう……そうとしか言えないよね」
目の下までウィザードハットを被り、メルキィは震えながら言った。
喉の奥が締め付けられているように絞り出す声は、こういった状況に慣れない俺を窮地に立たせた。
言わない方がよかっただろうか? いや、どうせいつかは知る事だ。だが、俺は失敗した。
まさかメルキィの心がここまで弱いとは想像出来なかった。
いつも俺やポチより強く、そして芯の強い人だと思っていた。だが、ガスパーの事となると、メルキィは弱みを見せた。
それは、俺が余りにもメルキィの過去を知らなかった失敗。
姉弟子とはいえ年下の女の子に変わりはない。いつも年齢は教えてくれなかったが、女の子を泣かせたのならば、俺はポチに怒られてしまう。
なら、ここは男として、メルキィに元気の一つや二つぶち込んでやらなくてはいけない。
そう考えたところまでは記憶があるのだが、これから言った言葉は、何故か自然と口から漏れていた。
いや、飛び出ていたのだろう。
「俺が――」
「…………?」
「俺がガスパーの悪魔憑きをなんとかしてみせる! 黒魔術だろうが、超古代の白魔術だろうがなんだって取り入れてちゃちゃっと悪魔をなんとかしてやるよ! だからメルは泣いちゃダメだ! 姉弟子だろ! しっかりしろよ! 俺が絶対になんとかしてやるから! 辛そうな顔見せるなよ! そんなメルの顔なんて見たくないんだよ! …………っ! …………あ」
いつの間にかウィザードハットを上げて俺を見ていたメルキィ。
いつの間にか覚醒してきょとんと俺を見ていたポチ。
本日二回目…………俺は何を言ってしまったんだ?
俺の脳内スケジュールでは論理立てて説明して、可能性を示唆し、解明や解答に向かうために頑張る的なものだったのに…………どうしてこうなった?
見合うポチとメルキィがしばらく無言になり、吹き出し、笑い始め………………部屋が爆笑に包まれたのはそのすぐ後だった。
隣の部屋ではどこかの銀虎さんの笑い声まで聞こえる。
死にたい。
「マジで死にたい」
「ダメですよ死んじゃ! 私の世話は誰がしてくれるんですか!」
「自分でしてくれ」
「死んだらダメだよアズ君? 僕がまた辛く苦しい顔になっちゃうからねぃ?」
「是非なってくれ」
『死んだらダメよアズリー! あの商店にもっとお金を入れなさい!』
「壁越しに何言ってんだあいつめ……!」
両手で顔を覆っていると、メルキィは「よしっ」と一言気合いを入れた後、窓を開けて身を乗り出した。
指の隙間から見えたメルキィは少し微笑んでいるように見えた。
「それじゃあアズ君、魔王討伐を目指すアズ君に僕から情報を!」
「………………なんだよ?」
「予言の碑を王城に設置したのはどうやら古い王族らしいね。だから体裁上あれを壊す事が出来ないんだろうねぃ」
「…………どうも」
「なはははははは! それじゃあアズ君、ポチ君、そしてベティー君! また会おうじゃないっか~! でゅわっ!」
来た時よりも明るくなって出て行った我が姉弟子は、しばらく聞こえた爆笑を町に響き渡らせながら夜の闇に消えていった。
くそ、メルキィのヤツ、もしかして狙ってあんな事をっ? ぬぅ、だから女ってのはわからないんだっ!
腹を抱えて息のみで笑ってる使い魔は、窒息でもすればいいと思う。
死にそうになったら助けてやろう。爆笑しながらな。
それにしてもポチのヤツ………………どんな夢を見てたんだ?
何で夢に聖戦士の勇者ジョルノと、戦士リーリアが出てくるんだ? しかも俺とポチまで。




